清志郎を好きになった自分を好きになれた話
およそ、日本に生まれた女子ならば、「可愛くなりたい」「痩せたい」「綺麗になりたい」という脅迫的な「美」への願望に取り憑かれた経験のない人は、いないのではないかと思う。
元々の美女はそうでもないのかと思いきや、
「え?!耳の形?そんなところが気になるの?」
と、指摘されねばわからないような細部に悩みを抱えていたりする。
「痩せたいとか、思ったことない」
「美人は美人で大変そうだし」
「見た目より中身が大事に決まってるじゃない」
中にはそう思う人もいるだろう。昔の私もそうだった。だが、表面ではそう思っていても、無意識の望みは真逆だったりする。
一時期ネットで話題になったフジコさんをご存知だろうか?
ブスが美人に憧れた話です。 pic.twitter.com/wuAlki05SY
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ブスの美人に憧れた話の続きです pic.twitter.com/WM2TS8qDGJ
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ブスが美人に憧れた話のラストです pic.twitter.com/rG2FvT3GdR
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彼女は「美人は性格が悪いに違いない」「ブリッコめ」と心の中で悪態をつきながら、どこにいても誰からも大事にされる美女たちを羨望と嫉妬のまなざしで眺めていた。美しくなりたい、人から大切にされたいという真の願いを見ないふりをして。「私はそんなことを望んでいない。あんな誰にでも媚びるあさましい女に誰がなるか」と否定して。
羨望を「羨望」だと、嫉妬を「嫉妬」だと認識できた瞬間に世界は変わる。
私も、長年の自分の中のコンプレックスの元であり、諸悪の根源でもあった「自動美醜ジャッジメント装置」に気づいて、それを緩めるようにしてみたら、ゆるゆると自分が変わってきたような気がする。今日はそんな話を書いてみたい。
なぜ私は自分を醜いと思い込んだのか
これは大変よくある話だ。
兄弟姉妹に天使のような美しい子がいると、一緒に育った子どもは、たとえ自分の容姿が「並」であっても、「下の下」くらいの認識になる。
我が家の場合、天使は弟だった。ぱっちりした大きな二重の目にバランスよく整った鼻と口が、赤子の頃からキュート過ぎて、知らない人にもよく「可愛い赤ちゃんねえ。ちょっと抱っこさせてもらってもいいかしら」などと声をかけられていた。母も大変誇らしそうであったのを覚えている。一緒にいる私は透明人間のように、誰からもスルーされた。
いつも100点満点の比べられる対象が目の前にいると、そのうち自分のことを減点法でしか見られなくなる。「あの子に比べると目が小さい」「あの子に比べると鼻が低い」「あの子の肌にはそばかすなんてない」「あの子の足は細くて長い」「それに比べて私は!」と自分で自分にダメ出ししながら成長することになるのだ。
親も親戚も「○○ちゃんは、可愛いねえ」という。その「は」に込められた意味を深読みして勝手に傷つく。どうせ私は、可愛くないですよ、と。
たまたま起きる出来事から、自分が愛されていないと思える証拠を探し出して「ほーらやっぱり。私が可愛くないから誰にも大事にされないのだ」と決めつける。
そんなふうにして、私は愛らしい弟とデブスな姉という強固な構図を自分の頭の中に作り上げた。私は醜いのだ。だから、美しさ、可愛らしさ以外のところで、何かしらの価値を身につけなくてはならない。そう信じて成長したのである。
実際、昔の写真を見ても、私は全く可愛げのかけらもない子どもだし、弟は愛くるしさの権化だ。
大人たちが弟を可愛がるのも無理はなかった。客観的に見てもそうなのだから、反撃のしようがない。
この状態から「私は可愛い、私は無条件に愛される存在だ」と自己認識を変えるのは、被害者意識の強い子どもには無理なことであった。
私の心のおかずは傷ついたヒーローたちであった
一方、自分は醜いと思いながらも、何故かテレビのヒーローたちは、自分の存在を受け入れてくれると無条件に信じていた。
今でも思い出すのだが、何か心が傷つくことがあると、私はいつも布団にくるまり「戦って傷ついたヒーローたちに優しくする自分」を妄想しては慰められていた。心の自慰行為である。
妄想の中では、ウルトラマンも仮面ライダーも、敵にやられ動けないほどに傷だらけになっている。それでも戦いの場に赴こうとして苦痛に顔をしかめ、その場に倒れ込む。
