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エンタメの面白さとパトス・共感


なぜ私たちは「それ」で泣くのか?通俗エンタメとパトスのソフトパワー

配信ドラマ、推し活、スポーツ観戦。これらは単なる「暇つぶし」でしょうか?
通俗エンタメは「面白さ」と「感動(パトス)」をエンジンとして、社会を動かす大きな力になり得ます。しかし、そのヒットを意図的に作り出すことは極めて困難です。このパラドックスを紐解きます。

仮説の核心
「通俗エンタメはパトス(情動)の共感で強く駆動する。ただし、それは狙って作れるものではなく、場とタイミングの非線形な現象である。」
https://gemini.google.com/share/2502a248167f


パトスの力学
なぜ通俗エンタメは心を動かすのか・なぜ設計不能なのか
「なぜ私たちはこれで泣くのか? エンターテインメントのソフトパワーに関する仮説の暫定的な再構築」
https://gemini.google.com/share/21205ba79e94



感情の政治経済学と「予期せぬ熱狂」の系譜:近代的な共感装置から逸脱する通俗エンタメの力学

序章:二つの「感動」と観察者の視座

私たちが「感動した」と口にするとき、その言葉が指し示す現象は決して一様ではない。あるときは、美術館の静謐な空間で19世紀の絵画と対峙し、人間存在の普遍的な尊厳について深く思いを馳せる。あるいは書斎で分厚いハードカバーの小説を閉じ、著者が緻密に構築した道徳的な葛藤に涙する。これらは、近代以降の「ハイカルチャー(高級文化)」が育んできた、理性的で洗練された感動のあり方である。そこには、自己を陶冶し、より良き市民へと成長しようとする啓蒙的なベクトルが含まれている。
しかし一方で、私たちは全く異なる種類の「感動」を知っている。深夜、Netflixで配信されたばかりの韓国ドラマを一気見し、翌朝にはSNSで世界中の見知らぬ人々と感想を共有して熱狂する。K-POPアイドルのミュージックビデオにおける一瞬の表情に、理屈を超えた電流のような興奮(アフェクト)を覚え、スタジアムの群衆と一体になって叫ぶ。あるいは、単純なパズルゲームの連鎖に脳髄が痺れるような快楽(Fun)を見出す。そこにあるのは、崇高な静けさというよりは、身体を直接的に突き動かす動的なエネルギーであり、制御不能な「パトス(情動)」の奔流である。
本稿の目的は、この後者――すなわち「通俗エンタメの面白さと感動」――について、近代アートや国民国家の文学が担ってきた役割とは明確に異なる、独自の系譜とメカニズムを持つものとして仮説を束ね直すことにある。
その際、歴史家リン・ハントの著書『人権を創造する』1における議論を重要な補助線として用いる。ハントは、18世紀の書簡体小説が読者の「共感(エンパシー)」を育み、それが「人権」という政治的概念の土壌になったと論じた。つまり、近代文学はバラバラな個人を「国民」や「市民」という均質な主体へと統合するための、極めて政治的なテクノロジーとして機能したのである。
これに対し、現代の通俗エンタメは、そのような「均質な共感」や「線形的な進歩」とは異なる力学で動いているように見える。それは非線形であり、カオス的であり、しばしば意図的なコントロールを拒絶する。本稿では、このエンタメ特有の「面白さ」が、いかにして近代的な計画性から逸脱し、予期せぬ場所で爆発的な熱狂を生み出すのかを、断定を避けた観察者的な視点から、可能な限り詳細に記述していく。

第一章:共感のエンジニアリング――国民国家と文学の近代プロジェクト

通俗エンタメの特異性を浮き彫りにするためには、まず、私たちが「正統な文化」として内面化している近代文学やアートが、どのような歴史的要請の下で成立したかを確認する必要がある。それは「感情」を社会的な秩序へと変換する、壮大なエンジニアリングの過程であった。

