小説 『死神の資格』サスペンス one
「あのさ、
そろそろ犬の散歩の時間なんだけど」
神崎遼は平然と話した。
その声には焦りも苛立ちもない。
まるで冷蔵庫に牛乳が残っているかを確認するような、
どうでもいい日常の一コマを切り取ったような調子だった。
遼はべッドに腰掛け、
携帯の録音機能を使い
佐々木道隆の謝罪を
録音しようとしてしていた。
「ふざけるな。犬の散歩だと。
人の命をなんだと思ってるんだ」
佐々木は嗚咽交じりで、
怒りを露わにしていた。
声を荒げれば助かるかもしれない、
そう信じたい必死さが言葉の端々に滲んでいた。
「徳川綱吉知ってるよね。
生類憐みの令っていい法律だと思わない。
人以外の命は大切だと僕も思うな」
遼は日常会話でもしてるような感じで話す。
話題の飛躍に、理屈はない。
あるのは、遼にとっての「自然な価値観」だけだった。
佐々木はインシュロックで
手を後ろ手に縛られ、
謝罪を強要させられていた。
プラスチックの結束バンドは、
皮膚に食い込み、時間が経つごとに感覚を奪っていく。
だが、痛みよりも恐怖の方が圧倒的に勝っていた。
「おじさんさ、
これ以上引き伸ばすならナイフかな。
たぶん痛いし、
自分も返り血浴びる可能性あるからさ
あんまり使いたくないんだよね。
謝罪早く録音させてよ。
死に方選べるんだから早く選んでよ」
遼は淡々と喋る。
交渉でも脅迫でもない。
単なる「選択肢の提示」。
遼にとってこれは、効率の話だった。
「謝罪したら私をすぐ殺すだろ」
佐々木は泣きながら、
なんとか助かろうとしていた。
涙が頬を伝い、床に落ちる。
その音だけが、この部屋で生きている証のようだった。
「まぁ。そうだけど。
どのみち死ぬんだから
ナイフは痛いし、
自分も返り血浴びないし、
早く謝罪して
毒飲むか、首吊るか選んでよ。
その方がお互いwin-winだと思うけど」
遼はこの状況を残念そうに話した。
合理的であることが、
この場では一番の狂気だった。
「頼む。いくらだ。いくらで雇われた。
私はその倍払う。助けてくれ」
佐々木は懇願する。
金額を提示すれば、
人間関係は変えられる。
それが、これまで佐々木が生きてきた世界の常識だった。
「50万だけど、
悪い人の命にそんな価値ないでしょ。
仕事はちゃんとしないといけないし、
約束は破ったらだめでしょ。
おじさんもそう思うでしょ」
遼は無表情で話す。
価値観のズレは、
もはや修正不可能な距離まで広がっていた。
「このサイコパスが…」
「そろそろこのやりとり
飽きてきちゃったな。
謝罪録音すると
10万円別料金でもらえるんだけど、
もういいや。
ぺっキー(犬の名前)が寂しがってるだろうし、
刺すね」
遼はナイフを持って
佐々木に近づいた。
金属が光を反射する。
その一瞬で、佐々木は理解した。
ここに情けはない、と。
「うー。わかった。謝罪する」
恐怖が、ようやく理性を上回った。
ーーー
8日前
遼と、遼の彼女(源綾香)は
殺人の依頼を受けた。
依頼は機密性の高いSNSで受けている。
・殺人1名→50万
(オプション)
・殺害される人からの謝罪→10万円
・殺害される人を拷問する→200万円
料金表は簡潔で、
感情の入り込む余地はない。
依頼を受けるかどうかの判断は
綾香がしている。
「遼君、今日は依頼人に会ってくるから
パチンコ屋は1人で行ってきて」
綾香はそう言うと、
遼の口にキスをして家を出た。
日常の延長線上に、
非日常が自然に組み込まれている。
「はーい。綾ちゃん。気をつけてね」
遼が優しく見送る。
この優しさが、
