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「ゲーム」と「ゲーム実況」の違い

ゲームが好きな人なら、ゲームでお金を稼ぎたいと思ったことが一度はあると思います。

僕は――まだ家庭的な規模ですが――機械音声の実況でそこそこまとまった額のお金が稼げるようになりました。その工程で感じているのが、「ゲームで遊ぶこととゲームの実況は全然違う」ということです。

どう違うのが

遊びではありません。普通に仕事です。

ゲームを楽しんでいる状態というのは、たとえば「学校や会社ではどう育成しようかあれこれ考えて、帰着次第すぐ電源を入れる」みたいなやつを指しますが、僕が収録を行う時は「さて、やるか……」という感じです。何なら少し腰が重いまであります。

プレイングでは、自分が楽しむことより見栄えを重視しています。見栄えが悪ければ何度でも撮り直しです。実況の吹き込みも、とにかく視聴者を退屈させないことを第一に考えています。

つまり、プレイヤーではなく、完全にサービスマンです。

ブラウジングで、登録100未満ぐらいのゲーム実況がたまに流れてきますが、ただのプレイヤーとして途切れ途切れに喋っているだけのものはやはり見るに耐えません。そもそも普通に遊ぶだけなら、他人がやっているのを見るより自分でやるほうが間違いなく面白いはずです。

※少し話は逸れますが、先行の有力チャンネルでは「退屈させないこと」を徹底した結果、「余談」や「茶番」を盛り過ぎてしまっているケースがしばしば見受けられます。視聴者はゲーム内容を見に来ているはずなので、時には数秒の無言を恐れずにプレイングを見せる判断も大事だと最近は考えるようになりました。

ただし

視聴者に「奉公」することで作品たり得るわけですが、「滅私」まではしていません。人間の感情というのは表情や気配だけでなく、文章にも表れるもので、ただの作業だと感じている時、楽しげな実況を打ち込んでも演技だとバレます。サービスに徹するというのは、自分が楽しむのをすっかりやめることではなく、相手の楽しみを優先するということです。

ディズニーのキャストの人を思い浮かべてください。彼らは何十回、何百回と同じアクトを繰り返すプロのサービスマンですが、楽しくなさそうな人はいませんよね? 先々の展開は完璧に把握し、周囲の安全を確保しつつも、率先して新鮮な感情を見せることでゲストをもてなしています。「仕事」でも、「少しは」本当に楽しむ気持ちがあるから、それを増幅できるのです。

さらに

メインの登山チャンネル――収益はサブのゲーム実況があっという間に追い越してしまった――では、編集だけは視聴者を退屈させないように心掛け、プレイング(登山)ではサービス精神は発揮していません。ゲームのほうはマスクデータも含めた仕様を理解し、既出でない企画を考え、精密なチャートを組んだ上でプレイしていますが、山は自分の好きに登っています。「動画の(視聴者の)ために登るようになったら山ヤとして終わりだ」と考えているからです。

オフ会なんかやっちゃったりして、YouTuber成分がじわじわ蓄積しているものの、山に関してはサービスマンに転職せず、最後までただのプレイヤーでいたい構えです。

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