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なんで森バジルってペンネームなんですか?

2018年にスニーカー大賞を受賞してからの8年間で最も訊かれた質問。初対面の場では5割くらいの確率で訊かれている。それだけ質問される回数を重ねていれば、こちらの回答内容も叩かれ、鍛えられ、磨かれ、仕上がり抜いているべきだと思うのだが、毎回「いやー、読み間違えられなくて覚えやすい名前にしたくて」という、ふわっとした答え方をして、質問者側もいまいち納得感のない顔になり、場の空気が誰の腹にも落ちないまま次の話題にいく、ということを繰り返している。

この質問をされるのは、もちろんメディアからのインタビューのときなどもあるけど、大半は立食形式のパーティなど、一人一人と長時間じっくり話すような場ではないことの方が多い。説明しようと思えば出来るのだが、長く喋って貴重な時間を無駄にするのは忍びないし、説明したとて別に大した納得感はないので、前述のような最低限のコンパクト回答で終えるのが安定行動になる。

ただ、先日の本屋大賞の発表会のときにもたくさんこの質問をいただいて、さすがにそろそろ一発、自分の頭の整理も兼ねて、ちゃんと文章で説明を残しといた方がいいなとしみじみ思ったので、いったん過不足ないフル尺の説明を書いておこうと思う。


ちなみに、2018年にスニーカー大賞の最終選考に残ったときと、2022年の松本清張賞の最終選考に残ったとき、連絡をくれた方から「ペンネーム変えた方がいいのでは?」という主旨のサジェスチョンをもらっている。スニーカー大賞のときに連絡をくれたのは編集さんで、「作風に対してかわいすぎるのでは…?(婉曲)」というようなことを言われた記憶があるし、松本清張賞のときは事務局の方から「老婆心ですが、一般文芸の世界で生きていくのであれば、変えた方が良いですよ」というような感じで、本当に僕の未来を案じてくれているのが分かるトーンで忠言いただいた。

それらの提言に対して、僕はどちらも「いや、変えません!!!」と元気よく答えた。
それだけこだわりがあるペンネームなのかというと、そうでもない。絶対にこの名前を本の表紙と背表紙と奥付に刻むのだ、みたいな心意気があったわけではない。
単純に、「別に普通のペンネームじゃね?」と思っていたのだ。


前提として、この森バジルというペンネームは、ライトノベルの新人賞への投稿を始めた2015年くらいにつけている。当時22歳か23歳くらい。若い。22歳のときのセンスがそのまま今自分を表す文字列になっている。怖すぎ。(20代の感性でつけたペンネームを30代になっても、なんならこの先40代、50代になっても使い続けないといけないと思うと空恐ろしいですね。そもそもまず40代でも小説書けてるように頑張らないといけないけど)



ペンネームを考えるときに一番最初に頭に浮かんだのは、山崎ナオコーラさんが『人のセックスを笑うな』で文藝賞を受賞したときの、高橋源一郎さんの選評だ。

さて、山崎ナオコーラの「人のセックスを笑うな」を手にとった時は、しばらくの間、タイトルとペンネームが書かれた一枚目を見つめていた。なんだか、もうそれだけで、この作品を受賞作に推してもいいような気さえした。

『デビュー作を書くための超「小説」教室』高橋源一郎 河出書房新社 p221


作品タイトルとの組み合わせももちろんあると思うが、やっぱり山崎ナオコーラさんの名前のインパクトはすざまじかった。山崎という普通の苗字と、この下の名前の組み合わせ。

ペンネームについて考えるとき、常に頭には山崎ナオコーラさんがいた。


山崎ナオコーラさん以外にも、漫画家の葉鳥ビスコや、魚喃キリコさんなんかも、作品もペンネームも大好きだった。カタカナの名前に憧れがあったのかも。
なので、(バジルの是非は別にして)下の名前がカタカナであることには、今でもまったく違和感をもっていない。


新人賞に投稿するにあたりペンネームを決めなければならない、となったとき、山崎ナオコーラさんや葉鳥ビスコさんさんの存在が頭の中にありつつも、自分がつける名前には戦略性が必要だと思っていた。当時すでに出版不況は叫ばれていたし、売れるためにできることは何でもやるべき。作品内容だけでなく、ペンネームにも作戦が必要だ。
ということで、4つ方針を考えた。

  1. 名前だけでなく、字面の雰囲気も覚えられたい。

  2. 予測変換で手間取らせたくない。

  3. 読み間違えられるのは避けたい。

  4. エゴサしやすくしたい。

これらを満たす文字列が、売れるために足をひっぱらないペンネームになると思った。

なので、自分のペンネームには、「一般的な苗字」+「カタカナ一般名詞」という形式を採用することにした。葉鳥ビスコさんスタイル。漢字四文字の名前より「雰囲気」で覚えられるし、予測変換も手間取らないし、読み間違えられないし、エゴサでもひっかかる。
実務面でも、苗字が一般的であれば下の名前が多少逸脱してても苗字にさんづけして呼んでもらえば良いので便利だろう、という計算もあった。

いまでもこの判断は間違ってないと思う。


「一般的な苗字」+「カタカナ一般名詞」という形式にするのが決まったとして、じゃあ次は具体的にどんな苗字と一般名詞にするか、という段になる。
「なんでこのペンネームにしたの?」の問いへの回答になるのはここだ。これまで書いてきたのはペンネームの方針であり、あくまで前段にすぎない。なぜ数多ある一般的な苗字とカタカナ一般名詞の中から、「森」と「バジル」という単語を選んだのか、そこを回答しなければならない……のは重々承知の上で、すみません、色々考えたんですけど、最終的には「何となく」「雰囲気で決めた」という回答になります。