1.1 リン・ハントのテーゼ:書簡体小説という「共感装置」

リン・ハントはその記念碑的な著作において、「人権」という概念が18世紀末に急速に結晶化した背景には、哲学的・法的な議論だけでなく、ある種の「感情の教育」が存在したと論じている1。その教育装置として決定的な役割を果たしたのが、サミュエル・リチャードソンの『パメラ』(1740)や『クラリッサ』(1748)、ジャン=ジャック・ルソーの『新エロイーズ』(1761)といった「書簡体小説」である。
これらの小説の特徴は、登場人物たちの手紙のやり取りを通じて、彼らの「内面世界(Interiority)」を読者に直接的に体験させる点にある。当時の読者、特に貴族や富裕層の男性たちは、自分とは身分も性別も異なるヒロインたちの苦悩を読み、彼女たちにも自分と同じような内面があり、苦痛を感じ、愛を求める存在であるということを「想像」するようになった。ハントはこれを「想像された共感(Imagined Empathy)」と呼ぶ1。
このプロセスにおいて文学は、「他者との同一化」を促進するテクノロジーとして機能した。読書という孤独な行為を通じて、人々は物理的な距離や社会的な階層を超え、見知らぬ他者と心理的に接続される。この「共感の拡大」こそが、残酷な拷問の廃止や、身体の不可侵性、そして「人権宣言」へと至る政治的変革の心理的基盤を用意したのである2。

概念
リン・ハントのモデルにおける文学の機能
主要メカニズム

同一化(Identification):登場人物の内面への没入を通じて、他者を「自分と同じ人間」として認識する。
社会的効果

共感の拡大:家族や地域共同体を超えた、普遍的な「人類」への共感の醸成。
政治的帰結

人権の創出:拷問の廃止、身体的完全性の尊重、民主的な平等の要求。
感情の性質

理性的・道徳的:情動は社会正義や道徳的向上心へと昇華される。

1.2 ベネディクト・アンダーソンと「均質な空虚な時間」

このハントの議論は、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』におけるナショナリズムの起源論とも深く共鳴する。アンダーソンは、小説と新聞という「出版資本主義」の産物が、人々に「国民」という共同体を想像させる上で決定的な役割を果たしたと論じた3。
アンダーソンが特に注目するのは、「均質な空虚な時間(Homogeneous, Empty Time)」という概念である。近代小説の中では、全く面識のない複数の登場人物が、同じカレンダー上の時間の中を並行して生きていることが描かれる。Aが食事をしているその瞬間に、Bは恋に落ち、Cは殺人を犯しているかもしれない。読者はこの「同時性」を認識することで、自分もまた会ったことのない数百万人の同胞と共に「日本」や「フランス」といった一つの共同体を形成し、歴史という時間を共有しているという感覚を持つようになる3。
「小説は時間の中を直線的に進み、読者が未来から振り返ることを想像させる。一方、新聞は地球上の単一の日のスナップショットを提供し……『均質な空虚な時間』の台頭はナショナリズムの重要な先駆けであった」3
ここで重要なのは、近代文学や新聞といったハイカルチャー的メディアが、カオスな世界を「均質化」し、秩序立てる機能を果たしていたという点である。そこでは感情もまた、国民としての連帯や、普遍的な人権意識といった「望ましい方向」へと調整(レギュレーション)されることが期待されていた。

