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【第六話】押忍❗ワイの漫画家物語 ~東京へ行くと決めた日。

まずは、読者のみなさまへ。

第4話で、時系列が前後してしまう部分があり、
大変、申し訳ありません🙇‍♂️

当時のことを思い出しながら書いていると、

『あれ?これは先だったか?後だったか?』

記憶前後することがありました😅

資料を整理していると、
自分でも忘れていた原稿がポロポロ出てきます💦

記憶と資料をもとに書いていきますので、
その点はご容赦くださいませ🙏

🌽【遊んでいた…と思っていた北海道時代】


1980年。

漫画家になるために北海道の大学へ逃げてきたワイ。
北海道の大自然。自由な生活。
正直、

『遊び惚けていた4年間』😅


だと思っていました。

…が。
昔の資料を見てビックリ💦
実はコツコツ漫画、描いてました(笑)

大学1年の頃は確かに遊んでいましたが、
イラストやカットは、ちょこまか描いていたんですね。
そして――

【初めての本格ストーリー漫画】🔥


1981年、大学2年。
当時大好きだった、原作:山村俊 漫画:しのはら勉先生
少年マガジン連載の『青春改札口』❗
に感化されて描いた、ワイ初のストーリー漫画。

『野獣の復活』P31


学園バイオレンス物でした😆

19歳。初めてのストーリー漫画😆 どうですか?才能ありそうですか?w

タイトル通り、最後はポジティブな終わりだった。
『あわよくば、賞に入らないかな…』
めちゃくちゃドキドキして応募しました。

結果は――

完全スルー。😭


世の中、そんなに甘くない(笑)

『…そりゃ、そうだよね』

何も学べなかった...

そんな苦笑いの記憶だったんだけど…

でも——。

📚【学ばなかったことが、学びだった】


この作品、
誰にも読んでもらった記憶がない。
感想もない。 指摘もない。

——つまり、
成長の材料がなかった😅
ここで気づいたこと。
描いた作品は、
✅人に見せる
✅ 感想をもらう
✅ 評価を受ける

これがないと、

自分に『気づき』は起きない❗


…あっ。
今、書いてて気づいた。

学んでたやん❗🤣


💥【崖っぷちの大学4年】💦


1982年、大学3年。
漫画は描いていなかったけど、第五話で書いた同人誌制作で、
『創る喜び』を思い出しました。

そして――
1983年、大学4年。
あと1年で卒業、いよいよ崖っぷち💦

『漫画を描かねば❗』とお尻に火が付いた🔥


そうして描いたのが、

『俺達の終点』P30


暗い、不良たちの報われない物語...

描いたことさえ忘れてた💦『俺達の終点』。2話目のネームも描いてました。
この漫画を大島やすいち先生に見てもらいました😆

2作とも、今読み返すと、
のちの『押忍‼空手部』の原型です。

等身大の『自分の年齢』で、『自分の世界』を描いていた。
今、プロとして冷静に見てみれば、
これは若い漫画家志望者の最大の武器を活かしてましたね👊
(自画自賛w)

💡【大島やすいち先生の一言⚡】


この作品を『少年ビックコミック』に応募。
尊敬していた『大島やすいち』先生から
コメントをいただきました。

これが、当時もらった手紙です。今見たら、結構きついこともらってましたねぇ🤣
でも、初めてプロの言葉を頂いて素直に嬉しかったです🙏

『救いのない話じゃ、読者読まないよ。』


この一言。
ワイの中では、神の啓示でした。

『漫画はハッピーエンドでなければならない❗』

ここ、ワイの漫画家物語【第四話】で書いたところです👇

😰【しかし、現実はそれどころじゃない】


この頃、頭の中は作品よりも、

『卒業したら、どうする?』...


親からの支援はもう受けられない。

就職? 漫画? 生活は?


焦り不安の毎日でした。
そんな中、
ワイはあることを決意します。

🏍️【大バイクツーリング決行】🔥


大学3年の時に初めてローンで買った新車バイク、

YAMAHA DT125LC。

初めて買った新車のバイク。バイク命でした😆


このバイクに、テントを積んで、
🏍️3年生の時に四国一周
🏍️4年生の時に 函館→大阪、 下道本州縦断
🏍️ 11日間の北海道周遊
決行💪
テント泊、駅泊、友人宅泊のバイクひとり旅。

駅の改札横で寝袋で寝たりしたんですよね~(笑)
今では考えられないですが、
駅泊は当時、流行りでした😆

釧路駅。こんな所で寝てました。今じゃぁ考えられないですよねぇ😅

🏍️【バイクひとり旅が教えてくれたもの】

バイクのひとり旅は、孤独です。
走っている間、 聞こえるのはエンジン音だけ。
流れる景色を眺めながら、
色々なことをずっと考えていました。
その時からクリエイター脳だったかもしれない。

この先、

どうする?
就職するのか?
漫画で食えるのか?
金は?
将来は?

答えなんて、出ません😭

——でもね、
ずっと走ってると、色々なトラブルがあった。

✔️今日の寝床はどこにする?
✔️転倒してパンクした!
✔️今日はどこで飯食べる?
✔️あっ?道に迷った...

そういう大小無数のトラブル

一人で考え、一人で判断して、
一人で解決して『旅』という目的を成し遂げてきた。

それは自分への『自信』になったんだ。

『漢一匹、なんとかなる👊』


そう思えた。

――だったら、

『人生も、なんとかなるやろ。』


この『旅』で、
ワイの中に一つの答えがでた。

東京へ行く👊


就職活動はしない。

東京に出て、
バイトしながら漫画家を目指す❗


この決断は、
『なんで、そう強気になれるの?』
と思われるかもしれないけど...

でも振り返ると、
『旅』の中で積み重ねてきた、
沢山の、小さな決断延長線上にあったんだと思う。

雨でも走ってました😆

🏢【持ち込み準備、開始】💥


8月30日に函館に戻り、
覚悟を決めたので、目標に向かって行動開始だ❗
まず、
冬休みを利用して、

東京の出版社へ『持ち込み』を決意した👊


そこで、
名刺代わりの作品が必要だ!
期間は1~2ヶ月。
当初は今回のツーリングを活かした、
バイク漫画『私の大地』P34のネームを描き上げたんだが…

北海道のバイクツーリングを描いた❗大島先生に女の子も出さなきゃ!って言われて、
主人公を女の子にしてみた😆

いざ、ペン入れしようと思ったら...

バイクが難しすぎたーーー💦🤣


断念⤵️(笑)

そこで方向転換🔁
ハッピーエンドで 16ページくらいの 短編!
に条件を絞った。
そこで、当時ハマっていた
『パチンコ』+『オレたちひょうきん族』を合わせた、
パチンコギャグ漫画を大急ぎで制作❗

『気分はパチプロ!』P16 結局ギャグマンガに戻ってしまった。
この後に『押忍‼空手部』を描くとは誰も思うまい❗🤣

いざ、東京へ。


冬休み。
この作品をカバンに入れて、
東京の出版社を回ることにした。

『やるしか選択肢はねぇ💥👊』


 人生初の持ち込みである❗

そして――
『一杯のコーヒー☕』
ワイの運命を大きく動かすことになる...


―次回、

持ち込みの現実と、
思いがけない出会い。

乞うご期待‼️


本日も最後まで読んでいただいて、ありがとうございました🙏

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第一話



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