揺るがない44歳は、くだらないが生きている。
4日で44歳を迎えた。毎年、4日で一年の始まりとしている。一年の最初の記事は、出来るだけ素直に書こうと心掛けている。
毎年、文体が変化しているが、ようやく自分の言葉の入口に入れたと感じている。これは、近代文学しか読んでいなかった時から「なんのはなしですか」を通して、あらゆる人の現代文を読んだことで、自分の文体に起きた変化だと感じている。
頭で描くことを、言葉や文章にして表現としてカタチに出来るようになってきた。そして、課題も見えてきた。自分自身や、登場人物の感情を表現することだ。
自分の感情に蓋をするのが得意な私は、描く表現において、ことごとく感情を抑える傾向にある。これは、自分を保つことと、冷酷さを知る上で役には立っているのだが、読み手の感情を揺さぶるモノではないのだろう。
今年は、感情を表現していきたい。そこに対する変化は、また文体を変化させる気がするが、なかなか面白い挑戦な気もする。
私が、表現を続けている理由は「本当のこと」を表現したいからだ。大江健三郎や、開高健が、時代を超えてもヒントをくれるのは、とことんまで向き合って紡いだ言葉だからだと思っている。その感覚に死ぬまでには、近付きたい。
何も起きない日常を、何も起きないままに「本当のこと」として描きたい。
それが、無価値であるならば、人は何のために生きるのか。表現するのか。
大義や誰かのために何かを伝えることが、書くことの意味であり、資格だとし、そこに商機を見出だすことで、書くことを生業として生きることになるのだとすれば、
私は、やはり何も面白くない。
自分の表現を追うことが、何よりも楽しい。そして、それはいずれ人を惹き付けることになり、自分だけが到達出来る表現のカタチで在りたい。
最高にワガママな信念だ。
だから、人と競うことは苦手だし、テーマを与えられて書くことにも、ほとんど興味もない。周りの記事もnoteでは「なんのはなしですか」以外に読んでいないので、皆さんが本当は、何をしている人なのかもほとんど知らない。
私の中では、皆さんは本当にワケわからない人たちのままだ。
人に判断されるような基準のものは書けないし、そこに疑念を感じるくらいなら書かない。テーマに合って、たまたま自分が思うカタチで伝えることが出来るのなら、挑戦しようかなというスタンスだ。
書くことで、ナニカになりたいと思うよりも、書くことで自分になりたい。
だから、自分の表現の入口に入れた感覚に、やっとなれたことが幸せだ。
これは、自分の大きな一歩だと感じている。書くことがやっと楽しくなってきた。だから、このまま、進めば面白いと感じている。
では「なんのはなしですか」については、どうだろうか。
ゼロからイチを作るのは、本当に遠回りだと感じている。
だけど、共感から繋がる一歩は、歩みは遅くとも、強固で揺るがないことを知った。エンターテイメントとしての繋がりは、新しい価値を生み出せるということの楽しさを知ることが出来た。
好きに、自由に書いて良いんだよ。
これに対しての、表現のジャンルとしての答えの輪郭が出来てきているのではないだろうか。
「書きたくなったら、表現したくなったら、『なんのはなしですか』と書いてみれば良い」
ソノサキに、さらにカタチにしてくれる人や、プロの道は、どの世界にも、どこにでもいっぱいいる。そして、導いてくれる先人も存在する。
既存のレールは山ほどある。
だからこそ、きちんとプロの人にも、一般の人にも、この世界を広く届くような世界にしたい。間口を拡大することは、ソノサキのナニカになりたい人たちへの確実な商機に繋がることだと思っている。
表現する人が、第一に辞めずに続けられ、楽しく表現出来る方法や、笑顔になれるその世界を確立することは、きっと誰の損にもならない。
楽しむことで生まれる循環は、さらに面白い、楽しい人を生み出す。
「楽しい」や「面白い」という言葉は自分で発した分だけ幸せは増えると思っている。
それを否定しないで、どうか一緒に面白くして欲しい。プロの手からでも、どんどん拡大して欲しい。ここには、書くことで力を持っている人たちがいっぱいいるはずだ。これは一つの商機だと思っている。商機と結び付けなければ、何も発展していかない。皆さんが主役になればなるほど、もっと、これから書きたい、表現してみたいという人たちへの扉になれると思っている。
「なんのはなしですか」の世界をどんどん取り上げて欲しい。きっと、新しいトレンドや、価値観の変化のキッカケになるはずだ。
露出は、新たな読み手や、表現者を必ず増やすことになる。
ここには、いっぱい面白い人たちがいる。もっと面白くなれる人たちが、たくさんいる。
誰が何を面白いと思うのかは、誰にも分からない。だからこそ、真剣に時間をかけて紹介し続け、エンターテイメントを創作している。
そのキッカケの世界を、もっと拡げて欲しい。そしたら、もっと変われる、もっと楽しくなる。
書くことで、表現することで、楽しむことを知ってからの方が、絶対に自分の中の表現の幅が広がると信じている。自分が面白いと思っている表現を信じて、自由に書ける楽しさを知った人たちの方が、個性的で、唯一無二で、より多くの共感を生むことに気付ける。
色々な娯楽が存在するなかで、こんなにも小さな世界で繋がっているのだから、皆で肩肘張らず、大きなうねりを、一緒にくだらないなと、笑いながら今年も作っていきたい。
それは失敗だろうが進まないと、何もうねらない。楽しいと思える時間というのは、案外一瞬で終わる。その瞬間の中にいれる今を、どんどんごちゃごちゃに混ぜて笑いたい。
「なんのはなしですか」は、表現において必要なジャンルになると信じている。
それを理想論と呼ばれようとも、ずっと継続してきて、44歳は揺るがないところまで来ている。
今年も大きなエンターテイメントを、皆さんと、本気でくだらないなと笑いながら作り上げたい。
制限されるくらいならば、自由なインディーズで良い。ただし、圧倒的なモノでありたい。その根底に表現者に「楽しい」という気持ちが存在するのなら最高だ。
楽しいの連鎖で今年も進みたい。
誰もがどんな些細なことでも、楽しく、自由に表現出来るようにする。
やはり、これを本気で目指していることに気付いた。遠いけど、全力で今年も全うします。
だから皆さん、私を全力で今年も笑わせてください。
それは、きっと誰かの何かに繋がります。
そしてついに今年こそ、私はモテたい。モテるのに近道はないと44歳は気付いた。
さあ。ZINEが出るよ。出展していくよ。これがアホの始まりの合図な気がする。
なんのはなしですか

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