アルプスの少女 ハイジ と 黒パン 白パン 文化


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『アルプスの少女ハイジ』に見る黒パンと白パン ― パン食の文化史をたどる



1. はじめに ― ハイジとパンの記憶


『アルプスの少女ハイジ』を読んだ人なら、山小屋でハイジとアルムおんじが「黒パンとチーズ」を食べる場面を覚えているでしょう。硬いパンを山羊のミルクでふやかしながら食べる、あの素朴な食卓です。
一方、ハイジがフランクフルトのクララの家に滞在する場面では、「白パン(Semmel、ゼンメル)」が登場します。ハイジが黒パンをこっそり溜め込んで祖父に持ち帰ろうとするエピソードは、読者の心にも強く残る場面です。

この「黒パン」と「白パン」の対比は、単なる食べ物の違いを超え、当時のヨーロッパ社会の暮らしや価値観を映し出しています。


2. 黒パンの象徴 ― 農村と素朴さ


ハイジの日常食「黒パン」は、ライ麦100%ではなく、大麦やオート麦、時にはジャガイモや栗まで混ぜて焼かれた混合パンでした【参考:geocity1.com】。精製されていない粉を使うため色が濃く、膨らみも少なくて堅いのが特徴です。

黒パンは「農村」「庶民」「素朴さ」を象徴します。保存性が高いため山岳地帯の暮らしに向いていましたが、貧しさを思わせるパンでもありました。ロシアや東欧では今でも黒パンは国民的な主食であり、「日本人にとっての米」と同じ存在感を持っています【参考:ロシアの黒パン事情】。


3. 白パンの象徴 ― 富裕層の特権


一方で「白パン」は、精製した小麦粉を使って焼かれた、軽く白いパン。ドイツ語では「ゼンメル(Semmel)」と呼ばれる小型のパンが代表例です【参考:スイスパンの歴史】。

白パンは長らく王侯貴族や都市のブルジョワ階級だけが食べられる贅沢品でした。9世紀のカール大帝が白パンを焼くパン職人を厚遇した記録もあり、フランス革命以前のフランスでも白パンは上流社会の特権でした【参考:funadaeiko.wordpress.com】。

その柔らかさから病人や老人食ともされ、黒パン社会の人々にとっては「日常食」ではなく「特別なもの」でした。


4. 歴史的背景 ― パンの社会的位置づけ


19世紀以前のヨーロッパでは、パンは社会的地位を分ける指標でした。

• 白パン=王侯貴族・都市の富裕層

• 黒パン=農村の庶民・労働者

しかし産業革命以降、小麦粉の精製技術が普及し、白パンは次第に一般層にも広がります。やがて20世紀には「白パン=標準的な主食」となりました。


5. 物語における対比の意味


『ハイジ』における黒パンと白パンの対比は、農村と都市、素朴さと富裕、自然と文明という二つの世界を象徴しています。
ハイジがクララのために祖父から黒パンを持ち帰る場面は、「両方のパンが結びつき、異なる世界をつなぐ」象徴的な瞬間です。黒パンと白パンは、単なる食べ物ではなく、文化と文化を橋渡しする存在でした。


6. 現代の視点 ― 黒パン再評価の時代


面白いことに、21世紀の現代では状況が逆転しています。
イギリスでは2010年の調査で、白パンの売上が減少し、全粒粉やライ麦など「茶色いパン(brown bread)」の人気が上昇しました【参考:The Telegraph】。

健康志向の高まりで「食物繊維が豊富で栄養価の高い黒パン」が見直され、かつて「貧しさの象徴」だった黒パンが、いまや「豊かで健康的なライフスタイル」のシンボルになっているのです。


まとめ


『アルプスの少女ハイジ』に登場する黒パンと白パンは、単なる食卓の風景ではなく、19世紀ヨーロッパの社会構造や価値観を映し出す文化的アイコンでした。

• 黒パン=庶民・農村・素朴さ

• 白パン=富裕層・都市・贅沢

物語の中で二つのパンが交わることは、都市と田舎、人と人を結びつける「文化の橋渡し」でもあったのです。
そして現代の私たちは、ハイジの祖父が食べていた黒パンを「健康食」として再評価しています。

