ルーツ探しの最後に知った衝撃の事実(1)🌺「えっ、これ私の土地なの⁈」

ルーツ探しを始めて、はや8年。
「応仁の乱が大事や」という父の言葉の意味を解き明かし、自分の出生の秘密にまでたどり着いたことで、昨年ようやく一段落しました。
(といっても、そのあたりのことはまだ書いていないので、いつかnoteかkindleあたりで発表できればいいなぁと考えています)
「最後に、先祖の墓参りをして区切りをつけよう」
そう思い立って、11月末、叔父と共に京都の某町を訪ねました。しかし、そこで私は、想像もしなかった事実に向き合うことになったのです。
▼「えっ、これ私の土地なの⁈」
祖父の墓参りを終え、帰りの車中でのこと。窓の外に広がる山林を眺めながら、叔父がふと口を開きました。
「ここにある山林、実はまだ相続が終わってないんだ」
えっ、どういうこと?
詳しく聞けば、祖父が戦争で亡くなった後、3人の子どもたちの間で遺産分割協議がまとまらず、そのまま土地の名義変更をせずに放置しているといいます。
相続人の1人である私の母は、すでに他界しています。つまり、母の権利を継承した私もまた、この土地の「相続人」。叔父や叔母とともに、土地を所有していることになるのです。
えっ。私、ここの土地を持っていたの……!?
幼い頃に一度だけ母に連れられて来て、大人になって数十年ぶりにルーツ探しのために訪れた、この地。山あいにあり、車でなければたどり着けない陸の孤島のようなところです。
まさか、ここが「自分の土地」だったとはーー。
まさに青天の霹靂でした。
もしかすると、私がルーツ探しのためにここに来たのは、自分の土地だったから。
土地に呼び寄せられたんじゃないか。
そんな気さえしてきます。
▼叔父から送られてきた、壮大な「資料」
とはいえ、どの土地が私のものなのか、地図を見てもさっぱりわかりません。東京に帰ってから、叔父に「資料を送ってほしい」と頼むと、数日後、ずっしりと重い箱が届きました。
なにこれ、登記簿謄本にしてはずいぶん重い・・・?
箱を開けてみると、厚さ2センチぐらいの古びた本が入っています。表紙には「家録」というタイトルが。

目次には、印刷された文字が並んでいます。ちゃんとした本みたい。

【目次】
紋章
家名録
家系諸表
家憲
家の由来
親族名簿
不動産目録などなど。
巻末によると、大正15年3月に曽祖父がこの本を作り、昭和20年代まで書き続けたようです。
曽祖父といえば、私をルーツ探しの沼に引きずり込んだ、あの「家系図」を作った張本人。まさか、またここで出くわすとはーー。
そうそう、祖父の土地の記録を探さなければ。
そう思って「不動産目録」を見ると、達筆な筆で書かれていてよくわかりません。
仕方なく、「もっと別の資料はないですか?」と叔父に聞くと、さらに2冊の本を送ってくれました。それがこちら。

「家録」にくらべると簡素な感じですが、表紙に「重要」と書いてあります。めくると、「元帳」の文字を見つけました。
本の中には、財産の内訳や収支だけでなく、一族に関する資料や手紙、新聞の切り抜き、手紙などがたくさん挟まれています。
祖母が戦争で夫を失ったあと、苦労しながら子育てしている様子が新聞で取り上げられていて、思わず読みふけってしまいました。
それにしても、いったい叔父はどれだけ資料を持っているんだろう。
家系図については、東南アジアで客死した親戚宅から持ち帰った祭祀資料の中に入っていたようだけど、もしかするとほかにもまだ資料があるのかもしれません。
(私が家系図を手に入れた経緯はこちら⤵)
この元帳に、祖父が持っていた土地の詳細が書かれていたので、それを手がかりに、法務局から「旧土地台帳」の写しを取り寄せることにしました。
この続きはまた、この年末年始に書こうと思います。
(続きはこちら⤵︎)
https://note.com/mononofu_tsubaki/n/nfade315fac88
最後までお読みいただきありがとうございました。ぜひスキやコメントを残してくださいね。私も訪問させていただきます🌺
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サポートありがとうございます! 近々、家系図のよくわからない部分を業者さんに現代語訳してもらおうと考えているので、サポートはその費用にあてさせていただきます。現代語訳はこのnoteで公開しますので、どうぞご期待ください。