【漫画原作】宮殿は作家(ドラゴン)を待っている【第二話】
2話
①
ルードゥスは、部屋の奥にあるベッドを見つめる。
あの頃から背丈も髪の長さもだいぶ成長した妹が、静かに寝息を立てているのが見えた。
ルードゥス「リッサ……!」
目をつむる妹の顔を見つめながら、少年は顔を強張らせる。
ルードゥス(リッサを医者に連れて行き、作家になって治療費を払う)(働きながら勉強の日々)(めちゃくちゃ大変だ……)
緊張した面持ちのまま、一歩を踏み出す。
心に小さな火が灯っている。
ルードゥス(でも、そんなの関係ない!)(必ずリッサを助ける!)
ちらりとアピリアを見る。
ルードゥス(アピリア先生、ありがとうございます)(僕に光を示してくれて……!)(でも……ッ)
急に少年の表情が曇る。
ルードゥス(『作家になる者は、武術を学ばなければならない』……??)(わからない……! まったく意味が分からないッッ!)(小説を書くことと武術に、一体何の関係が……!?)
その時、入り口のドアが勢いよく開かれた。
叔父「リッサァァ!!」
叔母「リッサちゃん……!!」
ひどく息を切らせ、慌てた様子の叔父と叔母が駆け込んで来た。
しかしルードゥスに気がつくと、夫妻はそろって怪訝な表情を浮かべた。
叔父「なんでお前がここにいる?」
ルードゥス「……叔父さんたちこそ、どこ行ってたんですか?」
叔父「そんなのお前に関係ないだろ! 退け!!」
叔父が少年を押し除けようと手を伸ばす。
その瞬間、アピリアが彼の腕を掴んだ。
アピリア「失礼」「私の弟子に手をあげることは、ご遠慮願いたい」
叔父「なんだお前ぇ? ルードゥスが“弟子”だと?」
アピリアは手を離すと、素早く包拳礼をした。
アピリア「私はマティマティカ・アピリア。流派は『活劇』」「ルードゥス君を作家にするべく、師弟となった」
叔父「マティマティカ・アピリアだとぉ?」
ジロリと、彼女を睨みつける。
叔父「史上もっとも若く宮廷作家になった伝説の人物が、こんな所にいるわけないだろ!」「バレバレなウソをつくな!」
ルードゥス「ッッ! この人は──」
反論しようとした少年の口を、アピリアがそっと手で塞ぐ。
アピリア「どちらにせよ、手荒なマネは“彼ら”だけにして頂きたい」
アピリアが部屋のすみを指差す。そこには借金取りたちが床に転がっていた。
叔父「な……ななななっ!?」
叔母「どういうこと……!?」
気絶した借金取りとアピリアを交互に見ながら、目を丸くし震えている。
ルードゥス「それより叔父さん、答えてください」「病気のリッサを放って、どこに行ってたんですか?」
叔父「ほ、放ってなんかいないよ!」「ちょっと出掛けてただけじゃないか!」
ルードゥス「借金取りは、中に居ました」「でも窓も入り口も、壊された形跡がない」「叔父さんたちが、家に上げたと考えるのが自然ですッ」
静かに怒りを溜めながら、叔母を見上げる。
ルードゥス「教えて下さい……」「あんなに可愛がっていたリッサを、どうして借金取りたちの中に置き去りにできるんですか?」
夫妻は言葉を詰まらせた。
そこへ更なる来客が現れた。
借金取り「オイオイオ〜〜〜イ!」「ガキひとり連れてくるのに、時間かけ過ぎっしょー」
そう言いながら入って来たのは、ルードゥスにスリを強要した男だった。
借金取り「お? さっきのお兄ちゃ〜〜〜ん!」「ちゃんとお金持って来たかー?」
少年に邪悪な微笑みを向けたのち、隣にいるアピリアに視線を移した。
男は一瞬色めき立つが、周囲に倒れた仲間の姿を見つけて表情を険しくした。
借金取り「なんだオメェ……?」
アピリアは彼の問いを無視してベッドに移動し、眠るソンリッサをそっと抱き上げた。
アピリア「さてルードゥス君」「先ほどのキミの質問だが」
周囲の全員が唖然とした。
ルードゥス「いや先生……何の話です?」
叔父「なんなんだこの失礼な人は!?」
借金取り「オイオーイ! オレの事は無視ですか〜〜〜?」
皆が同時にリアクションを返す。しかし彼女の瞳は、ただ一人、ルードゥスだけに向けられている。
アピリア「小説を書くことと、武術を学ぶことの関連性を、キミは疑問に感じているのだろう?」
ルードゥス「あっ、はい……」
あまりにマイペース過ぎる師匠に、少年は動揺を隠せない。
その間に、アピリアはソンリッサを抱えたまま少年の隣りに戻ってきた。
ルードゥス(もしかして……実は先生って変人なのでは?)(いや……もしそうだとしても、いまは成り行きに任せよう……)
アピリア「娯楽小説において、物語は人物の行動によって描かれる」「これは逆説的に、『動き』によって物語を表すことが可能という事だ」
ルードゥス「その『動き』が、武術……?」
アピリア「素晴らしい。その通りだ」