パン一切れの中に、歴史と文化の重みが刻まれていることを思うと、次に黒パンや白パンを食べるとき、少し味わい方が変わるかもしれません。


👉 参考リンク:

• 白パンと黒パン・アルプスの食事(funadaeiko)
• White bread falls from favour (The Telegraph)

• ハイジの黒パン解説(geocity1.com)

• ロシアの黒パン事情(osoroshian.com、archive)



                了



詳細な記事

ハイジのパンが物語る、黒パンと白パンの文化史

はじめに:ハイジが教えてくれた「パン」という名の文化

ヨハンナ・シュピーリの不朽の名作『アルプスの少女ハイジ』は、読む人々の心に深く刻まれる数々の情景を描き出しました。その中でも特に印象的なのが、ハイジが山小屋の祖父と食す、分厚くスライスされた「パン」の描写です。暖炉の火で温められたチーズを載せ、ナイフで切り分けるそのパンは、質素でありながらも豊かな山岳生活の象徴として描かれています。
原作のドイツ語では、このパンは「haltes, schwarzes Brot」(堅くて、黒いパン)と表現されています 。この表現は、一般的なライ麦パンとは異なる、より素朴で複合的なパンであったことを示唆しています。当時の貧しい山岳地帯では、単一の穀物だけでパンを焼くこと自体が贅沢でした 。そのため、ライ麦、大麦、燕麦、時には雑穀や栗、ジャガイモなど、その時々で手に入るあらゆる材料が混ぜ合わされていました 。
このパンの「雑多な材料」は、単なる貧しさの象徴ではありませんでした。それは、厳しい自然環境で生き抜く人々の知恵と、無駄のない循環型生活の象徴と解釈できます。また、その「堅さ」は、一度に焼いて長期間保存する、当時の生活様式に不可欠な特性でした 。これは、毎日焼きたてのパンを食べられる富裕層の暮らしとは明確な対比をなしており、パンが持つ文化的・社会的意味合いを深く物語っているのです。

第1章:土の香りをまとう、黒パンの象徴

貧しさの象徴から、生命の源へ
歴史を振り返ると、黒いパンは常に貧しい人々の食べ物でした。中世ヨーロッパの農民は、主にライ麦や大麦を主原料とした黒パンを食べており 、これは農民の食事の大部分を占めていました。しかし、資料によれば、ハイジの物語の時代も同様に、山岳農民は毎日パンさえ食べることができず、燕麦の粉で作ったお粥をすすることが多かったと指摘されています 。
しかし、この黒パンは厳しい環境下で重要な役割を果たしました。胚芽やフスマが含まれたままであったため、野菜が育ちにくい寒冷地帯では貴重なビタミン源でした 。この事実は、黒パンが単なる「貧しい食事」ではなく、生存に不可欠な「生命のパン」であったことを示唆しています。また、焼きたてよりも数日経ってからが食べ頃とされ、時間が経っても風味が損なわれないという保存性の高さも、当時の生活において重要な利点でした 。
時を超えて愛される、ロシアの黒パン・アイデンティティ
黒パンは、特にロシアにおいて、単なる食品を超えた民族的なアイデンティティの象徴となっています。ライ麦は寒冷なロシアの風土に適しており、古くから主食として根付いていました 。ロシアの偉大な詩人アレクサンドル・プーシキンは、旅行中、黒パンが手に入らない生活に「あのトルコ兵があれだけ嫌がった黒パンのためなら大金を積んでも惜しくないというのに」とまで表現しました。この言葉は、黒パンがロシア人にとって日本の米のような存在であり、故郷の味そのものであることを示しています。
ロシアの黒パンは、サワードウ(サワー種)という独特の発酵法によって作られ、硬く、独特の酸味を持つのが特徴です。この「酸味」こそがロシア人の味覚の根幹をなす要素であり、白パンの柔らかさや甘さとは対極に位置するものです。食文化が宗教的・民族的なアイデンティティにまで発展した事例として、1054年の東西キリスト教会の大分裂が挙げられます。資料によれば、聖餐式に酸味のあるパンを用いるか、酸味のないパンを用いるかという対立が、分裂の決定的要因の一つでした 。これは、パンが歴史を動かすほどの文化的・政治的な象徴となりうることを示しています。

