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病院システム管理を10年やって気づいた、医療ITの現実

この記事はmonou.jp(https://monou.jp/blog/medical-it-reality.html )に掲載した記事を転載しています。

https://monou.jp/blog/medical-it-reality.html

私は14年間組込みシステム開発、Webシステム開発を経験し、その後10年間病院のシステム管理を担当していました。電子カルテの導入・更新・運用、院内ネットワークの管理、予約システムの保守、スタッフへのIT研修——医療機関のITに関わるほぼすべての業務を経験しました。

その後独立してWeb制作の世界に入り、現在は兵庫県丹波篠山市を拠点に医療機関のホームページ制作・システム開発を専門にしています。

この記事では、10年間の現場経験で気づいた「医療ITの現実」を率直に書きます。医療機関でシステム導入を検討している方、IT業者との付き合い方に悩んでいる方に読んでもらえれば幸いです。


現実1|「現場を知らないシステム」は使われない

10年間で何度も目にした光景があります。高額なシステムを導入したのに、半年後には誰も使っていないというケースです。特に最近ではコロナ補助金で導入したシステムが「一度も使われないまま」現在も保守費用を払い続けている現場も見てきました。

原因はほぼ共通していました。システムを作った側が、現場の動き方を理解していなかったのです。

たとえば予約システムの話をすると、開発会社が持ってくる「標準的な予約システム」は、たいてい「診療科を選んで、日時を選んで、患者情報を入力する」というシンプルな流れです。一見問題なさそうですが、実際の病院の予約運用はもっと複雑です。

「この曜日はA先生、この曜日はB先生」「初診は必ず30分枠、再診は15分枠」「特定の検査は前日までにしか予約できない」「特定の時間帯は電話専用」こうしたルールは病院ごとに異なり、しかも現場のスタッフが「当たり前」として運用しているため、わざわざ言語化されていないことがほとんどです。

システム会社はヒアリングをしますが、「何を聞けばいいか」を知らないため、表面的な要件しか拾えません。結果として「標準的な機能」で作られたシステムが納品され、現場では「使いにくい」「うちの運用に合わない」となって、元の紙運用・電話運用に戻る——という流れを何度も見ました。


現実2|医療現場のスタッフはITが苦手な人が多い

これは批判ではなく、現実として受け止めてほしいのですが、医療現場のスタッフの多くは「ITに慣れていない」状態で働いています。

看護師も事務スタッフも、医療の専門家です。ITの専門家ではありません。どれだけ優れたシステムを入れても、「操作が複雑」「マニュアルが難しい」「エラーが出たときに対処できない」という状態では、現場での定着は難しいです。

私が病院でシステム管理をしていた頃、新しいシステムを導入するたびに必ず行っていたのが「スタッフ全員への操作研修」と「わかりやすい手順書の作成」でした。システムの品質と同じくらい、この研修と手順書が重要だと実感していました。そしてどれだけ優れたシステムでも、この「わかりやすい手順書」が作れないシステムの導入は反対の立場です。
手順書とは「操作」だけではなく、「運用」も含めてです。手順書には「操作方法」が記載されていればいいと感がえているIT管理者もいますが、操作は些末な問題です(一度覚えればその後問題は起きません)。重要なのは「運用ルール」です。どれだけ操作を覚えても「どのように操作すべきか」がわからなければそれは手順ではありえません。

補足: 責任は誰にも取られない
私自身の失敗例を一つ挙げます。
ある病院で「放射線画像の共有ツール」を導入したときのことです。休日当直の医師が専門外の患者を診る際、放射線専門医に遠隔で相談できるという仕組みで、病院長肝いりの施策でした。
私は導入前に検討委員会の立ち上げを提案しましたが、「補助金が今しか出ない」というベンダーの営業トークに押され、上層部だけで導入が決定。結果、最大の問題だった「責任の所在」が最後まで解決されませんでした。
診察医は放射線科医に責任を持たせたい。しかし放射線科医はスマホ画面の画像では確実な判断ができず、休日の対応も保証できないと言う。誰も責任を取れないまま、システムは導入から数年が経った今も一度も使われず、毎年数百万円の保守費用だけが発生し続けています。
システムの品質以前に、「誰がどう使い、何かあったとき誰が責任を持つか」という運用ルールが決まらないシステムは、どれだけ優れていても現場には根付きません。ベンダー選定の際は、納品後の研修・運用サポートの有無と合わせて、この「責任の所在」を誰と詰めてくれるかも必ず確認してください。

