備忘録:『アクアリウム』
熱帯魚をこよなく愛す少女ゆう。高校へ入って出会ったのは、何かとちょっかいを出してくる少年よしあきと、その幼なじみで素直になれない少女さおり。アクアリウムをきっかけに、思いが絡まり交錯する!? 博が贈る青春ストーリー4コマ!!
『アクアリウム』は『ゆめくり』『明日ちゃんのセーラー服』で知られる博のデビュー作であり、まんがタイムきららキャラットにおいて連載していた4コマ漫画である。博先生と言えば『明日ちゃん』で見られるような女の子の所作をアニメーションかのようにひたすらに、連続して描いていくといったような漫画表現が印象に残る人である。本作はそうした後年の作品に見られるような自由闊達な用紙の使い方、漫画表現はまだ確立されてはいない時代の作品であり(2巻P.102において女の子の決断までの様子を表情や仕草で丹念に描いている所は後々の表現方法の萌芽が見てとれるが、それでも1ページ8コマのきらら漫画の原則から逸脱してはいない)、正直に言ってしまうとデビュー作故の固さも少々見受けれる。しかしながら本作は後々に『明日ちゃん』で見られる作者の空間、身体に対する意識、漫画家としての表現の課題を窺わせるものになっている。
熱帯魚とアクアリウムを愛する三島ゆう。彼女は自分が他人に好意を寄せられるられる理由が分からず、深く落ち込んでしまうような女の子である(余談だが彼女の家が誰しもが上がり込める熱帯魚ショップなのは自他境界の曖昧さのメタファーだろう)。男勝りで男の子しか友だちがいない吉岡さおり。彼女は本心では友だちを作りたいと願っているがなかなか上手く立ち回れない。
この漫画はものすごく大雑把に語ってしまえば、さおりが女の子の友だちを作る事、変化を受け止める事、ゆうが自分を見つけていく事がテーマとなっている(と僕は読んだ)。全く面識もない2人の世界は西校舎の水槽のある空き教室で重なっている。
ゆうはある日西校舎の空き教室で誰の手入れもされてない水槽を発見する。アクアリウムの事となると性格が変わる程の熱意を持つゆうは当然その水槽を手入れして綺麗なものに仕上げる。その綺麗な水槽はさおりとその悪友であるよしあき、ゆきおの目を惹き、空き教室はゆうの預かり知らない所で彼らのたまり場となっていく。
この水槽のある空き教室はさおりにとっては幼馴染であり、想い人であるよしあきとの10年来の付き合いの延長線上にあり、続いてきた日常の象徴だ。一方でゆうにとってはアクアリウムの、来るもの拒まずの世界である。 この両者の世界はさおりとゆうが友だちになっていく過程で次第に混じり合い、お互いの心を傷つけていく。さおりはよしあきとゆうが水槽の前で楽しげに語らいあっているのを見て自分には立ち入れない空気感を察知する。この馴染み親しんだ空間に別の息吹が侵入していく様をアクアリウムを介して画として表現している所に僕は作者の空間に対する表現の意識を、時の流れとともに変わっていく人と人との関係を感じていた。
さおりとゆうが友だちになり、さおりがゆうとよしあきとの関係を受け止めた所で教室は新たな季節を迎え、その日々が描かれていくはずだった。しかしこの作品はさおりがゆうの友だちと親しくなるエピソードを最後として、変わっていく予感だけを残して完結した。ゆうが自分を見つける事に関してはゆうがよしあきに好意抱いている自分を自覚し、それが答えに繋がりうるかもしれないというぼんやりとした感触だけを残す事になった。僕はここにどうしてももどかしさを感じてしまう。答えは何だったのかどうしても考えずにはいられない。
唯一の慰めと言えばこのゆうの「自分探し」については『明日ちゃんのセーラー服』の明日小路が受け継いでくれたであろうと言う事だ。思えば『明日ちゃんのセーラー服』は友だち作りの話であり、自分探しの話だった。明日小路は吉岡さおりと三島ゆうの2人のハイブリッドだった、と考えるのは少々強引だろうか?
でもそう考える事で溜飲が下がるというか、一定の納得を得られたような気もする。
余談:さおりとよしあきとの関係について
本論で書ききれず、また書かずにはいられなかった部分をここに記していく。だってここは個人的な備忘録。好きにさせてもらう。
よしあきがさおりに誕生日プレゼントととしてグローブを贈る場面は残酷で、温かい。だってそれはさおりにとって、よしあきの意中の相手が三島ゆうであると分かった今となっては、自分とよしあきの関係が変わらなかった(変われなかった)事の証左であり、これからも変わらずにいたいというよしあきからのメッセージでもあったからだ。恐らくよしあきは自分とさおりとの関係がこれまで通りにはいかない事をどこかで知っていてだからこそ10年来の変わらない関係の証としてあのタイミングでグローブを渡したのだと思う。「また次」「また明日」と言った次の瞬間、たぶん彼女たちは精神的に、別々の道へ旅立ったんだろうといのは簡単に予測できた。
や、なんでこんな事をわざわざ描いたのかというとそのシーンがあまりにも美しかったのとあとは吉岡さおりという女の子について書かずにはいられなかったのです。さおり、かわいい。かわいい……。