黒パンの特性と文化的意味

| 特性 | 詳細 | 文化的な意味 |
|---|---|---|

| 材料 | ライ麦、大麦、燕麦、雑穀、ジャガイモなど  | 厳しい自然の中で生き抜く人々の知恵と、貧困の中での生命力 |

| 製法 | サワードウ(サワー種)による発酵 [ユーザー提供テキスト] | 独特の酸味と風味が、特定の文化圏(ロシアなど)の味覚の根幹を形成 |

| 物理的特徴 | 硬く、酸味が強い、膨らみが悪い  | 毎日パンを焼けない貧困層の生活様式と保存性の高さを象徴 |

| 栄養価 | 胚芽やフスマが含まれ、ビタミン、ミネラルが豊富  | 寒冷地帯における貴重な栄養源であり、生命の維持に不可欠 |

| 文化的象徴 | 貧しさ、農村生活、生命力、民族のアイデンティティ  | 単なる食品を超え、その土地の風土と人々の魂を体現 |

第2章:富と洗練の象徴、白パンの系譜

白さが物語る、富の歴史

白パンは、古くから富裕層の食べ物でした。9世紀のフランク王カール大帝は、白パンを焼けるパン職人を特別待遇していましたし 、15世紀にアルプスを旅した人物の日記には、貴族の城で「羽根のように白くてふんわりしたパン」を食べたことが記されています 。フランス革命以前のフランスでも、白いパンは上流社会だけのもので、民衆は黒いパンしか口にできませんでした 。ハイジの時代にも、白パンは都市の富裕層しか食べられなかったのです 。
なぜ、白いパンはこれほど高価だったのでしょうか。その答えは「製粉技術」にあります。古代のサドルストーン(平たい石)や初期の石臼では、穀物の外皮や胚芽を完全に除去することは困難でした 。純粋な白い小麦粉を得るためには、何度もふるいにかけ、大量の労力と時間を要しました 。つまり、白いパンは「手間」と「コスト」の集大成であり、その白さ自体が、汚れない、不純物のない、洗練された富裕層の生活を象徴していたのです。精製技術が未熟だった時代、白い粉の希少性が価格を押し上げ、白パンは富裕層の特権となりました。

貴族の食卓を飾る「トランショワール」

中世の貴族の宴会では、パンは単なる主食以上の役割を担っていました。資料によると、貴族は厚くスライスした固いパンを「トランショワール」と呼ばれる敷板(皿)として使い、その上に肉を置いていたとされています 。この行為は、パンが「お腹を満たす」という第一義的な役割から解放され、富と浪費の象徴となったことを示しています。肉汁や脂が染み込んだパンは、食後に使用人に配られたり、貧しい人々に施し物として与えられたり、飼い犬に投げ与えられたりしました 。これは、パンを大切に食べなければならない農民の生活とは明確に対極にあり、パンの使い方がそのまま階級の隔たりを視覚的に表現していたのです。

意外な側面:病人食としての白パン

興味深いことに、白パンは国や文化によっては「病人食」と見なされていました。ロシアでは、腹持ちが良いが消化が悪い黒パンに対して、柔らかく、消化しやすい白パンは病人や老人向けとされていました 。これは、日本でお粥を病人に出すのと同様の考え方です。この文化的な観念は、パンの価値が「硬さ」や「酸味」に置かれるロシア文化特有のものであり、普遍的なものではないことを示しています。また、『アルプスの少女ハイジ』においても、病弱なクララに白パンが与えられたという描写は、この「白パン=病人食」という文化的文脈と重なり合う可能性があります。

