見出し画像

“普通”を捨てて、失われた時間を迎えにいく

日の出と共に起き、日の入と共に眠る。

そんな生活を意識して、もう1年ほどになる。
朝日と過ごす時間がいつの間にか日課になった。
冬になった今、私の方が太陽より早起き。

だけど、この生活にたどり着く前は荒れ果てていた。

以前の職場に勤めていた時のこと。
7時には家を出て、20時頃に帰宅する日が続いた。

朝はゆっくりできない。家に帰っても、ただ寝るだけ。とても趣味をする気持ちになれない。
休みの日だって、疲れを取るために1日中寝てた。

気持ちがすり減って、ついに起き上がれない。
仕事も休みがちになった。

そして、初めて仕事場で倒れた。

もう限界が来たんだ。
そのまま有給を使い果たし、当日に仕事を辞めた。

このときの上司は散々な言いようだった。
その中でも特に残っていたのは「早く大人になりなよ」だった。

その上司は以前、私が「結婚したら」「子どもができたら」と勝手に想像してきた。気味が悪くて仕方がなかった。

……ああ、そういうことか。

「“普通”になれ」って言いたいんだ。
全員が同じ方向を向いて、前ならえをした人生。

あいにく、そんな生き方は惹かれない。
もしそれが正解でも、私には合わない。

“フルタイムで遅くまで働いて”
“結婚と子育てが幸せで”
“未来を見据えて今を我慢して”

こんな“普通”は私を救ってくれない。
ただの“足かせ”でしかない。

それに縛られ続けた生活は、死んでたのか生きてたのかわからない。

この時でさえ、「絵を描きたい」気持ちは息していた。

でも、無視し続けないといけなかった。

残業で疲れ果てたら、仕事のためにすぐ寝る。
絵を描く余裕なんて消え去った。

とにかく、お金が欲しかった。
お金のためなら時間を差し出していた。
真っ当になるために、毎日遅くまで働いた。

でも、手元に残ったものはガラクタばかり。
物だけ手にしても満たされない。

ここでやっと気づいた。
私が本当に欲しかったのは、“時間”だ。

あれから、正社員を辞めてパート勤務を始めた。
「新しい仕事がしてみたい」と思ってパートを選んだ。家族や友達には、そう説明した。

けれど、それは建前。
本音は「絵を描く時間が欲しかった」

絵が描けない人生なんて、生きている意味がない。だって、私にとって絵は“呼吸”と同じだから。

私が思う“大人”は、自分の選んだ人生に納得して進む人だ。

正社員を辞めたのは“大人を捨てた”んじゃない。自分を救うための、私なりの“大人の決断”

とはいえ、不安を感じることはたくさんある。
でも、朝焼けの空を見ていると「これで良かったんだ」って思えてくる。

“失われた時間”は、過去の私だ。

好きなものを遠ざけられて、荒んでいた自分。
本当になりたいものを押し殺していた自分。

その全部を迎えに行くために、私は“普通”を捨てた。

時間を大切にするようになってから、余白を愛せるようになった。

様々な顔を見せてくれる空。
頬を撫でる爽やかな風。
赤や黄に色づき始めた山々。

以前は気づけなかった景色たちが、今では鮮やかに見える。

ようやく、自分を迎えにいけた。
時間を愛することは、自分を愛することなんだ。

だから今、私はこうして「あい」を綴っている。


#モノカキングダム2025
テーマ:あい