モテアマス三軒茶屋の8年間で起こったこと
モテアマス三軒茶屋の主任、カズキタです。
モテアマス爆破の影響で元々忙しかったカズキタの時間の概念が歪み、ようやく書けるタイミングになったので(頭が整理できた)、いよいよ公開します。
ちなみに、モテアマス終わった後カズキタは何やるの?という人はこのnoteを是非読んでください。このアドベントカレンダーに何書くか迷ってた内の半分ぐらいはこっちで記事化されたので、頭がスッキリしました。
さあ、はじめていきましょう。
モテアマス三軒茶屋の8年間で起こったこと
モテアマスが運営していた2016年11月から2024年10月までの8年間でいろいろなことが起きました。
具体的な記憶は僕も曖昧なので、詳しくはこちらの記事を読んでください。当時の様子がくっきりと思い浮かびます。
僕がモテアマスの8年間を端的に表現するとすると、それは
カズキタによって生み出され
モテアマスがみんなの家になって
概念になるまでの物語
だと思うんです。
詳しく説明していきます。
カズキタが生み出した妖怪「モテアマス三軒茶屋」
そう、モテアマスは妖怪なんです。
なぜ妖怪なのかという説明については、こちらをご覧ください。
社会人になって、週末はゲストハウス、平日はシェアハウスで暮らすという日常を送っていた僕だったんですが、普通の賃貸のシェアハウスだと自分と相性が良い人もいるし、あんまり良くない人もいる。住民ガチャでなと思ったんですよね。だったら、毎日のように一緒に飲んでる人たちと住んだら絶対楽しいじゃん、そんな緩い動機でシェアハウスを立ち上げることになったんですね。
「新宿のビルのワンフロア借りてみんなでテント暮らししよう」とか「栗毛(当時活動していたバンド)のメンバーで古民家に住もう」とか色々と当時からアイデアは出してたんですが、肝心の物件が見つからなかった。


正直、不動産屋という職業があんまり好きじゃ無かったんですが、昔たまたま新潟のゲストハウスで一緒に泊まってたポール・マッカートニーに似た青年にDMすると、何軒か物件を紹介してくれました。
細かい話は端折りますが、ただ部屋数が多いだけで何の特徴も無く、収納も無ければリビングも暗い、事務所みたいな雰囲気でとにかくとにかく、全然好きに思えなかった物件で、シェアハウスがスタートできることになったんですね。

当初からモテアマスは「ルールを持たない家」にする、みたいなコンセプトも無ければ、なんなら「モテアマス」という名前ですら僕が一人で住んで「部屋持て余してるな〜、モテアマスでいいじゃん!」って感じで名付けたので、当時は三茶のクレイジーハウスって呼ばれてました。
ここまでは何の変哲も無い、普通にシェアハウスが始まっただけだったんです。当時はテラスハウスが放映されてたこともあって、若い男女が楽しく住む場所って感じだったし、今ほどシェアハウス自体も多くなかった気がする。そんな時流に乗った普通のシェアハウスだった。
この頃ポールと揉めながらも、決まっていったことは
住人はカズキタが決める
家賃はポールが決める
ルールや役割は設けない
この3つだけでした。
「ルールが少ないスポーツが最も普及する」と言われているが、まさにこの決まり事が少なかったことが、結果として爆発的に住民が増えた妖怪であるモテアマスを生んだのかもしれない。
みんなの家になった「モテアマス三軒茶屋」
モテアマスがなぜこんなにも人の記憶に残る場所になったのか。
それは、モテアマスがカズキタの家から「みんなの家」に転換されていったからだと、僕は思っている。
では、具体的に話していきます。
1.ルールやリーダーが問題を解決するのでは無く、みんなで解決する仕組み
さあ、もしこれを読んでるあなたがシェアハウスを運営していると仮定しましょう。
すごくやっかいな住人が住んできました。
コミュニケーションがみんなとズレていて、うまく会話が成立しないし、それを嫌がってる人もいるし、周りの人や家に対して文句をよく言う、なんなら清潔感も無い…さあどうしましょうね。
「注意する」
「追い出す」
「新しくルールを作る」
ほとんどの人はこうやって解決します。
でも、これってすごくトップダウンなやり方なんです。強いリーダーが引っ張っていくイメージがありますね。なんならそのリーダーはめっちゃモテそうです。
僕がモテアマスでやった解決方法は全然違いました。
「追い出すんじゃ無くて、住民を増やして中和する」
でした。
思いついた方いますか?
これ、僕は根本的に何も解決してないんです。
ただ、「住民の力」で解決しやすくなる土壌だけは作ってあげたって感じです。
10人のコミュニティで1人合わない人がいる場合だと影響力も大きいかも知れませんが、コミュニティが30人になると、影響力が小さくなります。正直、その人も居づらくなったりすることもあるし、人が増えると常識も常識で無くなって、その人の言い分に合理性もなくなってきたりします。
これが、みんなで解決するということです。
他にも、
「ゴキブリのおもちゃを家中に撒く」
「誰かを注意するときは韻を踏まないとだめ」
「毎月こっくりさんで部屋割りは決める」
「私物を置きっぱなしにするとECサイトに出品される」
これは、ユニークな方法で解決してるとも言えますが、本質を言えば「リーダーが仕組みを提示し、問題そのものは住民同士で解決していく」ということなんです。