医療機関がシステムを発注するとき、「納品後の研修・マニュアルサポートがあるか」を確認することは非常に重要です。システムを作るだけで終わるベンダーは、現場の実態をわかっていないと思って間違いありません。


現実3|セキュリティへの意識は高いが、対策が追いついていないことが多い

医療機関は個人情報の塊です。患者の氏名・住所・診療内容・投薬歴、これらは非常にセンシティブな情報であり、医療機関のスタッフはその重要性を十分に理解しています。

しかし、「意識が高い」ことと「対策が適切に行われている」ことは別の話です。

現場でよく見たのは以下のようなケースです。

  • パスワードが全スタッフ共通で、しかも何年も変更されていない

  • 使わなくなったスタッフのアカウントが残ったまま

  • 院内Wi-Fiのパスワードが「開院時から変えていない」

  • 私物スマートフォンで患者情報を撮影している(悪意はなく、「便利だから」という理由で)

これらは悪意のある行為ではなく、「忙しい現場でついやってしまうこと」です。しかし情報漏えいが起きた場合、理由が何であれ医療機関の責任になります。

補足: 部門システムのパスワードは全員同じが多い
病院で働いていると「パスワードが共通なんてありえない」と思われるかもしれません。確かに電子カルテでは厳密にパスワードの有効期間や桁数、記号含有などのルールがありますが、部門システムはそうではありません。電子カルテから部門システムを立ち上げるが、電子カルテからパスワードを渡せないシステムの場合は「全ユーザが同じパスワード(パスワードが空の場合もある)」ということが多発しています。これは特定の医療機関ではなく、私が関わったいくつもの医療機関で同様でした(個人経営の病院だけではなく、大学病院でもです)。
これは電子カルテから部門システムを立ち上げる(例えば放射線画像を見る)際に、立ち上げるたびにパスワード入力をすることが手間なため、診療をサポートするためにパスワードの共通化、又は無効化が利便性のために行われている見本です。

Web制作やシステム開発を依頼するとき、「セキュリティ設計についてどう考えているか」を具体的に説明できるベンダーを選ぶことが重要です。「セキュリティには配慮しています」という抽象的な言葉ではなく、「アクセス権限の設計はどうするか」「ログはどこまで取るか」「通信の暗号化はどうするか」といった具体的な話ができるかどうかが判断基準になります。


現実4|電子カルテの「乗り換え」は想像以上に大変

医療機関のIT担当者が最も頭を悩ませる問題の一つが、電子カルテの乗り換えです。

電子カルテは一度導入すると、患者データが蓄積されていきます。10年分のデータが入ったシステムを別のシステムに移行するのは、技術的にも費用的にも非常に大変な作業です。電子カルテのメーカーによってデータ形式が異なるため、移行ツールがそのまま使えないケースも多いです。

私が経験した中では、電子カルテの乗り換えに2年以上かかったケースもありました。移行期間中は新旧両方のシステムを並行運用する必要があり、スタッフへの負担も大きかったです。移行後も、変換できなかったデータために閲覧用の端末として旧電子カルテ端末が用意され、2つの電子カルテが稼働し、保守費用も発生している状況です。

電子カルテを選ぶときは「今の使い勝手」だけでなく「長期的な運用コスト・サポート体制・将来の移行しやすさ」まで考慮すべきということです。

また、Web予約システムや業務システムを新たに導入するとき、「既存の電子カルテと連携できるか」を必ず最初に確認してください。後から「連携できなかった」となると、手戻りのコストが非常に大きくなります。

