【すごい博物館126】日本航空安全啓発センター:航空機事故の歴史を知り安全対策を学ぶ!
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■日本航空安全啓発センターとは

羽田空港の中心部、A滑走路とC滑走路の間にある新整備場エリアには、JAL(日本航空株式会社)の飛行機の格納庫施設「メインテナンスセンターM1」がありますが、この中に、JALグループの社員が空の安全について学ぶ研修施設「安全啓発センター」があり、一般を対象にした約1時間半の見学も実施しています。

昭和60年(1985年)8月12日、日本航空123便が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落し、乗客・乗員520人が死亡し4人が重傷を負った事故を教訓に、遺族団体(8・12連絡会)から残骸を保存してほしいという要望も受け、安全運航の重要性を再確認する場として平成18年(2006年)に日本航空の第2綜合ビル内に開設され、平成25年(2013年)に現在のM1ビル6階フロアに移転したということです。
■日本航空123便墜落事故(御巣鷹山事故)とは

昭和60年(1985年)8月12日、日本航空123便(羽田空港~大阪伊丹空港)のボーイング747-SR100(通称:ジャンボ機)が、羽田空港を離陸して伊豆半島に差し掛かる付近で、機体後部にある圧力隔壁が破裂して操縦不能な状態となり、その後約32分間飛行を続けたものの、群馬県と長野県の県境付近にある御巣鷹山南方の尾根に墜落したものだということです。

墜落現場が標高の高い山中で、現場特定や救助活動が難航したこともあり、乗員・乗客524人のうち520人の命が奪われてしまい、単独事故として世界の航空史上最悪の事故になったということです。

その後の検証により、この飛行機が事故の7年前に起こした「しりもち事故」の修理の際に、ボーイング社による後部圧力隔壁の金具接続にミスがあり、金属疲労による亀裂発生で圧力隔壁が破裂し、垂直尾翼や油圧系統も破壊されたことが、操縦不能に陥った原因と考えられているということです。
■安全啓発センター見学

見学開始時間の15分前に、M1ビルの入口前で受付が始まり、予約確認を行ったのちに「施設立入証」を預かりました。

入口では金属探知機と荷物検査のセキュリティチェックがあり、ロビーで参加者の集合を待ち、約20名が集合したところで、ガイドの方の案内でエレベーターに乗り6階フロアに向かいました(安全啓発センターでは写真撮影はできませんでした)。
日本航空の主な事故

入口を入ると小さめの部屋があり、日本航空が過去に起こした(御巣鷹山事故以外の)7つの事故について、一つ一つパネルを見ながら、ガイドの方が詳しい解説をしてくださいました。
<参考>
昭和27年(1952年)N93043「もく星号」三原山事故
東京~大阪・福岡 マーチン202型
伊豆大島三原山に衝突、乗客・乗員37名死亡
昭和46年(1971年)JA8464「ばんだい号」横津岳事故
札幌丘珠~函館 東亜国内航空YS-11
NDB誤認で横津岳に墜落と推定、乗客・乗員68名死亡
昭和47年(1972年)JA8012 ニューデリー事故
東京~ロンドン DC-8
川の土手に激突、乗客・乗員86名死亡、3名重傷
昭和47年(1972年)JA8040 モスクワ事故
コペンハーゲン~モスクワ・東京 DC-8
離陸後操縦ミスで急降下墜落と推定、乗客・乗員62名死亡、14名重傷
昭和52年(1977年)JA8054 アンカレジ事故
モーゼスレイク~アンカレジ・東京 DC-8貨物便
飲酒による操縦ミスで墜落と推定、添乗員・乗員5名死亡
昭和52年(1977年)JA8051 クアラルンプール事故
クアラルンプール~シンガポール・東京 DC-8
悪天候で丘に衝突と推定、乗客・乗員34名死亡
昭和57年(1982年)JA8061 羽田沖事故
福岡~東京 DC-8
機長が精神的変調で逆噴射と推定、乗客・乗員24名死亡、95名重傷
展示室

細長い展示室に入ると、バラバラになった123便の垂直尾翼と後部胴体(墜落現場の他、奥多摩に落ちていたものや相模湾で回収されたものも)が集めて並べられていたほか、ボイスレコーダー(CVR)に記録されたコックピットと管制塔の交信音声や、フライトレコーダー(FDR)解析による飛行データが展示され、圧力隔壁の破壊により操縦不能になった経緯がビデオで説明されていました。

墜落現場から回収された圧力隔壁(直径約4.5m)の残骸が展示されていて、「しりもち事故」の修理の過程で、壁と壁の隙間を埋める「スプライスプレート」が、修理指示図では1枚と示されていたのに2枚で対応してしまったことが金属疲労を招いたということを、問題の起こった箇所を確認しながら詳しく解説していただきました。

続いてのコーナーは乗客に関する資料が集められていて、強い衝撃が加わり大きく変形した座席の他に、身に着けていた眼鏡や時計(18:56で止まっている)などの遺品、そして圧力隔壁の破裂から墜落までの約30分の間に、揺れる機内で家族に向け走り書きされたメッセージや遺書、客室乗務員(当時はスチュワーデスという名称でしたが)が不時着に備えてノートに書き込んだアナウンスのメモなどが展示されていました。
資料室

最後は資料室に集まり、世界の主な航空機事故や、研修を受けた社員たちの安全に関するメモの展示を見た後、ガイドの方から、日本航空の社員全員が携行しているという「安全憲章」のカードについての解説をしていただき、その後は自由見学となり、1時間半ほどの見学は終了となりました。
■まとめ

自分が高校生のころにニュースで見聞きして衝撃を受けた「日航ジャンボ墜落事故」の発生時から40年が経過した今、日本航空の安全啓発センターと御巣鷹山を訪問し、改めて事故の概要を理解することができたと同時に、これからも人命を守っていくために、様々な取り組みが行われ続けなければならないことを理解しました。

事故にあわれた方々のご冥福をお祈りいたします。
なお、この記事は展示の解説やホームページ等を参照して記載しました。
<良かった点・いまひとつだった点>
〇航空機事故の残骸が記憶の伝承に繋がっていた
〇見学の構成・時間配分が適切で理解しやすかった
〇ガイドの言葉や仕草から安全対策への真剣さが感じられた
△問題に感じた点は特にありませんでした
■インフォメーション
詳細はホームページで確認を
https://www.jal.com/ja/safety/center/
開館日・時間 ※要予約※
月~金曜日(土日・祝日は休館)
10:00-11:30 / 15:00-16:30
料金
無料
アクセス
東京モノレールの新整備場駅 徒歩約2分
東京モノレールの羽田空港第1ターミナル駅 徒歩約20分
京浜急行空港線の羽田空港第1・第2ターミナル駅 徒歩約20分
住所
東京都大田区羽田空港3-5-1 JALメインテナンスセンター1
以上です、ご覧いただきありがとうございました。
