――みんなが同じ空を見上げていても、願っている天気は同じとは限らない。
6月に入り、雨の日が増えてきました。
しとしと降る雨なら、
少し静かな気持ちにもなれます。
でも最近の雨は、
時に大雨となり、生活に不安を与えることもあります。
どうか皆さんも、
天気予報や地域の情報を確認しながら、
無理のない行動をしてください。
こんな時期に雨の話をするのも、
少し迷いました。
でも、ふと昔のことを思い出したので、
今日は少しだけ書かせていただきます。
私は、小さい頃、雨が好きでした。
雨が降ると、
長靴を履いて、
レインコートを着て、
傘をさして外を歩くのが好きでした。
小学校の頃などは、
雨の日に何の用事もないのに、
わざわざ外へ出て歩いていたこともあります。
傘に当たる雨の音。
長靴で水たまりを踏んだ時の、
ぱしゃっという感触。
レインコートの中にこもる、
少し湿った空気。
晴れの日には見慣れた道も、
雨の日には少し違って見えました。
空は暗いのに、
水たまりには光が映っている。
人通りは少ないのに、
傘の下だけは、自分だけの小さな部屋みたいになる。
今思えば、
私は雨そのものというより、
雨の日だけに現れる、
少しだけ違う世界が好きだったのかもしれません。
でも、大人になった今、
正直に言えば、やはり雨は少し嫌です。
会社に行くにも、
傘をさして、
雨合羽を着て、
カバンを背負って、
それだけで出勤前から少し疲れてしまいます。
電車に乗れば、
濡れた傘が誰かに当たらないか。
服を濡らしてしまわないか。
そんなことも気になります。
雨の日の通勤は、
ただ移動しているだけなのに、
いつもより気を遣います。
お客様のところへ訪問する日などは、
なおさらでした。
変な格好で行くわけにはいきません。
かといって、
長靴を履いて訪問するわけにもいきません。
靴の中に雨が染みて、
足がべちゃべちゃになる。
ズボンの裾が濡れる。
カバンも濡れる。
それでも、
何事もなかったような顔をして、
お客様先に入らなければいけない。
子どもの頃、
あんなに好きだった雨は、
大人になると、
少し面倒で、
少し気を遣うものに変わっていました。
同じ雨なのに、
見え方が変わる。
雨が変わったのではなく、
私の立場や生活が変わったのだと思います。
それでも、雨音を聞いていると、
子どもの頃の記憶が、ふっと戻ってくることがあります。
小学校の頃、
遠足や運動会の前日になると、
みんなでてるてる坊主を作りました。
「明日、晴れますように」
白いティッシュを丸めて、
輪ゴムでしばって、
顔を描いて、
窓辺に吊るす。
子どもにとって、てるてる坊主は、
小さな願いを形にするものだったのだと思います。
ただ、私は少し変わっていました。
運動会が、あまり好きではなかったのです。
走るのが遅かったわけではありません。
運動が嫌いだったわけでもありません。
最初は、
炎天下の中で何時間も外に座っている時間が、
ただ苦痛なのだと思っていました。
暑い校庭。
白く光る砂。
じりじりと照りつける太陽。
「早く終わらないかな」
そんなことを思いながら、
私は運動会の日を迎えていた気がします。
でも、今になって思うと、
それだけではありませんでした。
もうひとつ、
小さな思い出があります。
私の家は、両親が共働きでした。
今思えば、
両親も毎日忙しく働いていて、
きっと大変だったのだと思います。
だから運動会の日に、
応援に来てもらうことは、
あまりありませんでした。
お昼の時間になると、
校庭のあちこちで、
家族と一緒にお弁当を広げる人たちがいました。
レジャーシートの上に座って、
おにぎりを食べたり、
唐揚げをつまんだり、
水筒のお茶を飲んだり。
そんな光景を横目に、
私は教室でお弁当を食べていました。

親が来ていない子は、
教室で食べることになっていたのだと思います。
