画面の向こう側
①始まり
契約終了を告げられた夜だった。
駅からの帰り道、電話が鳴った。
「もしもし?」
「〇〇さん。お久しぶりです。」
「実は、月に80万円稼げる仕事があるんですけど、一緒にやりませんか?」
耳を疑った。80万円?
面白いゲーム企画を探しているクライアントがいて、
企画が通れば、そのまま制作に入るという話だった。
「ギャラは半分でいい。どうしても一緒にやりたい仲間がいる。彼が入るならやるよ。」
やりたい企画は、すでに頭にあった。
ただ、どうしても一緒にやりたかった人がいた。
彼のクリエイティビティがなければ、
世界観が完成しないと思った。
だから、ギャラを半分にしてでも引き入れた。
それが正しかったのかは、今でもわからない。
② プレゼン準備
友人のアートディレクターとしての加入が決まり、
駅前のカフェでブレストが始まった。
彼は懐古的な世界観が得意で、
自分はギャル文化やポップカルチャー寄り。
噛み合えば、面白いものができる気がした。
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当時は、スイーツデコが流行っていた。
携帯やストラップに、ホイップやマカロンを盛るような文化だった。
「これ、ゲームにできないもんかね」
ふと、そんなことを言った。
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自分はドラクエ世代だ。
素材を集めて、
組み合わせて、
強いものを作る。
あの感覚は、体に染みついている。
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「お菓子のレシピで、ドレスを作るのはどうだろう」
言葉にしてみると、しっくりきた。
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彼が少し考えてから言った。
「それなら、宝塚っぽくしたら面白いかもね」
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階級があって、
上を目指していく。
シンデレラみたいな構造。
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手応えを感じた。
プレゼンの骨子は、その場で固まった。
③ 社内プレゼン
薄暗い会議室。
スタートアップに集められたスタッフに加えて、
会社の責任者らしき人たちも顔を揃えていた。
重苦しい雰囲気の中、
プロジェクターを使ったプレゼンが始まった。
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「このゲームは、お菓子のレシピで3Dアバターを自在に着せ替える、これまでにない着せ替えゲームです」
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「従来のユーザーだけでなく、これまで届かなかった層にも広げられます」
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ひんやりとした空気の中、
淡々と質問に答えていった。
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ここで終わっても、悔いはなかった。
不思議と、怖さもなかった。
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ただ、
なぜかこの企画は通る気がしていた。
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「…やってみましょう」
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お偉いさんのひとりが口を開いて、
場の空気が変わった。
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その場で、企画は通った。
想像よりも、あっさりと。
④ 屋上の夜
企画書が通り、ゲーム開発の準備が整った。
誘ってくれた友人は、
自社ビルの屋上にデザインルームを用意していた。
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「近くに美味しいハンバーガーの店があるんです。ここで食べませんか?」
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さりげなく、祝勝会が始まった。
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部屋には開発機材が並び、
屋上に出ると、神楽坂の街が見えた。
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カリッとしたバンズに、
肉汁のあふれるパティ。
ホクホクのフレンチフライ。
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「まさか、企画が通るなんて思わなかった」
と、誰かが言った。
みんな楽しそうに笑っていた。
どうでもいい昔話も飛び出て、最高に盛り上がった。
夜風が気持ちよかった。
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あの夜は、
うまくいく予感しかなかった気がする。
⑤ 画面の向こう側
ゲーム開発は順調に進み、やがて公開された。
いつの間にかmixiや2ちゃんねるで話題となり、ユーザは少しずつ増えていった。
開発を続ける中で、自分は素人だと何度も思った。
それでも、好きなものを作っている時間はやめられなかった。
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ユーザが一万人を超えた頃、評価も少しずつ変わってきた。
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ある日、ひとりでランチをしていると、スタッフから電話が入った。
「見てほしい書き込みがあるので、mixiを確認してください」
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あるユーザの母親からの投稿だった。
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入院中で、ほとんどベッドから動けない娘さんが、夢中になって遊んでいたという。
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画面の中でドレスを作り、レシピを誰かと共有する時間が楽しかったと書かれていた。
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ゲームの中には、ユーザ同士でやり取りができる機能があった。
娘さんはそこで、他のユーザの相談に乗ることもあったという。
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亡くなった娘に代わり、お礼を申し上げます、と結ばれていた。
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それを読んで、泣いたスタッフもいた。
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しばらく、何もできなかった。
⑥ 変わりゆくもの
開発は順調に進んでいるように見えた。
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気がつくと、最初にいたスタッフの顔ぶれは変わっていた。
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レシピの仕様についても、少しずつ要望が増えていった。
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森で素材を集める仕組みは、いつの間にか変わっていた。
ガチャで材料を手に入れる仕様になっていた。
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理由は理解できた。
売上が必要だった。
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ただ、どこかで、最初に思い描いていたものとは違ってきていた。
加わってくれた友人からも、
世界観が疎外されていると苦言を言われた。
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気がつけば、自分にできることは、
ドレスや髪型のデザインだけになっていた。
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時代がガラケーからスマートフォンへと移り変わっていく中で、
自分たちのゲームも、その変化に向き合おうとしていた。
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しかし、その波にうまく乗ることはできなかった。
⑦ 手放す
歯車は、少しずつ噛み合わなくなっていった。
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mixiなどでユーザと交流していたことを理由に、厳重注意を受けた。
誘ってくれた友人との連絡も、禁止された。
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守秘義務違反だった。
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気がつけば、自分にできることはほとんど残っていなかった。
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ある時、もうアイデアが浮かばないことを理由に、仕事を降りると伝えた。
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最後まで遊んでくれたユーザに向けて、いくつかコーデを作ってアップした。
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それで終わりだった。
⑧ それでも残ったもの
すべてが終わってから、しばらく時間が経った。
あの時こうすれば、と後悔もある。
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誘ってくれた友人とは疎遠になり、手伝ってくれた友人は遠い場所で大学教授をやっている。
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荒れて、自暴自棄になった時期もあった。
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気がつけば、記憶は少しずつ薄れていった。
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それでも、ふとした時に思い出す。
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あの時の熱狂と集中。
自分は確かに、やりたいことをやっていた。
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画面の向こう側に、誰かがいた。
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それだけは、今でもはっきりと覚えている。
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