“定説”への勇気ある挑戦!~学問の進歩とは…
定説への挑戦は愚かなことではない!
私は最近、「ピラミッドはやっぱり王の墓だ」というエッセーを書きました。すると、NHKのラジオで面白いネタを耳にしました。なんとあの有名な考古学者吉村作治教授が、「ピラミッドは王の墓ではない」という自説を証明するための発掘を、現在エジプトでやっているとのこと。(↓)
※よくビートたけし氏の横に座っていた人です…
選んだ場所はクフ王のピラミッドのすぐ近くだと言います。教授はこの場所に「クフ王のミイラがある!」との確信を抱き、発掘調査をしているらしいのです。今はひたすらに“砂”を掻き出している段階だとか。しかし岩盤ではない。ということは、何らかの目的によって人工的に掘られた穴?だということです。教授はハイテク機材なども使いながら、日々砂と格闘しているようです。
何でもこの場所は、これまでエジプト政府が発掘の許可を誰にも出していなかったのだとか。それでも、教授のこれまでの功績を考慮して、特別な許可を与えたのだそうで…。さすが吉村教授。しかし教授はそっち側の人(墓じゃない派)だったんですね。初めて知りました。もし、「この場所から王のミイラが発掘されたら、ピラミッドは王の墓ではないことの証拠になる!」と意気込んでいるそうです。現在、教授は一人で車イス生活を送っているそうです。ご家族とは発掘に情熱を傾ける吉村教授との生活のスレ違いもあり、生憎と現在はお一人様だそうです。炊事も手ずからされているとか…。自らの信念に身を捧げるというのは、万事このようなものなのでしょうね。私には到底真似できません。全く頭が下がります。
当然彼は真っ当な学者ですし、これまでたくさんの偉大な考古学的な足跡を残しています。そんな人ですから、「ピラミッドは墓ではない」ということを単にイメージで適当に言っているのではなく、自説をちゃんと考古学的に証明しようとエジプトで頑張っているんですね。その辺は単にトンデモ説をバズらせて稼ぎたいユーチューバーとは全く違います。
以前私が紹介したこちらの動画(↓)では、エジプト考古学者の河江肖剰(ゆきのり)さんが数々の根拠を紹介しながら「ピラミッドは99%王の墓」であると仰っておられます。
100%と言っていない所が、ちゃんとした学者さんだなあと思わせてくれます。逆に断言すると胡散臭いですね。ニュートン力学も、相対性理論の出現によって万能でないことが証明されてしまいました。この先、「実は違ってました」とならないとも限りません。まさに吉村教授は、その「実は違ってました」を考古学的に証明しようと奮闘しているわけです。
今のところ、考古学的には「ピラミッドは王の墓」というのがほぼ定説のようになっているようです。それを覆すのは並大抵のことではありません。吉村教授クラスであれば問題ないかも知れませんが、駆け出しの学者であれば、周囲から白い眼で見られ、愚か者扱いされ、アカハラされまくりでしょうね。かつて、新進気鋭の物理学者であったチャンドラセカールは、往年の物理学の権威であるエディントンから激しいアカハラを受けました。当時の物理学会も「この若造が」と白眼視していたようですね。ブラックホールの存在に肯定的なチャンドラセカールの理論は、バカげているとして一蹴されていたんです。彼はその圧力に屈し、一時期ブラックホールの研究を止めてしまいました。後に別の研究者たちによって、見事ブラックホールの存在が証明されましたね。しかし、チャンドラセカールへの凄まじい圧力のお陰で、人類はブラックホールの研究に大きく遅れをとってしまいました。もし、エディントンがチャンドラセカールに協力し、二人が手に手をとって研究をしていたら、人類はもっと早くにブラックホールと出会っていたに違いありません。実に残念なことです。しかし、学者と言えども人間です。自分の信じる物に対する絶対の信仰があります。「ブラックホールなどというバカげた天体など、理論で埋め尽くされている宇宙に存在しない」という思い込みがあったんですね。その壁は100年近くも間、物理学の進歩を押しとどめていたのです。しかし、学者たちによる地道な観測データの積み上げと評価によって、ついにその天井が打ち破られたのでした。
