見出し画像

なぜ私の話は、相手に届かなかったのか。430件の面談が教えてくれた、営業の本質。

序章:画面の向こうで

画面の向こうで、男性が話し続けていた。

「結局いくらかかるんですか」 「それで本当に稼げるんですか」 「他にもやってる人いるんですか」

聞きたいことを、聞きたい順番で、聞きたいだけ。

私が何かを尋ねる隙間は、なかった。

住宅営業を18年やってきた。会えば、相手の表情で間合いを読めた。少し黙れば、向こうが話し始める。長年そうやって、商談の主導権を握ってきたつもりだった。

画面の中では、それが何も通用しなかった。

相手のペースで、面談はどんどん進んでいく。気づけば、こちらが聞きたかったことは何も聞けていない。それを知る前に、説明をする時間がやってきてしまう。

仕方なく、いつものように説明を始めた。

聞いてもらえている、ような気がした。相手は黙って頷いていた。

「では、お申し込みの流れですが」

そう言った瞬間、画面の向こうの表情が変わった。

「お金かかるんですか。それならいらないです」

それだけだった。

そのまま、気まずい空気が流れた。何か取り繕おうと言葉を探したが、何も出てこなかった。当たり障りのない言葉を交わして、面談は終わった。


私が営業という仕事を選んだのは、好きだったからではありません。

高校受験の前に父を亡くしました。母子家庭で、父が残した借金を返しながら、母が苦労して育ててくれました。貧しかったけれど、それを感じさせないようにしてくれていた母に、今でも感謝しています。

本当は大学に進みたかった。でも母から「大学に行かせてあげることはできない」と言われました。奨学金やバイトで何とかなる方法もあったかもしれない。でも、どんな形であれ母の負担になると思い、諦めました。担任の先生が何度も母に相談に来てくれたことを、後から聞きました。

特にやりたいこともなく、地元の会社に就職しました。部門チーフを任されるようになり、業績の落ちた店舗への転勤も経験しました。売上も利益も落ちていたその店舗を、1年で立て直しました。数字は出た。でもボーナスの時期になると「もらえるだけありがたいと思え」という言葉が返ってきた。大卒というだけで仕事のできない部下の方が給料が高い。自分の実績が正当に評価されない理不尽さが、ずっとありました。

「自分の実績で、正当に稼げるようになりたい」

その思いが強くなりました。でも私には学歴も資格も何もない。妻に相談しました。「やってみたら」と言ってくれました。

辿り着いたのが、一番嫌で避けていた営業の仕事でした。学歴不問・実力主義を掲げていた住宅メーカーの求人を見つけ、未経験で飛び込みました。

年下の先輩からの嫌がらせ、上司からの嫌味。それでも心の中で闘志を燃やしながら続けました。転機になったのは、社内で全国上位に入る実力者との出会いでした。その方に営業を教えてもらい、表彰を受け、主任・係長と昇格し、最終的には飛び級で営業所長を任されるまでになりました。半期の成績で全国8位になれた時は、正直、泣きそうになりました。

半年休みなし、朝から夜中まで働いた時期もありました。パワハラも当たり前の環境でした。それでもそこでの経験が、今の自分の土台になっています。

その後、一緒に働いていた方から声をかけてもらい転職しました。完全歩合給で働くようになり、数字を伸ばし、年収も大きく上がりました。

でもコロナ、物価高騰、金利上昇、人口減少。自分ではどうにもならないことが重なり、業績が落ちていきました。収入の柱をもう一つ作ろうと、不動産投資、株、インターネットビジネス。どれも損失や費用だけが残りました。

そこでWEBマーケティングのスクールに入りました。人の心理、必要性、行動の源泉とは何か。本質的なことを、初めて体系的に学びました。集客導線の設計、SNS運用、コンテンツ制作。少しずつではありますが、自分で集客して収益化できるようになってきました。

そしてWEBマーケティングの実践の中で、オンライン面談という新しい壁にぶつかることになりました。


第1章:「良い人」では、人は動かない

同じような失敗を、何度も繰り返しました。

相手のペースに飲まれて何も聞けないまま終わる面談。表面的な話だけで進めて、クロージングをかけた瞬間に断られる面談。

住宅営業18年でやってきたことが、画面越しでは全く通用しない。対面なら、モデルハウスを見せることも、相手の細かい表情を読むことも、場の空気を肌で感じることもできた。でもオンラインでは、言葉と聴き方だけが頼りでした。

