プロ労働者への鎮魂歌
労働者と資本家
みんな忘れがちだけど、この世界ってのは、うまくシュガーコーティングされた苛烈な資本主義で構成されている。
日本社会(というか民主主義国家全般)は、陰謀論を持ち出すでもなく、その性質から生まれ持って欺瞞性に溢れた社会にならざる得ず、庶民の皆様におかれては「なんとかの闇」みたいなカジュアルなエンターテイメントとしてそれらを消化することで、なんとか正気を保ってるみたいな、いうなれば狂った社会を直視しないで済むように偏差値50付近のメンタリティでも受け入れられるように「優しい嘘」をつきあって、まぁまぁみんなよしなにやってるわけである。
他方、幸せの定義が文化レベルで資本主義と相性の悪いラテン諸国やら、なんちゃって社会主義国みたいな、「一見資本主義とは無縁」みたいな社会はなくもないし、それはそれでそこな皆さんも幸せによろしくやっているわけで、そんな価値観を否定するわけでもない。
ただし、国や個人の口座残高がマイナスになれば、彼ら彼女らのオルタナティブな幸福を追求する人生も資本主義に急襲され、プリミティブな不都合を味わう生活に転落してしまうことになる。
お金で得られない幸福を得ているからといって、お金がない不幸が避けて通る理由はないからだ。
閑話休題。
何がいいたいかというと
この世界って結局、あまねく資本主義がはびこってるよね。
金で得られない幸福の存在が、お金がない不幸を取り除いてくれるわけではない。
まぁつまり、みんな「経済的自由」がほしいよね?
つまり、この3つの前提を確認したかったので、これを読んでも「お金より大事なものがある」と、資本主義社会に正面から相変わらず向き合う気がない人はこの章で読むのを辞めて、幸せに過ごしてほしいってコト。
安泰な人生という呪い
「いい学校に入って、いい会社に入って、社会で活躍する。なぜならそれが幸せへの近道だから。」
ほとんどの人が、自分の親から、先生から、社会から、あるいは娘息子に対して、明確な言葉にせずとも、ほんのりとした、社会的に統一された期待感というか、「これこそが正しい普通の人生である」という条件付けがなされてきただろう。
もはやそれに誰も疑問を抱かないほどに。「勤勉な日本人」を形作ってきた重要な文化、あるいは社会規範と言えるのかもしれない。
人は自由であると教わったはずなのに、この件に関してだけは誰もが「道を外れた人」に対してほんのりとした侮蔑と羨望を味わいつつも「自分には無理だ」と、自分の人生の早い時期に結論を出している。
しかし、現実には「その道」を外れた人でも、結構よろしく生きているし、なんなら労働者諸君たちより、「資本主義的幸福」を追求した楽しい人生を送っているのである。
というか、真面目にプロ労働者をやってる人である程に、幸福の追求を諦めている人が多いのは一体全体どういうことなのだろう。
そう、社会から「こうせよ」と刷り込まれたガイドラインからすると、なんだか納得感がない話なのである。
キリギリスは不幸であるべきだ。
我々はこの寓話を、つまり「労働者への讃歌」を、幼少期から刷り込まれてきているのだ。
教育という呪い
教育を受けるという行為はあなたにどんな影響を及ぼしているのか考えたことがあるだろうか?
結論から先にいうと、「資本主義社会に都合のいい人間に矯正する施設」である。
まぁ「教育理念ガー」だとか「生きるための基礎知識を学ぶ場ガー」だとか、さまざまな反論はあるだろうが、それは教育システムの表書きの部分の話であって、被教育者が享受するメリットだけにフォーカスしたときの話だ。
システムの意図というか、教育システムのゴールはそのメリットを餌に(厳密には子どもの親への餌だが)均質な人間の大量生産を成し遂げるための社会システムの一つなのだ。
教科書はすべからく「社会の表書き」の解説しかされていない。いうなればルールブックが書いてあるだけで、その攻略法を教えてくれるところではない。
税制、資本主義、会社法…この資本主義社会を形作る非常に重要なこれらの要素について「ルール」と「歴史」は教えてもらえるが、生きる上で最も必要とされる攻略法についてはほとんど触れられないのなぜなのか考えたことがあるだろうか?
