エッセイ『ポンコツ不動産屋』
俺は、3年半程前に今の家へ引っ越してきた。
そこで出会ったポンコツ不動産屋(浅野・本名・30歳前後)の話を書いていきたい。
当時の俺は都内寄りの埼玉県に住んでいた。
車で都内に出るには大きな橋を渡らなくてはならず、その橋が朝も夕方もとにかく混む。橋を渡るだけでかなり時間を取られるので、「もう都内へ引っ越そう」と考えていた。
俺の地元は都内の北の方にあるので、土地勘もある北側で、地元から少しだけ離れた場所を探していた。
なぜ地元から少し離れるのか。
それは地元の怖かった先輩達が、いまだに現役で地元で幅を利かせているからだ。
「地元の怖い先輩、地元離れない説」を発表したいぐらいである。
たまに地元で友達と飲んだりすると、怖かった先輩達が偶然店にいたりする。目が合った瞬間に「あっ、いた」と見つかり、そのまま席まで呼ばれることも珍しくない。
けっこう絡まれたりするとめんどくさいのだ。
半年程前も地元で飲んでいると、怖い先輩が近寄ってきた。
「隆の弟〜。一緒に飲もうぜ」
俺は2個上に兄(隆・仮名)がいるので、この呼ばれ方を永遠にされている。
(コーサクって名前いつ覚えんねん)
といつも思う。
こいつらが会社の総務にいたら、こんな名刺を作ってくるだろう。

そして先輩達が酔ってくると、死ぬほどつまらない、昔どこどこと揉めた話が延々と続く。
スターウォーズよりエピソードを持ってやがる。
やっと終わったと思ったらエピソード0へ戻りやがる。
「いや、その話さっき聞いたぞ」と思っても、お構いなしにもう一周始まる。
挙句の果てには、
「○○中の○○見つけたらマジやってやるよ」
とか言い始める。
(50前後のおっさんが何言ってんの?)
としか言いようがない。
その日は決め台詞で、
「俺がこの街を守ってるからよ」
と言っていた。
(早くヒーローアカデミアに入ったらええんちゃう)
という理由で、地元から少し離れた場所で引っ越し先を探していた。
俺の住みたい条件は、1DK以上で築10年以下、家賃12万以下、都内北側で地元から離れている場所で探していた。
この物件いいなと思うのをネットで見つけ、内覧の希望を出すと、
次の日、浅野から連絡が来た。
浅野はポンコツだが、一応CMなどもしている不動産会社(仲介会社)の社員だ。ネームバリューもある会社だったので、最初の俺は「大手なら安心だろう」と浅野を信頼していた。
俺が内覧を希望していた物件は、すでに契約が決まってしまったので、新築の1Kの物件はどうかと勧められた。
俺は1DK以上が希望だが、とりあえず浅野お勧めの物件を見に行くことにした。
休日の夕方頃、待ち合わせ場所へ向かう。
俺は10分前ぐらいには着いていたが、浅野から連絡が来た。
「道が混んでいるので10分程遅れます」
とのことだ。
(まあ、しょうがないか)
と思い、スマホを見ながら浅野を待っていると、小走りで半笑いの浅野がやって来た。
これかなり似てる

(何、遅刻してきて笑っとんねん)
が、浅野のファーストインプレッションだった。
「ほんとうに、すいません」
浅野は半笑いのままそう言い、名刺を渡してきた。
浅野をよく観察すると、天パなのか寝ぐせなのかわからないウェーブヘアで、黒縁眼鏡をかけ、少しくたびれた安物のビジネスシューズを履いていた。
営業マンらしい清潔感というより、「朝ギリギリに飛び出してきました」という雰囲気が全身から漂っている。
(仕事できなそうだなあ)
と思いながら、浅野の後についていった。
部屋は6畳程の間取りで、思った通り狭かった。
だが新築で綺麗なので、そこだけは目を引いた。
壁紙も床も真新しく、水回りもピカピカだ。
俺は部屋を隅々までチェックして、ベランダを開けると、すぐ下に小学校が見えた。
さっきまでは気にならなかったが、ベランダを開けると子供達の元気な声が気になった。
さらに俺は床に寝そべって、子供達の声を聞いてみた。
するとさらに大きな声に聞こえた。
「声けっこう気になりますね」
と浅野に言うと、浅野も
「自分も寝そべって聞いてみていいですか?」
と言ってきたので、
「いいよ」
と言うと、浅野は俺の隣に寝そべり、少し耳を澄ませたあと、こう言った。
「あ、ほんとだ。うるさいですね」
(何ほんとうの感想言っとんねん。おまえの仕事はそういう物件を契約に導くことやぞ)
と俺は思ったが、