第3章:歴史が語るパンの社会学

パンが規定する階級:中世から近代へ

パンの歴史は、そのまま階級の歴史と言っても過言ではありません。中世の絵画では、裕福な家庭には白くふっくらとしたパンが、貧しい農民の家庭には黒くて重い巨大なパンが描かれることがしばしばありました 。パンの大きさ、色、質感が、その家族の経済水準を無言で物語っていたのです。歴史家のウィリアム・ルーベルは「どの時代も家計の苦しい人々に余裕ができた場合、たいてい真っ先にするのは貧しいパンを食べるのをやめて、もう少し上等なパンを買うことだった」と述べています 。これは、パンを食べる行為が人々の階級を規定する社会的合意が存在したことを示しています。パンは単なる食材ではなく、人々の生活水準や社会的地位を示す指標だったのです。

パンをめぐる大分裂:東西キリスト教会の決裂

パンが階級や民族のアイデンティティに深く結びついていたことを示す最も劇的な例が、11世紀の東西キリスト教会の大分裂です。高校の教科書では、三位一体の解釈などが原因とされますが、資料が指摘するように、正餐式に「酸味のあるパン」を使うか、「酸味のないパン」を使うかという対立が、実は決定的だったとされています 。酸味のある黒パンを常食とするロシアを含む正教会圏にとって、それを否定するローマ・カトリック教会の裁定は、民族的自尊心そのものへの攻撃と受け取られました 。これは、パンが人々の生活様式や味覚に根ざし、最終的に歴史を動かすほどの文化的・政治的な象徴となりうることを示しています。

第4章:物語が結ぶ、二つの世界の橋渡し

ハイジがパンを運んだ理由に秘められたメッセージ

『アルプスの少女ハイジ』の物語で、ハイジは都会の暮らしに馴染めず、故郷への想いを募らせます。そして、都会のゼーゼマン家で手に入れた白いパンを、目が不自由で固いパンを食べることが困難なお婆さんに持って帰ってあげたいと願います。このハイジの行動は、一見すると単なる「高級品への憧れ」と解釈されがちですが、より深い意味が隠されています。
都会の暮らしで病気がちだったクララは、栄養価の高い牛乳や、柔らかく消化しやすい白パンを与えられていました。ハイジは、故郷で病気になったお婆さんにも、同じように「病気を癒すパン」を与えたいと考えたのではないでしょうか。これは、故郷の黒パンが持つ「生命力」の象徴を、都会の白パンの「優しさ」と「癒し」の象徴へと昇華させる、ハイジの純粋な愛情と知恵の表れと解釈できます。この行為は、単なる階級の象徴としてではなく、パンの持つ新しい価値、すなわち「誰かを思いやる心」の媒介として描かれています。

故郷の味と故郷への想い

ハイジは最終的に故郷に帰り、再び祖父と黒パンを食べ始めます。しかし、都会で得た経験と、白パンへの想いは、彼女の心に新しい世界への扉を開きました。この物語における黒パンと白パンの対比は、ハイジの素朴な故郷と、洗練された都会という二つの世界が、パンを通じて結びつき、互いの文化を理解し合うプロセスを描いていると言えるでしょう。ハイジが故郷の味である黒パンの良さを再認識しつつ、都会で得た白パンが持つ「優しさ」という価値を故郷に持ち帰ろうとした行動は、二つの文化を隔てる壁を乗り越える、物語の核心的なメッセージを伝えています。

終章:現代における「茶色いパン」の復権

価値観の逆転現象:現代の健康トレンド

かつて貧しさの象徴だった茶色いパンが、現代では「ヘルシー」「健康的」な食品として再評価され、人気を集めています 。資料によると、2010年頃にはすでに、欧米で黒パン(全粒粉パン)の売り上げが増加し、白パンが減少するトレンドが見られていました。このトレンドは、単なる一過性のブームではなく、科学的な知見の普及と、人々の健康意識の向上という確固たる背景に基づいています。
精製された白い小麦粉は主に胚乳(炭水化物)からできていますが、現代の主流である全粒粉パンは、小麦の胚芽や外皮(フスマ)も丸ごと含まれています 。かつては食べづらく、粗末とされたこれらの「不純物」にこそ、現代人が求める栄養素が豊富に含まれているのです。この「栄養素」こそが、かつての「貧しさの象徴」が、現代の「知性と健康の象徴」へと価値観を逆転させた核心です。

