人々を援け寄り添う神と仏@大倉集古館
「人々を援け寄り添う神と仏〜道釈人物画の世界〜」大倉集古館へ行ってきました。

虎ノ門ヒルズ駅から歩いて5〜6分でしょうか。

午前中なので、まだ人が少ないです。

オークラ庭園を通り抜けて。

大倉集古館の裏側が見えてきました。

建物の裏側に石碑や仏像が並んでいます。


後ろにオークラ プレステージタワー

現存する日本最古の私立美術館
大倉集古館は、明治から大正時代にかけて活躍した実業家・大倉喜八郎(1837〜1928)が、明治35年(1902)に自邸内に開館した大倉美術館を前身とし、大正6年(1917)に財団法人化した私立美術館です。
現存する日本最古の私立美術館であるとともに、日本で最初の財団法人の私立美術館です。


入って正面に石仏像が御安置されています。

月僊筆
江戸時代 18~19世紀
このような可愛いものや迫力ある大きなもの、個性的な作品がたくさん展示されています。

紀広成筆
江戸時代 19世紀
魚籃観音は女性の姿に変化した観音菩薩の姿です。
唐時代に魚を売る美人がおり、多くの求婚者の中で、3種の経典を暗唱することができた馬氏の男に嫁ぐことになった。しかし、美女は、婚礼の日に婚家の門をくぐるなり突然死してしまう。
実は、この美女は『法華経』を広めるために現れた観音の化身であったという説話をもとにする。
中国の故事に由来し、魚を売りながら仏法を広めた女性が観音の化身だったという話が元になっているそうです。


平日の午前中。来館者は少なめです。

鎌倉時代 14 世紀
普賢菩薩は『法華経』の教えに従い、人々を救うことを誓った菩薩。十羅刹女は「法華経』を守護する護法善神。
大乗経典の中で、特に『法華経』は、女人の成仏を説いている。
平安時代12世紀以降、優美な姿の普質書産と+羅刹安を描いた作品が生み出され、貴族女性に仰された。羅刹女たちの姿は、仏教の神であるとともに、救済を望む貴族女性の姿をも表現している。




とりあえず腰掛けて休憩しました。


山崎女龍(龍女)筆
江戸時代 18世紀
能楽の台本・謡曲「江口」の場面を描く。内容は江口の君と、歌人で僧侶の西行の歌問答を通して、因果応報や諸行無常を説く。
江口の君は、実は普賢菩薩の生まれ変わりであり、最後には白象に乗って西の空に去っていく。



元久印
安土桃山時代 16世紀
寒山と拾得は、虎の腰巻をつけています。
寒山と拾得は、中国唐時代の伝説的な隠者。
『寒山子詩集』の序に載る内容をもとに多く絵画化された。寒山は文殊菩薩、拾得は普賢菩薩の生まれ変わりとされる。
寒山拾得の作品は他にもたくさんありました。

中国・清時代 17〜18世紀
怖畏金剛(Bhairava、ヴァジュラバイラヴァ)は、主にチベット仏教において重要な守護尊。
ヒンドゥー教の神シヴァの恐ろしい側面であるバイラヴァが仏教に取り入れられたもので、日本では大威徳明王として知られている。

顔も腕も脚もたくさんついてます。



大倉集古館は、各国大使館が点在するオフィス街において、ひときわ存在感があります。
収蔵された美術品はもちろんですが、国の登録有形文化財である建物は、とても見応えがありました。


今回は展示されていませんが、大倉集古館には国宝の普賢菩薩騎象像が収蔵されています。
次に来た際にはお目に掛かりたいものです。
この日は、法華経の普賢菩薩品を読み返しながら過ごしました。拝読する度に新たな発見があります。
以上、お付き合い頂きありがとうございました。
2025-12-17
