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2026.04.20 福井原付旅・前編~桜の山道と大野の名水~

土曜に原付で福井県の大野市に行ってきた。目的はもちろん日本名水百選巡りだ。大野市の市街地には徒歩圏内に2か所の名水がある。福井県の東部ならまあギリ原付で行けるかと思って、新幹線も電車も使わず向かってみた。

先に書くと朝4時手前にアパートを出て、大野市には10時に着き、1時間くらいかけてぐるーっと巡って11時に出て、昼食とか休憩とかあってアパートに着いたのは18時過ぎだった。12時間くらい原付を運転してたことになるのか。ナビアプリで距離を見たら片道160キロ、往復だと320キロだと出た。

いやぁ、疲れた。自宅から原付で、日帰りで行ける日本名水百選はここが限度だな。というかちょっと危なかったな、ギリギリだった。もしも福井県西部にまで行くとしたら、1泊2日の日程じゃないといけない。

最近マニキュアを買って自分の中でネイルブームが起きているから、前日から深い青のマニキュアを塗っておいた。その状態でバイクグローブをはめて走ってたから、ネイルなんて全く見えなかった。4月と言えど朝はまだまだ寒いから、グローブをはめてないと手がかじかむ。仮にグローブをはめてなかったとしてもハンドルを握り込んで運転するわけだから、爪は見えず手の甲を見せつけられてばかりだ。

だから基本的にはネイルのことなんか忘れてたが定期的に、ルートのメモを見返したり、水分補給をしたり、路肩に停車して写真を撮ったり、セルフのガソリンスタンドで静電気除去シートに触れたり…。グローブを脱いでネイルが現れる瞬間があって、その度にちょっとテンション上がった。静電気除去シートなんかは触れているところを思わず写真に撮った。どうせ見返さないと思うんだろうけど。

年末に引き返した ※1 桜町遺跡の交差点を越えて山の中に入っていった。その時は桜町遺跡向こうの山道が真っ暗すぎて怖くて、やめようと思って逃げ出した。夜が明けてからこの山道を走ったら、街灯が少ないどころじゃなくて無いということが判明した。弱い街灯が少ししかなかったから真っ暗に見えたのではなく、本当に無くてちゃんとした暗闇だったということだ。

国道8号線という大通りであり、富山県と金沢市をつなぐちゃんとしたバイパスである。けもの道のような誰も通らない山道を走ったのではない。あの道にはもっと街灯が必要だ。

そんな富山と石川の県境の山道を走っていると、緑に茂った木々の中にポツポツと、薄ピンクの花に覆われた木があった。桜だった。山の中はまだまだ寒いということもあってか、桜の開花のタイミングが平野部とズレていた。

富山では桜が満開になった途端に春の嵐がやって来て、突風で花びらが散っていた。山の中ならば山肌に守られてそんなに風のダメージも無かったのだろう。場所によってはトンネルの出口付近に桜が生えてて、舞い散る桜の花びらの中を原付で走り抜ける瞬間もあった。

白山市に入って道の駅を見つけて、そろそろ休憩するかと思って原付を停めた。スマホを見たら7時20分で、出発から3時間半くらい経っていた。トイレに行ったり軽いストレッチをしたり。

そしたらその道の駅の裏手に手取川 ※2 という河川があって、河岸ギリギリまで行けるからキワキワまで近付いて川を眺めてた。水が澄んでて山の眺めも良くて、これが日本名水百選に選ばれてないのが不思議なくらいだった。もうこれが名水ということでいいんじゃないか。それでも目的地に向かうために引き返して、靴の中に入った砂をちゃんと落としてから出発した。

しばらく走ると恐竜のモニュメントが現れて「化石発掘体験」と触れ込んでいた。もう福井県に入った?と思ったが、白山市の白峰地域も恐竜で有名らしい。白峰エリアは郷土資料博物館が多いのかそこかしこに看板があった。いつか白峰観光にも行ってみたいものだ、何があるのかはよく分かってないけど。

写真を見返すとその恐竜のモニュメントに「安全運転してますか?」と書かれた看板もあった。思うんだけど、いくら交通安全を呼び掛けたいからって、奇抜なもので呼び掛けたらそれはもうわき見運転の原因なんですよ。

