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 ボクシングが好きだ。何年も、何ヶ月もトレーニングして、その一日の最大36分のために減量し、少しでも調整が狂うならあっという間に台無しになる。最高の自分を信じて、その一日のためにリングに上がり、すべてをぶつける。

 この日、やがて、伝説と呼ばれる日。と打たれた東京ドームに私は立ち会えた。

 ボクシングの感想を述べるとなると、どれくらいの熱量になってしまうのか不明だ。ただ、何度も観戦してきて、終わらなければ良いのに。楽しそうだ。どちらかに負けがついてしまう。

 そうい気持ちになったのは、初めてだった。

 この熱量をそのまま捧げたかったのだが、この日の世界戦は、この試合だけではなかった。

 ここから先は、私の友人であるポップが、東京に存在するというニューヨークで、世界戦を観戦する前に、引退を賭けて戦った記録である。

 私は、彼の生きた証を記録することを目的としてnoteにいるので、この戦いを書き記さなければならない。私たちの世界戦は、違う世界線に存在し、日々を戦い抜いている。

 これはもう一つの、やがて、伝説と呼ばれる日。になる。

 真剣に綴るが繰り返す。ここから先はポップの18禁のタイトルマッチである。

「本の街、神保町に15時」

 本をまったく読まないはずのポップから、フリとも言われるメッセージが送られてきた。指定されたお店の30分前には到着したので、ポップにメッセージを送った。

「君が指定した場所に私はどうやら、着いたみたいだ」

「悪いが先に立ち呑み屋で呑んでるんだ。会えば分かると思う」

 ポップは、早く到着し、すでに達している。そして、もう呑みはじめている。

 これは、何かある。

 私には確信めいたものがあったのだが、それは楽しみの一つとしてとっておくことにした。

 待ち合わせの店の前に佇み、店内を覗き込む。皆、それぞれのゴールデンウイークを楽しんでいる人たちを眺め、私はしばらく外から神保町の風を感じていた。

 この街の風は文学を運んでいる。

 私にとっての神保町とは、そういう街だ。

 ボクシング観戦前に起こる特有の昂る気持ちを、お酒と文学の風で抑え込ませてくれることに、親友としての優しさと、誘惑の入口へと繋がる道を感じていた。

 白山通りからポップと思われる人物が歩いてきた。私にはすぐに分かってしまう。なぜなら彼は、拓哉さんに憧れていて、若かりし頃の拓哉さんほどのロン毛になっており、インスタグラムに投稿された拓哉さんと同じエアマックス95を履き、雑誌で見かけた拓哉さんと同じRay-Banのサングラスを身に着け、どこから見ても拓哉さんの雰囲気を感じる身のこなしで歩いているからだ。神保町に拓哉さんの風を纏う男はポップしかいない。

「拓哉さん」

 いつもの作業服姿のポップとは先週も会っていたのだが、私にとって、拓哉さん姿のポップは久しぶりだった。私は右手を差し出し、拓哉さんとしてのポップとの久しぶりの再会を祝った。

「よし。呑もうか」

 ポップは、サングラスを外し、予約してあるお店の暖簾をくぐり、ゆっくりと席に着いた。

 私はテーブルを見渡し、まず灰皿を確認した。ポップは私の視線を察し、私より先回りでその事を伝えてきた。

「当然喫煙可だ。今日のお前は、今からタバコを吸いたくなると俺は知っている」

 それは、なぜか確信めいた言葉の重みを感じ、私をこの日のリングに上げるには、充分な言葉だった。

 私は、ゴングが鳴るのを待つだけだった。

 私はビールを注文し、ポップはレモンサワーを注文した。ここではじめて紹介することになるが、この日は私たちの他にお供をしてくれたかなりタイプの女性もいる。

 私たちは、ボクシング観戦になると紳士からは程遠くなってしまうので、間に挟み昂る気持ちを緩和してくれるかなりタイプの女性が必要だった。

 彼女は、私たちにとってのラウンドガールだった。

 かなりタイプの女性は夜の空気を自然と纏い、それを妖艶とは感じさせない夜とは真逆の明るさを持っている。彼女は、今はポップの隣にいるのが正しいと自然に座る。そのあまりの自然さに、私は彼女の荷物を受け取り、自分の隣に置くのが当たり前だと自然に感じたほどだった。私の隣には誰もいない。だが、それでも良いと思えたのは、この女性を正面から捉えることができたからだ。

 女性の正面は、ご褒美に等しい。

 かなりタイプの女性は、着席と同時に上着を脱いだ。それは、この先の夜の時間に私にだけ魅せる予定だったはずの肌なのだが、昼のこの時間なら、正面からも確認してもいいのよ。と言ってくれているようだった。

 手の届かない正面にも魔法がある。見るだけでそう思える自分に乾杯したくなっていた。
 
 彼女は袖口に指をかけ、ゆっくりと肩口までまくり上げた。露わになった肌は、摩擦という概念を忘れたように滑らかで、一度上げたはずの袖は、気まぐれのように元の位置へ戻っていく。

 私たちは、彼女の指と衣が奏でる音楽を堪能し、この場が魔法のように饒舌になることを知っていた。

「聞いて欲しいことがある。今日の試合前に、大事な試合をしてきた。その報告をしたいんだ。45歳になった俺は、まだきちんと戦えるのか純粋に試してみたかったんだ」

 ポップは開始のゴングを響かせ饒舌に語りはじめた。私にはビールを勧め、かなりタイプの女性には、ポップと同じレモンサワーを注文し、「ポップのレモンサワー」を販売したいのだと語り、早く追いつくようにと私たちのアップの完了を願っていた。

「まず、俺が向かったのは、世界戦に相応しい、東京にあるニューヨークというお店だ。今日の体調的に60分で迎えようとして準備していたのに、俺が行った時間では、フリーでは空きがなかった。俺は戦う前に不戦敗を覚悟した。これがゴールデンウイークの現実だったんだ。俺だけでなく、みんなゴールデンなんだ。もちろん俺にも悪いところがある。きちんと予約という名の調印をお店と結ばなかった自分を恥じたよ。でも、もはや戦う気持ちできていた今日の俺は、自分を抑えられなかった。衝動かもしれない。なにせ昂ぶっていたからだ。だから、交渉したんだ。受付のお兄さんに、今日負けたら引退する覚悟で来ているから、俺をなんとかして欲しいってね」

 ただの欲求不満のはずなのに、大義名分が存在するように語れるポップは、カッコよかった。そして、ボクシング的な表現を挟むことにより、この日の臨場感を早くもプレゼントしてくれていた。私たちも、気持ちが昂ぶっていたので、その違和感を冷静にツッコむことも出来なかった。そして何より、東京にもニューヨークがあると知らなかったのだが、ポップが引退を賭けた覚悟で試合に望む気持ちも分からなくはなかった。

 私たちは、もう40歳を超えている。ポップは4月で45歳になった。もう何度でもすぐに立ち上がれた時代は過ぎてしまっている。

 それは年齢に抗うことではなく、そここそを楽しむものだと納得するように、自分に言い訳するように、私たちは変化してきている。

 試合にもならない時があるのだ。

「受付のお兄さんは、引退を覚悟した俺を見て、『少し待ってくれと』言った。俺は、これはチャンスがあると思い対戦を願った。引退を捧げられたら、同じ男として無視できないと思っていた。しばらく受付のテーブルを挟み膠着していたら、お兄さんが口を開いたんだ。『30分ならいけます』とね」

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