補足: データ変換ができないことも有る
電子カルテが最重要視されるのは当然ですが、部門システムも同様です。例えば簡易的なシステムと思える「相談支援システム」のデータ変換すら難題でした。これはケアマネが患者からの相談内容を記録するシステムです。
移行先のシステムが決まり、いざデータ移行の段になると「移行できないデータ」が多数見つかりました。また、旧システムのメーカは「データ変換は最後の稼ぎ時」といわんばかりに高額な手数料を要求してきます。データ返還費用は300万円。たった1日に数件のデータしか無いシステムの5年分の変換に300万円です。そして、移行先のシステムには「秘密相談」という概念がなかったため、相談支援員当人しか見られない情報を持つということができなかったのです。
この場合はきっぱり「データ変換を諦める」という決断になりました。
現在も継続中の相談のみ手作業で新システムにコピーし、旧システムはデータをエクスポートしたものを閲覧用システムで「閲覧のみ」の運用をすることになりました。そこで、閲覧用システムの制作として弊社を選んで頂き、閲覧用のため開発費用は12万円ほどでした。サーバはあいのりしたためハードの費用なども不要で、マニュアルや研修費用など全て含めても30万円以下で実現できました。


現実5|「医療に強いIT業者」はほとんどいない

医療機関向けのITサービスを提供している会社は多くあります。しかし「医療現場の実態を知った上でサービスを提供している」会社は、実はあまり多くありません。

私がWeb制作で独立したとき、医療系の案件を受けているWeb制作会社のサイトや制作物を多く見ました。デザインとしてはきれいなものも多かったです。しかし「このサイトを作った人は、実際に医療現場で働いたことがあるのだろうか」と感じることがほとんどでした。

たとえばクリニックのトップページに「初めての方へ」というリンクがあっても、その先に書かれているのが「お気軽にご来院ください」だけ、というサイトを何度も見ました。実際に医療現場にいれば、「初診の患者さんが最も不安に思うのは何か」がわかります。保険証の持ち物、問診票の記入、待ち時間の目安、駐車場の有無、こういった情報こそが、初診患者さんが求めているものです。

「医療現場を知っているかどうか」は、制作物を見ればわかります。医療機関がIT業者を選ぶとき、「医療の現場を知っているか」を直接聞いてみることをお勧めします。


医療機関とIT業者がうまくいくためのポイント

医療機関側がやるべきこと

まず、自院の業務フローと課題を言語化することが重要です。「なんとなく不便」ではなく「どの業務で、誰が、どのくらいの時間をかけていて、何が問題か」を整理してから相談すると、業者との認識のズレが少なくなります。

次に、現場のスタッフを巻き込むことです。院長や事務長だけで決めたシステムが、現場のスタッフに「使いにくい」と思われると定着しません。導入前の段階から、実際に使うスタッフの意見を取り入れてください。

補足: 責任は検討に参加しなかったスタッフが持つ
現場のスタッフは「責任を持ちたくない」と参加を拒むことが多いですが、私はよく「責任を持つのは参加しなかったスタッフ」と説明しています。検討に参加したスタッフは「良いシステムにしよう」と努力した人です。参加しなかったスタッフは、参加したスタッフの意見を全て聞きます、一任します。と判断をした人です。なので、責任を持つべきは「参加しなかったスタッフ」なのです。

IT業者側に求めるべきこと

「ヒアリングの質」で業者を見極めてください。良い業者は、最初の打ち合わせで「現状の業務フローを教えてください」と聞いてきます。最初から「こういうシステムがあります」と提案してくる業者は、現場の実態より自社の製品を売ることを優先している可能性があります。

納品後のサポートについて具体的に説明できるかどうかも重要です。「何かあればご連絡ください」ではなく、「トラブル時は何時間以内に対応します」「月次で運用状況を確認します」という具体的な体制を持っているかどうかを確認してください。


まとめ

病院システム管理の10年間で学んだことを一言で表すとすれば、「ITは道具であり、使う人間と現場の運用が最も重要」ということです。

どれだけ優れたシステムも、現場の実態に合っていなければ使われません。どれだけ美しいホームページも、患者さんが求める情報を届けられなければ意味がありません。

医療機関のIT活用は、まだまだ改善の余地が大きい領域です。私自身、その現場を10年間内側から見てきたからこそ、「現場を知っている」立場でWeb制作・システム開発に取り組んでいます。


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