イセハラのモトニ 4《創作大賞2025》
あっという間に、ナオミお婆ちゃんと伊勢原を一望する当日がやってきた。物事は、始めると終わりがくるということを理解はしていたつもりだが、ここまでの時間をいつもより早く感じてしまう正体を、私には上手く説明することが出来なかった。
私達が手配したのは、十人ほどが乗れる大きなワゴンタイプのタクシーで、先に乗り込みナオミお婆ちゃんを皆で迎えに行った。途中の車窓から植木鉢をヘルメット代わりにしている少年を見かけたような気がしたが、この街ならそれもあり得るだろうと考えていた。
タクシーが到着すると、ナオミお婆ちゃんとあかりはすでに準備万端で、自宅の前で楽しそうに待っていてくれた。人の待ち姿で、楽しそうと分かる日は幸せを感じる。
「ナオミちゃん。久しぶり。今日は私達に時間をくれてありがとう。本日は、私達元2がエスコートいたします。どうか、今日一日、伊勢原と、そして私達を存分に楽しんでください」
私とセイセイは、普段から紳士過ぎる紳士と伊勢原では呼ばれてはいたが、自分達で真摯な紳士を演出するのも大好きなので、より紳士らしく立て膝をつき、ナオミお婆ちゃんの大好きなお花である、鉢に入ったシンビジウムをプレゼントした。
「あら、さすが元2ね。ありがとう。あなた達のそういう心が大好きなのよ。その不自然な自然さもね」
決して花言葉を語るようなことはせずに、チクッと刺す愛情のあるナオミお婆ちゃんの答え方が、やっぱり私は好きだった。
「じゃ、出発前にね。一枚皆で撮りましょう。そうそう、知っていますか?そのお花の花言葉『飾らない心』ですよ。皆さんにピッタリ。あ、初めまして。私こそミスター飾らない男。元2シーモンです。今日は、私もご一緒させていただきます。ナオミさん。良いですね。その笑顔。私達がいる限り、今日はずっと笑顔ですよ。どうぞよろしくお願いいたします」
趣味とは思えない本格的なカメラを持ち込み、一見すると強面で巨体で無口そうな男だが、その外見とは正反対の、空気を読まずに軽く花言葉を発してしまう軽い男がシーモンだ。
「初めましてシーモンさん。あなたも元2なのね。少しは飾った方が良いことも世の中にはあるわよ。それとね、このお花には『素朴』や『華やかな恋』っていう意味もあるわよ。まだ他にもあると思うわ。物事に一つの意味しかないなんていうのは、都合のいい解釈にしかすぎないわ。そんなことは、面白くも何ともないじゃない。だから私が、どの意味で好きかなんていうのは秘密にしとくわね。それにね、その感情を受け取る人が、相手の想いを判断した方がより素敵じゃないかしら」
ナオミお婆ちゃんは、ゆっくりと、そして、しっかりと一言ずつ大事な言葉として物事を話す。
「ヨッキの好きなタイプだけはあるわ。俺も一発で好きになったよ。言ってることが難しくてワケ分からないよナオミさん。でも、今日はもう最高の結末になるって決まってますから。目一杯楽しみましょう」
無邪気な笑顔を見せるシーモンに、反射的に笑顔を見せるナオミお婆ちゃん。ナオミお婆ちゃんに押され気味のシーモンだったが、すぐに人の心を開かせ、内面から笑顔にさせることが出来るシーモンに、私はいつも助けられている。憎めない男のシャッター音は、きちんと伊勢原に響いていた。
「じゃ、ナオミさん、このお花あかりちゃんとお家に入れておくから、ヨッキに手伝って貰って、足元に気を付けて先に車に乗っててね」
セイセイが華麗に優しさを振り撒きながら、ちゃっかりあかりと二人きりになるのを目撃しながら、私は、先日もう一度あかりの手を握ろうとして、失敗したことを思い出していた。そして、私の右手はナオミお婆ちゃんをエスコートするためだけに存在していたのだと知り、四十年で一番優しく差し出した。ナオミお婆ちゃんを安全に車の中へ誘導し、右手の役割をしっかり終えて、私は最後列に座った。
走り出そうとする車の中で、皆の後ろ姿を見ながら感じていた。これが最高の結末になるのかはわからないが、私はこのはなしで、いつかこの日を思い出しながら、美味しいお酒を皆でただ呑めればいいなと。
「あ、そうだそうだ。ヨッキさん。あなたは、これに着替えてください」
シーモンが車内で袋から取り出したのは、デザインされた白いTシャツだった。左胸に厚焼き玉子と本のデザインがロゴ風に印刷されている。そして背中にはひっそりと文字が記されている。
「あなたの思い出に2組は存在しますか。存在するならもと2組。そう元2です」
なんともツッコミどころが難しく、オサレに気合いの入ったロゴやその作りに、逆に腹が立った。
「おい。シーモン。お前ムダに本気出してんじゃないよ。何でもっと面白くしないんだ。これ、ちょっとカッコいいじゃないか。それで、何で俺だけ着るんだよ。どうせなら、皆に配れよ」
「フフフ。よく見てみるんだ。ヨッキさん。」
車内では、すでに皆、お揃いのTシャツを上着の下に着ていて、私に向けて上着を捲り、それを見えるように輝かせていた。
「オーケー。皆着ている。で、俺だけ着ていない。これの何が面白いんだシーモン」
私は、私が出し抜かれたことすら想定済みだと装おうことに成功した。
「えっ?何がって。四十の車内公開生着替えだろ」