4月になって自転車の青切符の呼びかけなのか、仕事に行く道中の交差点に、警察服を着た犬の着ぐるみが旗を持って立っていた。その着ぐるみがやる気ないのか、俯いてて微動だにしてなくて思わず目を引いた。あれは完全なるわき見運転だった。警察のせいで俺はわき見運転をしてしまった。

そこからちゃんと県境を越えて恐竜の町、福井県に入った。山の中の風景と、ネックスピーカーから流れた曲がマッチしていた。miletの『Anytime Anywhere』と『The Story of Us』。葬送のフリーレンもこんな感じの風景の冒険譚なんだろうな、知らんけど。

10時、越前大野に到着。しばらく歴史的な街並みをフラフラして1つ目の名水「本願清水」※3 に着いた。小さな東屋に岩があって、岩の内側がくりぬかれてそこから地下水が湧いていた。

この辺りは扇状地で地下水が豊富で、町の至る所に湧き水があり、金森長近 ※4 という昔の人が伏流水を整備するように命じたそうだ。ホームページにはイトヨが云々と書かれていたがよく読むと、イトヨが昔はいたけど今は絶滅して、復活のために尽力している、とのことだった。

そこからそう遠くないところにあるのが2つ目の名水「御清水」※5 。地域住民の共同洗い場に使われてるパターンで、水路の区画に屋根が設けられている。

城主が食べるご飯を炊く時にここの水を使ったということで、敬意を込めつつどストレートな名前「御清水」となったらしい。だいたい「地名+清水」「人名+清水」という名前になるのに、敬語だよ。「お+清水」だと。

ちなみにこっちも金森長近 ※4 という武将が整備している。じゃあもう本願清水と御清水をまとめて「金森清水」でいいじゃんか。それで空いた枠に手取川を入れてくれればいいのに。

ちなみに2か所とも飲用に適している水だったので飲んでみたが、フツーの水だった。特別うまいわけでもなけりゃマスいわけでもない。水の味なんてどこも一緒。また1つ裏付けを得た。


※1 年末休みにも悪天候の合間を縫って強行日程で越前大野に行こうとしたのだが、夕方に出発したせいで桜町遺跡の交差点に差し掛かる頃にはとっぷり日も暮れていた。それでここからの山道が真っ暗になっていて、さすがに無茶だと思って引き返した。そしたら途端に予報外れの雨が降ってきたので、この判断は正しかったと思った。

※2 白山市を流れて日本海に注ぎ込む一級河川。「石川」と呼ばれていた頃もあり、石川県の名前の由来になっている。源平合戦の時代、源氏軍がみんなで「手を取って」流されないように川を渡ったことから「手取川」という名前になった。あと川を渡るのに「手間取る」から、という由来もある。

※3 この近辺には越前大野城という城と、それに付随した城下町が栄えている。城下町の住民の生活用水として整備された名水。

※4 飛騨国高山藩初代藩主。織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に仕えてきた。織田信長から越前一向一揆を鎮圧するように命じられて戦に勝ったため、褒美として越前大野の土地を与えられた。その時に整備したのが本願清水と御清水である。

※5 ホームページには「武家屋敷の人々はしつけも厳しく、常にこの清水を清潔に保ち(中略)現在も不文律として地域の住民たちに受け継がれている」とあるが「しつけ」って、なんだか嫌な表現だなぁと思う。


男ではあるが自分の中でネイルブームが起きていて、手元を見る度にテンション上がっている。しかし日記の冒頭でしか触れてないように、基本的にはネイルのことなんか忘れたまま旅をしていた。後編ではもうネイルどころじゃない精神状況にまで追い込まれていたからだ。

そんな中でも唯一ネイルとの写真を撮ったのが、静電気除去シートと、あと2枚ある。原付とのツーショットと、手取川でのショットだ。

ネイルを前面に押し出さず、奥の原付や川を目立たせるのが俺の美学。正直に言うとピントの合わせ方を知らないだけ。いつも手前のネイルがぼやけている。

ちなみに自分でも何だこのツーショットはと思っていたのか、日本名水百選との写真は撮っていない。それだけ日本名水百選は神聖なるスポットだと思っているということだ。多分もうこんな写真は撮らないのだろう。

あとネイルが青で、原付も紺、ジャンパーは水色、バイクグローブは黒×水色、下に着てたTシャツは青、ズボンはデニム地だから青…。全身青系まみれで走ってたのをなんか思い出す。