酒と福祉と男と女
前回、カクテルの話を書きました。
つらつら思い出します。
私が、福祉とか人の心理とかに触れた最初のきっかけは、
多分、二十歳くらいの頃。
7つ年上の女性に恋して、
初めてショットバーに連れていってもらった時。
その時私は、法学部法律学科にいました。
法律は、論理と実証の世界です。
あるカフェで勉強している時に、
一目惚れした女性に声をかけて、
仲良くなり、連絡するようになりました。
初めて、一緒に出掛けた日。
初めてショットバーに連れていってもらったのです。
当時の私は、カクテルなんて、
カルーアミルクかカシスソーダくらいしか知りませんでした。
そこに広がっていたのは、
今まで見たことなかった、大人の世界でした。
仄暗く、静かに音楽が響く、少し煙たい空間。
無数のボトル。
私は、そこで、その空間の虜になりました。
そして、時々彼女と、そこに行きました。
その都度、お酒のこと、煙草のこと、
その他いろいろなことを教えてもらいました。
ある日、そんな彼女とプツッと音信が途絶えました。
それは、ゼミの論文をどうしようかと逡巡していた時期。
心配、焦燥、、、何も手がつかない。
何も頭に入らない。
何週間かして、
彼女は閉鎖病棟に入院していたことがわかりました。
そして、
「もう会えないし、会わない。ごめんね。」
とだけLINEにメッセージが来て、
永遠に既読がつかなくなりました。
私は、気が狂いそうでした。
体の半分がなくなり、
血が滴り落ちつつ、
そこにスースーとした風だけが吹き抜けるような感覚。
生きているのか死んでいるのか、
自分でもわかりませんでした。
しかし、私は生きてはいました。
そして、前に進まないといけませんでした。
私がどれだけ過去に引きずられようが、
無慈悲に、それでも地球は回り続けます。
債権法のゼミだったけど、
私は、家族法の論文を書くことにしました。
「精神病を理由とする離婚とその判例の変遷〜具体的方途のあり方について〜」
文献をがむしゃらに調べ、
判例を読み込んでいくうちに、
法律の中に、ドロドロの人の心の塊を初めて見つけました。
そして、私は、初めてそこで、
法と心理の間の世界に身を置きたいと思ったのです。
その一方で、アルバイトを始めました。
バーテンダーのアルバイトです。
水割りの作り方、
バースプーンの回し方、
シェイクの仕方、
氷の削り方、
無数のお酒の銘柄、
風味、味、広がり、余韻、、、
いろんなことをがむしゃらに覚えていきました。
彼女に教わった無数のお酒を思い出しつつ、
思い出をアルコールで消していくように。
3回生になり、
私は家庭裁判所調査官になりたいと思い始めました。
法律だけで救えないものに、私は、相対したい。
何ができるかわからないけど、そういうのがいい、と。
もうそれ以外に、目に入りませんでした。
4回生になり、家庭裁判所調査官補試験を受けました。
が、最後の面接で落ちました。
私は、進路が決まらず、卒業することになりました。
そして、就職浪人のような形で、再受験しました。
しかし、またも、ダメでした。
私は、どうしたらいいのかわかりませんでした。
生きている意味を見失いました。
周りは新卒でキラキラ働いている中、
私は仄暗いバーカウンターでバーテンダーを続けていました。
そこに、一人のお客さんが来られました。
何度も来られ、
よく話すようになって、私の悩みを話しました。
「生き方がわからない。やりたいことがあるのに、何もできません、、、辛いです、、、悔しいです、、、」
店の人間なのに、ボロボロ泣きながら。
そんな私を見て彼は言いました。
「覚悟はあるかい?」
彼が差し出したのは、
「社会福祉士」という資格についての記事でした。
私は、名前しか知りませんでした。
しかし、ここで心が決まりました。
ロックアイスのように凍っていた、
私の時間が動き始めた瞬間でした。
***
ご清読、ありがとうございました。