このように、一旦定説となってしまうと、人間は中々それを修正することが出来ません。しかし、総じて学問という物は、トライ&エラーの連続によって常に「上書き」されて行くものです。その昔、鎌倉幕府の成立は1192年とされていました。しかし、最近では1185年に改められています。これは頼朝が将軍になったことよりも、朝廷から守護・地頭(今で言う県知事や市長)の任命権を許可されたことを学会が重んじるようになったからです。別に頼朝の事績が変更されたわけでなく、学会の意見が変わったのです。こんな風に学会の意向で定説が変更されることもありますね。それは冥王星が惑星から外されてしまったことからも分かります。別に冥王星は冥王星なんです。何ら価値の変わる物ではありません。変わったのは学会の認識だけです。
※冥王星という曲があります…
実は定説と言うのは、案外脆いものなんですね。しかしこうやって様々な研究や評価が重なり合って討議されることにより、学問は進歩していくのです。ですから、吉村教授の定説への挑戦も、決して嘲笑の対象となることではないのです。もし思惑通りミイラが発見されれば、定説を覆すための第一歩を踏み出すことになりますし、逆に何も出て来なければ、それはそれで定説を補完することになりますから、どちらに転んでも教授の試みは意義あることなのです。
しかし、発掘と言うのは簡単に出来るものではありません。
上記の動画をご覧いただくと、発掘調査がいかに大変な事業であるのかがよく分かります。何よりも資金調達ですね。吉村教授も資金が枯渇したら発掘を中止せざるを得ません。本人が続けたいと思っても、大人の事情でそこで“終了”となる場合だってあります。ですから、掘り続ければ出て来る可能性があったとしても、資金が底を突けば終わりなんです。ツタンカーメン王の墓を発掘したハワード・カーターも、とどのつまりになってようやく見つけたわけですから、もしそれ以前に資金が枯渇していれば、人類はいまだツタンカーメン王の黄金のマスクにはお目にかかっていないかも知れません。
※運が悪ければ…
吉村教授を待ち受ける壁
さて、仮に教授が運よく王のミイラを発見したとしましょう。しかし、それで定説が覆るか、といえばそう簡単なことではありません。クフ王は生前からピラミッドの建設を指揮しています。当然、彼は自分の死後、ミイラや財宝が盗掘に遭うことは経験上十分に承知しているでしょう。ですから、ピラミッド内部ではなく、盗掘者を欺くために敢えて場所を外して埋葬した可能性もあります。また、一定期間ピラミッドにミイラが安置された後、その場所に改葬された可能性さえあるでしょう。また、類似の例が多数発見されない限り、この一例だけをもって結論付けるのは早すぎます。いずれにせよ、ピラミッドが王の墓としての機能を果たすために作られた、という定説を覆すのは容易ではありません。それに、最初にご紹介した動画の中で河江さんが言っていますが、ミイラの「断片」はピラミッドから発見されているとのこと。ということは、ピラミッド内部に王のミイラが安置されていたという可能性は高そうですね。ただ、その断片が本当に王の物であるかどうかは分かりませんが…。河江さんも別の動画で、「歴史学的にピラミッドが墓であると証明するのは極めて難しい」と仰っています。歴史学と言うのは文献によって検証されます。一方、考古学は発掘などの「状況証拠」の積み重ねによって類推される学問です。ですので、マトモな文献が残っていない以上、監視係ばりに状況証拠によってホシをアゲルしかないのです。ですから、学問的には「多分そうだろう」とは言えても、絶対にそうですとは言えないということなのです。
あとは“墓”という概念をどこまで広げるか、という問題もあります。これは実にやっかいな問題です。概念というのは中々曲者なんです。例えば現在、本能寺(移築)にある織田信長の墓の中には、信長の遺髪や遺骨は入っていません。息子の信孝が集めたとされる燃えてしまった本能寺の灰が入っているようです。
※信長の遺体はどこに…
