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人間のバイアス的認識傾向いろいろ

人間のバイアス的な認識傾向についてまとめてみました。

人間の観察能力には限界があり、見つけた法則や知識は不完全

人間が因果関係や法則を見つける能力と、その能力がもたらす問題についてブログがあります。

諺「二度ある事は三度ある」と「三度目の正直」の矛盾が、人間がその場その場で都合の良い法則を選ぶ傾向を示しています。また、人間が因果関係を見つける能力は、生存に有利である一方で、その能力が過剰に働くと、存在しない因果関係を作り出すこともあります。例えば、「神様」や「悪魔」、「妖怪」などは、理由を見つけるために人間が生み出した存在と考えることができます。

さらに、人間の観察能力には限界があり、見つけた法則や知識は不完全であることが指摘されています。しかし、その知識が成り立つ状況(文脈)を考慮に入れれば、それは有効であるとも言えます。つまり、知識の正しさは、それが成り立つ状況とセットで考えるべきであり、その状況を絞り込むことで、多くの知識を見つけることができます。

最後に、人間の直感が誤作動を起こしやすい現代社会では、因果関係を見つける直感を抑えることが重要であると述べられています。そして、普遍的な知識だけでなく、限定的な範囲で成り立つ知識も、それぞれの限界を理解しながら使うことが必要であるとのことです。これは、人間の知識や直感が常に正しいわけではなく、それらを適切に使うことが重要です。

パターンが見えたと思ったら、それは危険な兆候

要求定義の初期フェーズでパターンや法則を見つけることの危険性について述べているサイトです。

パターンが見えたと思ったら、それは危険な兆候であると捉えるべきだというのが、このセオリーの主旨です。

具体的な例として、若手のA氏が現場のヒアリング調査と整理・分析を一任され、1カ月後の中間レビューで自信満々に結果を説明したケースが挙げられています。しかし、その結果があまりにもきれいで整然としすぎていたため、マネジャーの表情は次第に曇っていったとのことです。これは、早期にパターンが見えたと思ったことが問題を引き起こした例と言えます。つまり、要求定義の初期段階でパターンを見つけることは、実際の問題解決には必ずしも有効ではないという警告です。

人間が複雑な現象をシンプルに説明しようとする傾向

為末大氏の体験談ブログです。

そこでは、若い頃に特定のトレーニングモデルに深く没頭した経験を振り返り、その時の心理が興味深いと感じています。人間の体や心は複雑で、問題の原因を特定するのは困難であると述べています。そのため、私たちは常に新しいことを試し、変化を観察し、自分なりに整理し、仮説を立て、再び試すというプロセスを繰り返すしかありません。

そして、人間が複雑な現象をシンプルに説明しようとする傾向があることを指摘しています。これは、人間が現実を理解し、伝えるための必要な手段であり、言語自体が現実を切り取るため、現実をそのまま表現することはできません。しかし、シンプルなモデルは強力であり、特にストレスに耐えられない人々にとっては救いとなることがあります。

最後に、人間が疲れているときや孤独を感じているときには、シンプルなモデルを受け入れやすい傾向があると述べています。これは、複雑な現象をそのまま受け入れることが困難であるためです。この視点から、現代社会が疲労困憊で孤独に感じられるとき、端的に言い切るモデルが好まれる傾向があると著者は指摘しています。しかし、それは常にそうであったようにも感じられます。つまり、人間の知識や直感が常に正しいわけではなく、それらを適切に使うことが重要であるとしています。

現実世界は動的であり、静的な解決策を適用しようとすることには危険性がある

書籍などで得られる概念や方法論(技術含む)が、その書籍がスコープとしている範囲内での限定的な合理性の話をしています。つまり、それらの概念や方法論は、特定のスコープや範囲における論理的な正しさを示しています。しかし、現実世界は動的であり、静的な解決策を適用しようとすることには危険性があります。この視点は、知識や理論が常に正しいわけではなく、それらを適切に適用することが重要としています。


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