寄り道 #026 湯島 -「不純」という名の誘惑に初夏の風が吹く-
会社帰り、秋葉原の賑やかな喧騒を離れ、電気街の裏通りを抜けて、不忍池に向かう。
アスファルトの熱気を感じながら歩いていると、湯島付近であろうか、ふと、ある看板が目に留まった。


「不純喫茶ドープ」!
不純。なんともおどろおどろしく、それでいて妙に惹かれる響きだ。
一体何が不純なのだろう。
入り口のショーケースを覗き込んでみるが、そこに並ぶサンプルは、クリームソーダにナポリタン、固めのプリン。

いたって普通の、どこか懐かしい純喫茶の佇まいだ。 店内にはそこそこ客が入っている。
楽しげに談笑する声が漏れ聞こえてくるが、その時の私には、その一歩を踏み出す勇気がなかった。
気になりながらも店を素通りし、目的地である不忍池へと足を進める。
池にせり出したデッキに辿り着くと、どこからかチリン、と涼しげな音が響いた。
見上げれば、いくつもの風鈴が風に揺れている。視線を落とせば、水面を覆う青々としたハスの葉。
チリン、チリン。風鈴の音色と瑞々しいハスの緑のコラボレーションが、火照った体に心地よく、初夏の訪れを告げていた。


しかし、自宅に戻ってからも、あの看板の文字が頭から離れない。
「不純」とは一体何なのか。気になって調べてみると、そこには拍子抜けするほどシンプルで、どこか洒落た種明かしが待っていた。
そもそも「純喫茶」という言葉は、大正から昭和初期に生まれた。
当時、お酒や女性の接客を伴う「特殊喫茶(カフェー)」が流行したため、それらと区別し、純粋にコーヒーや軽食を提供する店を「純喫茶」と呼んだのが始まりだ。
つまり、あの店が「不純」を名乗る理由は、ただ一つ。 「お酒も出しますよ」ということ。
メニューによると、普通のメニュー、不純なメニューがあり、不純なメニューの説明には「ウイスキーをぶっかけました」と書いてある。



店名の「ドープ」も、英語の「不純物」という意味に掛けつつ、ヒップホップのスラングである「最高」「ヤバい」という意味を持たせているらしい。
しかも、昭和レトロな雰囲気を醸し出しながら、決済は完全キャッシュレスという現代的なギャップまで持ち合わせている。
あの一見怪しげな看板の裏には、昭和のカルチャーを現代風にサンプリングした、ちょっとエモくて面白い仕掛けが隠されていたのだ。
あの時、通り過ぎてしまった扉。
今度は少しの勇気をポケットに忍ばせて、あの怪しげな文字をくぐってみようと思う。
まずは、夕暮れ時のカウンターで、あの鮮やかなクリームソーダを注文するところから始めてみようか。

そして、次は誰かを誘って、この『不純』な企みを共有してみたい。
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