例えば、こっくりさんって神秘的な力で動いて部屋が決まっていくように思えますが、実態で言えば参加している人の意思が部屋を決めているので、実質的にみんなの力で部屋割りを決めていることになります。みんなで決めた部屋、文句言う人はあんまりいません。リーダーが決めると揉めます。
2.「住人」と「住人以外」の境界を曖昧にする
これはもうモテアマスの伝統芸能といってもいいでしょう。
「知らない人が来てもとりあえず受け入れる」
「月○○日だけ住んでる住民がいる」
「ファッション住民制度」

たぶん挙げたらキリが無いぐらい色々やってるんですが、「モテアマスは住民の家」ではなくて「モテアマスは遊びに来た全員の家」というイメージが近いです。
普通、外部の人が参加できるイベントをシェアハウスでやったら「住民は参加費無料」「外部の人は参加費1000円」みたいな感じでやったりするんですよね。
僕は、外部の人も住民も一緒だと思っているのでそこで扱いを変えないし、何ならモテアマスのことが好きな人なら住民よりも大事にしていることすらありました。
これが結果的に、住んでなかった人でもモテアマスが大好きという人がたくさん生まれたことに繋がりました。もちろん、そこから住民になった人もたくさんいましたね。
ただ、最後の方のモテアマスを知ってる人には想像できないと思いますが、ここまで来る道のりはかなり険しく、なんならこんなにオープンでだれでも遊びにきていい場所を作るのに5年ぐらいかかったと言っても良いと思います。

それだけ、住んでる人は住んでない人を受け入れるというのは、普通のシェアハウスにとってはハードルが高いことだと思います。最後の方は、「モテアマスはそういうものだから」「モテアマスはインドだから」で受け入れてもらえましたが、少しずつ制度を整備していった結果でしか無いと思ってます。これは一番大変だった。
3.みんなでモテアマスの「作品」をつくる
「なんでモテアマスって面白い人が集まるんですか?」
とよく聞かれることがあります。
僕はこう答えます。
「面白い人を集めるんじゃなくて、集まった人を面白がってるだけ」
僕はずっと人をそそのかして、その人の面白さを引き出して、なんならその人がモテアマスで面白いことやってくれたら、助かるな〜と思ってます。常に僕は手を抜くことしか考えてません。
そんな感じで、人をおだてるとどんどん面白いモノが生まれてきます。
まずは、モテアマス内で最初に生まれたユニット。
ダニエルとムハンマド。
この二人はモテアマス発のドミトリーに住んだことで生まれたユニットで、ドミトリーの良さってあるんだなと思えた作品です。
そして、モテアマスを題材にした漫画、シェアハウス日記。
こちらは毎週作品が発表されていて住民みんなが「今週は自分が出るんじゃないか?」てそわそわしてたのを思い出します。
爆発的な人気を誇ったラジオ番組、ドレインドミトリー。コロナ禍ということもあり、他のシェアハウスも巻き込み一大ムーブメントを生み出した記憶がある。

