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瞑想で迷走する私 【後編】

前回の記事はこちらです。




【比較的うまくいった気もしないでもない瞑想法】

1 寝る前の478呼吸法

4秒かけて鼻から息を吸い、7秒間息を止め、8秒かけて口から息を吐くという呼吸法。
睡眠術の一つとしてもよく紹介されている。

たしかに寝る前に行うと、意識が呼吸に集中し、リラックスできた。
ただ、疲れているとすぐに寝てしまったり(これはこれで睡眠術としては良いのだが)、けっこう息が苦しくなるので単に苦痛だったりして、完全な習慣にはならなかった。

だが今でもあまりに眠れないときは試すことがある。

2 散歩時の歩行瞑想

散歩しながら、一歩一歩の足の動きに意識を集中させる方法。

外の景色を楽しみながらなので、集中しやすかった。
しかし、散歩をしない日は当然瞑想も行われず、完全な習慣化には至らなかった。


経験からわかってきたこと


これらの経験から見えてきたのは、私にとって「静かに座って目を閉じる」という瞑想はハードルが高く、何かに意識を向ける対象があったり、体を動かしたりする瞑想の方が向いているということだった。


めげずに試してみたい気がする瞑想法リスト

今回、いろいろな瞑想法を調べてみた。
その中で、「試してやらんこともない」(なぜか偉そう)と思えたものをここで整理しておく。


1 書く瞑想(ジャーナリング)

目を閉じて内面と向き合うのが苦手な私にぴったりな気がするのが、この「書く瞑想」だ。

やり方:紙とペンを用意し、心に浮かぶことすべてを、評価や判断をせずにただひたすら書き出す。
文法や誤字脱字、綺麗な字である必要はない。

効果:頭の中をぐるぐる巡る思考を「見える化」することで、自分の感情を客観的に捉えられる。
モヤモヤの原因がはっきりし、心の整理につながる。


ただし私にはこういう弱点もあるので、実行に難があるかもしれない。



2 歩行瞑想


過去に比較的うまくいった歩行瞑想を、もっと意識的に取り入れてみる。

やり方:ただ歩くのではなく、一歩一歩の足の動き(足を上げる、前に出す、下ろす、地面に触れる)に意識を集中させる。
景色や音に気が散っても、気づいたらまた足の感覚に戻ることを繰り返す。

効果:体を動かしながら心を整えられるため、座る瞑想が苦手な人でも集中しやすい。
体を動かすことで、気分転換にもなる。


そろそろこの犯罪的に酷かった猛暑も過ぎ去ろうという今日このごろなので、散歩を再開する動機としてもタイミングとしてもいいかもしれない。


3 立つ瞑想(立禅)


これも体を使う瞑想の一つだ。

やり方:両足を肩幅に開いて立ち、膝を軽く曲げる。
腕を体の前で大きな円を描くように持ち上げ、大きな木を抱えているかのような姿勢を保つ。
体の内側に意識を集中させる。

効果:血行促進や体の安定感を養うとともに、内側に意識を向ける訓練になる。


これはすぐにでも出来そうなところが良いところ。
私の一連の朝ルーチンに組み込んでみることにする。



私が「瞑想の迷走」から脱出するための習慣化メソッド


とりあえず何も余計なことは考えずに、これらを順次テストしていこうと思う。

だが根本的な問題が一つある。

それはいくら良い方法を見つけても、習慣化できなければ意味がない、ということだ。

習慣化については何度も書いているが、ここで確認のために習慣化メソッドをまとめておく。


ステップ1:完璧を目指さない


まずは「毎日5分から」始める。
瞑想ができなかった日があっても、自分を責めない。
「今日はできなかったけど、明日またやればいい」と考える。

挫折する最大の原因は、最初から完璧を求めすぎることだからである。


ステップ2:「何かのついで」に組み込む(イフゼンプランニング)


歯磨き中や皿洗い中など、日常生活のルーティンに「ながら瞑想」を取り入れる。
PCが起動するまでの待ち時間、コーヒーを淹れるまでの時間など、少しの空き時間も活用する。

これなら「瞑想する時間がない」という言い訳はできなくなる。


ステップ3:ツールを活用する


食わず嫌いせずに(笑)、瞑想アプリやYouTubeのガイド動画を活用する。
本来、音声ガイドがあると雑念が湧きにくく、集中しやすいはずだからだ。

また瞑想記録ノートをつけ、その日の気分や瞑想中に気づいたことを簡単にメモする。
記録することで、モチベーションの維持につながるだろう。


ステップ4:テストの結果を見て、一番向いている方法を見つける


とにかく、私にとって一番難易度が高い「目を閉じて座る瞑想」は、まず一度忘れることにしよう。

まずは「書く瞑想」「歩行瞑想」など、自分が比較的続けやすいと感じたものから試していく。




まとめ:瞑想は「修行」ではなく「心のメンテナンス」


瞑想の挫折を繰り返してきた私にとって、瞑想は「修行」のように感じられていた。
しかし、それは大きな誤解だった。瞑想は、歯磨きや洗顔のように、日々の生活に取り入れる「心のメンテナンス」なのだ。

心を無にしようと頑張る必要はない。
ただ、呼吸や足の感覚、頭に浮かぶ言葉など、「今」に意識を向ける練習を、少しずつ重ねていけばいい。

心がざわつくのは、生きている証拠だ。
そのざわつきを無理に抑え込むのではなく、ただそっと見つめ、優しく受け流せるようになる。
そんな未来を目指して、これからも私は私のペースで瞑想を続けていこうと思う。

念のためにこれも書いておこう


テストが全部失敗しても気にしない。
根本的に瞑想という行為が私に向いていないという可能性が高まっただけだ。
別に瞑想できなくても死ぬわけじゃないしね┐(´д`)┌


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