【創作大賞感想】生きることの地続きを、モスキート エリに紡がれる
これが、赦す物語だとすれば、どこまで深く、自分自信に「生死」について、問うことを課しているのだろうか。作者自身も看護師という職業で日常的に「生」と「死」と対峙しているからこそ生まれる、ぎりぎりの倫理観なのかも知れない。
この物語が描くものを言葉として表現しようとすると、的確な「色」を判断出来ない。作者のモスキート エリは、意図して「色」の表現を作中で多用しているが、これが読み手に痛いほど、主人公千咲の心の「色」が変化した様子を訴えてくる。
千咲がプロの看護師になる成長が丁寧に綴られていくのが物語の主軸になる。紆余曲折はあるのだが、それを乗り越えながらも、キャリアとしては折れる手前でなんとか踏みとどまり、順調に成長をしていく。
どんどん本物のプロの看護師になっていく。
その心情や、キャリアを積んで冷静に物事を俯瞰出来るようになるまでを、一緒に投影するだけでも読んでいて楽しい。
ただ、その成長と同時並走する何も変わらない絶対的な存在の「生」と「死」が、ずっと千咲の身近に存在している。千咲に限らず、今働いている現役の医療従事者や看護師は、この瞬間もそうなのだと思う。
心の置き方を間違えてしまえばどうなるのかは、私でも想像出来る仕事だ。
看護師として、人間として、真っ直ぐに成長していくのに、どんどんその心の底の「色」が、深く濃く黒く塗り替えられていき、千咲の看護師としての成長と見事に対比している。決して白には戻れなくなっている。
新人看護師の恋と成長の物語。と、安易に語る話ではない。その裏にある、直結している「生」の色と「死」の色が常にそばにあり、千咲は、何度も、何百回も対峙していて、その結果、日常を脅かしてしまう境界線にいるような危うさを感じる。
その危うさを助長しているのが、どこか掴めないモスキート エリの冷静な俯瞰の深い色の文体である。あえて詩的な表現を多く使用することにして、千咲の危うさそのものを表現しているのではないかと思う。千咲は、生きているのか、死に向かっているのか分からない「際」にいる。
これが、実に読み手を迷わせて、モスキート エリの世界の中に引き込まれ、物語の確信に至る前に、この世界どこかキレイだなと、物語がすり抜けていくような気分になるから面白い。
表現がキレイというのは、モスキート エリの感性によるものだと思うが、一つの風景描写を読んでも絵画を見ているような気分になる。
物語は、おそらく医療現場の事実に基づき描いていると思われる、どのエピソードもしっかりと人間が描かれているからこそ厄介だ。
詩的な描写と深い人間描写が交互に襲ってくるので、読み手の感情が揺さぶられる。
実際に、こういうふうに人間を観察することが出来るのなら、本当に楽しいのだろうなと思う。その分、実際は辛いことも多いのだろうなと感じる。
描かれていてるのは、正しさや、間違いという尺度では説明出来ない「人間」としての正解が存在するということを提示してくる。
物語で現在進行形の形で、同時に進む恋愛世界の中でも、形のないあやふやな精神的な世界の繋がりを見せることで、生きることは、依存にも、因果があるのかも知れないと伝えてくる。
終始、主人公から伝わるメッセージがある。「それでも、生きている」このメッセージを強く感じる。
どうしようもない。何も出来ない。気持ちさえも、交わせることが出来なくなる。だけど、それでも、生きている。
そこに気付くまでに、患者を含め色々な人達と千咲は、出会う。その出会いの濃度は、どれも自分の核を塗り替えられてしまうようなもので、その都度真っ直ぐに正直に悩む。その危うさに同僚の綾はしっかり気付いている。
依存すること、されること。患者の希望になること、寄り添うこと。毎日「人間」を相手に対峙しながら、自分を赦した時に、その色を自分の色に塗り重ねられるのは、自分だけだと初めて気付いていく。
現実でも恋愛、仕事、どこの境界線で「依存」に変化してしまうのか、誰にも分からないまま、皆曖昧に生きている。一生懸命に生きた結果、気付いたらそうなってしまっていることがほとんどだ。
充実の裏には、危険が常に潜んでいて、人間はそれを知りながら、言葉を重ねて紡いでいく。どんな結末になろうが、やはり「それでも、生きている」と、この主人公千咲は言ってくれているように感じる。
物語で残酷なことも起きるのだが、それよりも、モスキート エリの俯瞰と冷静な表現により、その文体の詩的な美しさの中にいる世界観を物語の至るところで感じてしまう。
だから、何度読んでも受け取る「色」が変化してしまうのだ。
すごい。
あまり、使いたい表現ではないのだが、物語なのに、幻想的な気持ちにもさせてくれて惹かれてしまう。
この作品は、モスキート エリが今しか描くことが出来ないものを、全力で描いている気がします。
このバランスで、この表現方法は、この先も小説を書き続けていくのなら、失ってしまうのかも知れない。それくらい絶妙なバランスで成立していると思います。
だから、私は読めてラッキーだと思う。
この作品の感想を「書きたくても書けない」という人を何人も見かけた。それなのに、すごいと皆が思っている。何かの衝動を与えてくる。人の心のどこかに感じるものを、与えることが出来る小説なのだと思います。
そして、感想を書けない人がいる気持ちも説明出来ます。詩的なこの世界は、読み手の想像が物語以上に勝手に広がり、居心地が良すぎてしまい、明確な正解を説明出来なくなるからだ。
だからそこそ、読めて嬉しくなる。
モスキート エリは、自分の作家としての色を塗り始めたのだと思う。これから先も、どんどん表現が変化していくのだと思う。それが強みである気がする。彼女が描く表現の底が全然見えない。
そもそも私は、彼女が描くユーモアあるエッセイが好きなところから始まっている。
それが、小説を書いたら全然違う表現を見せてきた。表現でいくつもの顔を持つのだから、魅力的に見えてしまう。
多くの人が、彼女のことを知って欲しいです。このタイプの作家は、熱狂的なファンを作ります。彼女にしか描けない世界観がすでに存在するからです。
彼女の作品を、さらにもっと多く読める機会が増えることを願い、たくさんの人に届くことを願います。人を惹き付け続けることが出来る、貴重な作家になると思います。
私は、彼女に作品を書き続けて欲しくて、これからも読ませて欲しいです。
そしてこれは、決して私一人の意見ではないと思っています。
それと、もう一つ作品をついでに。こんなに振り幅を出せないです。一生懸命に感想書いたのに、これはもはや別人レベルのコメディ作家で、全国の看護師や医療従事者から怒られて欲しい小説で最高です。映像化して欲しいくらい変態です。全話朗読されるくらいの変態を引き寄せるパワーを持っています。
何はともあれ、また一人好きな表現をしてくれる作家に出会えたことに感謝いたします。
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