科学が解き明かす「黒パン」の真価

科学的な分析によって、全粒粉が持つ栄養価の高さが明確に示されています。

全粒粉と精製小麦粉の栄養価比較(可食部100gあたり)

| 栄養素 | 精製小麦粉(強力粉) | 全粒粉  | 備考 |
|---|---|---|---|

| 食物繊維 | 2.7g | 11.2g | 強力粉の約4倍。消化を助け、血糖値の安定に寄与  |

| マグネシウム | 0.8mg | 3.0mg | 強力粉の約4倍。心臓や血管の健康維持に期待  |

| 鉄分 | 0.9mg | 3.1mg | 強力粉の約3倍。貧血予防に効果が期待される  |

| 亜鉛 | 0.8mg | 3.0mg | 強力粉の約4倍。免疫力向上に期待  |

| ビタミンB1 | 0.09mg |0.34mg | 強力粉の約4倍。疲労回復やエネルギー生産に不可欠  |

この表が示すように、全粒粉は精製小麦粉に比べて、食物繊維やミネラル、ビタミンB群が圧倒的に豊富です。また、全粒粉パンは白いパンのGI値が90と高いのに対し、GI値が50と低く、血糖値の急上昇を抑え、肥満や生活習慣病の予防に役立つとされています 。

結論:ハイジのパンは、時代を超えた問いを投げかける

『アルプスの少女ハイジ』に登場する二つのパンは、貧富の格差や文化の違いを象徴していました。しかし、現代社会では、その価値観は完全に逆転しました。かつては貴族の象徴であった白いパンが、大量生産の時代には労働者のパンとなり、そして今、かつて貧者のパンであった茶色いパンが、健康と知性を重んじる人々の新しい選択肢となっています。
ハイジのパンが物語るように、パンの価値は時代とともに変化し続けます。それは、私たち自身の価値観が、そして私たちが生きる社会が、何に重きを置くかという問いを、常に投げかけ続けているのです。パンをめぐる歴史は、私たち人間の営みと文化の変遷そのものを映し出していると言えるでしょう。



                了



    資料リンク集


黒パンと白パン

 欧米では小麦「白パン」が主流です。ところが2010年のパンの売り上げでは、ライ麦などの「黒パン」の売り上げが増加し、白パンが減少していました。


https://www.telegraph.co.uk/foodanddrink/8426388/White-bread-falls-from-favour-as-shoppers-prefer-brown.html

 元々王族貴族や金持ちは、白パンを、庶民は黒パンを食べていたようです。それゆえ白パンは黒パンより高級という観念が強かったのですが、黒パンを食べ続けていたロシアなど今も黒パンは愛し続けられているようです。

アルプス山中でも、以北のドイツでも、王侯貴族や都市のブルジョワたちは、つねに白パンを食べていた。9世紀のカール大帝は、白パンを焼けるパン職人を特別待遇していたし、15世紀にアルプス山中を旅した人物の日記には、貴族の城で “羽根のように白くてふんわりしたパンを食べた” こともしるされている。現在は白パンの国、フランスでさえ、フランス革命以前は、真っ白なパンは上流社会だけのもので、民衆は黒いパンしか口にできなかったのだ。ハイジの時代にも、白パンはいぜんとして都市の金持ちしか食べられなかった。

白パンと黒パン
https://funadaeiko.wordpress.com/%e3%82%a8%e3%83%83%e3%82%bb%e3%83%bc%e9%9b%86/%e7%99%bd%e3%83%91%e3%83%b3%e3%81%a8%e9%bb%92%e3%83%91%e3%83%b3%e3%83%bb%e5%b1%b1%e7%be%8a%e9%a3%bc%e3%81%84%e3%81%ae%e6%9a%ae%e3%81%97%e3%83%bb-%e3%82%a2%e3%83%ab%e3%83%97%e3%82%b9%e3%81%ae%e9%a3%9f/