そして気づいたことがありました。

対面でもオンラインでも、うまくいかなかった面談に共通するものがあった。

「良い人で終わってしまった」面談です。

話をよく聞いてくれる、感じの良い人。

相手はそう思ってくれていたかもしれない。でも、それだけでした。

本気で親身になって聞けていなかった。ただ肯定するだけで、「この人のために何とかしてあげたい」という気持ちがどこかで薄かった。だからクロージングも確信を持ってかけられない。

「仲良くなること」と「信頼されること」は、全然違います。

仲良くなれた面談では、相手は「感じの良い人に会えた」で終わります。信頼された面談では、相手は「この人なら信じられる」と思って動き始めます。

ラポールとは、仲良くなることではありません。

「この人の話なら聞きたい」「この人が言うなら、そうなんだろう」と思ってもらえる状態のことです。

では、どうすればそこに辿り着けるのか。


第2章:沈黙を、怖がるのをやめた日

以前の私は、沈黙が怖かった。

面談中に相手が黙ると、すぐに何かを話し始めていました。「えっと、つまりこういうことですよね」「他に気になることはありますか」。空白を埋めようとしていた。

でも気づきました。相手が黙っている時、その人は考えているんです。言葉を探している。普段は誰にも話さないことを、話そうかどうか迷っている。

その「間」を遮った瞬間、出てきそうだった本音が消えてしまう。

特にクロージングの場面では、この「間」が決定的です。

提案をして、相手が黙ったとき。多くの人は焦って話し始めます。「どうでしょうか」「もし不安があれば」と畳み掛ける。

でも相手は今、真剣に考えています。自分の人生の大切な決断と向き合っている。

その時間を奪ってはいけない。

ただ待つ。相手が考えている間、こちらも考える。この人に今必要なことは何か。どんな言葉をかけるべきか。

沈黙はお互いにとって居心地が悪いものです。だからこそ、こちらが少し我慢して待っていると、相手の方から話し始めてくれることがある。

その言葉が、「実は…」という本音だったりします。

「実は…」が出てきた瞬間、面談は本当の意味で始まります。


第3章:きっかけの先に、本音がある

ちょうどその頃、WEBマーケティングで大きな実績を出している方から、指導を受ける機会がありました。時間にも場所にも縛られず、それでいて人の心を深く理解している方でした。

「行動ベースで聞いてください」

最初、よく分かりませんでした。

「感情を聞くだけでは足りない。その感情のもとになった、実際の行動を聞くんです」

「人は得たい欲だけでは動きません。避けたい欲、つまり恐怖や不安のほうが、本当は強い。得たい欲と避けたい欲のギャップが大きいほど、人は行動します」

「そして理念が必要です。自分がなぜこれをやっているのか。自分のメリットがお客さんのメリットにもなっていること。それが熱量になる」

頭の中で何かが繋がった気がしました。

私は相手の「得たいもの」だけを聞いていた。「収入を増やしたい」という言葉だけを聞いて、提案していた。

その奥にある「避けたいこと」「何が怖いのか」を、一度も聞いていなかったことに気づきました。

もう一つ、気づいたことがありました。

「きっかけを聞いた後、そこで満足していた」ということです。

「収入が不安定で」「このままじゃいけないと思って」

相手がそう答えてくれると、「なるほど、理由がわかった」と思って次の話に進んでいた。

でも、その答えはまだ表面でした。頭で整理した「理由」であって、その人が本当に動く源泉ではありませんでした。

本当の動機は、もっと深いところにある。

きっかけを聞いた後、そこで満足せずに「そう思うようになった、具体的な出来事はありますか」と、もう一段踏み込む。

そこから初めて、その人だけの本音が出てきます。


ある女性との面談での話です。

個人でネイルサロンを5年経営していました。子供が3人いて、これからお金のかかる年代に差し掛かっている。ご主人も自営業で、物価高騰の影響を受けて収入が不安定でした。

話を聞きながら、一つひとつの事実が積み重なっていくのが分かりました。ネイルを控えるお客さんが増えて、収入が落ちている。夫の仕事も思わしくない。子供3人を育てていかなければならない。