1.3 エリアスと「文明化の過程」:感情の統制と抑圧

さらに、社会学者ノルベルト・エリアスの『文明化の過程』を補助線に加えれば、この「近代の文学」の系譜が目指したものがより明確になる。エリアスは、中世から近代にかけて、暴力や衝動、身体機能(食事作法、排泄、性など)に対する「自己統制(アフェクト・コントロール)」が強化されていった過程を描き出した6。
宮廷社会でのマナーブックから始まったこの「文明化」は、次第に社会全体へと浸透する。人々は他者の視線を内面化し、恥や当惑といった感情を羅針盤として、自らの野蛮な衝動を抑制することを学ぶ8。ハントが描いた「共感の拡大」も、見方を変えれば、他者の痛みに敏感になるという形での「感情の管理プロジェクト」の一環であったと言える。
サミュエル・モインのような批評家は、ハントの「共感=人権」説に対して、それが歴史的必然ではなく、特定の政治的文脈(例えば新自由主義的な個人主義)と結びついた構築物であると批判する9。モインによれば、単なる共感(Empathy)だけでは十分ではなく(Not Enough)、それは往々にして構造的な不平等を隠蔽する「人道主義的な感情」に留まるリスクがある。
しかし、批判の有無にかかわらず、近代におけるハイカルチャーの役割が「感情を社会的に有用な形(人権、国民意識、礼節)に整流すること」にあったという点は、多くの論者に共通する認識である。それは「線形(リニア)」な進歩の物語であり、読者を「より良き人間」へと導く啓蒙の装置であった。

第二章:非線形の迷宮――通俗エンタメの「面白さ」と予測不可能性

ハイカルチャーが「啓蒙」と「統合」を目指したのに対し、通俗エンタメ(ポピュラーカルチャー)の歴史は、より野蛮で、予測不可能で、非線形な力学に支配されてきた。ここでは、アーノルド・ハウザー的な芸術社会学の視点から一歩進め、現代のデータサイエンスや複雑系科学の知見を取り入れることで、エンタメにおける「面白さ」の不可知性に迫りたい。

2.1 「ヒットの方程式」の不在と複雑系としての市場

エンタメ産業の永遠の課題は、「何がヒットするか」を事前に予測することである。ハリウッドには『ブレイク・スナイダー・ビート・シート(Save the Cat)』12のような脚本術が存在し、物語の構造を規格化してヒットを工学的に再現しようとする試みが繰り返されてきた。
しかし、現実はそう単純ではない。研究者たちは、ヒット現象が単純な因果関係(良い作品だから売れる)ではなく、人間の相互作用による「複雑系(Complex Systems)」として振る舞うことを明らかにしている14。これは「非線形性(Non-linearity)」の最たるものであり、初期条件のわずかな違いや、偶然のタイミングが、結果に巨大な差異をもたらすバタフライ効果の世界である。
「エンタメにおけるヒット現象の数理モデルは、人間力学の相互作用の確率過程として提示される……広告の効果や、人間のコミュニケーションによる評判や噂の伝播が含まれる」14

2.2 「ミュージック・ラボ」実験:質と人気の乖離

この「予測不可能性」を実証した最も有名な研究の一つが、ダンカン・ワッツとマシュー・サルガニックによる「ミュージック・ラボ(Music Lab)」実験である16。
彼らは数千人の参加者をオンライン上の音楽ダウンロードサイトに集め、無名のバンドの楽曲を試聴・ダウンロードさせる実験を行った。参加者は二つのグループに分けられた。

  1. 独立条件(Independent Condition): 他の参加者のダウンロード数(人気度)が見えない状態。

  2. 社会的影響条件(Social Influence Condition): 他の参加者のダウンロード数が見える状態。

結果は衝撃的であった。

  • 不平等の拡大(Inequality): 他人の動向が見える条件では、少数の「勝者」が総取りする傾向が著しく強まった(マタイ効果)。

  • 予測不可能性の増大(Unpredictability): 実験を複数の異なる「世界」で並行して行うと、条件2(社会的影響あり)の世界ごとに、ヒットする曲が全く異なった。ある世界では曲Aが大ヒットし、別の世界では曲Bが大ヒットするといった具合に、結果がバラバラになったのである。

