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私がマンガを読み始めて、ほぼ半世紀になる。その2


大人になると何がいいかって、マンガを大人買いできることだ

なんてことを割とマジで思っている。
別に大人買いするのはマンガでなくてもいいのだが、私の場合はそうだというだけだ。
人によってはガンプラを果てしなく積み上げてみたり、やりもしないゲームを積み上げてみたり、推しグッズ?とやらで神殿を築きあげてみたりする。
なんにせよ夢中になれる対象があるのは素晴らしい。

それにしてもマンガが趣味とか子どもっぽい?

いやいや、逆に最近のお子様はマンガなんてあんまり読まないらしいですよ?
いろいろと忙しいし、何よりも娯楽がありすぎるからだ。
そしてその娯楽のほとんどが手元にある小さなデバイス、スマホとかタブレットとかSwitchとかで享受できてしまうからだ。

今の子供たちは、私達が昔に思い描いた未来に生きている。
羨ましい……。



とか思ったが、その手元にある小さなデバイスの恩恵は、大人である私こそがまさに多大に受けている。

スマホで音楽を聴きながら本を読み、タブレットでマンガを読み、Switchでゲームをしている。
がっちり読みたいときはiMacの大画面で読み耽る。

スマホやタブレットの登場が、私のようなイカれたおじさんマンガ読みに与えた影響はでかい。
紙でしか読めなかったものを画面で読めるようになったからだ。
そして家の中に有限個数しか積んでおけなかった重たい紙のかたまりが、電子化されることに寄ってほぼ無限の置き場所を得られたからだ。

あといくら買っても奥様にバレないし(超重要)


ついでに悪名高い本の再販制度(実際に悪いかどうかは私には判断できないが)をぶっ壊してくれた。いやまだ壊してはいないか。

簡単に言えば新品の本のセールが実現された。
そしてセールであっても印税はちゃんと著者に支払われるという。
これで好きな作者にはなんらかの形でお布施したいという、こちら側の願望も満たされる。

余談だが、今どきの若い人(だけではないらしいが)にはスパチャとか投げ銭とかいう機能でネット配信者にお金を直接お布施するとかいう私にはまったく理解できなかった文化がある。
でも私が作者にお金が入るからという理由で、紙でもっていた本やすでに所有していた本にちょこっとおまけが追加された程度の違うバージョン程度の理由でまた買ってしまったりすることと同じだと考えると、少しは理解できるというもの。

とか一瞬思ったが、やっぱなんかおかしいだろ、スパチャ文化……。



それはさておき、「自分がハマったマンガ史」の続きを書くつもりが、謎の文化論?になってしまった。

次回は私のマンガ読みとしての傾向(つうか性癖)を決定づけたあの作者について書く。つもり。たぶん。


待て、次号を!


諸神 大介

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