彼女が言葉にしていない感情が、事実の奥から見えてきました。

「このままでは、共倒れしてしまうかもしれない」 「子供たちの選択肢を、削るわけにはいかない」

私はそれを感じて、こう言いました。

「切実ですね」

少し間を置きました。

「そうなんです」

彼女の声が、少し詰まりました。

事実から感情を想像して、言葉にしてあげる。そして、相手がその言葉を受け止める時間を待つ。それだけで、相手は「分かってもらえた」と感じてくれる。


別の女性との面談では、こんな場面がありました。

キャリアコンサルタントの国家資格を持っている方でした。父の介護をきっかけに在宅の仕事を探していると話してくれました。

でも話を聞きながら、彼女がこれまでにしてきた行動の事実を確認していきました。役員秘書として働いていた。3年前に自分でキャリアコンサルに興味を持ち、国家資格を取得した。70万円のSNSスクールにも通っていた。

介護がきっかけだったとは言っていましたが、行動の事実を並べてみると、介護よりずっと前から、自分で動いていたことが見えてきました。自分で学んで、自分で資格を取って、自分でスクールを探していた。

「そもそも、会社員としての働き方が合っていないんですね」

少し間があって、彼女はこう言いました。

「なんで分かるんですか。凄いですね」

分かったのではありません。事実を聞いていたら、見えてきただけです。


第4章:思い込みを疑え

面談の後、自分の録音を聞き返したことがあります。

「なぜここでこれを聞かなかったんだろう」 「この沈黙の後、なぜ話し始めてしまったんだろう」

自分では気づいていなかったことが、録音を通して見えてきました。

「お金がないので無理です」という言葉で、面談を終わらせてしまったことが何度もありました。

でも振り返ってみると、本当に「お金がない」だけで断った方ばかりではありませんでした。

大切にしていたハーレーを売却してまで、資金を作ってくれた方がいました。「お金がない」という言葉が出た面談でも、粘り強く必要性を深掘りできた時は、相手が自分でどうにかする方法を考えてくれた。

逆に、単純に「お金がない」を理由に逃げている方もいます。その違いは何か。

本当に必要性が腑に落ちた時、人は「お金がないのでできません」ではなく「どうすればできますか」と聞いてくれます。自分でどうにかしようと動き始めます。

「お金がない」は断りではなく、まだ必要性が届いていないサインでした。

トークの内容や順序が悪かったと思い込んでいた。でも本当の原因は、必要性を深掘りできていなかったことでした。

思い込みは、こうして生まれます。

断られた直後、頭の中はこんがらがっています。「なぜダメだったのか」をすぐに知りたい。そこで一番手っ取り早い答えに飛びついてしまう。

「トークが悪かった」「相性が悪かった」「タイミングが合わなかった」

これらは考えなくても出てくる答えです。だから思い込みになりやすい。

本当の原因は、もっと時間をかけて、丁寧に振り返らないと見えてきません。

「これは事実か、それとも自分の解釈か」

この問いを持つだけで、見える世界が変わります。


第5章:成約できる人の共通点

何百件もの面談記録を振り返ってみると、成約した面談には共通点がありました。

「得たいもの」だけでなく「避けたいもの」まで話してもらえていたこと。そしてその奥に、本人もまだ言葉にしていない、深いところにある動機が見えていたこと。

ある面談が、今でも記憶に残っています。

「収入を安定させたい」という言葉から始まりました。でも話を続けるうちに、事実が一つひとつ出てきました。今の仕事への引け目。会社員になれない事情。親の介護への不安。友人との会話が会社の愚痴ばかりで自分には合わないという思い。

その事実が積み重なった先に、まだ口にしていない深いところにある話がありました。

20代の頃、身近な知人の家庭を見て衝撃を受けた出来事がありました。望まなくても恵まれない環境にいる子供がいることを、そこで初めてリアルに知った。ある有名人が養子を取ったことを知り、「そういう関わり方ができるんだ」と気づいた。