「社会的信号(Social Signals)を導入すると、成功の不平等と予測不可能性の両方が増大する……人気はオブジェクト(作品)の特性から切り離される」16
この実験結果は、通俗エンタメにおける「面白さ」や「ヒット」が、作品そのものの内在的な価値(Quality)だけでは決まらないことを示唆している。むしろ、その場の「空気」や「偶然の連鎖」、すなわち「場の条件(Field Conditions)」と、他者の行動を参照するフィードバックループに大きく依存しているのである。

2.3 Netflixの「ミューズ」と人間の直感の対立

現代のエンタメの覇者であるNetflixは、この予測不可能性をデータによって克服しようとしている。彼らの分析システム「Muse」は、膨大な視聴データを処理し、作品のタグ付けやサムネイルの最適化を行っている19。彼らは数千のマイクロジャンルを定義し、個々のユーザーに「刺さる」コンテンツをピンポイントで提供しようとする。
「Netflixは、ジャンル、時代、プロットの完結性、ムードなどでコンテンツを分類する1,000以上のタグタイプを開発した……これにより、特定のオーディエンスに最適化する哲学を実行している」21
しかし、それでもなお、ヒットは完全にコントロールできない。2021年に世界的な現象となった『イカゲーム(Squid Game)』の成功は、Netflix自身にとっても完全な予想外(Outlier)であった22。制作費2,140万ドルという比較的低予算で作られたこの韓国ドラマは、公開直後からTikTokなどのSNSで爆発的に拡散され、Netflix史上最大の視聴時間を記録し、約9億ドルのインパクト価値を生み出したとされる23。
『イカゲーム』の勝因として、批評家たちは「格差社会への鋭い風刺」や「人間ドラマ」を挙げる24。しかし、同様のテーマ(デスゲーム、格差)を扱った作品は過去にも無数にあり、それらが全てヒットしたわけではない。ここでも働いたのは、「誰もが見ているから見る」という社会的雪崩(Social Cascade)である。ハントのモデルにおける「内面への没入」よりも、ミームとしての「参加のしやすさ(型抜きゲームの模倣など)」が、世界的な感染を加速させた。
対照的に、巨額の予算とマーケティング、そして「ヒットの方程式」を詰め込んだはずの映画『キャッツ(Cats)』や、マーベル映画の近作の一部(『クレイヴン・ザ・ハンター』など)が、歴史的な大失敗(Flop)を記録することもある26。計算された「面白さ」が滑り倒し、意図せざる「カルト的な失敗作」として消費される皮肉。ここには、エンタメの神である「パトス」が、人間の意図通りには降臨しないという冷厳な事実がある。

2.4 神経科学的視点:脳はヒットを予知できるか?

一方で、神経科学の分野では、人間の脳反応を測定することでヒットを予測しようとする「ニューロ・フォーキャスティング」の研究も進んでいる。ある研究では、被験者の脳波(生理的反応)を測定することで、従来のアンケート調査よりも高い精度でヒット曲を識別できたという報告がある28。
「線形統計モデルはヒットを69%の精度で識別したが、機械学習を神経データに適用して非線形性を捉えたモデルは97%の精度でヒットを分類した」28
この結果は、エンタメの「面白さ」が言語化される以前の、より深い生理的なレベル(情動・アフェクト)で決定されている可能性を示唆している。しかし、これが個人の脳内での反応(マイクロな予測)から、社会全体での爆発的な流行(マクロな現象)へとどう接続されるのかは、依然としてカオス的な「場の条件」に委ねられている。

第三章:パトスの変質――「普遍的共感」から「部族的熱狂」へ

ハントが描いた近代文学の系譜において、共感は「普遍性」へと向かう力であった。しかし、通俗エンタメが駆動するパトスは、それとは異なる質を持っている。それは普遍的であるよりも「特定的」であり、理性的であるよりも「感染的」である。

