忠猫ミケと八方美人クロ~忘れられない二匹との思い出
運命の猫たち
兄弟姉妹といえど個性は違うものです。それは猫とて同じことです。この二匹と過ごした時間は、私の人生の中で決して忘れられない一時となりました。
今は亡き祖父が連れ合いを亡くして寂しいということで、知り合いから二匹の猫をもらってきたんですね。実に小さな愛らしい猫たちで、箱の中でミャーミャー鳴いていました。一匹はミケ猫でもう一方は黒猫でした。同じ親から生まれて来たのに、何故こんなに毛色が違うのか?
名前は私が付けることとなり、何のヒネリもなく「クロ」と「ミケ」。それでは面白くないので、私の頭の中ではそれぞれが「クロマティ」と「ミケランジェロ」の略称だと思うようにしていました。私は天邪鬼ですから、何かにつけて周囲と同じことをするのが嫌いなのです。
※カール・ルイスとこの人は私の中で忘れえぬ異国人…
忠猫ミケ
クロは大人しくて人懐っこく八方美人。誰彼ともなく姿を見つけると寄って行っては体を擦りつける。そのくせ臆病者なのか家からほとんど出たことがありません。対するミケは野生児そのもの。実に腕の良い狩人です。時々、私の寝床にヘビやらトカゲやらスズメやら戦利品をどっさりと持ち込みます。黒い物体を見つけるとゲンナリ。彼女は私に狩りの仕方を教えているつもりなのか、獲物を見せびらかしたいのか…。でもそういう時は怒っちゃいけないそうですね。誇らしそうにしているミケの顔を覗き込んでは、こうお願いしたものです。
「ミケちゃんよ。お前の狩りの腕はよく分ったから、せめてヘビだけは勘弁してちょうだいな」
私はこの世でヘビが一番嫌いなのです。恐らく前世はカエルだったんでしょう。主人の願いなどどこへやら。彼女はその後もせっせと獲物を運んで来ました。ガックリ。
なぜかミケは私にだけ懐いていました。私は餌も水もやらないのに、なぜか彼女は私にピッタリとくっついてくる。私が帰宅する時は必ず玄関で待っている。耳が良いですから足音が聞こえるんでしょう。風呂に入っていると、私が出てくるまでドアの前で座っている。私が1階から2階の部屋に戻ろうとすると、彼女は私よりも早く階段を駆け上って机の上で休んでいる。
どうやら餌や水は弟の担当だったようで、決まって朝5時になるとミケは弟の部屋の襖を上手に開けて、弟の顔に肉球をペタペタ。弟は眠い眼をこすりつつ蛇口をひねる。彼女は絶対に用意してある水は飲みません。蛇口から流れ出る流水が御用達なのです。弟はミケが水を飲み終わるまでひたすら待っていないといけません。さすがに猫の手を借りても水道は止められませんから。水を飲み終わると今度は餌タイムです。ミケはその場で出された物しか食べないので、前日に出しておくわけにはいかないようです。鮮度が要求されるみたいですね。中々のグルメです。弟は毎日こうした接待を求められていたようです。なぜかミケは私にそうしたルーティーンを求めませんでした。いや、ひょっとすると寝ている時に同じように私の顔をペタペタしたのかも知れません。しかし私は弟と違い頑として起きない。ミケはそれで諦めたのかも。
ミケは自分の体を、私以外の人間にはあまり触らせなかった記憶があります。私は彼女のそうした気高い態度に敬意を感じていました。犬は家族の中に序列を作ると言います。もしかすると、彼女の中で私以外は召使いだと思っていたのかも知れません。そんなミケは、生来肝臓が悪かったようです。よく入院していました。私はヘビだのスズメだのを生で食べているからなのかと思っていましたが、ネコは元々野生の生き物ですから、そんなことではヘコタレナイ造りになっているはずです。その日、私が学校から帰るとミケは家にいませんでした。
「ミケちゃんね、長期入院だって」
母親はなんだか寂しそう。
私は病院へ見舞に行きました。ミケは私の顔を見るとケージに顔をすりつけて、
「連れてってよ」
と懇願している様子です。今までに見たことがないような悲壮感の漂う表情を浮かべていました。
「もうちょっとで帰れるから辛抱してくれ」
私はそう言うのが精いっぱいでした。
別れの時
「一回一人暮らしをしてみろ」
親からそう勧められた私は、実家から出ることになりました。小さなマンションでしたがペットは持ち込めません。仮に持ち込めたとしても、私は何かにつけてモノグサですので、ミケのために餌や水を毎日やるのはおっくうでなりません。まともに面倒をみられないでしょう。それではミケが餓死してしまいます。仕方なく私はミケに、
