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Ottè綺譚6

物集女城跡の方へ開かれた窓


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建築は大概、造りまた使う人間よりは大きく、また永く在るものです。器が大きくて長寿なゆえか、"人間を越えるような存在(?)"に使われる、又は宿す(としか表現できないような)現象を時々見ることがあります。建築はそのようにして、生き、また生かされている…
これまで仕事で出逢った古民家などで体験した、そのような事象をいくつかお話ししていきます…
"綺譚"とは、不思議な話の意である"奇譚"も含み、かつ、そこに至る、人智を超えるような絶妙な成り立ちや計らいの妙味、その美しさを感じさせる話、です。

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(前回からの続き)
 お店の名前は"Otté"になりました。イタリア語のotto(8の意味)と語感が似ていますが、イタリア語ではありません。イタリアラブで愛犬家のオーナーの閃きで作った造語です。(素敵な由来があるそうなので、興味がある方はお店で尋ねてみてください!)
 全てが整い、いよいよお店がオープンしました。遠近から様々な人が訪れて、少しずつ名前が知られるようになってきたある日。
 物集女の郷土史家で地元の学校の先生だった方が訪れて、開口一番こう言ったそうです。「よく知ってましたねぇ。この名前、勿論知ってて付けられたんでしょ?」
「え…?いや、あの閃きで…??」
「実はここにね、かつて物集女城の追手門(おってもん)があったんですよ!だからよくご存知だなぁと思って〜!」
と言われてびっくり仰天!なんか鳥肌立ちましたわ〜!と、後からオーナーに聞かされた時、私もゾクゾクッと鳥肌が立ちました!
想像もしたことのなかったような未知の何かに触れてしまったような、そんな感覚です。
 そして、"地元の神社の伐採されたご神木が曽祖父様に託された小舎"は"曽祖父様から曽孫への不思議な贈り物"という視点ばかりでなく、もっと大きな何かがそこにはたらきかけていたように見えてきました。
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 ここから先はあくまで想像の話になります。(今のところは)確かめようのないことなので、一つの仮定の話です…。

 物集女城跡は先述のようにお店の奥にあります。城が廃されて後、いつからかは定かにわかりませんが、ここは私有地になり、住宅が出来たので、一般の人々がこの経路から自由にそこへアクセスすることは出来ませんでした。それが今回、お店になったことで、再び外からの人が訪れて、お店の奥のスペースから視線を介して城跡の方へアクセス出来るようになりました。お店はちょうど追手門と同じようなはたらきをしているように見えます。
 さらに遡ると、この辺りは縄文弥生辺りからの集落があったそうです。人々が集まっていとなみをしていたところ。もしかしたら、その頃からこのお店のある辺り、つまり、かつての追手門の辺りは人が集落に出入りする出入口のような場所だったかもしれません。そして、それは人による恣意的なものというよりは、この土地がそもそも持っている大地のエネルギーの流れによってこの場所がそのような性質を与えられているのではないか、と。
 そんな風に想像してみたとき、大地が本来のエネルギーの流れ道を復活させる為に、神社を介して曽祖父様に木を託し、曾孫がお店として再び道を開くようにはたらきかけた…という風に見ることも出来ます。人から見れば随分長い時間ですが、大地から見ればほんの僅かな時間なのかもしれません…。
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 何が正解なのかはわかりませんが…。最初に小舎に呼ばれた時からその導きに乗って始まり、出来上がった時に"善きかな"と言われたこと、さらに追手門のことを聞いたときに、この方向で間違っていなかったようだ、ということを実感しました。この場所、建物との関わりようの方向性が…。
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 今、出来上がったお店の席に座ってくつろいでいるときに感じる落ち着きは、古い建物を大切に活かしたということも含めて、その場所に元からあるエネルギーに沿えた、ということがとても大きいのかもしれません…。それはまた今ここでなされているお店としてのいとなみにも力になっているような気がします。興味をもたれた方はどうぞ是非訪れて、感じ体験してみてください。

(Otté綺譚 ひとまずお終い またいつか)

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