信孝は父親から随分と将来を嘱望されており、四国攻めの総大将に抜擢されるほどでした。まあ、信長の子供の中で使える人材と言えば、長男の信忠と三男の信孝くらいなものです。次男の信雄はご存じの通りのバカ殿ですからね。まあ、そのお陰で長生き出来ましたね。信孝は秀吉に警戒され殺されてしまいましたから。信孝も目をかけてくれる父親のことが好きだったんでしょうね。せめて本能寺の燃えカスを集めて墓碑を作ろうと思ったんでしょう。健気な息子です。また、安土城にも信長の墓があります。ここには不思議な石が信長の霊を慰めるかのように置かれています。一説には、この石は城内の摠見寺に安置されていた「盆山」(ぼんさん)と言い、フロイスによれば信長が「これをオレだと思って拝め!」と家臣に強要していたのだとか。しかし、宣教師は表面上信長を礼賛していますが、裏では神を信じない罰当たり者だと軽蔑していましたから、本当に信長がそんなことをしていたのかは分かりません。
この二つは現在では信長の墓として扱われています。しかし、信長の遺髪や遺体は入っていません。でも墓として機能しており、人々が手を合わせていますね。私も行けばそうします。ですので、仮にミイラが別の場所から出てきたと言っても、ピラミッドが墓として作られていないと結論付けることは本当に出来るのだろうか?と思うわけです。それにこんな例もありますね。
皆さんも記憶に新しいと思います。某研究者の発表したSTAP細胞が実は「ES細胞だった」と理研が発表した一件です。某研究者はマスコミの前で自身の研究成果は間違いでは無いと主張していましたが、当初STAP細胞の作製に成功したと発表した理研が、後日になってそれはES細胞だったとの認識を示したのでした。この事件は、某研究者とその共同研究者であった教授との関係性などもセンセーショナルに報じられ、その教授が自殺するという何とも後味の悪い結果となってしまいました。
研究結果というのは、ただ一人がセンセーショナルなことを発表すればそれでOKというものではないのです。それは単にマスコミを楽しませるだけです。人類の役に立つものであるのかどうかは、その結果を多くの人が研究、考察して論文として発表され、多くの研究者のコンセンサスを得なければなりません。そうしたフルイに掛けられることによって、つまり、多くの研究者の納得を得られる形にしないと、それが定説として定着することは難しいのです。この研究者のように、自分にとって都合の良い結果だけを集積して発表したところで、穴を突かれれば終わりなのです。今はネットがありますから、素人でもちょっと詳しい人なら、「これおかしくないか?」とツッコミを入れる時代となりました。その意味では、実に研究者泣かせの時代と言えるでしょうね。
とは言え…
とは言うものの、先に書いたように、チャンドラセカールのような新進気鋭の研究者が、当時の常識に捉われない研究をしていたことが、将来のブラックホール発見に大きく貢献した事実もあります。
※文字通り汗と涙の結晶…
ですから、必ずしも学会の総意が正しいというわけでもありません。私が一番問題と考えるのは、マスコミや世間が、某研究者の発表したような、たった一人しか発表していないような、あやふやな研究結果に飛びつくことですね。以前、ピラミッド内部に未知の空間が有るといってマスコミや世間が大騒ぎしましたが、その後さしたることもなく鎮火しましたね。幸い、研究者が匙をなげることなく、いまだにこの件を研究し続けていることは有難いことです。
確かに、画期的な発明や発見は面白いですし、大いに期待したくなります。しかし、それが本当にそうであるのかは、時間をかけてゆっくりと「検証」されなければならないのです。タイパを重視しては全く検証不可能なのです。途方もない時間と労力の結果によってのみ、人類に有用な学問的な結果というものは得ることが出来るのです。
何でも早く結果を知りたい。そう思うのは人情ですが、役に立つ物を作り出すというのは、そんなに簡単なことではないのです。少なくとも、タイパを重視する人たちには、決して出来ないことだと私は思います。
吉村教授には、世間の風や周りの声を気にすることなく、学問の発展のために、人生の花道を堂々と進んで頂きたいと思っています。
恐々謹言