誰に向けられているのかは限定的だった。
遼と綾香は傍目から見れば
ただのパチンカスカップルだ。
週5日、2人でパチンコ屋に行き
毎月2人でだいたい
30万〜40万程稼いでいる。
殺人の依頼を受けていることを除けば、
普通の仲良しカップルだ。
「除けば」という一言が、
すべてを狂わせている。
パチンカスだが、パチンコ屋へ行く時は
小綺麗な格好をして2人は出掛ける。
稼がせてもらってる礼儀
だと2人は考えている。
殺人の依頼は月1件にしている。
それ以上すると、
捕まるリスクが高まってしまうし、
月50万あれば、
パチンコ屋での稼ぎも合わせれば
それなりの生活ができるからだ。
生活設計の一部として、
「殺人」が組み込まれている。
遼は悪い人の命を奪うことに
躊躇いがない。
悪い人かどうかの判断は綾香がしているが、
遼はその判断に微塵も疑いなどはない。
綾香も依頼人だけからの情報を
一方的に聞く。
依頼人ファーストだ。
正義は常に、
一方向からしか見られていない。
2人は現代版『必殺仕事人』
だとよく話している。
実際のドラマは見たことないが、
『必殺仕事人』シリーズは、
パチンコ屋で人気があるので
内容はなんとなく把握している。
「パラパー、パラパパー、パラパー、
ヅンドコ、ヅンドコ、ヅンドコ…」
の効果音がテンションを上げてくれる。
とても面白そうなドラマだ。
現実より、
演出の方が分かりやすい。
ーーー
綾香は依頼人(迫田遥)の自宅の
綺麗なアパートに着いた。
3階建てのオシャレなアパートだ。
迫田は202号室に住んでいる。
生活感が整いすぎていて、
逆に人の孤独を強調していた。
「ピンポーン」
「殺人の依頼を受けた者ですが」
綾香はインターホン越しに
にっこり笑い話す。
その笑顔は、
相手を安心させるために最適化されていた。
「どうぞ」
可愛いらしい声が
インターホン越しに聞こえる。
オートロックが開く、
綾香は階段で202号室に向かった。
階段を上る足音が、
やけに大きく響く。
綾香は玄関で再びインターホンを押す。
すぐに玄関の鍵が開く音が鳴り、
迫田が扉を開く。
「どうぞ」
「お邪魔します」
綾香は履いていたパンプスを脱ぎ、
綺麗なダイニングに案内された。
依頼人の迫田の顔をまじまじ見る。
(すごい綺麗な人。
女の私が見ても、ドキドキするくらい綺麗)
迫田は小柄で痩せていて、
端正な顔立ちをしている。
目が大きいのが特徴的で、
見ているとおっとりしてしまう。
だが、元気がないのも一目で分かる。
まぁこんな依頼してくるくらいだから
悩んでいるのだろう。
楕円形のオシャレな木目が印象的
なテーブルに対面で座ると、
迫田は今回の依頼の件を話し始めた。
「殺害して欲しい相手は『佐々木』
という男なんですが」
迫田は申し訳なさそうに淡々と話す。
「私、フリーランスのライターしてまして、
5年ぐらい確定申告してなかったんですが、
そろそろちゃんとしないとって思って、
税理士の『佐々木』のところに
相談しに行ったのですが・・」
声が詰まる。
「税務署にバレたら500万円ぐらい
払うことになるって言われ、
税務署に黙ってるからって
体の強要されてるんです」
迫田は泣き始めた。
「最低ー。許せない」
綾香は本気でムカムカし出した。
感情は、
この仕事において唯一のスイッチだった。
「毎週、1回は佐々木に会わなくては
いけなくて、
もう限界なんです」
「大丈夫だよ。
すぐに解決してあげる」
綾香はそう言うと、
迫田の手を握った。
その手の温もりは、
一時的な救いでしかないと知りながら。