「行かなくては……」
「ダメ!今行ったってやられちゃう。私に任せて!治してあげるから」
医師でも看護師でもない、ただの幼稚園児の私は甲斐甲斐しく彼らのケアをする。
彼らもそれを受け入れ、私に膝枕などされながら
「ありがとう」
と涙を流す。決して
「けっ!こんなデブスに世話されるくらいなら、俺、帰るわ」
とM78星雲に飛んで行ったり、バイクで走り去ったりはしない。
今思えば、代償行為だったのだろう。自分にとっての「価値ある人」たちに受け入れられていると信じられなかった私は、代わりの「価値ある人=ヒーロー」たちに、自分を受け入れてもらう妄想をして、自分を慰めていたのである。
最初キヨシローは気持ち悪かった
さてそんなふうに成長した私は、1984年に大学生になった。ど田舎の管理主義的進学校に通っていて、勉強しかしてこなかった私は、大学で一気にさまざまな文化に触れることになる。
漫画、映画、音楽、小説。
知らない世界が山のようにある。毎日、好きなだけ本を読み、都会育ちの友達が教えてくれるサブカルチャーの洗礼を受けて、世の中にはこんなに面白い大人がいたのか!と思った。
そんな彼ら、彼女らが教えてくれた一人がキヨシローである。言わずと知れたRCサクセションのボーカル忌野清志郎。1984年当時、キヨシローは「雨上がりの夜空に」「トランジスタ・ラジオ」のヒットで、音楽好きな若者の間ではすでにカリスマ的人気を博していた。
「キヨシロー、すごくいいから!聞いてみて!」
熱烈なおすすめにあい、聞いてみたその楽曲は素敵だと思ったが、キヨシロー本人の第一印象は「気持ち悪い人」だった。
声が気持ち悪い(美しくない)、メイクが気持ち悪い(美しくない)、取り立ててすぐれた容姿でもないのに目立とうとギンギラに飾り立てているそのファッションが気持ち悪い(美しくない)。
面白い、面白くない。楽しい、楽しくない。そういうジャッジは、素直に自分の心が動くままにできていたのに、こと「美醜」のジャッジについては、「これが美だ!」という押し付けに洗脳されていたのだと思う。堅牢な「自動美醜ジャッジメント装置」がフル稼働していたわけだ。
他人のモノサシによって構築にされた「美醜の基準」を持つわたしにとって、キヨシローは「美しくないから興味を持たなくていい」人だったのであった。
心を破壊する
それからあっという間に30年が過ぎた。子どもを産み、どんどん増える体重を気にしながらも、「気にしている自分」を人に知られるのが嫌で、気にしていないふりを続けた。
そうこうしているうちに、私の歪んだ精神が破綻を迎える。鬱を発症したのである。
そりゃそうである。「自分は醜く愛される人間ではない」という思いを後生大事に抱え込んでるくせに愛されたがり、けれど愛される努力は放棄していたのだ。
「お前はブスだからご飯はやらない」と栄養を与えないでいたら、病気になりました。そんな話を聞いたら「そんなの当たり前だ」としか思えないだろう?どう聞いたって虐待である。
しかし、当時の私にはそれがわからなかった。
私の中にいた二人の私は「こんなやつに飯を食わせても無駄だ」「こんな私はご飯を食べさせてもらえなくても当たり前だ」と結託して、心に愛という名の栄養を与えず、飢えさせ病気にしたのだった。
回復の過程で考えたこと
鬱を発症した原因は、自覚しているところでは一つしかなかった。いわゆる「空の巣シンドローム」がそれである。子育てにだけ没頭する何十年の後、急にやってくる「母親役からの解放」。当時は「解放」では無く「剥奪」くらいの感覚だったように思う。社内でバリバリ仕事をしていたおじさんが急に閑職に回されるとこんな感じなのだろうか。自分に対する無価値観がすごかった。
眠れず食べられず不健康にやつれていく日々。心療内科を受診し、カウンセラーと話すうちに、根っこの問題は子どもの巣立ちなどではないことを知る。
「役に立てない自分は誰からも愛されない。何故なら私は醜いのだから。マイナスの存在である自分を他者に受け入れてもらうためには、何かの役割を持ち、そこで役に立ち価値をプラスに変えて、他人に認めてもらうしかない」
その思い込みが、「母親」という役割を得てさらに強固になり、やりたくもないことを引き受けてしまう「生きづらさ」の根っこにあったことを、ここで初めて知ったのであった。
わかったからには、この「美醜」を決めている自分と話すしかない。本当の私はなにを美しいと思い、なにを醜いと思っているのか?果たしてその基準は大事に抱えていなくてはならないほどのものなのか?