3.1 ポール・ブルームの「反共感論」とスポットライト効果

心理学者ポール・ブルームは、その著書『反共感論(Against Empathy)』において、共感の持つ「非合理性」と「バイアス」を鋭く指摘している29。ブルームによれば、共感(Empathy)は「スポットライト」のような性質を持つ。それは、自分に似ている人、魅力的な人、あるいは目の前にいる一人の「特定の個人」に対しては強力に働くが、統計的な数字や、遠く離れた集団、自分とは異なる属性の人々に対しては機能しにくい。
「共感は偏っている。私たちは、魅力的な人々や、自分たちと似ている人々、あるいは民族的・国民的背景を共有する人々に対して共感を抱きやすい」31
この「イングループ(内集団)バイアス」は、ハントが夢見た「普遍的な人類愛」とは逆の方向へ暴走する可能性がある。特定の「被害者」への過剰な共感は、その加害者とされる人々への激しい憎悪や暴力を正当化しかねない。通俗エンタメにおけるファンダムの熱狂は、しばしばこのブルーム的な意味での「狭く、熱い共感」に近い。それは「人類全体」への理性的な配慮(Rational Compassion)ではなく、特定のキャラクター、特定のアイドル、特定の作品世界に対する、排他的で熱狂的な没入である。

3.2 パラソーシャル相互作用と「推し」の力学

この「狭く熱い共感」の現代的な形態が、「パラソーシャル相互作用(Parasocial Interaction: PSI)」である。これは1956年にホートンとウォールが提唱した概念で、メディアを通じて接する人物(アイドル、YouTuber、アニメキャラなど)に対して、あたかも親しい友人のような親密さを一方的に抱く心理状態を指す33。
ハントのいう読書体験も一種のパラソーシャルな関係と言えるかもしれないが、現代のそれはSNSによって強化され、より双方向的(に見える)で、日常的なものとなっている。研究によれば、パラソーシャルな関係においても、実在の友人に対するのと同様の「共感」が喚起されることが確認されているが、それはしばしば「自分にとって好ましい対象」に限定される34。
「推し(Stan)」文化において、ファンは対象に対して単なる鑑賞者ではなく、彼らを守り、応援し、時には彼らのために社会と戦う「当事者」となる。ここには、エリアスが描いた「文明化された(感情を抑制する)個人」とは対照的な、感情を積極的に外部化し、共有し合う「新しい部族(Neo-Tribes)」の姿がある。

3.3 ゲーテ『若きウェルテルの悩み』:ポップ・ウイルスの起源

実は、このような「熱狂的で感染するパトス」は、近代文学の黎明期にも存在していた。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『若きウェルテルの悩み』(1774)である。
この小説は、ハントが挙げるような「共感の教育」として機能した一方で、ヨーロッパ中で模倣自殺(ウェルテル効果)や、主人公と同じ服装(青い燕尾服と黄色いベスト)の流行を引き起こした35。これは現代でいう「バイラル現象」の先駆けである。
「『若きウェルテルの悩み』についての恐怖は、それが宗教や国家について間違った考えを与えるということではなく、むしろそれが『感染』する可能性があるということだった」36
『ウェルテル』の熱狂は、理性的主体の形成というよりは、情動の暴走としてのエンタメ的受容に近い。ナポレオンがこの本を戦場に携行し、愛読したというエピソード37も、この作品が持つ「理性を超えた魔力」を象徴している。ハイカルチャーが感情を「飼いならそう」とする一方で、通俗エンタメ(あるいはその祖先たち)は、常に感情の「感染」や「暴走」を内包しており、それが時には社会を揺るがす予測不能なエネルギーとなるのである。

3.4 「低パトス」のエンタメとパズルの没入

一方で、全ての通俗エンタメが激しい情動(高パトス)を伴うわけではない。パズルゲーム(『Portal』『Tetris』『Unpacking』など)のようなジャンルは、物語的な感情移入よりも、認知的な課題解決や「フロー状態」への没入を主眼とする38。
これらは西洋的な「高覚醒(High Arousal)」の感情(興奮、熱狂)よりも、東洋的な「低覚醒(Low Arousal)」の感情(落ち着き、リラックス)に近い満足感を提供する41。ハントのモデルが「他者の痛みへの共感」という激しい感情を重視したのに対し、現代のエンタメは「他者のいない世界での自己充足」という、より内閉的で静かな快楽(Low Pathos)の領域をも開拓している。これは「文明化の過程」における感情の私事化・不可視化の極致とも解釈できる。

