[ショートショート] 動機
男はわが子を殺した。
「この子が年老いて死んでゆくかと思ったら、可哀想になって、つい……」
取調室は凍りついた。
刑事はペンを持つ手を止め、男の顔を見た。
そこには、涙を流すでもなく取り乱すでもない、穏やかな表情があった。
「……つまり。将来死ぬのが可哀想だから、
今殺したと?」
「はい」
男は静かに頷いた。
「人は必ず老います。そして病にかかり、
やがて死ぬ。
あの子も例外ではない。シワだらけになって身体も思うように動かなくなって……。
それを思うと耐えられなかったんです」
男は続けた。
「転んで泣いた時も、注射を怖がった時も
私は守ってきました。
でも“死”からは守れない」
沈黙が落ちた。
「ならば、せめて……」
男は、そこで初めて微笑んだ。
「最も美しい状態のまま、永遠に守ってやろうと……」
刑事の喉が、ひゅっと鳴った。
机の上には、押収された写真がある。
公園で笑う子供。
誕生日ケーキの前ではしゃぐ子供。
眠る子供。
どれも幸福そのものだった。
「……あなたはそれを
“守る”と言うんですか……?」
男は俯いたまま、ぽつりと呟いた。
「人は……
子を愛していると、何でもしてしまうものですよ」
その言葉を、刑事は記録できなかった。