ぶっちゃけ、労働者がこれらに詳しいと都合が悪いからである。
その証拠に、義務教育で金融教育が行われるようになるそうだが、投資詐欺に引っかからないようにする(犯罪益は社会の損だしね)とか、為替から見れば円預金は安定資産じゃないぞというようなタンス預金予防のためなのか、給与をせっせとiDecoやNISAに投資を促してほしいという話であって、資本主義そのものの攻略法ではないのである。
まぁ何が言いたいかというと
「教育というシステムはあなたの認知に大きくバイアスを及ぼす。そのメリットも計り知れないのだが、自分がどのようなバイアスを社会から刷り込まれているかを認知した上で、そのメリットを教授してほしい」
である。
資本主義という呪い
世にはFIREだとか老後資産だとかを謳い文句に
「節約して投資してプロの労働者としての人生をまっとうしよう!」
とする讃歌にあふれている。
どこの誰かが言っていたのだが
「日本でお金が欲しいとか言ってる奴が、600万以上金融資産を持っててサラリーマンやってんのはバカだよ」
という発言があった。
当時、自分は株式投資に興味が湧きつつもリスクのある取引は避けたかったので国債やらインデックス投資を中心に考えていたので、これには驚いた。金融資産はあればあるほどいいじゃないか、と。
その続きは
「俺だったらそれを頭金にして事業始めるね。だって株式投資だとか効率の悪い投資とかやってらんないよ。たかが年利4%で回して喜んでるとか、水滴を眺めてコップに水が貯まるのを待ってるようなもんだろ?退屈すぎて死んじゃうよw」
である。
本質的には、起業も株式市場での投資も実は「投資」ではあるのだが、「事業をやる」というイニシアチブを自分で取る=事業を起こすという点こそが最も重要なのだという事に気が付かされた一幕だった。
結局のところ、少ない収入と資金を元に、あなたが生きている間に経済的事由を得るための公式「資本収入>生活費」を成立させる、つまり「資本主義の呪い」から解放されるには、皮肉な事に資本主義の手引の一行目に書いてある「事業を起こせ」しか選択肢がないのである。
資本家スターター労働者
安泰な人生という幻想、教育バイアス、退屈な投資…そう、なにかをおっぱじめるのに必要なマインドセットが揃ったところで攻略法の話をしよう。
我々のような普通の人は、あまねくプロの労働者になるべく訓練を受け、プロの労働者としての価値観を社会から継承されている。
教育から受けるメリットについてはきっちり享受しつつも、無意識的なブロックが働く事柄については常に自分をスーパーバイズして「俺、今バイアスってないか?」と自分に問うメタ認知を鍛えよう。
そして、その教育のゴールは断じて「事業を起こす事」であり、業務経験から得るゴールは、誰かの資本のために働く「プロの労働者」になることではない。これらの経験値は業種によって得られるものが違う。パン屋の店員を10年やってもFinTech事業は起こせない。
つまり「どこで働くのか?」は非常に重要になる。
極端な分業化が進んだ会社では、会社の全体像は見えないし、会社の仕組みも業界の仕組みもわからない。したがってそこで得られる経験というのは非常に歪んだものになるため、副業なりでカバーしないままそこで長年過ごすと大変な時間の浪費になるので注意だ。
そのためにも学歴は実は重要なのだ。
これらの質のいい経験値稼ぎをするには、いろんな業種が見られる業務がおすすめだ。たとえば、営業、コンサル、会計、マーケティング、流しだとエンジニア、経理、中規模以下のPjMなどは多彩な企業を内側から眺める機会にあふれている。
スタートアップ経営者にこれらの出身の人が多いのは偶然ではない。
卒業即起業というのも悪い手ではないのだが(若者バイアスはすごい)、いかんせんその歳で潤沢な資本があるのならともかく、フツーのスタートアップにおいて現物出資労働ができない役員など無用の長物である。
したがって、「人を雇ったら一番金がかかる部分」を偏差値50ぐらいでこなせるようになっておくと、起業時に資金面で非常に助かることになる。経営者ヅラして人にやってもらうとお金がかかるのだ。
ときに「最近の若者は会社の事を考えない、自分がどう成長できるかばかり話をする」という論説があるが、彼らはプロ労働者としての振る舞いを捨てた会社にとって実に都合の悪い、「資本家スターター労働者」なだけである。彼らすべてが資本家を目指しているとは言わないが、現代特有の進化圧によって登場した新しい労働者達なのかもしれない。
とはいえ、それが見透かされるような振る舞いをしている間は二流って感じは否めない。
お気づきかもしれないが
「良い教育を受けて、いい学校に入り、社会で活躍する」
そう、行動規範としての日本社会のガイドラインは概ね正しいのである。
ただしそれらについて、「何のためにやってるのか」のマインドセットが違うことで全く世界は違う世界に見える。
ここで上げた攻略法は、当然一例に過ぎないが
要は「自分の頭で考えろ。ゴールを見間違うな」って事である。
うまいことプロ労働者の皮を被って資本家経験値を稼いで欲しい。
おわりに
50歳を超えて、同世代が再就職に苦戦を強いられている話が入ってきた。
会社から見れば一目瞭然なのだが、「50代の正規雇用」というのは、プロの労働者としてよほどのキャリアがあっても非常に難しい。体力的にも成長余地としても期待できないわけで、正規雇用対象として見れば「割引品」扱いが関の山である。
一方、これを役員として見たときは、コネクションやその判断能力や人柄のような部分が重視されてくるため、たとえ執行役員であってもニーズは全く変わってくる。
あるいは一方、能力があるという事が証明されているならば、解雇規制にひっかからないフリーランスというのは非常に便利だ。専門性の高い人手不足の業界ならば正規雇用を考えなければ40-50前半は最も稼げる時代かもしれない。
勉強する時間さえ確保できるならば、人はいつでも変われるが、歳とともにそのチャンスそのものが失われてしまう…のに気がつくのはその歳になってからなのが不幸なのだが。
いずれにしろ、50代までに資本を築くか、あるいは資本家に片足を突っ込まないまま「プロの労働者」一本で生きていくのはハイリスクにならざる得ない。
「自分の手綱は自分で握れ」
以上を2024年の総括とさせていただく。ご清聴感謝。
