流木だと思っていたアキさんのこと〜全編〜
第1話 人としての出会い
25年ほど前。
私は老人ホームで介護の仕事をしていた。
週に1〜2回、夜勤をすることがあって、
私は、夜勤が好きだった。
昼間はやることが多すぎて、目が回るような忙しさ。
でも夜は、静かな時間のなかで、一人ひとりとちゃんと向き合える感じがしてたから。
夜はほとんどオムツ交換をしていて、
そのたびに、私は担当する人たちに「こんばんは」と声をかけていた。
たとえ認知症の人であっても、話ができる人とは、
くだらない話をして笑い合いながら、
できるだけ穏やかに、丁寧に、という気持ちで。
だけど、中にはまったく話せない人や、動けない人もいて、
拘縮(こうしゅく)といって、膝や肘、肩などの関節が固まり、
曲がったまま動かなくなってしまう状態の人もいた。
アキさんも、そのひとり。
右足は膝が曲がったまま固まり、右腕も、肩も肘も手首も、
すべてが曲がった姿勢でかたまっていた。
左手は、頭の後ろにまわったまま。
言葉も発せず、表情の変化もほとんどなかった。
オムツ交換のとき、
アキさんにも「こんばんは」と声をかけていた。
けれど、それはどこか機械的なもの。
ただの作業の一環で、オムツ交換時の“ルーティン”のようなものだった。
正直に言えば、
私はアキさんのことを「人」として見ていなかった。
感情を向ける対象として、そこに存在しているようには感じていなかったのだ。
まるで——“流木が横たわっている”みたいな、そんな感覚で接していたのだ。
ところが、ある夜のこと。
いつものように、「こんばんは」と口にしたその瞬間——
「あ〜」
と、声が返ってきたのだ。
……え? 誰? 今、喋ったのは誰⁈
私はあたりを見回して、声の主を探した。
まさか、アキさんだって思ってなかったから。
キョロキョロしてから、アキさんの顔を見たら、
アキさんは——笑っていた。
私は一瞬フリーズした。ーーそして、理解した。
アキさんは、ちゃんと“そこにいた”のだ、と。
アキさんが発した「あ〜」という、たった一音。
その声で、私は初めて
アキさんが「人」だったことに気づいたのだ。
私は、それまでアキさんに何の感情も持っていなかった。
だって、流木相手に感情は向けられない。
返事が返ってくるなんて、思ってもいなかったから。
でも——
アキさんは、ずっとずっと前から、
私の「こんばんは」を、ちゃんと受け取ってくれていたのかもしれない。
その瞬間、泣きそうになっていた…。
第2話 人としての交流
アキさんが、あのとき声を聞かせてくれた日から。
私は、暇があればアキさんのところに行って、話しかけるようになった。
アキさんは、話すことはできなかったけれど、
私が話しているときは、じっと私の顔を見ていた。
なんとなく、うなずいてくれたりもしながら。
食事の時間になると、アキさんは寝たまま乗れる車椅子で食堂に来ていた。
私は、率先してアキさんの食事の介助を、
するようになった。
アキさんの横で、アキさんに喋り倒していたら、
アキさんも、「あ〜」って返事をしたりして、
二人で会話をするようになった。
その様子を見ていた他のスタッフも、
たぶん——私と同じような衝撃を受けたと思う。
そして、少しずつ、私と同じように、
アキさんに声をかけるようになった。
いや、それはアキさんだけじゃなかった。
話せないと思っていた、他の人たちにも——
みんな、少しずつ声をかけ始めていった。
アキさんは、表情が豊かになった。
左手は、実は動いていた。
ゆっくりだけど、肩の高さくらいまでは下ろすことができていた。
私は思っていた。
私たちは、
この人たちの“感情”を閉じ込めてしまっていたんじゃないか。
“心”を閉ざさせていたんじゃないか。
シカト——なんて生やさしいもんじゃない。
存在を「ないもの」にしてたんだ。
いや、
存在はそこに“あった”。
でも私たちは、「心がない」ように扱っていた。
「感情なんて、もう残ってない」みたいに。
そうやって、
感情を、殺させてしまっていたのかもしれない。
第3話 人としての別れ
アキさんと話すようになって、
しばらくのあいだは、穏やかな時間が流れていた。
アキさんは、いつも笑っていた。
廊下ですれ違って
「今からお風呂?」なんて声をかけると、
動く左手をひらひらさせて返事をしてくれたり。
それを見たスタッフたちも、
ひらひら手を振って、みんなで笑って——
本当に、ゆっくりと、日常を味わうことができていた。
そんな時間が、1年ほど続いた。
あるとき、アキさんが体調を崩した。
80代という年齢もあって、
もともと、あまり食べられる人ではなかったけれど、
さらに食事が入らなくなり、痩せていった——
それでも、アキさんは笑っていた。
「あ〜」って声も聞かせてくれていた。
だけど、明らかに、
弱ってきているのがわかった。
そしてついに、食堂に来ることができなくなった。
ベッドで点滴を受けながら過ごす毎日。
私は時間を見つけては、アキさんの部屋に顔を出して、
その日のことをつらつらと話していた。
アキさんは、私の顔を見ながら、
目をぱちぱちさせて、うなずくように聞いてくれていた。
でも——
アキさんの残された時間は、確実に短くなっていた。
そしてある日。
アキさんの“そのとき”が目前に迫っていた日、
私は夜勤の担当になった。
いつもより少し早めに職場に行って、アキさんに声をかけた。
「アキさん、今日ね、私が夜勤だからね。」
アキさんは、じっと私の顔を見て、微かにうなずいた。
心の中で私は思っていた。
——逝くなら、今日にして。
私がいないところで、バイバイはイヤだよ。
夜勤のあいだ、何度もアキさんの部屋を訪ねた。
アキさんは、いつもの穏やかな顔で、
私に気づくと、笑顔を見せてくれた。
でも、もう時間がないことは、私にもはっきりわかった。
明け方になっても、状態は変わらなかった。
私は夜勤を終えて、最後にアキさんの部屋へ行った。
「アキさん、今から帰るよ。
明日と明後日はお休みだから、来れないんだよ。
お願いだから、私がまた来るまで頑張って…」
そう言った私に、アキさんは、笑いながら左手を伸ばして、
私の頭を撫でてくれた。
涙が止まらなかった。
そのまま誰にも会いたくなくて、
走って帰った。
それが、アキさんとの最後だった。
ほんとうは、わかっていた。
アキさんは、私の前では息を引き取らないだろうって。
もしその瞬間に立ち会っていたら、
きっと、私は壊れていた。
まだその現実を受け止められるほどの器は、私には育っていなかった。
きっと、アキさんはそれを感じていたんだと思う。
その夜、
スタッフから「アキさんが亡くなったよ」と連絡が来た。
ーあれから、25年。
今でも、アキさんの最後の優しい笑顔を、はっきりと覚えている。
思い出すたびに、泣けてくる。
たぶん私は、死ぬまでアキさんの、あの笑顔を忘れないだろう。
あの人は——
私にとって、かけがえのない恩人だった。
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