実際に動いていました。必要な法的条件を調べた。条件を満たすためには何が必要かを考えた。その後その子にどうしてあげたいかまで、具体的に思い描いていた。

「収入を増やしたい」という言葉の、ずっと奥にあった話でした。

ラポールが築けていたから、この話を打ち明けてもらえた。事実を丁寧に聞いていたから、ここまで辿り着けた。

「やらない理由がなくなっていった」

面談の終わりに、彼女はそう言いました。


もう一つ、大切なことに気づきました。

うまくいった面談ほど、振り返っていなかったということです。

断られた面談は何時間も振り返る。でも決まった面談は「やった、良かった」で終わらせていた。

「なぜ決まったのか」を説明できない成功は、再現できません。

あとから決めてくれた方に「なぜ今回決めたのか」を聞くようになりました。自分の分析と、相手から聞いた理由を照合する。そこで初めて「自分の勝ちパターン」が見えてきます。

返ってくる言葉が変わりました。

「親身になって話を聞いてくれたから」 「信頼できると思ったから」

以前は聞けなかった言葉です。


第6章:相手のために、全力で売る

気づいてから変わったことがあります。

「売り込み感」の正体が分かったことです。

以前の私は、面談に入る前こんなことを考えていました。

「今日は決めてもらわないといけない」 「どうすれば成約できるか」 「今月の数字が…」

全部、自分のことでした。

相手は敏感です。こちらが「相手のため」ではなく「自分のため」に話していると、言葉には出さなくても感じ取ります。

「この人は売りたいだけだ」

そう思われた瞬間、心が閉じます。どんなに良いトークも届かなくなります。

「売りたい」を「売ってあげたい」に変えた時、面談が変わりました。

遠慮することは、優しさではありませんでした。

「無理に勧めたくない」「相手が自分で決めることが大切」そう思って控えめな提案をしていた時期がありました。でもそれは、自分が嫌われたくないという気持ちを守るための遠慮でした。

本当に相手のことを考えるなら、必要だと確信したものを、確信を持って伝える。

それは押し売りではありません。相手を全力で助けるということです。

正直に言えば、この人のために、と思えない方は、力が入らないことがあります。これはダメなところかもしれません。でも営業という仕事は、相手の人生を左右することがある。だからこそ、責任を持って真剣に向き合わなければならない。お互いが良い方向に進めた時が、一番だと思っています。


終章:面談は、相手の人生に触れる仕事

430件以上の面談を経て、今思うことがあります。

営業は、相手の人生に触れる仕事です。

なぜその人がここにいるのか。何を大切にしてきたのか。どんな経験をして、何を望んでいるのか。何を恐れているのか。

それを聞かせてもらえる仕事は、そうそうありません。

「こんな話、なかなか人にできないんですけど…」

こう言いながら話してくれる瞬間があります。その方の抱えてきた思いが、言葉になって出てくる瞬間。

そしてその方が問題の解決に向けて動き出せた時、喜んでもらえた時。

それが、今の私にとって一番やりがいを感じる瞬間です。


最後に、この文章を読んでいるあなたへ。

もし面談がうまくいかないと感じているなら、まずトークを変える前に、聴き方を変えてみてください。

やることはシンプルです。

①きっかけを聞く 「そう思うようになったきっかけは何ですか」

②行動の事実を確認する 「そのために何かやってみたことはありますか」

③避けたいことを聞く 「このまま何も変わらなかったとしたら、どうなると思いますか」

④間を怖がらない 相手が考えている時は、ただ待つ。特にクロージングの場面では、その沈黙が相手の真剣な時間です。

この4つを、ラポールが築けた後に、焦らず丁寧に重ねていく。

それだけで、相手の「分かってもらえた」という感覚が生まれます。その感覚が信頼になり、信頼が本音を引き出し、本音が行動につながります。

相手の話を聴くことは、技術ではありません。

事実を積み重ねて、感情を想像して、言葉にしてあげる。間を恐れずに待つ。その繰り返しの先に、相手が「分かってもらえた」と感じる瞬間がある。

その瞬間から、面談は本当の意味で始まる。

この文章が、あなたの面談に少しでも役に立てたなら嬉しいです。そしていつか、「親身になって聞いてもらえた」「信頼できると思った」という言葉を、あなたも受け取ってほしいと思っています。

その瞬間に、きっとやりがいと喜びを感じられるはずです。

私もまだ成長の途中です。 この文章が、あなたの一歩のきっかけになれたなら、それ以上に嬉しいことはありません。 共に前に進みましょう。

#創作大賞2026 #ビジネス部門

いいなと思ったら応援しよう!