【漫画原作】宮殿は作家(ドラゴン)を待っている【第三話】

3話

夜の町。
所々にポツポツと、小さな灯りが見える。

ルードゥス「先生。妹を助けていただき、ありがとうございます!」

妹はアピリアの腕の中で眠っている。

アピリア「気にするな。師は弟子のため、時には拳を振るう」「作家とはそういうものだ」
ルードゥス(作家って、そんな物騒なの??)
リッサ「ごほっ! ごほぉっ!」
ルードゥス「リッサ!」

少年は駆け寄る。
呼びかけに応じる様に、ソンリッサはゆっくり目を開けた。

リッサ「おにぃ……ちゃん?」
ルードゥス「ごめんな、リッサ……!」「勝手に居なくなって、ごめん!」

少女は兄を見つめながら、首を左右に振った。

リッサ「……ゼッタイ、会いに来てくれるって……信じてたし」

弱々しくも、意地悪な笑みを浮かべる。
昔と変わらない、小悪魔めいた表情。

リッサ「ねぇ、おにぃちゃん……」「身体がアツくてしょーがないの……」
ルードゥス「うん……ひどい熱だ」
アピリア「汗も、スゴイかいちゃったの……」

息を荒くしながら、ソンリッサは服のボタンを外し始めた。

ルードゥス「リッサ?」
リッサ「ねぇ、おにぃちゃん……カラダ拭いて?」
ルードゥス「リッサ……今はまずいよッ」
リッサ「ヤダ……いますぐ拭いてぇ……」「昔みたいに、全身くまなく拭いてぇ〜」

赤子のように甘えた声を上げる。
しかしそこでふと、視界の端にアピリアの顔を捉えた。

リッサ「えっ」
アピリア「感動の再会だな」
リッサ「だ、誰ぇぇぇ!? このオンナぁぁぁ!?」

少女は胸元を隠しながら、驚愕と羞恥に身悶える。
それでもアピリアは、腕の中で暴れる彼女を微動だにせず抱え続けていた。

アピリア「元気そうで何よりだ」
ルードゥス「リッサ、落ち着いて!」「その人はグッドマンの作者、アピリア先生だよ!」「ほら、昔よく読んでたでしょ?」
リッサ「え……えぇーーーっ!?」

目を見開き、少女は改めてアピリアの顔を見た。

リッサ「な、ナンデっ!?」「どーしてグッドマンの作者と、おにぃちゃんが一緒にいるワケ……!?」
ルードゥス「僕は先生に弟子入りして、作家になるんだ」
リッサ「どーゆーこと……??」

そこでルードゥスは身振り手振り、アピリアと出会った経緯を説明した。

ルードゥス「──そして、今に至るわけなんだ」
リッサ「それでいきなり作家を目指すって、おにぃちゃん……」

少女は呆れたように言葉を詰まらせた。
それでもルードゥスは優しく微笑み、妹のはだけた衣服をそっと直してあげた。

ルードゥス「……今度こそ、約束を守るから」
リッサ「約束……?」
ルードゥス「『早く一緒に、こんなとこ抜けだそーね』」
リッサ「……っ!!」
ルードゥス「必ず守るから」「もう少しだけ、待ってて」

ソンリッサは思わず涙ぐみながら、ブンブンと首を縦に振った。


薄暗い小道を進む。
妹はアピリアの腕の中で、再び眠りについていた。
ルードゥスは師匠の背中を必死に追いかける。
少しでも離れると、その背中は闇に溶けて消えてしまいそうだった。

ルードゥス(まだよく分からない……)(武術と物語の型を合わせた技術、『文脈闘技(プロットバレット)』)(それを学べば、本当に作家になれるの?)
アピリア「ルードゥス君」

前を向いたまま、アピリアが語りかける。

アピリア「現在の“大娯楽小説ブーム”と“文脈闘技(プロットバレット)”には、密接な関係がある」
ルードゥス「そうなんですか?」
アピリア「ブームの始まりは、五〇年ほど前に起こった、大規模パンデミックにある」

ナレーション「それは過去に新聖ルマ帝国、および周辺国を襲った、未知なる感染症の世界的拡大だった」
「当時まだ効果的な治療法がなく、苦肉の策として、国民全員の不要不急な外出や集会が禁じられる事となった」

アピリア「貴族すら例外なく外出禁止」「パーティーも禁止」「その結果、文通が流行した」

ナレーション「手紙のやり取りも最初は楽しんでいたが、やがてすぐに話題は底をついた」

アピリア「そこである貴族が、小説の感想を友人に送った」「余暇を相まって、そうとう熱心な長文だったらしい」「手紙を受けとった友人は、次の日にはその小説を取寄せ、読み始めていた」