別に、誰かに意地悪をされたわけではありません。
先生も、きっと気を遣ってくれていたのだと思います。
それでも、
子どもの私には、
その時間が少し寂しかったのです。
炎天下で座っているのが苦痛だったこと。
そして、
お昼の時間に、
自分だけ少し違う場所にいるように感じたこと。
その両方が重なって、
私は運動会があまり好きになれなかったのかもしれません。
だから運動会の前の日、
みんなが晴れを願っている中で、
私はこっそり、違う願いを込めていました。
ティッシュを丸めて、
てるてる坊主を作る。
でも、窓辺に吊るす時には、
それを逆さまにする。
いわゆる、
“ふれふれ坊主”です。
「明日、雨になりますように」
そんな願いを込めて、
私は逆さまのてるてる坊主を飾っていました。
すると、兄弟からよく言われました。
「何やってるの?」
それはそうです。
運動会の前の日に、
晴れを願うてるてる坊主ではなく、
雨を願うふれふれ坊主を吊るしているのです。
みんなから見れば、
少し困ったことをしている子どもだったのかもしれません。
それだけではありません。
ティッシュを丸めて作っていたので、
親にもよく怒られました。
「もったいないことするんじゃない!!」
たしかに、その通りです。
親から見れば、
それはただティッシュを無駄にしているだけだったのかもしれません。
でも、子どもの私にとっては、
その丸めたティッシュにも、
ちゃんと意味がありました。
それは、ただの紙ではなく、
言葉にできない本音をぶら下げるための、
小さな人形だったのです。
今になって思います。
晴れてほしい人もいれば、
雨が降ってほしい人もいる。
遠足を楽しみにしている子もいれば、
運動会が少し憂うつな子もいる。
家族とお弁当を食べる時間を楽しみにしている子もいれば、
その時間が少し寂しい子もいる。
同じ空を見上げていても、
願っている天気は、
みんな同じとは限りません。
大人になると、
そういうことは少しずつ分かってきます。
誰かにとっての晴れは、
別の誰かにとっては、
少ししんどい日かもしれない。
誰かにとっての雨は、
別の誰かにとっては、
ほっと息をつける日かもしれない。
天気だけではありません。
仕事でも、
学校でも、
家庭でも、
人間関係でも。
みんなが喜んでいることを、
自分も同じように喜べない時があります。
みんなが楽しみにしている予定を、
自分だけ少し重たく感じることがあります。
そんな時、
「自分は変なのかな」
と思ってしまうことがあります。
でも、今なら少し思います。
それは、変なのではなく、
その人なりの事情や感覚があるだけなのかもしれません。
あの頃の私は、
運動会の前日に、
逆さまのてるてる坊主を吊るしていました。
怒られながら。
笑われながら。
少し後ろめたい気持ちになりながら。
でも、あの逆さまのてるてる坊主は、
子どもの私の小さな本音を、
ちゃんと知っていてくれた気がします。
「晴れなくてもいい」
「今日は雨でもいい」
「みんなと同じ願いじゃなくてもいい」
「少しだけ、あの時間から逃げたい」
そんな気持ちを、
何も言わずに、
窓辺でぶら下げてくれていたのです。
白いティッシュで作った、
小さな小さな願い。
親から見れば、
もったいないティッシュ。
兄弟から見れば、
おかしな人形。
でも私にとっては、
少しだけ救いのようなものだったのかもしれません。
大人になった今、
私はもう運動会の前日に、
ふれふれ坊主を作ることはありません。
雨の日の通勤は、
やっぱり大変です。
濡れた傘を持って電車に乗るのも、
靴の中が湿っていくのも、
カバンが濡れるのも、
できれば避けたい。
お客様先へ行く日なら、
なおさら雨は困ります。
だから今の私は、
きっと普通にこう思います。
「明日は晴れてほしいな」
子どもの頃とは、
願う天気が少し変わりました。
けれど、心の中では、
