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[ショートショート]脳内チップ

男は脳内に埋め込まれたチップの通知で
目を覚ました。

『本日のアイディアを送信しました』

男はチップから送られてきたアイディアを
原稿へ書き起こす。

作家になって三十年。一度もスランプはない。すべて、この特殊なチップのおかげだった。


ある日の午後、メンテナンス業者が訪ねてきた。工具箱から取り出した装置を耳の
後ろに当てる。
微かなノイズが走った。

「そろそろ交換時期ですね」

業者は手際よく古いチップを抜き取ると、
小さな傷口を絆創膏で押さえた。

「新しいチップは一ヶ月ほどで届きます。
 その時に埋め込みますので」

男は急に不安になった。
「……困ったな。
 チップなしで作品なんて書けないぞ」

その夜、男は眠れなかった。
締切だけが頭をよぎる。

本を読み漁り、資料を集め、新聞もテレビも隅々まで目を通す。

何かヒントがあるはずだ。

だが、何を考えればいいかさえ分からなかった。

翌日からは図書館へ通い詰めた。
ありとあらゆる分野の本を読み、必死に
メモを取る。
それでも何も生まれない。

「……私にはもう、書けないのでは……」

焦りだけが膨らむ。
そして男は、とうとう過労で倒れてしまう。

目を覚ますと病院のベッドだった。
点滴のリズムとともに意識が戻る。

担当編集の中村が顔を覗き込んだ。
「締切まで、あと三日です。
 間に合いますか?」

「……何とかするさ」
力なく答えると、中村は原稿用紙とペンを
置いて出ていった。

男はため息をつき、白い原稿用紙に
目を落とす。

そこへ夕食が運ばれてきた。
「目を覚まされたんですね。
 食欲はありますか?」

看護師との何気ない会話。久しぶりに
誰かと言葉を交わした。
その時間が、空っぽだった心に静かに
染み込んでいく。

二日後、退院した男は家路についた。
途中、公園では子どもたちが走り回っている。転んでは笑い、笑ってはまた走る。

その姿を見つめているうちに、胸の奥が
熱くなった。
「……私は長い間、感動することを忘れていた」

男は帰宅すると、夢中で原稿を書き始めた。

病院での出来事。
看護師との会話。
子どもたちの笑顔。

アイディアではなく、自分が感じたことを
そのまま書き続けた。
つたない文章だった。

それでも書き終えた男の表情は、
どこか満たされていた。

原稿を読み終えた中村は、苦笑いした。
「……これはボツですね」
男は肩を落とす。
しかし中村は続けた。

「先生らしくありません。
 連載には使えません。でも……
 きっとベストセラーになります」

その言葉どおり、本は発売と同時に話題となり、作家人生最大のヒット作となった。

「やはり、チップに頼らない作品のほうが
生々しくて読者の心に届くのだろうな…」

男は新しいチップを埋め込むと、
翌朝6時にアラームをセットした。
「これで明日からアイディアが山ほどくるぞ」

どうやら、スランプだけは……
二度と味わいたくないらしい。

#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門

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