ハイジの黒パン白パン

ハイジの日常食 黒パン

 ハイジの食事は黒パンとチーズですが、毎日食べていたかどうかはわかりません。ライムギパンではないそうです。

『ハイジ』原文では「黒パン」は "haltes, schwarzes Brot" ……堅くて、黒いパン。

ハイジの黒パンは、要するにライ麦パンか?という質問をよく頂くが、少し違う、とお答えしておこう。原文にも「ライ麦パン Roggenbrot」とは決して書かれていない。

貧しい山岳地帯では、そもそも単一の材料でパンを焼くことそのものが贅沢。精製度の低い小麦粉のほか、大麦、燕麦、ライ麦、時には雑穀や栗、ジャガイモなど、その時々で入手できるものがパンになる。

そんな材料で作った生地は、発酵させてもそれほど膨らまず、焼き上がりもガッチリと堅くなる

https://geocity1.com/hugu9een/essey1-03.html

「ハイジの山小屋での食事 — 黒パンとチーズとミルクの組み合わせは、コンパクトな完全食である。が、実のところは、こうした山岳農民は、毎日のようには黒パンさえも食べられなかったことを記しておこう。エンバクの粉でつくったカユをすすることの方が多かったのだ。『ハイジ』 を改めて読んで」
「農民の食事について、具体的記述が乏しいのはどうしたことか。作者の、観念的な、白パン族としての一面を垣間見るようである。」

https://funadaeiko.wordpress.com/%E3%82%A8%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%BC%E9%9B%86/%E7%99%BD%E3%83%91%E3%83%B3%E3%81%A8%E9%BB%92%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%BB%E5%B1%B1%E7%BE%8A%E9%A3%BC%E3%81%84%E3%81%AE%E6%9A%AE%E3%81%97%E3%83%BB-%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%97%E3%82%B9%E3%81%AE%E9%A3%9F/

ハイジの白パン観

 黒パン地域の庶民は、白パンは病人や老人食と思われていたようです。ロシアでは今でも白パンが病人食のようです。理由は以下のようです。決して白パンが柔らかいからではないそうです。

「黒パンについてもロシア人は白パンを尊ぶというような記述があるが、そうではない。ロシア人にとって黒パンは日本人の米のようなものである。」

「黒パンと言ってもライ麦100%の黒パンはボロヂンスキーぐらいで、一般に出回っているのは小麦粉が混ぜてある灰色パンсерый хлебである。黒パンだけだと消化が悪い(腹もちはいいが)ということらしい。それゆえ病人には白パンを出す。日本で言うお粥代わりである。」

(261) 「シベリア記」、加藤九祚、潮出版社、1980
https://web.archive.org/web/20200115023042/http://rosianotomo.com/blog-anekdot/archives/2013/01/593.html

「『ハイジ』に登場するさまざまなキーワードの中でも、とりわけ印象的なことば「白パン」。
これは原作ではSemmel ゼンメルと表記されている。ゼンメルは手のひらに乗るくらいの小型のパンの総称で、表面に王冠に模した5本の筋がつけられた、白パンの「カイザーゼンメル」がその代表格。ドイツからオーストリアあたりにかけて、いちばん一般的とも言えるパンだが、不思議とスイスではあまり見かけない。」

「この「白パン」、柔らかいふわふわパンのイメージを持っている人が多いと思うが、実はそんなに軟弱なものではなかった。食べ心地はしっかり焼いた小型のフランスパンとほぼ同じ。」

https://web.archive.org/web/20050521232035/http://www.geocities.jp/hugu9een/zakkicho/CHzakki03essen.html