急速に融合していった「令和市」とのつながりは、不平等条約を結んだことで交易が盛んになった。不平等条約と言えば風刺画でしょう。
そして、モテアソブ三軒茶屋を起業してからは、モテアマスの住民がモテアマスについて自由に創作して、かつそれに対してインセンティブ(お金)を渡せる仕組みが整ったことで、その勢いは増していった。
そんな中で生まれていったのが、モテアマス内での都市伝説を取り扱うマガジン、モー編集部。
そして毎年発行しているフリーペーパー、号外新聞など。

モテアマス最後のイベントも、住民がみんなで作り出した。
これも忘れちゃいけない、モテアマス三軒茶屋の公式サイト。
この料理も、モテアマスが生み出した産物だと思う。
まさか、つまらない議事録が漫画や歌になるなんて。仕事を遊びに変えるチャンスはどこにでも転がっている。
大事にしていたことを、言っておきます。
(僕もできていたわけではないけど)
金は出すが、口は出さない。
簡単なようで、意外と難しいですよ。
そうえいば、モテアマスの本も出るらしいよ。
間接的にモテアマスが生み出した究極の作品は、元住民などがモテアマスに影響を受けて立ち上げ・運営をしているシェアハウスたちかもしれない。
概念になった「モテアマス三軒茶屋」
長い年月をかけて、僕の手からみんなの手に渡ったモテアマス。これからも膨らみ続けるモンスターはどこまで行くのだろうか。
しかし、突然終わりの日が来る。
モテアマスが終わると知ったとき、どうすれば良いかが本当に分からなかった。新しいシェアハウスを探す?でもモテアマスと同じことはできない。シェアハウスをやらない?そんな生活も想像できない。
そして、発表したらみんな退去してしまうんじゃないかとか、いろんな心配がよぎった。
でも、自分にできることは何だろうと考え、その頃ちょうど進めていたモテアマスのドキュメンタリー映画をつくるプロジェクトを、僕は最後に手がけることにした。
最後の一年間、モテアマスを全力で振り返ってみよう、そういう姿勢だった。

モテアマスの最期って一体どうなるんだろう。
僕も含めてみんながどこかでは面白さを期待し、どこかではそんな日は来て欲しくないと思っていたんじゃないかな。
「モテアマスを自分で閉じるのはできないから、どうせなら爆発とかして欲しい」
僕は数年前、モテアマスが終わるとしたらどんな最期がいいか、というインタビューでそう答えていたそうだ。
いつもなら僕が、住人の言葉を拾って面白おかしくデザインしていくことが多いんだけど、モテアマスの最期は、僕が言った言葉をみんなが拾ってくれて「爆破」というまさに僕が夢見たモテアマスの最期を作ってくれた。
もちろん、実際に爆破できなくても、爆破したことにしよう!そんな子供でも信じないような嘘を、みんな本気で現実にしようとしてくれた。
やたら高いお金を払って爆破の写真を撮りに行ったり。

バズーカでリビングが散乱したり、最後の最後まで爆破というコンセプトを貫き通してた。

それはまるで、僕がモテアマスでずっとやってきた「人を幸せにする嘘」を、モテアマスに住んできたみんなが僕に見せてくれたんだなと思った。
真実を直視すると悲しいことも、楽しい嘘で笑って過ごせばいい。
そんなことをモテアマスは教えてくれたんだと思う。
モテアマスは無くなったけど、そこで出会った笑って過ごせる仲間がたくさんいる。
そんな仲間を残してくれたモテアマスよ、ありがとう。

【ネタバレ】モテアマスのドキュメンタリー
概念になったモテアマスをいつでも体感できる、モテアマスのドキュメンタリーがいよいよ公開です!!試写会はすでに終わりましたが、これから全国公開も控えているので、ぜひ見に来てください!!僕も会場に多分います。
最後に、この投稿をシェアしてくれた人にネタバレ画像を公開します!!
みんなよろしく!また会おうね!
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