それを想像したら、少しだけ面白いと思ってしまう自分がいるのも事実で、私は思いっきり乗っかることにした。
「いいか、今から着替えるぞ、脱ぐぞ。俺は一番後ろの席だからな。運転手も俺を見るなよ。ミラーとか使っても見るなよ。シーモン撮るなよ。良いカラダだけど撮るなよ。皆、前だけ見とけよ。絶対見るなよ」
私は、名人芸を思い出しながら、可能な限りを尽くして、いつ見られても良いように、全力で最大限、面白く脱いでいた。
しかし、誰も見ることはなかった。
「見ないのかい‼そして、撮らんのかい‼」
という、一連のやり取りで車内はすっかり打ち解けた。これくらいベタで大げさな方が幸せな時だってある。私の全力一芸で爆笑をかっさらい、車はようやく出発する。
「あのな。ヨッキ。デザインだけどな。俺はこれが仕事なんだ。自分に妥協したものは、一つだって作りたくはない。人の想像を超えた所に感動が生まれると思っているよ」
珍しくマトモなことを言うシーモンは、少しカッコよかった。
「俺としては、厚焼き玉子がお店の主役みたいですごく嬉しいけどな」
「逆に聞くけどな。厚焼き玉子以外のメニューがあるならば、とっとと俺に教えとけよ。セイセイ」
珍しくマトモなことを言うシーモンは、これまた少しカッコよかった。
「ありがとね。シーモンさん。私、こういうの初めてよ。皆で揃えたユニホームみたいで、可愛くて、そして何だか皆で家族みたいよね」
「私も、お婆ちゃんも最初に貰った時からワクワクしてました」
ナオミお婆ちゃんとあかりは、嬉しそうに話している。こういう表情を見ると、涙が出そうになるスイッチをいつから持ってしまったのかと思う。私は、感傷に浸るのをやめることにして、あかりを確認した。
私は、同じTシャツを着込むあかりと並んで大山を歩けば、私とあかりを同時に視界に捉えた人の中では、しっかりペアルックとして記憶されるじゃないかと考えていた。これは、なるべく隣で歩くのが正解だと確信した。
そういう妄想だけは、どれほどしていても悪くない。
タクシーの運転手が、お揃いの私達の姿を見て話し始めた。
「皆さんよく似合ってますよ。私も欲しかったなぁ。皆さん仲良しで、こういう時間が本当に羨ましいです」
セイセイが、運転手を見て話し掛けた。
「ちょっと演技入ってるね。アカネちゃん」
シーモンがTシャツを掲げ、すかさず続く。
「もちろんあるに決まってんだろ。はい。アカネちゃん」
私は、くだらないなと思いながらも、どこかこういう空気が好きだった。人間は、たまには、単純でもいい。そう思っていた。
「自分で自己紹介しなよ。アカネちゃん」
アカネと呼ばれる運転手は、ナオミお婆ちゃんに自己紹介をした。
「初めまして。ナオミさん。お話は元2の人達から聞いています。私、アカネって言います。お店の初めてのお客で、厚焼き玉子の大ファンなんです。つまりセイセイの初めての厚焼き玉子を食べたのが私です。ちなみに同級生ではないですが、私ももちろん、もと2組です。今日は安全運転でしっかり応援したいと思います」
アカネと名乗るこの女性は、私達のお店の常連客で厚焼き玉子の大ファンであり、セイセイの大ファンでもある。それを省いたらタクシー運転手で普通の主婦となるが、いつでも私達に協力してくれる心強い味方だった。
「今日はありがとね。アカネちゃん。今度美味しい厚焼き玉子作るからまた来てね」
どこまで優しさを振り撒くのか知らないが、セイセイはこういうところが抜け目ない。
「今日は、どこまでも元2なのね。やっぱり楽しいわあなた達。そしてありがとう。アカネちゃん。こちらこそよろしくお願いいたします」
ナオミお婆ちゃんは、噛み締めるように感謝を述べている。そういうのは、まだ早いからと、終わりを散らつかせるのは何かズルいよ。と私は思っていた。
「さすがに勘がいいね。ナオミちゃん。今日はとことん元2縛りでいくからね。皆が協力してくれて本当にありがたいよ。そして、アカネちゃん。ぜひ安全運転で頼むよ」
ちょっとカッコつけて喋ってはみたが、アカネに私の言葉が響くことはなかった。
「ながら読書しながら歩いて、お店のいたるところに突撃するような、前方不注意な人には、言われたくないわよ。ヨッキくん」
「それは、目の前の現実より、素敵な世界をどうしたって創作してしまう、偉大な作家達が問題なんだ」
言い訳をしてみたものの、あからさまなセイセイとの態度の違いに、内心、決して浅くなく傷付いているのだが、私の目に浮かぶ天使の雫を流すのは、我慢した。
「ねぇ。お婆ちゃん。時間だけどどうする?聴かせてもらう?」
あかりがナオミお婆ちゃんに話し掛けた。ナオミお婆ちゃんは時間を確認してから答えた。
「さすがに今日は、やめとくわ。皆さんがこうして集まってくれているんだから」
「えっ。何かあるの?あるなら遠慮しないで言ってよねナオミさん。したいことを言ってくれたらいいからね」
イケメンとはと、テストで問われるならば、私はセイセイと書いてしまいそうだった。
「セイセイさん。ありがとう。実はお婆ちゃんこの時間にいつもラジオ聴いてるの。しかもなぜだかエフエムイセッパラをね」
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