ナレーション「小説を読み切った友人は熱烈な感想を送り、その友人もまた友人に感想を送り……」
「こうして最初の読書ブームが始まった」

ルードゥス「そんなに面白い小説だったんですか?」
アピリア「どうだろうな」「五〇年前の作品だ。今とはだいぶ趣向が異なるだろう」「ただ、当時の貴族たちを熱狂させる“プロット”だったのは確かだ」
ルードゥス「プロット……?」「それは文脈闘技(プロットバレット)と関係が?」
アピリア「良い質問だ」「プロットというのは、“何が”“どうして”“どうなった”などの、物語における『展開』の部分を端的に現したものを指す」「話の『骨組み』と説明することもある」
ルードゥス(初めて物書きらしい説明をされた気がする……!)
アピリア「そして文脈闘技(プロットバレット)は」「武術の型によって、物語のプロットを表現する技法だ」
ルードゥス「な、なるほどッ……!」「でも無理がありませんか?」「武術の動きで、物語を表現するなんて……」
アピリア「一理ある」「だが世の中には『動き』による物語表現はたくさんある」「演劇やダンス、パントマイムだってそうだろう?」
ルードゥス「言われてみれば……ッ!」

暗闇を抜け、再び灯りが見えて来た。
中流層の住宅地帯についた。

アピリア「さて。読書ブームの最中、パンデミックが開けた」「外出や集会の禁止が解かれ、貴族たちは動き出す」「ある者は果てなき読書欲を満たそうと、国内外に広大な流通網を築いた」「又ある者は、小説の出版に黄金を見出し、大量出版を可能にする」「そして又ある者は、将来的に作家が不足することを見越し、作家の発掘と育成へと乗り出した」

ナレーション「新しい作家が次々生まれ、新作が大量に出版され、本が国内外に広く流通する……その仕組みが出来上がった」
「新時代の到来である」

ルードゥス「そうして現在に続く、“大娯楽小説ブーム”が誕生したワケですね」
アピリア「その通り」「それにより作家は皆、文脈闘技(プロットバレット)の習得が必須になった」
ルードゥス「何でそうなるんです……?」
アピリア「作家志望者の、爆増だ」

ナレーション「作家になるには、各地でほぼ毎月おこなわれている『公募』を勝ち抜く必要がある」
「公募からの受賞作は、だいたい三から六。本になるのはその中から一作。多くても三作。他は出版されることはない」

アピリア「毎回の公募で集まる作品数は、約五〇〇から一○○○」「選別には多くの時間が必要だった」

ナレーション「貴族はみな読書好きだが、どんな作品でもOKという訳ではない」
「一定の水準の面白さがなければ、例え出版されたとしても、すぐに貴族間のクチコミにより駄作の烙印を押される」「そして“駄作”と呼ばれた本は、売れないどころか、作者までも悪評に晒されてしまう」
「作家とは、書評で人生が左右される非常に厳しい世界なのだ」

アピリア「文脈闘技(プロットバレット)は、物語の型を理解していれば、その動きも美しくなるよう設計されている」「公募の一次審査では、広場に一○○名ほどが集められ、一斉に同じ“演武”を行う」「これにより、ものの数秒で多くの選別が可能となった」

ナレーション「演武の美しくないものは、物語の型を理解していない──つまり一定水準の面白さを書けていない──と判断され、退場となる」

ルードゥス「そんなッ……読まれもせず失格だなんて!」
アピリア「一理ある」「しかし演武の美しい者の作品は、皆どれも水準を満たしており、その逆は一切無かった」「これは文脈闘技(プロットバレット)が作家育成と、審査基準として有効であることの証明となった」

ナレーション「その結果、現在はすべての公募の一次審査に“演武”が行われている」

アピリア「ルードゥス君。最初の目標は、一次審査の“数秒間”をクリアすることだ」


一軒の小奇麗な建物にたどり着いた。
周りにくらべて屋根の位置が低く、赤い瓦がよく目立つ平家だった。

ルードゥス「あまり診療所っぽくない建物ですね」
アピリア「当然だ。私の家だからな」
ルードゥス「えッ!? どうして先生の家に!?」

アピリアは足を止め、背を向けたまま話を続ける。

アピリア「いいか、ルードゥス君」「一次審査の“演武”の時点で、参加者は一○分の一まで削られる」「審査は全部で四つ行われ、すべて異なる技量を測られる」
ルードゥス(一○○○名いたら、わずか数秒で一○○名……?)
アピリア「すべての時間を修行に注ぎ込まなくては、一年で作家になるなど不可能」

少年は緊張した面持ちで唾を飲み込んだ。

アピリア「よって、今後キミはここで私と生活を共にし、常に多くを学びなさい」

そう言いながらは振り返る。
変わらず落ち着いた表情だが、瞳の奥にどことなく厳しさが感じられる。

ルードゥス(想像以上に、大変な道を選んだかも……)

月に照らされたアピリアの姿は、元々の美しさを際立たせつつ、どこか艶かしくシルエットを映し出している。

アピリア「診療所は、ここからもう少し歩く」「キミは先に休みなさい」「明日からは早い」

そう言い残し、アピリアはソンリッサを抱えたまま居住区のさらに奥へと進んでいった。
先生の背中を見えなくなるまで見届け、ルードゥスは渡された鍵で家に入った。

ルードゥス(まさか先生と暮らすことになるなんて……)(一体どんな部屋なん──)

開けたドアの先は、信じられないほど散らかっていた。
顔を引き攣らせる少年。
足の踏み場もない室内を進み、師匠の鞄を机の上に置いた。

ルードゥス(修行の前に、大掃除かも……)

思わずソファーに倒れ込み、二つ並んだクッションに顔を埋めた。

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