from図書館返却本棚その16 「世界一かんたんな図書館の使い方」 つのだ由美こ
図書館大好きっこ(^o^)
もとい大好きおじである私が、図書館の返却本コーナーからピコーンときた本を手にとってそのまま図書館で読みながら感想を書くという謎のコーナー第16段。
図書館好きであるからには、タイトルに「図書館」とあればピコーンってなるのも必然である。
この本はサブタイトルに
「読書が苦手だった司書が教える」
とある。
司書さんといえば呼吸をするかのごとく本を読み、読んだ内容はきちんと整理されて脳内に格納し、聞かれたことにはエビデンス付きで秒で回答できる人、というイメージを持っていたが、どうやらそうでない方もいるらしい。
まあ謙遜だと思うけど。
前書きには
図書館に人を呼ぶには?というテーマの司書さん会議のときに
「図書館に来ると運が良くなるという噂を流しましょう」と提案したらソッコー却下されたとある。
なんだ、いい人じゃん、この人(^^)
でもちょっと待て。
図書館に来ると運が良くなるかどうかは知らんけど、パワースポットではあるじゃろ?
と思いながら先を読んだら、著者も同様の主張をしていた。
ますますいい人である。これは読まねば!
ってか没にした他の司書さんたち、センスねーな(暴言
第1章 スパイは図書館にいる:スパイの情報は公開情報が9割
ここでは日本の伝説的なスパイ小野寺信のエピソードが語られる。
彼の諜報活動の9割は、新聞と雑誌を丁寧に読み込むこと、だっという。
これは誰でも、つまりトム・クルーズのような身体能力がなくても、スパイ(のような情報分析能力を持つ者)になれるということを意味している。
だが現代においては、もしかしたら戦時中よりもその難易度は上昇しているかも知れない。
マスコミは際限なく「報道しない自由」を駆使している。
肝心のネット社会においてもアルゴリズムによって利用者が読みたい、あるいは利用者に読ませたい情報だけが集まってくる。
この状況下でできる限り正確な「世の中」を知るには、やはり落ち着いて一つ一つの情報を分析してその真贋を見抜き、デマならばなぜそのような偽情報が必要とされたのかまで考慮する必要があるだろう。
もはやそんなことは誰にもも不可能な気が書いていてしてきたが、唯一わずかでも落ち着いて情報の分析と取捨選択ができる可能性があるのは図書館なのかも知れない。
第2章 正しい情報をどう引き寄せるか:情報収集は「知ってそうな」を選ぶことから始まる
兎にも角にも世の中、あまりにも情報が、そして自称情報通が多すぎる。
それでもやはり「わからないことはそれを知ってそうな人に聞け」は常に正しい。
(聞いて信じるかどうかは別の話)
図書館においてはやはりそれは司書さん、ということになるだろう。
だが実は、図書館大好きおじを自称する私だが、未だに司書さんを利用したことがない。
それは恥ずかしいから?
ハードルが高いから?
半分はずれ。実際はそこまでして知りたい情報がない、が正しい。
ライフワーク的な知的好奇心の対象物(研究テーマ)がないから、とも言える。
とはいえ、司書さんはそんな崇高な目的がある人ばかりが利用して良い存在ではない(はず)。
今度、なにかちょっとしたことでも気になることがあったら、聞いてみようと思っている。
第3章 自分にあった本を手に入れよう:本は「好き」「知りたい」で選んでいい
本を読むのに、高尚な目的など必要ない。
あってもいいけど必須ではない。
実際著者は「何を読んだら良いのかわからない」という若者に、「自分の好きなことが書いてある本を読んでみては」とアドバイスするそうだ。
その好きなことはスポーツでも遊びでもギャンブルでも音楽でもダイエットでもなんでもいいわけだ。
そんなもの今どきは検索すれば、あるいはAIに聞けば一発だろという人も多いと思う。
だがわざわざ図書館に行って、図書分類から自分が読みたい本の棚を探し、その棚の中から面白そうな本を選んで、しかもページをめくって読むという、めんどくさくてアナログで気の長い行為が、脳みそというアナログな器官の何かを拡張してくれる、と私は信じている。
第5章 図書館を使いこなしてネット時代を生き抜く:通勤通学のルート上で図書館を使う
とにかく自分の行動範囲内にある図書館に行ってみようよ!ということである。
自分が住んでいるエリア外の図書館でも、大抵の場合は問題なく利用できるそうだ。
図書館でセレンディピティと出会う
前回のこちらの記事とリンクする内容だ。
特に意図したわけではないが、これもセレンディピティの一例だろう。
ここではセレンディピティの条件も紹介されていた。
1 前から発見する努力をしていた
2 思いがけない状況や挫折、失敗が引き金になる
図書館で、あるいは書店でもいいがあれこれといろいろ考えながら、あーでもないこーでもないと棚の前をウロウロする行為はまさにこの条件にかなっているのではないだろうか。
まとめ
私の図書館愛を補強してくれる素晴らしい本だった。
そんな私も最近は図書館に行ったら、なにか有意義な情報を得ようとか、知的な生産物を生み出そうとか、少々気負いすぎていたことにも気付かされた。
そんな面倒なことは(たまにしか)考えずに、何か面白そうな本を適当に読めばいいのだ。
この本を読んで、改めてそんなことを考えた。