時々、逆さまのてるてる坊主を吊るしている気がします。
「今日は少し休みたい」
「無理に晴れなくてもいい」
「雨の日みたいに、静かに過ごしたい」
そんな気持ちになる日があります。
もちろん、
大雨や災害につながるような雨は怖いものです。
だからこそ、
安全には十分気をつけなければいけません。
それでも、
静かに降る雨の日に、
少しだけ心が落ち着くこともあります。
雨の日には雨の日の時間があり、
晴れの日には晴れの日の時間がある。
どちらが正しいということではなく、
どちらにも、それぞれの意味がある。
そんなことを、
子どもの頃の逆さまのてるてる坊主が、
今になって教えてくれているような気がします。
窓の外で、雨が降っています。
昔のように長靴を履いて、
何の用事もないのに外を歩くことは、
もう少なくなりました。
でも、雨音を聞いていると、
あの頃の自分を少し思い出します。
レインコートを着て、
傘をさして、
水たまりを踏んでいた子どもの私。
そして、運動会の前日に、
こっそり逆さまのてるてる坊主を吊るしていた私。
あの頃の私に、
今なら少し笑って言える気がします。
「分かるよ」
「晴れてほしくない日も、あるよね」
「みんなと同じ願いじゃなくても、大丈夫だよ」
「寂しかった気持ちも、ちゃんと覚えているよ」
雨の日の窓辺に、
そんな小さな声が残っている気がしました。
このショートショートが伝えたいこと
みんなが同じ空を見上げていても、
願っている天気は同じとは限りません。
晴れを願う人もいれば、
雨に救われる人もいます。
子どもの頃に雨が好きだった人が、
大人になって雨を少し面倒に感じることもあります。
楽しそうに見える行事の中で、
少しだけ寂しさを抱えている子もいます。
同じ出来事でも、
その人の年齢や立場、生活によって、
感じ方は変わっていくのだと思います。
それは、わがままではなく、
その人の中にある小さな本音なのかもしれません。
誰かと違う願いを持っていても、
自分を責めなくていい。
晴れの日も、雨の日も、
その人にとって必要な時間がある。
逆さまのてるてる坊主は、
そんな子どもの頃の本音を、
今も静かに教えてくれている気がします。
てるてる坊主の豆知識
てるてる坊主は、
晴れを願って窓辺や軒下に吊るす、
日本の身近な風習です。
由来には諸説ありますが、
中国の「掃晴娘(サオチンニャン)」という、
晴天を祈る女の子の人形が元になったという説もあります。
国立国会図書館のレファレンス協同データベースでも、「掃晴娘」が由来として紹介されている資料が確認できます。(レファレンス協同データベース)
また、てるてる坊主は、最初から顔を描かずに吊るし、
晴れたあとに感謝を込めて顔を描く作法があるとも紹介されています。(All About(オールアバウト))
そして、雨を願う時には、逆さまに吊るして、
「ふれふれ坊主」や「あめあめ坊主」と呼ぶ風習もあるそうです。(All About(オールアバウト))
晴れを願うてるてる坊主。
雨を願うふれふれ坊主。
どちらも、
人の願いを小さな形にしたものなのかもしれません。
最後に
6月に入り、雨の日が増えてきました。
特に6月3日、4日、5日頃は、地域によって大雨となる可能性があります。
雨は、時に懐かしい記憶を連れてきてくれます。
でも同時に、大雨は土砂災害や河川の増水、道路の冠水など、
大きな危険につながることもあります。
どうか皆さんも、天気予報や地域の防災情報をこまめに確認しながら、
無理のない行動をしてください。
外出の予定がある方は、
時間に余裕を持って、
危ない場所には近づかず、
少しでも不安を感じたら早めに安全な場所へ。
雨の日の記憶が、どうか皆さんにとって、
穏やかなものとして残りますように。

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