相撲と神韻と東京ゲゲケイ
そこで、検証実験を開始した。
まずは、この世の中で私が最も理解に苦しむ「デブとデブとの肉弾戦」相撲の中継を見るようにしたのである。
取り組みを見ていても、何が面白いのかわからない上に、揺れる脂肪、飛び散る汗、画面越しにも感じる暑苦しさが辛かった。聞くところによると、由緒ある名家の御令嬢ほどお相撲が好きだったりするので、きっと私には分からないところに神聖な国技の良さがあるのだろうけれど、私にはどうやってもそれが理解できなかった。心の中に、根強いデブへの憎しみが居座っているのを実感できただけだった。ただ、小兵で筋肉質の力士は、素直に鍛えられた肉体の美しさを賞賛できたので、相撲が嫌いなわけではなく、脂肪が嫌いなのだと、予想通りの結論を得た。脂肪は醜い。脂肪に埋まった顔は皆同じに見える。では「美」は?美しければ、いくらでも見ていられるものなのだろうか。
次なる検証のために向かったのがこちらである。群舞が美しいと評判の「神韻」公演。
生で堪能するなら良い席で!と奮発して30,000円のS席を取って意気込んで出かけた。美醜の「美」の極致である。どれほどの夢見心地を味わえることか。
舞台の上では、なんでこんな角度で関節が曲がるのかわからない男女が、華やかな音楽に合わせて一糸乱れぬ滑らかな踊りを披露していた。人の肉体を限界まで鍛えたらこうなるのだろう。それでありながら、努力や苦難を感じさせない笑顔で、美しく舞い踊っている。
最初の30分ほど興奮して身を乗り出して鑑賞していたものの、気づいたら寝ていた。美人も極めたらみんな同じに見えるのだ。美しい顔立ちにはバラエティが無い。そして、それは私にとっては「つまらない」「面白くない」ことだった。
もしかして、これはどうやっても手が届かないが故に出てきた負け惜しみかもしれない、とも思ったが、仮に私が絶世の美女になり美しい肉体を手に入れても、あそこで踊りたいとは思わなかった。やはり美人になっても「埋没する」のでは意味がない。私が欲しいのは「あなたは唯一の存在だ」という証拠なのだ。実に根深い。そして実に強欲である。
そんな時、YouTubeで東京ゲゲケイに出会う。最初に見たのは、これだった。
な、なんてかっこいい!
ストーリーのある画作り、怪しさ溢れるキャラクターたち、よく知っている曲なのに初めて聞くような脳みそがかき回される感じ。
一目で虜になった私は、一ヶ月後に六本木で開催される予定のライブチケットを即行で申し込んだ。
ちなみに私は神奈川に30年近く住んでいたけれど、その時まで六本木は「怪しい外国人が跳梁跋扈する超危険地帯」だと思って近寄ったことが無かったのに、である。
生で見たライブは最高だった!
