バイオレンス violence、ゲバルト gewalt=(force,power,violence)と gewaltapparat 国家権力機関
ラテン語英語のバイオレンスとドイツ語ゲバルトの違いと日本の暴力装置についてです。

エイプ 類人猿の暴力性
violence
日本語にはなかった 用語 暴力
「暴力」という日本語は」「明治時代の造語」「英語やフランス語の violenceはラテン語の「猛烈な力」という意味のvisを語源とし「主体の統御がきかないような猛烈な力」という意味から出発」
— 石部統久 (@mototchen) October 16, 2022
暴力の発生と連鎖https://t.co/GIyJIN7B6j pic.twitter.com/Gzc8kd1YZY
「暴力」という日本語は実に意味があいまいなのです。 広辞苑をひいてみると、「乱暴な力・無法な力」としか書かれていません。 実はこの言葉は、「社会」や「哲学」と同じように明治時代の造語でした。 かといって外国語がこの暗くて熱いエネルギーをうまく表現しているかというとそうでもないのです。 ドイツ語のGewaltにはもともと「正当な権力」という意味あいが含まれていますが、英語やフランス語の violenceは、ラテン語の「猛烈な力」という意味のvisを語源とし。 「主体の統御がきかないような猛烈な力」という意味から出発しています。 暴力は「支配し統制するための権力」と、「統御不可能な力の噴出」という矛盾したふたつの意味をはらんでいるのです。この矛盾こそ暴力の特徴といえるでしょう。
https://www.konan-u.ac.jp/kihs/categories/wp-content/uploads/2012/01/KihsNews14.pdf
violenceの語源
violenceの語源は、ラテン語の「vis」に由来します。この「vis」は「力」や「力強さ」を意味しており、古代ローマの言葉においては人や物に対する物理的な力の使用を示していました。そこから派生して、ラテン語の「violentia」が生まれました。この言葉は、「力を行使すること」や「強制すること」を意味しており、さらにフランス語の「violence」を経て英語に取り入れられました。 英語において「violence」は、物理的な危害や攻撃、そして強制力を伴う行為を指す言葉として使われています。したがって、violenceは単に肉体的な暴力だけでなく、心理的な圧迫や支配といった意味合いも持つ
gewalt
Gewaltは英語のviolenceのみならずforceをもまたがった含意をもっているのです。violenceもGewaltも、どちらもラテン語のvirあるいはvisを語源としています。前者は男、夫、勇士、兵士を、後者は力、武力、暴力などを意味します。 #酒井隆史 #暴力の存在論
— YAMASKI #みんくま草 (@greenminkuma) April 16, 2017
「暴力」と訳されているGewalt(ゲヴァルト)というドイツ語である。このGewaltは「暴力」などよりもずっと意味が広く、「権力」あるいは「権力行使」という観念も表す。というよりむしろそういうやや抽象的な意味のほうがメインで、gesetzgebende Gewalt(「法律をつくるゲヴァルト」)は「立法権」、richterliche Gewalt(「裁判官のゲヴァルト」)は「司法権」、vollziehende Gewalt(執行するゲヴァルト))は「行政権」、Gewaltentrennung (「それぞれのゲヴァルトの分離」)で「三権分立」、さらにelterliche Gewalt(「親のゲヴァルト」)は「親権」で、親が子供に往復ビンタを食らわしたりすることではない。
Hauptinstrument der Staatsgewalt
Hauptinstrument der Staatsgewalt と「暴力装置」
マックス・ウェーバーの暴力装置神話もちょっと気をつけないといけない。氏が軍隊を暴力装置と呼んでいる、と言っている人はひょっとしたらPolitik als Beruf(「職業としての政治」)で出てくるHauptinstrument der Staatsgewaltという言葉を「国家暴力の主要な装置」と読み取ったのではないだろうか。これはむしろ「国家権力施行のための主要な道具組織」であろう。またウェーバーは「装置」にあたる意味ではInstrumentよりApparatという言葉のほうを頻繁に使い、その際国家のプロパガンダ機構など、つまり言葉どおりの意味での「暴力」を施行しない組織も念頭においているではないか。さらに私は「軍隊・警察はGewaltの道具組織(そもそもInstrumentまたはApparatをこの文脈で「装置」と訳すのは不適切だと思う)である」とキッパリ定義してある箇所をみつけることができなかった
このほか、マックス・ウェーバーはトロツキーの「すべての国家は、暴力の上に築き上げられている」という発言を引用し、国家は合法的な強制力を独占するという趣旨のことを述べています(『職業としての政治』岩波文庫)。国家が正当に行使する強制力、つまり警察力や軍事力などのことです。
— 飯間浩明 (@IIMA_Hiroaki) May 12, 2025
レーニンの"Государство и революция"の аппарата государственной власти 国家権力機関
аппарата государственной власти
「国家と革命」ではApparatもGewalt…両者が結びつけられているのは、des…Apparates der Staatsgewaltという形で、ということだ。
「被抑圧階級の解放は、暴力革命なしには不可能なばかりでなく、さらに、支配階級によってつくりだされ、この「疎外」を体現している国家権力機関を破壊することなしには不可能である」
……
じつはここで「国家権力機関」と訳されているものが、des …Apparates der Staatsgewalt(国家GewaltのApparat)なのだ。
Apparatのほうは「装置」と訳すべき場合と、「組織」、「機関」と訳したほうが良い場合がある。ここでは国家の「機構」が問題になっているから、ここのApparatは普通に訳せば、「組織」とか「機関」。
次に、Gewaltは「暴力」と訳したほうがよい場合と、「権力」と訳しほうがよい場合がある
ここでは国家Gewaltといわれているが、これは明らかに総体としての「国家権力」を意味している
暴力装置
日本の左翼理論家・運動家だった神山茂夫(1905-1974)がマルクス、レーニン、スターリンらの革命的国家理論の理解のための総括の中で「暴力装置」という語を用いた。
「国家は具体的は暴力装置、即ち常備軍、警察等、監獄等によって構成され」(原文は旧字体)(神山茂夫「天皇制に関する理論的諸問題」民主評論社、1947年6月10日、20頁より引用)
以降、日本では安保闘争を通じて自衛隊を違憲とする立場の左翼の活動家などにより「暴力装置」という表現が使われてきた
国会議事録に登場する最初の「暴力装置」は、1952年の衆議院法務委員会での田中堯平 (日本共産党)の発言である。
少数の者が多数を支配しておる国のこのような治安立法というようなものは、これはまつたくけしからぬ話だ。少数が多数を支配するための武装装置になるわけです。暴力装置になる。[19]— 田中堯平(日本共産党)、1952年5月10日
「国家は具体的は暴力装置、即ち常備軍、警察等、監獄等によって構成され」(原文は旧字体)(神山茂夫「天皇制に関する理論的諸問題」民主評論社、1947年6月10日、20頁より引用)