「時々顔を見に来るからな」
と言って実家を後にしました。それからしばらくミケは弟と仲良く暮らしていたようです。相変わらず下僕のような扱いだったそうですが…。
それからどのくらい経ったのか、ミケがまた入院しました。獣医の話ではもう長くはもたないとのこと。見舞に駆け付けてみると、やせ細ったミケがケージの中にで震えているではありませんか。何とも哀れな姿です。家族と相談して病院からミケを引き取ることにしました。最期は家で看取りたいと母親が涙を流しながら獣医に頼んでいました。それから何日かしてミケは死んだそうです。結局、私は彼女の最期に立ち会うことはありませんでした。ミケはかぼそい声でニャーニャーだったか、ギャーギャーだったか病院のケージの中で鳴いていたのをよく覚えています。
「お前、あんまりじゃないか。私があんなに忠義を尽くしたのに…」
私にはそう言っているように聞こえました。しかし天の定めは何ともなりません。どうしてやることも私には出来ません。ただミケを見つめることしか出来ませんでした。今でも何とも不義理な主人で申し訳なく思っています。
今、ミケの写真は神棚の中に鎮座しています。せめてもの償いと思い、水を毎日やることにしています。(忘れることもありますけどね)
彼女は今、一生懸命、水道の蛇口から水を飲んでいます。
長生きだったクロ
こうしてミケが短命に終わったのに対し、クロは実に長生きでした。20年近い寿命だったような気がします。とにかくクロは家族にべったり。なんでも背中をポンポンされると気持ちが良いらしく、妙に艶っぽい声で鳴くんですね。弟はそれが面白かったらしく、クロを見つけてはポンポンしていました。その度にクロは顔を左右に揺らしながら妙な声で鳴くんです。個性というのは実に愉快ですね。クロはミケとは違い八方美人ですから、誰彼構わず体を触らせます。客人もクロのそうした性格を気に入っている様子で、クロを見つけると喜んで撫でていました。満足そうなクロの顔がいまだに忘れられません。ミケとは同腹姉妹でしたが、仲が良いのか悪いのかさっぱりわかりませんでした。よくケンカをしていましたから。そのくせ、ポカポカ陽気には縁側ではよく一緒にスヤスヤと寝ていましたから、相手のことをどう思っているのだか実のところはよくわかりません。喧嘩するほど仲が良いとは昔から言いますが、果たしてどんなものでしょうか。クロがミケに近寄って行くとミケはよくシャーとやってました。クロはミケのことをそれなりに思っていたのでしょうが、ミケは気分屋なのか自分からクロに寄って行くことは無かったみたいですね。
ミケがあの世に旅立ってからは、クロは家族の愛情?を一身に受けていたようです。弟も私同様に猫好きですから、もうVIP待遇だったと聞いています。今でもそうですが、飼い猫のすずちゃんが餌を食べないと心配になって弟の食欲が減退するほどです。クロは実に幸せ者でした。そんな彼女はミケと違って無事天寿を全うしました。暫くの間、母親と弟の携帯の待ち受けはクロの写真でした。
私があの世に逝ったら…
私はまあクロもそれなりに可愛がってはいましたが、やはりミケの方が可愛かったですね。とにかく私によく懐いていましたので。呼べば来る来る大巨人なみに、私の行動を事前に予測して私の前にさっと現れるエスパーミケ。
※来たぞ大巨人…
それにしても、どうしてミケは私にだけにあのようにかしずいていたのでしょうか?いまだに謎です。餌はやらないほったらかし…。それなのにピタリとくっついて離れない。前世での縁でもあるかしらんと。その謎が解けるのは、恐らく私が死んだ時でしょう。しかし、あの世でミケに合わせる顔がありません。
「よくも私を捨てて逃げたわね。この薄情者!」
そう言うが早いか、私の顔を引っ掻き回すでしょう。果たしてミケは猫の姿のママなのか、老婆の姿なのか、はたまた美人女将のような妙齢な女性の姿にでもなっているのか…。それを見るのもまた一興。どちらにせよ、私は間違いなくコテンパンにやられるだろうから、もうしばらくこの世でノラリクラリと生きていたいと思います。ミケよ、それまでゆっくりと待っていておくれ!
恐々謹言