妖艶でコミカルで美しくもあり気持ち悪くもあり、なんなのだこれは?!と興奮した頭にスパークが炸裂した。
三時間近く、ずっと彼らと一緒に歌い、踊り、叫んでいた。
こんなに楽しい世界があったのか。
熱気が冷めやらぬまま、帰りの電車の中ではたと気づく。
「ところで彼らは、世間の基準で言うところの美男美女の集まりなのか?」
失礼ながら、答えはノーである。超個性的なルックスではあるけれど、おそらく、ミスコンやジュノンボーイが求める美しさ、可愛らしさとは、まるで違うところにいる。人によってはグロテスクという感想を持つこともあるだろう。
だが、私にとって彼らは完璧だった。こんな世界を生み出せるのなら、見た目なんてどうでもいいと思った。
美はひといろではなく、私が求める美は世間の求めるそれでなくても構わないと思えたライブだった。
逃げずに向き合う
東京ゲゲケイのライブでもう一つ私が衝撃を受けたのはBOWちゃんの存在である。
BOWちゃんはメンバー紹介の曲の中で
「上から100、100、100、ブーです」
「ブーじゃねーわ、BOWだわ」
といじられるようなプロポーションをしていた。さすがにドラえもんと同じサイズには見えなかったが、私の中にはかねてより
「ダンサーというのは、美しい肉体を持つ人がする職業」
という思い込みがあったので、デブのダンサーというのは、あってはならないものだった。
ところがBOWちゃんは、可愛いし美しい。揺れるお腹で踊ってもいいんだ?!という脳天をカチ割る衝撃が走ったのである。
それまで私は「痩せたらやろう」と思っていたことがいくつかあった。スキューバダイビング(ウェットスーツは体のラインがモロに出るので、死んでも着たくない服No. 1であった)、ベリーダンス(私がへそ出して踊るなんて、目の公害以外の何ものでもないと思っていた)がそれである。
だがBOWちゃんは、痩せなくても好きなことにトライし、しかもそれを仕事にしているのだ!
「痩せたらやろう」は、「痩せるまでやってはいけない」と同義である。健全な憧れは、そこに向かうためのエネルギーを生むが、不健全な憧れは、やらなくてもいい理由になる。それに気づいた私は、今のこのだるんだるんの肉体のまま、やりたいことに挑戦することに決めた。そして、今のままではあまりに筋力も持久力もない自分を自覚したので、合わせて筋トレも行うことにしたのである。
結果どうなったか。
筋トレは半年以上続けたが、我流のためかほとんど痩せてはいない。2キロくらい減ったが、見た目の変化はほぼ分からない。体力はついた。
ダイビングは一念発起し沖縄でライセンスを取得したけれど、この夏はタンクを背負わずにひたすら日本海に素潜りで潜っていた。体にピッタリしたウェットスーツをAmazonで買って着ているが、人目は気にならない。
ベリーダンスはコロナ禍のおうち時間にYouTubeを見ながら、一人テレビの前で踊り狂って満足したので、もういいや、と思えた。
やり切った結果、見た目はそのままなのに、私が私をみる目が変化した。ジムの鏡に映る姿を見ても、「そんなに悪くないんじゃない?」と思えるようになったのだ。容姿はまるで変わってないというのに。
私の中の「自動美醜ジャッジメント装置」は、錆びたり、ヒビが入ったりしてうまく働かなくなったようだった。
「帰れない二人」のおかげで私は自分に帰ってきた
そんなふうに自分を見る目が優しく変化してきた頃、この動画に出会う。
メロディアス!
なんて素敵なんだ?!
キヨシローってこんなにかっこよかったのか。
素直に感動し、二人の歌に涙が溢れた。
このかっこよさを理解できなかった自分は、本当に生きていたのか?
キヨシローを素敵だと思える自分が好きだと思えた。
キヨシローを素敵だと思える自分も素敵だと思えた。
遠回りして、やっと自分に帰ってきた。
生きてきてよかった。
無駄な「美醜ジャッジメント装置」を大事に抱えて生きてきた自分を馬鹿だなあ、と思うと同時に、とても愛おしくも思った。
小さかった私が「どうして弟ばかり可愛がられるんだろう?わたしを可愛いと言ってくれる人がいないのは何故なんだろう?」と傷つき、小さな頭で考えて、自分を守るために発明した装置がそれだったのだから。
もういらないけれど、これまでよく働いてくれたね。おかげで、私は勉強だけは進んでやる子だったし、大人になっても向上心を持ち続けることができたよ。それは間違いなく、壊れかけた君のおかげだったと思う。どうもありがとう。
おまけ
ちなみに、文中で紹介した「ブスが美人に憧れた話」の後日談がnoteに掲載されていた。こちらも素敵だったので、ぜひ読んでほしい。
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最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。
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