「ちょっとここはパスですね」
と穏やかに言い、その日の内覧は終了した。
その日以降も浅野とのやり取りは続いていたが、浅野が持ってくる物件は俺の条件を満たしていなかったり、無駄に広くてぼろい物件だったりと、どこか決め手に欠けるものばかりだった。
条件は満たしているが、階段で4階まで上がらないといけない物件など、「あと一歩」が足りない物件が多かった。
やり取りを続けて2週間程たった頃、ついになかなか条件のいい物件を浅野が紹介してくれた。
俺は次の休みの日の3時頃、浅野が紹介してくれた物件の前で待っていた。
しかし3時を過ぎても浅野の姿は見えない。
連絡がないのも不思議だった。
2.3分程過ぎたので、俺は浅野の携帯へ電話をしてみた。
「コーサクですが、まだ着いてないですかね?」
すると、
「え、私もう着いてますよ」
と返ってきた。
「自分も着いてるんですが、どちらにいます?」
なぜか会話が噛み合わない。
俺は住所を言い、
「○○町○○マンションで合ってますよね?」
と聞いた。
「え、すいません。同じマンション名の別の方へ来てしまいました。ここから急いでそちらへ行きますので、お待ちいただけますか?」
俺は呆れていた。
怒りなど微塵も感じなかった。
(おまえが紹介した物件やぞ)
とは思ったが。
15分ぐらい待っていると、浅野は汗だくで走ってきた。
ネクタイは曲がり、額から汗を流しながら何度も頭を下げている。
俺は少し嫌な予感を感じていたので浅野に聞いてみた。
「ここのマンションの鍵持ってますよね?」
浅野は顔面蒼白になり、申し訳なさそうな顔をしていた。
その表情を見た瞬間、俺はだいたい察した。
俺はもう呆れも通り越し、同情し始めていた。
「せっかくだから、そっちの間違えた物件見てみますか」
俺がそう言うと、浅野は頭をポリポリ掻き、
「ほんとうにすいません」
と言った。
「もう気にしないでください」
俺はそう言い、車を止めた駐車場へ向かった。
料金を払おうとすると、浅野が、
「ここは自分が出します」
と俺の前へ立ち、料金を払おうとした。
だが俺は、
「経費で落とせるからいいですよ」
とお金を払おうとすると、浅野は
「いいんですか?」
と言い、すぐ食い下がった。
(食い下がるの早!)
とは思ったが、俺は料金を支払い、浅野を助手席に乗せ、ナビをしてもらった。
車内では浅野が普段どんな仕事をしているかなど、和やかな雰囲気で話しながら、間違えたマンションへ向かった。
近くの駐車場で車を止め、浅野と一緒にマンションへ向かった。
そこは路地から少し奥まったところに建物があり、マンションは築1年でとても綺麗だった。
外観もエントランスも新しく、見た瞬間に「これは良さそうだな」と思える物件だった。
部屋も1番奥にあり、1階だったので浅野に、
「ここに車とか止めても大丈夫?」
と聞くと、
「1日ぐらいとかなら平気です」
と、絶対に大家に許可もらってねーだろ、という返事が返ってきた。
部屋の中に入ると1DKで、自分が想像していた理想の広さだった。
寝室とダイニングキッチンとの仕切りが外せるようになっており、それも開放感を俺に与えてくれた。
窓から差し込む光も明るく、部屋全体が実際の広さ以上に広く感じられる。
風呂も広い。
ほぼ完璧な物件だった。
俺は収納の大きさや水回りなども一通り確認し、5分ぐらい部屋を見て、
「ここに決めるわ。間違えてくれてありがとう」
と微笑んで、浅野に感謝を伝えた。
「そう言ってもらえてほんとに嬉しいです」
と浅野は恥ずかしそうにハニカんだ。
さっきまで何度も頭を下げていた男とは思えないほど、少し安心したような笑顔だった。
(でもこんな偶然あるんだな)
と俺は、浅野がへまをしたのも、神にコントロールされているような錯覚さえ覚えた。
もしあのまま予定通りの物件だけ見ていたら、この部屋には出会えていなかった。
そう考えると、浅野のポンコツぶりにも少しだけ感謝したくなった。
浅野はその場で契約条件などを説明し、
「今回迷惑をかけたので、敷金が2ヶ月となっていたんですが、1ヶ月に減らせるようにします」
と言っていた。
(おまえにそんな力があるのか?)
と不安だったが、ほんとに1ヶ月分減らしてくれた。
あの時だけは、浅野が少しだけ有能に見えた。
浅野とはその後少しやり取りをしてから会っていないが、
今も元気に間違え続けていることだろう。
