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完璧を捨てて成功する「不完全主義」勉強のススメ【前編】

はじめに


「やらなきゃ」という漠然とした義務感に、身動きが取れなくなることはありませんでしょうか。

私も50代後半になる今でこそ、ようやく自分のペースで物事を進められるようになりましたが、若い頃は常に「完璧」を追い求めていました。
仕事も、勉強も、趣味も、すべてにおいて「完璧な準備が整ってから」「まとまった時間が確保できてから」と、スタートラインに立つことすらできないでいたのです。

この「完璧主義」という呪縛は、私たちから行動する自由を奪い、本来なら得られたはずの多くの経験や成功の機会を遠ざけてしまいます。
しかし、あるときから私はこの呪縛から解放され、むしろ「不完全」を愛するようになりました。

それが、今回皆さんにご紹介したい「不完全主義」という考え方です。

不完全主義とは、読んで字のごとく、完璧を目指さずに少しでもやったらOKという、行動のハードルを極限まで下げるアプローチです。
この考え方を実践することで、私は多くの難関資格を取得し、仕事でも趣味でも、途切れることなく「なんか知らんけど」継続できるようになりました。

今日は、私がどのようにしてこの不完全主義を取り入れ、人生をより豊かにしてきたのか、その経験を皆さんにシェアしたいと思います。

なおこの知見はこちらの本から得られました。
ブックレビューも書いています。




資格取得は「少しでもやったらOK」で十分だった


私がこれまで、2級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士、保育士、1級土木施工管理技士、建設業経理士2級、危険物管理者乙4など、数多くの資格を取得できたのは、「完璧な準備」を捨てた不完全主義のおかげだと言えます。

例えば、宅建の勉強を始めたときのことです。
当時、宅建は将来役立ちそうな資格だとわかってはいたものの、その分量と難易度を前にして、どうしても「まとまった時間がないから」とか「テキストを完璧に読み込んでから問題集に手をつけよう」などと考えて、なかなか勉強を始めることができませんでした。
書店に並ぶ分厚いテキストや参考書を眺めては、ため息をつくばかりだったのです。

しかし、このままではいつまで経っても資格は取れないと危機感を抱き、「完璧なスタート」を諦めることにしました。
私のルールはごくシンプルです。

「今日は10分だけテキストを開いてみよう」
「過去問を1問だけ解いてみよう」

これだけです。

通勤中でのほんのわずかな時間、昼食後の休憩時間、あるいは寝る前のたった数分間。
そのような隙間時間を見つけては、耳学問でたとえ5分だけでも、たとえ1ページだけでも、たった1問だけでも、とにかく「勉強に触れる」ことを優先しました。

驚くことに、この「少しでもやったらOK」というアプローチが、私を勉強から遠ざけていたプレッシャーを劇的に軽減してくれたのです。

「今日は10分できたからOK」という達成感が、次の日も同じように「少しだけ」勉強するモチベーションに繋がります。
完璧を目指さないことで、疲れている日でも気軽にテキストを開けるようになり、結果として毎日継続することが苦にならなくなりました。
10分が20分になり、やがては1時間と、自然と勉強時間も増えていきました。

また、難しい箇所にぶつかったときも、「今は完璧に理解できなくても大丈夫、とりあえず先に進もう」というスタンスでいました。
一度で理解できなくても、何度も触れるうちに「なんか知らんけど」理解できるようになるものだと経験上知っていたからです。
まるで、水滴が岩を穿つように、少しずつの努力が着実に知識を定着させていきました。

これは独学で様々な資格を取得してきた私だからこそ言えることかもしれません。
完璧な講義やテキストに頼るのではなく、自分のペースで、自分の理解度に合わせて進める独学においては、この不完全主義こそが最大の味方になります。

FP2級や1級土木施工管理技士といった、さらに専門性の高い資格の取得過程でも、この「少しでもやったらOK」の精神は常に私の支えとなってくれました。
完璧なスタートは、むしろ幻想に過ぎない。不完全な一歩こそが、成功への確かな道なのです。


