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【クソたちの挽歌】 永田町の国賊ども天罰下れ!

永田町のコンクリートジャングルに、今宵もまた、腐敗した脂の匂いが漂っている。かつて「代議士」と呼ばれた生き物たちは、今や国民の血税を吸い上げることに特化した、ただの高級な寄生虫へと進化を遂げた。彼らの生態は極めてシンプルだ。口を開けば「国民の生活を守る」という手垢のついた嘘を吐き、手を動かせば利権の汁を啜るためのハンコを押す。

黄金の椅子に座る亡者たち

彼らにとって、国民とは「4年に一度、自分たちの地位を維持するための記号」に過ぎない。増税、物価高、社会保障の崩壊。足元で悲鳴を上げる民衆の声を、彼らは特注の防音室(高級料亭)で聞き流す。 「痛みは分かち合うものだ」と説きながら、自分たちの懐にはキックバックという名の鎮痛剤を流し込む。その様は、泥舟が沈みかけているというのに、甲板で豪華な晩餐会を開き、せっせと救命ボートにシャンパンを積み込む愚者の群れのようだ。

虚飾のパレード

テレビに映る彼らの顔を見てほしい。厚顔無恥を絵に描いたようなその表情。不祥事が露見すれば「記憶にございません」と、医学界も驚愕の都合の良い健忘症を発症し、ほとぼりが冷めればまた、ふんぞり返って不遜な笑みを浮かべる。 彼らが守っているのは「国」ではない。「次の選挙までの自分の椅子」と、「死ぬまで離したくない既得権益」である。政治という崇高な看板を掲げながら、その裏で行われているのは、幼稚園児以下の責任のなすりつけ合いと、札束による殴り合いだ。


願わくば、その末路に

さて、この「クソたちの挽歌」のクライマックスは、どのような旋律を奏でるべきだろうか。

皮肉なことに、彼らがどれほど黄金を積み上げようとも、最期に待っているのは**「虚無」という名の清算**である。国民の未来を売り払って得たその地位も、歴史という冷徹な審判の前では、ただの汚物として記録されるに過ぎない。

  • 名前なき墓碑銘: 子孫に誇れる仕事など一つもなく、ただ「国を衰退させた戦犯」として教科書のスミに小さく刻まれる。

  • 孤独な晩年: 権力という魔法が解けた瞬間、周りにいた太鼓持ちたちは霧散し、残るのは金で買った偽りの敬意と、冷え切った家の中だけ。

  • 民衆の審判: 彼らが切り捨てた若者たちの怒りが、いつかその高い城壁を突き破り、彼らの「逃げ切り」を許さない日が来る。

彼らが地獄の門を叩くとき、その手には重すぎて持ちきれないほどの、国民から奪った「恨みの硬貨」が握られていることだろう。その重みで、誰よりも深く、誰よりも暗い底へと沈んでいく様を想像するのは、せめてもの毒を含んだ娯楽である。

願わくば、彼らの墓前に供えられるのは花ではなく、彼らが愛してやまなかった**「領収書のない裏金」という名の紙屑**であらんことを。

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