山のあいだを流れる、小さな川。
その川辺に、まんまるな石ころがいました。
石ころは、毎日同じ場所から、きらきら光る水を眺めていました。
川の水は、休むことなく流れていきます。
さらさら。
きらきら。
ときどき、小さな葉っぱが石ころの前を通り過ぎていきました。
「川の向こうには、なにがあるのかな」
石ころは、流れていく葉っぱを見るたびに、遠くの世界を想像しました。
けれど、石ころは動けません。
今日も川辺から、静かに水を眺めていました。

ある日のことです。
空から、ぽつりと雨が落ちてきました。
ぽつり。
ぽつぽつ。
やがて雨は、草や花を優しく濡らし始めました。
川の水も、少しずつ増えていきます。
石ころの足元まで水が来ると、体がほんの少しだけ揺れました。
ゆらり。
ころっ。
「あれ?」
石ころは驚きました。
もう一度、水が背中を押します。
ころころ。
石ころの体が、ゆっくりと川へ入りました。
「わあ、ぼく、動いている!」
ずっと同じ場所にいた石ころの、初めての旅が始まりました。

水に運ばれながら、石ころは川を進みます。
ころころ。
ゆらゆら。
見たことのない景色が、次々に目の前へ現れました。
水の中で、小さな青い魚が石ころの隣に並びました。
「こんにちは。きみは、どこへ行くの?」
「まだ、ぼくにも分からないんだ」
石ころが答えると、魚は楽しそうに笑いました。
「それなら、一緒に行こう。川はいろいろな場所へつながっているよ」
川岸からも声が聞こえます。
「こんにちは!」
大きな葉っぱの上で、緑色のカエルが手を振っていました。
「気をつけて行ってらっしゃい!」
「ありがとう!」
石ころは、うれしくなりました。
一人で始まった旅でしたが、もう一人ではありません。

しばらく進むと、川の音が少しずつ大きくなってきました。
さらさら。
ざあざあ。
目の前に、小さな滝が現れました。
「わあ……」
石ころは、少しだけ心配になりました。
「だいじょうぶ。ぼくがそばにいるよ」
青い魚が言いました。
後ろを振り返ると、カエルも葉っぱの上から手を振っています。
「がんばって!」
石ころは、小さく息を吸いました。
「よし、行ってみよう!」
ころころ。
ころころ。
ころころ、ころん!
石ころは、きらきら光る水と一緒に、小さな滝を滑り降りました。
水しぶきが、空いっぱいに広がります。
「わあ、きれい!」
怖いと思っていた気持ちは、いつの間にか、わくわくする気持ちに変わっていました。

滝を越えると、川の流れはゆっくりになりました。
雨もやみ、雲の間から優しい光が差し込んでいます。
石ころは、静かな川辺へ流れ着きました。
「ここは、どこだろう」
そのとき、草を踏む小さな音が聞こえました。
とことこ。
一人の子どもが、川辺へやってきました。
子どもは、まんまるな石ころを見つけると、目を輝かせました。
「わあ、きれいな石ころ!」
子どもは石ころを両手で、そっと持ち上げました。
手のひらは、太陽の光のように温かでした。
石ころは、初めて見る子どもの笑顔を見つめました。
「ぼくは、これからどこへ行くのかな」

石ころが連れてこられたのは、小さな庭でした。
庭には、白や黄色の花がたくさん咲いています。
子どもは花壇のそばに、石ころをそっと置きました。
「ここなら、毎日一緒にいられるね」
石ころのまわりには、チョウが飛び、風に揺れる花の香りが広がっています。
少し遠くからは、旅をしてきた川の音も聞こえました。
さらさら。
きらきら。
石ころは、川辺にいた頃のことを思い出しました。
雨に押されて始まった旅。
一緒に泳いでくれた青い魚。
葉っぱの上から応援してくれた緑のカエル。
そして、自分を見つけてくれた子ども。
「川の向こうには、こんなに素敵な場所があったんだね」
まんまるな石ころは、うれしそうに笑いました。
ここが、石ころの新しい居場所です。
川辺から始まった小さな旅は、温かな庭で、そっと終わりました。
けれど石ころの心には、旅の思い出が、いつまでもきらきらと輝いていました。
ころころ。
ころん。
おしまい。

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