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ショートショート『かげあそび』

真っ暗な部屋に
ゆらゆら揺れる
ロウソクの灯り

壁に映し出される影。

昔、停電の度に祖母が遊んでくれた
かげあそび。

その懐かしさが
由香里の心を温かく包んでくれた。

家の外では、雨風がますます強くなってきて
外に出るのが危険なくらいだ。

その時、
誰かがしきりにドアを叩く音が聞こえた。

「どちら様ですか?」

「私だよ、秋月だよ。
 由香里ちゃん、大丈夫かい?」

大家さんの声だ。
由香里はドアを開けた。

「一人で怖かったろ?
 真っ暗じゃないか、
 良かったらうちにおいで」

大家さんは四人家族。
奥さんの百合子さん、
長女のゆきはちゃんは
来年から一年生で、
次男のはく君はもうすぐ3歳になる。

大家さん一家は
アパートの敷地内に住んでいて
いつも由香里のことを気にかけてくれる。

「由香里ちゃんいらっしゃい!
 ご飯まだでしょう?」

「由香里ちゃんだー!
 今日はずっとゆきはの家にいるの?」

「一緒に遊ぼー!
 はく、由香里ちゃんとお絵描きしたい」

大家さん一家は、いつもにぎやかだ。

「ほらほら、由香里ちゃんが困ってるよ。
 みんな同時に話しかけたら答えられないだろ 
 う。」

大家さんは、そう言って家族を落ち着かせた。
それから、みんなで食卓を囲んだ。

「お腹空いたでしょう、
 さあ、ご飯にしましょう」

ぐー…。

誰かのお腹の音が響き渡った。

「ごめん、私です」

大家さんがちょっぴり恥ずかしそうに
手を上げた。

「やだーパパー」

「あははは」

みんなの笑い声が家中にこだました。

「買い物に行けなくて
 うちにある物で作ったから
 そんなたいそうな物じゃないけど
 遠慮せずにいっぱい食べてね」

「ありがとうございます!」

「ママの唐揚げ、
 さいっこーに美味しいんだよ!」

ゆきはちゃんの言う通り、
どの料理も本当に美味しかった。

「お腹いっぱーい、ごちそうさまー」

子供たちは早々と食事をすませ、
それぞれ自分のやりたいことを始めた。

「ガスは使えるけど、電気が点かないから
 真っ暗だったでしょう?
 うちは貯めてた電気が使えるから」

百合子さんはそう言って
美味しそうな桃を切り分けてくれた。
桃はちょうどいい食べごろで
とっても甘かった。

「懐中電灯がなかったので、
 ロウソクの灯りで過ごしてました」

「ロウソクの灯り?何だか素敵ね。
 そういえば、うちにもロウソクあったはず…」

百合子さんはロウソクを見つけると
部屋の電気を消した。

せっかくだから、
私は子どもたちと〝かげあそび“をした。

「由香里ちゃんすごーい!」

「えーどうして?」

「だって、こんなにいっぱい
 動物さん作れるんだもん。
 由香里ちゃん、魔法使いみたい!」

「あはは、魔法使いか。
 はくは面白いこと言うな〜」

大家さんはそう言って
はく君の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

「ありがとう、はく君」

由香里にとって
それは褒め言葉だった。

浪人して目標だった大学に入ったものの
これから何のために頑張ればいいのか
分からなくなっていたのだ。

いつの間にか大学に入ることが
目標になっていたのだろう。

目標を達成してしまった今、
何者でもない自分に
由香里はすっかり自信を失くしていた。

そんな由香里にとって
はく君の言葉はうれしいものだった。

何かで一番になったり
難関校に受かったり
そんな褒められるようなことじゃないけれど

それでも、幼い頃から楽しんでいたことで
誰かを笑顔に出来るなんて…

そのことが、由香里はただうれしかった。

「由香里ちゃん、遠慮なんていらないから
 いつでも家に遊びにおいでね」

大家さんは、いつも由香里のことを気にかけてくれた。困ったことがあれば、すぐに手を差し伸べてくれた。

「ありがとうございます。
 だけど、どうして家族でもない私に
 こんなに良くしてくれるんですか?」

「何言ってるの、由香里ちゃんは家族だよ。
 一度でも一緒に食卓を囲んだら
 それはもう、紛れもなく家族だよ」

「大家さん…」

由香里の目から涙がこぼれた。

「あー!
 パパが由香里ちゃんを泣かせてる!」

「ごめんね、そんなつもりじゃ…」

大家さんは、突然の由香里の涙に
あたふたしていた。

「ゆきはちゃん、違うの。
 悲しくて泣いているんじゃないの。
 うれしくて泣いてるの」

由香里はゆきはに言った。

「うれしくて泣くの?悲しくてじゃなくて?」

「そうだよ。家族だよって言ってもらえて
 うれしくて。気づいたら涙が…」

「由香里ちゃん、大丈夫?」

百合子さんがハンカチを渡してくれた。

「すみません、大丈夫です。
 私、どちらかといえば人と接することが
 あまり得意ではなくて。
 今まで一人で平気だって思っていたけど
 ほんとは心細かったんだなって
 今、気づきました」

「実はね、私たちも由香里ちゃんと同じなのよ」

「えっ?」

「私たちも、由香里ちゃんと同じように
 昔、あの部屋を借りていたの」

「あの部屋に住んでたってことですか?」

「ええ、そうよ」

「当時、勤めていた会社が倒産して、
 生活が苦しくてね。
 まだ幼かったゆきはを抱えて
 安く家を貸してくれるところを探したんだ。
 そして、たどり着いたのがここだったんだよ。

 大家さんに、値下げの交渉をお願いしたら
 あっさり「いいよ」って言ってくれてね。
 その代わりに、歳をとって動けない自分を、
 いろいろと手伝ってほしいって。

 数年後、生活も安定して
 大家さんに正式な家賃を支払いますって
 話をしたら、そのままでいいから
 今まで通り手伝ってほしいって言われたよ。

 大家さんは全く
 お礼を受け取ろうとしなかったんだ。

 大家を継いで欲しいって頼まれたときは
 すぐに、返事をしたよ。
 これ以上の恩返しはないと思ってね。

 お互いに助け合って暮らしていた。
 
 本当の家族のように思ってくれた 
 大家さんの気持ちを、
 私たちもつないでいきたいんだ

 だから、ここに住んでくれる人たちは
 私たちの家族なんだよ」

由香里は、
こんなに素敵な人たちと一緒にいられる自分を
心底幸せ者だと思った。

そして、胸がいっぱいになった。



おしまい。



最後まで読んで頂き
ありがとうございますᵕᴥᵕ



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