【創作大賞感想】紫吹はるの渦を感じた。
どんどんと連鎖していく人間の欲求に、どこまで渦巻くのだろうかと思った。読み進めながらも、まったく表現が止まらない。全速力で描いている。出し惜しみしない。
SNSが出てきてから、憧れの存在となるような人物が増えてきて、その対象との距離が自然と近くなり、自分が知られるために、目立つためにと少しでも周囲の気を引こうと、人間の執着は留まることを出来ずに、常に更新していってしまっている。
見てくれる人のたった少しの反応のために一喜一憂をし、その繰り返しで、寂しく心が満たされていくことになるのだが、それでもまだだ。まだまだだ。と、紫吹はるが描く人間の承認欲求が膨らむ様子が、不気味なくらい続いていく。
そして、欲求は人から人へと連鎖していき、誰かに認められたいがために、どんどんと自分のいる世界への視野が狭くなり、生き辛くなっていってしまう人間の様子をリアルに描いていく。
本物の自分が誰で、いったい何の役を演じているのか分からなくなっていって、どこの世界が本物なのかも曖昧になっていく。
ある程度展開を予測していきながら読み進めていたのだが、予測を簡単に上回る展開に、一気に読み進めてしまい、結末を知りたくなってしまった。
現在も、実際に起きているだろうSNSによる承認欲求。誰かに見てもらえるという嬉しさは、あっという間に人間を依存させながら、現実世界の視野を狭くし、変化させていってしまう危険がある。認められる世界の居心地の良さから、その世界のみに没頭していってしまい、周囲の現実が何も見えてこなくなってしまう。
この作品は、人間が陥りやすい欲望の罠。その過程を詳しく描写していて、人の落ち方を説明出来てしまっていることが凄いと思う。人間がどうして落ちていってしまうのかを、畳み掛けるように描いて続けてくる。どこに陥りやすく、何が承認欲求を求めてしまう結果になるのか。人間の欲望を知っている描き方をしながら、しっかりと現実も描いている。
この物語に出てくる誰もが、その欲求の渦の中で暮らしている。そして、共通するのがすべて自己中心的な思考だ。
特に対比として描かれている現実世界の話では、自己中心的な人物像であるのに、SNSという世界では直接関わらないから、他者を思いやることが出来て、無意識に善人を演じてしまう心の闇の部分も自然と描いている。
いったいどちらが、本当の人間だろうか。ただ、それすらも何とも思わなくなっていく危険性も訴えてくる。
つまり、信じられる世界が少ないことを伝えてくる。紫吹はるの何か叫びのようにも捉えられる。
端的に語られる文体なのに、紫吹はるは、読み手を休ませることをせずに、どんどんと攻めてくる。ここまでの手数があると、端的な文章がより映えてくる。おそらくあえて、その怖さをより引き立てる効果を狙って端的に書いているのだろう。
その結果、怖さが増長される。リズムが一定なのに、次から次へと出てくる人間たちがどんどん怖さを増していくように感じていってしまう。
柴吹はるは、SNSをよく把握している。人が陥りやすいことを自らの経験も踏まえてだろうが、インフルエンサーというものの功罪をしっかりと描いていて、警鐘しているようにすら感じる。見落としがちになっていってしまう現実世界。ただ、現実が現実として担保されているのも、もしかしたら、この先変化してしまう現在の兆しなのかも知れないと思わせられた。
操られているのは、誰で、本当は何に利用され、欲求を満たされているのだろうか。
怖い物語だ。
こういう物語を描くことを何も躊躇わない、誰もが体感として感じていたり、経験として知っていることを小説として表現することは、読み手を冷めさせてしまう危険がある。それを乗り越えて、しっかりと読ませてくれた面白さに、紫吹はるの凄さを感じた。
今回の創作大賞期間は、自分の作品や、創作大賞感想をいっぱい書いていて、どれにも向かい合っていることを知っている。どの人の感想も一つ一つしっかりと読み込んでいる。
好きだから、書いている。
それを、体現するには人を納得させるまで、見せ続けるしかない。そこをきちんと逃げずに向かい合い、誰よりも創作大賞期間の最初から最後まで、貫いて書ききっていることを魅せられたら、彼女自身を応援したくなるのは、当たり前のことだと考える。
これから、どんな作品を描いていき、さらに続けていくのか分かりませんが、今年の経験はかけがえのない経験になると思います。
全力で創作大賞へ向かったことは、見ている誰もが感じていると思います。
まだまだ読ませてください。
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