何事も、最終的にはえいやで決まるのだ。どんなペンネームにしたら売れるか、なんて問いに完全解答は出せないんだから。ロジック積み上げでは決まらないので、説明できない。人の無意識を笑うな。

ただ、それだけだと流石に投げすぎであんまりなので、敢えて無理矢理にでも思考過程を言語化するとしたら...…

苗字の方は、「森」がいいなと自然に決まったと思う。響きも、シニフィアンとしての森も素敵だし、森博嗣さんとか森絵都さん好きだし。
あと、辞書に載っている単語というのも良かった。本名の苗字も一応辞書に載っている単語なので。「川」とか「山」って苗字はない(あるのかな? にしても希少ではある)のに、「森」は存在するの、今思うとちょっと興味深いですね。
『キノの旅』で銃の名前に”森の人”ってつけられてたのとかも頭の片隅にあったかもしれない。森の人......

下の名前「バジル」に関しては、響きがいい単語にしたい、それだけだった。

小学生のときに妹が初めて買った雑誌「なかよし」で、新人賞のコーナーで「BAZIL」さん(つづり覚えてないので不正確)という方の作品が入賞しており、ワンカットだけ、天使の涙が手の甲に落ちるシーンの絵が載っていて、それがすごく印象的に残っていたのもあるかもしれない。絵もさることながら、バジルという一般名詞をペンネームにするという発想に最初に出会ったのがそこだったので、強く頭に残ってたんだと思う。

その記憶もあってか、頭の中に辞典に載っている数々の一般名詞の中から掬い上げられたのが「バジル」だった。実際いい響きだし、かわいいやんと思った(※22歳の感性)。

当時、バジルを意識して食べたことがなかったこともあって、バジルという名詞が自分から距離のある存在だったことも大きい。社会人1年目、誇張ぬきでほっともっとと近所の定食屋のごはんしか食べてなかったので。月1とかでジェノベーゼ食べてたら、バジルって単語との距離が近すぎてこの名前つけなかったと思う。



……以上、森バジルというペンネームの由来でした。

エモくするにはぜんぜん素材が足りないし、フル尺で聞いても特に納得感ないエピソードだと思う。そんなもんだ。由来で感動させるためにつけたペンネームじゃないし。

そもそも自分の歴史に散らばっている素材でエモを依り上げるのは、しゃばい営みである。今年の「本の雑誌」増刊に載っている、朝井リョウさんのエッセイを読んでから、よりそう思うようになった。

一時期は、なんかそれっぽいのを考えようと思って、
小説とは、言の葉が重なり合ってできた一本の大樹。文学界はその樹が寄り集まって生い茂る「森」のような世界。その森をはしる一筋の光になりたい。ただ輝いてはしるだけではない、時には地に墜ち、泥にまみれながらも、決してはしることを止めない光――だからこそ、「はしる」という動詞に、土の濁りをしめす”濁点”を付して「バジル」。森、バジル。これが、自分の冠する名前だ……………

みたいな由来を後付けしてみようかな、と試みたこともあるけど、ふつうに嘘すぎるし痛いのでやめた。



そういうわけで、ペンネームの由来を話そうとするとこういうだらついた説明になってしまうわけで、パーティの場とかで由来訊かれたときにこれを全部語っても文字パ(文字数パフォーマンス)が悪すぎるので、これからも「読みやすくて覚えやすい名前にしようと思って」と答えることになると思います。流してるわけじゃなくて、考えた末にその回答なんです。

もしこれからペンネーム考える必要がある人に老婆心ながらお伝えすると、由来がすぱっと語れて、自分が何歳になっても名乗れる名前にした方がいいですよ。ほんとに。


(余談)
先日の本屋大賞の非公式二次会で、参加していた作家全員にスピーチをする機会が与えられた。スピーチは苦手だけど何かしら爪痕は残したいと思うタイプなのと、発表会でかなりペンネームのことを訊かれた記憶が残っていたこともあって、なにか掴みでひとつ印象残したいなーと思って冒頭「森バジルと申します。一人だけカタカナが入った名前ですみません」的な入り方しようかと一瞬思いついて、まあでも結局あんまピンとこない気がしたからやめといたんだけど、今思うと朝井リョウさんもばりばりカタカナやったわ。不成立。
(余談でした)



最後に、このペンネームで被った(今後被りそうな)デメリットを2つ書いて終わります。別に隠す話でもないけど、あんまオープンで言うことでもないのでメン限で。字数少なめなので、興味ある方がもしいれば程度で。

ちなみにメリットはほんとに覚えてもらいやすいことと、絶対に読み間違えられないことです。

デメリット①
Amazonで検索したときに植物バジルが出る。
「森バジル」で検索しても、「バジル」で検索した結果が出てくる。『探偵小石は恋しない』が発売されたくらいからはちゃんと「森バジル」の検索結果がでるようになったので解決してるんだけど、デビュー当初はたぶんけっこう機会損失してた気がする。一般名詞にするデメリット、あります。
最近はXの検索も怪しくなってきてて、引用符つきで検索してもふつうにノイズが混じる。一般名詞が入ってるとエゴサ難度、上がります。


デメリット②

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