う〜ん……と、腑に落ちない様子で少年はうなる。
義夫婦と借金取りも、何を言ってるんだという顔で二人を交互に見ている。
アピリア「ルードゥス君」「武術も物語も、どちらにも『型』という共通点がある」
ルードゥス「物語に……『型』?」
アピリア「ああ、そうだ」「あらゆるものに『型』は存在し、『型』を理解すれば、ある程度の未来は予測できる」「つまり──」
彼女はソンリッサを左手で抱えたまま突如、空いてる右手で何かを後方に向かって投げた。
アピリア「作家に、不意打ちは通用しない」
ルードゥスたちの後ろ、ベッドの近く。密かに襲い掛かろうとしていた借金取りの一人が、肩を押さえてうずくまった。
男の肩には、ルードゥスを脅すときに使用した暗器、“鏢(ひょう)”が突き刺さっていた。
激痛のあまり、男はナイフを床に落とした。
借金取り「オイオイオイ……」「なんでバレてんだよ」
アピリア「ルードゥス君」「いま私が背後の男に気づいたのも、『型』を理解しているからだ」
ルードゥス「えっ……? どういう事ですか?」
アピリア「私は『活劇』の作家」「活劇において重要なものは、悪役の行動にある」「何故なら読者の感情を大きく動かすのは、彼らの悪行にあるからだ」
ルードゥスはハッとした。『グッドマンと秘密の組織』におけるワンシーンを思い出す。
アピリア「『活劇』の作家は悪役のことを考える」「どうすれば読者に絶望感を与えられるか、常に考えている」
今度は目の前にいる借金取りが、ナイフを手に取った。
ルードゥス、そして義夫婦の表情が凍る。
借金取り「はいは〜い、それじゃぁお姉さーん」「これからオレが何をするか分かる〜〜〜?」
怪しげな笑みを浮かべ、手の中でナイフを弄ぶ。
彼のそんな様子を見て、アピリアは穏やかな声色で返す。
アピリア「つまらないプロットだ」
借金取り「はいぃ〜〜〜? 何つった??」
アピリアは抱きかかえているソンリッサに視線を移した。
アピリア「この子を、売りに出すつもりだろう?」
ルードゥス「なんだって……!?」
義夫婦がギクリっと顔を強張らせる。
ルードゥス「ッッ! もう……我慢できませんッ!」「リッサのことだけは信じてたのにッ……!」
叔母「この子は私たちが育てたんだから、どうしたって勝手でしょう!」
返答した叔母を、ルードゥスはギロッと睨んだ。
ルードゥス「病気になったら不用ですか? ふざけないで下さい……」「リッサは物じゃないッ!!」
叔母「リッサちゃんは、私たちに恩があるんだから!」「納得してくれるに決まってる!」
リッサ「サイっっっテー……」
ソンリッサがアピリアの腕の中で、義夫婦に侮蔑の眼差しを向けていた。
叔父「そんな……リッサ?」
叔母「リッサちゃん?」
義夫婦はショックを受けて固まる。
対してソンリッサは、苦しそうに再び目をつむった。
アピリア「行こう、ルードゥス君」「腕利きの医者を知っている」
ルードゥス「はいッ、先生!」
立ち去ろうとする二人に、借金取りがナイフを見せつけながら叫ぶ。
借金取り「背を向けると刺しちゃうよ〜〜〜!」
アピリア「どうだろう」「キミは、自分より弱いと判断した者にしか攻撃しない」
振り向くことなく、アピリアはドアへ向かった。
男は口を固くむすんで、その場を動くことはなかった。
少年は先にドアへ行き、師匠の代わりに開けようとした。
アピリア「ルードゥス君、大丈夫だ」「ドアは自分で開ける」
彼女は再び片手でソンリッサを抱え、右手でドアノブを回した。
十数センチ開けた、その刹那──ドアの向こうに、ナイフを構えた男の姿があった。
ルードゥス「先生ッ!?」
すぐ後ろにいたルードゥスが声を上げた。
ルードゥス(最初に借金取りに会った時、5人いた)(先生と再び訪れた時、家の中にいたのは三人)(そして後から来たのは一人)(もう一人……つまり五人目が今、扉の先にいたんだッッ!)
男は手に持ったナイフで、ドアの隙間からアピリアの右手を突いた。
男「なッッッ!? マジかよッッッ!?」
驚愕したのは、男の方だった。
アピリアは円を描くように手を返し、奇襲をかわしていた。
そして素早く腕を掴み、目一杯に引き寄せた。
男は半開きのドアに、勢いよく顔面を強打。鈍い音とともに、地面に崩れ落ちていった。
ルードゥス(もし僕が扉を開けていたら……)
人質に取られる自分を想像する。
ルードゥス「これも、『型』による予測……?」
アピリア「そういうことだ」「そしてこのように『物語の型』と『武術の型』を組み合わせたものを、我々はこう呼んでいる」「『文脈闘技(プロットバレット)』と」
ルードゥス「プロット……バレット?」
困惑する少年。
アピリア「レッスンの続きは、また後にしよう」
呆然とする義夫婦と借金取りを残して、二人は家を後にした。