仕事も趣味も「不完全」だから続けられる秘密


不完全主義の恩恵は、資格勉強だけに留まりません。
私の仕事や趣味においても、「完璧」を求めないことが、継続の秘密であり、成功の鍵となっています。

Webデザイン

たとえば、私が建設会社で会社の公式サイトのデザインと運営を担当した際のことです。
Webサイト制作の最新の専門知識が十分にあったわけではありません。
(大昔の、手でHTMLを打って作るホームページの知識はありましたが)

しかし、会社の顔となる公式サイトをいち早く立ち上げたいという社長の要望があったため、「完璧なサイト」を目指すよりも、「まずは公開できるレベルのサイト」を優先しました。
WordPressを使って、最低限の情報を盛り込み、まずは「公開」という形にする。これが私の最初の一歩でした。

もちろん、公開当初はデザインの洗練さや機能面で不十分な点が多々ありました。
しかし、いったん世に出してしまえば、そこから改善点が見えてきます。

訪問者の反応や、上司からのフィードバックを得ながら、「じゃあ次はここに写真を加えよう」「この文章をもう少しわかりやすく修正しよう」と、少しずつ手を加えていきました。
Photoshopを使って画像を加工したり、iMovieで動画を編集してサイトに組み込んだりしながら、日々の業務の合間を縫って改善を重ねていったのです。
最初から完璧を目指していたら、きっといつまでも公開できず、会社の情報発信は遅れてしまっていたでしょう。


パンフレット、チラシのDTP

パンフレットやチラシの制作も同様です。
まず叩き台となる「不完全な状態」でアウトプットし、そこから周囲の意見を取り入れながら、ブラッシュアップしていく。
このプロセスこそが、効率的で、かつ継続的な改善を可能にします。

完璧を追い求めるあまり、何も世に出せない状態が続くよりも、不完全なものでもいいからまず行動に移す。
これこそが、私の「なんか知らんけど」仕事がうまくいく秘訣の一つなのです。


ギター弾き語り、その他

趣味の世界でも、不完全主義は私の強力な味方です。
私はギターの弾き語りが趣味で、YouTubeチャンネルで自作曲やカバー曲を公開しています。

GarageBandを使って宅録を楽しんでいますが、決してプロレベルの演奏ではありませんし、歌声も完璧とは言えません。
しかし、「完璧な演奏ができるまで」「完璧なミックスができるまで」と待っていたら、一生動画を投稿することはないでしょう。

だから私は、「今の自分にできる範囲で、このくらいのクオリティでもいいから、まずは録音して公開してみよう」と決めています。
初めて投稿した動画は、音質も粗く、演奏もたどたどしいものでした。
それでも、「公開する」という一歩を踏み出したことで、少しずつ改善していこうという意欲が湧いてきました。

一本投稿するたびに、「次はもう少しマイクの位置を工夫しよう」「このコード進行をもっとスムーズに弾けるように練習しよう」といった具体的な改善点が見つかります。

SF小説やマンガを読むのと同じで、新しい曲に挑戦したり、録音技術を学んだりすること自体が楽しく、その不完全さを受け入れることで、純粋に創作活動を楽しむことができています。
「なんか知らんけど」継続できているのは、常に完璧を求めず、未完成の状態を楽しむゆとりがあるからだと感じています。

ゲームの「Slay the Spire 2」をプレイする際も、毎朝のダンベルトレーニングやFitBoxingも、「今日は少しだけ」「とりあえずスタート」の精神で臨みます。
そうすることで、負担に感じることなく、継続が当たり前になるのです。

まとめ


完璧主義という考え方は、時に私たちを思考停止させ、行動する勇気を奪います。
「やらなきゃ」という重圧は、私たちが本来持っているはずの創造性や行動力を麻痺させてしまいます。
しかし、私の経験を通して感じているのは、完璧はただの幻想に過ぎない、ということです。

世の中に存在するあらゆる成功は、最初から完璧だったわけではありません。
多くの不完全な試行錯誤の積み重ねの先に、今日の形があります。不完全だからこそ、人は試行錯誤し、学び、成長できるのです。

「少しでもやったらOK」という不完全主義の考え方は、行動へのハードルを極限まで下げ、私たちを「やらなきゃ」という呪縛から解放してくれます。
そして、その小さな一歩の積み重ねこそが、やがて大きな成果へと繋がる確かな道なのです。






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