ロシアの庶民の日常食 黒パン

 今も黒パンが人気なロシアのパン事情です。黒パンが固くすっぱいのは独特の発酵法によるものだそうです。ロシアの庶民はすっぱい黒パンがないとだめなようです。

黒パンですがロシアを代表する食べ物でライ麦から作られています。簡単に説明すると、「硬くて酸っぱい」です。なぜ硬くて酸っぱいかというと、普通のパンはイーストで発酵させますがこの黒パンはサワードウというもので発酵させるため酸味が強くなります。そしてライ麦を使うことで小麦のパンよりも膨らみが悪くなるので固く密度が高くなるのです。

https://web.archive.org/web/20210303141005/https://osoroshian.com/archives/24615094.html

「ロシアで主に食べられているパンは黒いライ麦パンです。レストランなどに行くと必ずテーブルの上にスライスされた黒いパンが置かれていて、これはもう日本食で言うところのお通しのようなもので、客が来るとメニューと一緒に皿に盛られて黒いパンが出てきます。

 食べてみると噛み切るのにも一苦労するほど固いパンで、口の中の唾液がいくらあっても足りないほど飲み込むまでが苦労する代物です。これに硬いマーガリンを塗りたくって食べるのですが、歯はもちろん、あごの筋肉も丈夫でなければ食べられません」

「USAなどではダンクと言ってパンをスープなどにつけて食べる食べ方が認められていますが、ロシアではお下品極まりない食べ方とされています。以前、ホテルで朝食を取っていたらコーヒーに黒パンを浸して食べていた一団がいましたがアメリカ人でした。さも汚らしい行為を見るような目つきでロシア人ウェイトレスがにらんでいました」

https://web.archive.org/web/20050209104739/
http://byeryoza.com/topic/log2004b/kuropan.htm

「A・Sプーシキンは」「コーカサスを訪れ、グルジア軍事道路の建設現場で働からされているトルコ人捕虜たちが、ロシアの酸味のある黒パンに辟易して故国のラバシ(丸い扁平の白パン、インドのナンに相似)を懐かしがって苦しがる様を観察する。」
…数日後…プーシキン自身が…アルメニア…黒パンの無いラバシだけの生活…「あのダリヤ渓谷でのトルコ人の捕虜たちの望郷の想いを掻き立てたラバシかい。僕ならトルコ兵があれだけ嫌がった黒パンのためなら大金を積んでも惜しくないというのに。」

旅行者の朝食 (文春文庫) 米原 万里 221-222 日の丸より日の丸弁当なのだ

ロシア黒パンの歴史

 ミサで使うパンが黒パンが使えなくなったのでカトリックからギリシャ正教が分裂することになりました。そのくらい黒パンの魅力があったようです。

一〇五四年にギリシャ正教会がローマ・カトリック教会と決裂したことは、東西キリスト教の分断という大事件として高校の「世界史」でも暗記させられた。「世界史」で習った記憶では、三位一体の解釈とかマリア崇拝をめぐる意見の相違などがその理由とされてきた。ところが、実際に決定的だったのは、正餐式で使うパンをめぐる対立だったらしい。( ビザンチンやロシアで常用される )酸味のあるパンを用いるか、カトリック教会で一般的だった酸味のないパンを用いるかをめぐって、一一世紀半ばには激論が東西教会間で交わされたらしい。

 教皇レオ九世が「正餐で酸味のあるパンを用いてはならない」と断を下したことによって、ビザンチンの正教会本部は、カトリックと袂を分かつしかなくなった。正教会傘下の一〇〇年ほど前にキリスト教国教化に踏み切ったばかりの新興国ロシアでは酸味のある黒パンを常食し、これを否定されることが、民族的自尊心とアイデンティティーをいたく傷つけるのは火を見るより明らかだった。レオ九世の裁定を認めたら、ロシアはキリスト教から離脱してしまう。ビザンチンはカトリックよりもロシアを、つまり黒パンを選んだ。と、これはあくまでも愚見だが。

米原万理『心臓に毛が生えている理由( わけ )』「黒パンの力」 https://plaza.rakuten.co.jp/akkothebest/diary/201203040000/

関連 パンの歴史

何千年も続くパン
https://www.kokumotsukagaku.com/smartphone/dataimge/1707107628.pdf

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