【感想】全部を賭けない恋がはじまれば
著者の稲田さんのnote「日曜日興奮更新」は、Twitterのタイムラインに現れるたびに読んでいた。
その頃、私はこれが一体なんなのかがよくわからなくて、落ち着かない感じを抱えたまま、ファンになっていいのかどうか、迷うような気持ちで読者をやっていた。
面白いのか?と聞かれれば、間違いなく面白いのだ。
こんな作品、これまで読んだことがない。
滑稽で物哀しいエロ、突拍子もない登場人物、予測不能な主人公の思考と行動。
これらの全て、好きかどうかと聞かれたら、間違いなく「好きだ」と答える。
けれど私は、わからないものをそのままにしておくのが気持ち悪い。
「これは、エッセイなの?小説なの?現実なの?虚構なの?どう読んだらいいのかわからない!」
とモヤモヤ、尻の座りの悪さを感じていたのだった。
この本には、「この表現は、一体なんのために?」と思うシーンが、よく出てくる。
例えばこんなの。
わしっとタマを持ち上げると軽い。
尻のろくろ回しは大事なスカートに毛玉ができるので、やるなら慎重にやってほしい。
セックスにまつわるあれこれを、ただ、距離を置いてさらりと書いているだけではなく、コミカルに、笑いを取りにくる。
なぜ?
いや、面白すぎるんだけど、どうしてここでこうくるの?
こんな大気圏外から地球を見るような、俯瞰したところから自分のセックスを語れるようになるには、いったい、どれだけ数をこなせばいいのだろう?
特に、恋していた時なんて、自分の全部を賭けていだ自覚がある。
感情もセックスも他人事のようには、とてもじゃないけど語れない。
「全部を賭けない恋」なんて、できた試しがない。
彼女の、恋する自分を冷静に観察する目は、いったいどこからきているのか?
疑問は、あとがきを読んだら解消した。
なるほど、そういうことだったのか。
彼女のnoteは、たった一人の相手に向けた、つまらない日々を救うためのメッセージだったのだ。
だから、彼女はいつも自分を、物語の登場人物のように俯瞰して見ていたのか。
時に笑わせ、時にはあえて自分を落としてみせる。
たった一人への読者サービスが過剰になった結果、この本はここにあるのだ。
しかし「笑わせようとしているな」と、そちら方向へ腰を落として構えていると、とんでもないところから球が飛んでくる。
たとえば、こんなの。
余計なことをなぜ言った。繋ぎ止めたい、でも追いかけさせたい。この両立って、どうしてこんなに難しいのだろう。
愛される自信のない女の子のつぶやきが、リアルすぎる。
「相手は変わらないのに、なぜ自分だけが急に不安になって相手を試すんでしょう。」
「相手に嫌われたいんじゃないの。愛してくれるはずがないって信じてるから」
この会話も、とんでもない真理だと思う。
自分が信じているものが、現実となって表れてくるだけなのに、気づいていながらやめられない。
どうしたって、不安から逃げられない。
「ほかの人には見せられない姿を見せてる気がする。」って、言ってくれたのは私も同じで、全力でさらけ出すことって本命の前では出来ない。
これも、本当にそうだ。
でも、お互い様なんだけど、それでも自分は愛されている、と思っていたかったんだろうなと思うと、切ない。
セックスレスを嘆く人もいるけれど、セックスをしまくってる側もその先になにもない気がして不安なのだ。どちらに振っても不安かよ。腰振っても一瞬の煌めき。ああ。今日の天気はとても、いいな。
天才かよ、と思う。
「腰振っても一瞬の煌めき」とシニカルに切って捨てた後で、「今日の天気はとても、いいな」と続けられるこの感性。
生きることのベースは不安でできている、という達観から生まれるセリフなのだろうか。
私には絶対、こんな文章書けない。
やはり天才だ。
彼女の見つけだす真理は、主に男女間のことなのだろうと思っていると、突然、こんなセリフが出てきたりする。
支え合うことなんか金を通してだけでいい。自分の親のように将来をひどく心配してあげたりとか、いい会社に行けるように先回りして教育させるとか迷惑でしかない。
いや、もう、いったいどんな人生を送ってきた人なんだよ?
俄然、興味が湧いてくる。
すると、それにこたえるように、少しずつ少しずつ、彼女の現実だか虚構だかわからない過去が立ち上がってくる。
編集がすごい。
構成が絶妙なのだ。
時間を行ったり来たりしながら、謎ときのように鮮やかに、今の彼女ができ上ってきた過程が浮かび上がる。
他人の期待する人生を生きることを強いられ、絶望の底にいた。
自力でそこから這いあがり、今を生きているのに相変わらず不安は消えない。
繊細な彼女は、雑になれない、無神経でいられない自分を恥じて、タフに生きようと頑張ったのだろう。
結果。
相変わらず珍事件に巻き込まれ大変なんだが、 安心ベースの大変さだからよいのです。
日常は相変わらずのようだが、いつもべったり付きまとっていた不安は、どこかに行ってしまったようで、読者である私も安心できるのである。
鮮烈すぎるデビュー作は、またしても彼女に、重すぎる期待を負わせてしまうのかもしれない。
けれど、言いたい。
広めたい。
「この本、本当に面白いよ。天才が現れたんだよ。今読まないと後悔するよ」
と。
駆け上っていくインディーズバンドを、自分だけが知っていたと自慢するような心持で、私も「稲田万里をずっと前から知ってたの」と言いたいのだ。
彼女には、きっとそんなファンが大勢いる。
だからどうか、のびのびとこのまま、次回作に向かってほしい。
祈るような気持ちで本を閉じた。
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最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
サポートは、お年玉みたいなものだと思ってますので、甘やかさず、年一くらいにしておいてください。精進します。