第四章:抵抗の記号論――ポップカルチャーによる政治空間のハッキング

ハントのモデルでは、文学が現実の法制度や道徳を変える力を持っていた。現代において、その役割を継承しているのは重厚な社会派小説ではなく、皮肉にも「通俗エンタメ」のアイコンたちである。フィクションの記号が、現実の政治闘争の「武器」としてハッキングされる現象が世界各地で起きている。

4.1 フィクションが現実を侵食する事例

近年のプロテスト(抗議活動)において、ポップカルチャーの意匠が政治的シンボルとして採用される事例は枚挙に暇がない。

作品・キャラクター
使用された文脈・場所
意味・機能
出典

『ハンガー・ゲーム』 (3本指の敬礼)
タイ(2014年〜)、ミャンマー(2021年〜)、香港
軍事独裁政権への抵抗、沈黙の連帯、民主主義への渇望。映画内の「第12地区」の連帯を示すサインを現実に転用。
43

『ハンドメイズ・テイル』 (赤い衣装と白い帽子)
米国、イスラエル、アルゼンチンなど
女性の生殖に関する権利(中絶権など)の擁護。女性が「歩く子宮」として扱われるディストピアへの警告。
46

『ジョーカー』 (ピエロメイク)
レバノン、チリ、香港、イラク
反エリート、反格差、既存システムへの怒り。個人の絶望が集団的な混沌の象徴へと転化。
50

『ハリー・ポッター』 (ダンブルドア軍団)
米国、世界各地
社会正義、巨悪(ヴォルデモート的な権力)への抵抗。ファン組織「Harry Potter Alliance」によるチャリティや権利運動。
51

K-POP (BTS ARMY等)
BLM運動、チリのデモ、米大統領選
デジタル・アクティビズム。ハッシュタグの乗っ取り、寄付活動、動員の妨害など、高度な組織力を行使。
54

4.2 「広がるメディア」と参加型文化の政治性

なぜ、デモ参加者たちは、高邁な政治スローガンではなく、ハリウッド映画やドラマのキャラクターを纏(まと)うのか。メディア学者ヘンリー・ジェンキンスは、これを「参加型文化(Participatory Culture)」と「広がるメディア(Spreadable Media)」の文脈で説明する58。
現代のメディア環境では、コンテンツは単に消費されるだけでなく、ユーザーによってリミックスされ、共有され、新たな意味を付与されて「広がって」いく。デモ参加者にとって、ポップカルチャーのアイコンは、誰もが知っている共通言語(ミーム)であり、自分たちの現状を直感的に伝えるための強力なフレームワークとして機能する。
「ミームはポップカルチャーのシンボルであり、個人が自分が属するより大きな文化に自分のアイデンティティのスタンプを押すことを可能にする……それらは強力な感情的、道徳的、記憶的なフレーミング装置として使用される」61
タイの若者が3本指を掲げるとき、彼らは単に映画の真似事をしているのではない。彼らは「自分たちはパネム(『ハンガー・ゲーム』の独裁国家)のような圧政下にあり、カットニス(主人公)のように戦うレジスタンスである」という物語を、現実の政治闘争に重ね合わせているのだ。ここでは、フィクションが現実を解釈し、行動を組織するための「OS」として機能している。
これは、ハントのいう「内面の共感」が、SNS時代においては「外面のパフォーマンス」や「視覚的な連帯」へと変容したことを示している。小説を読むという孤独な行為が「市民」を作ったのに対し、エンタメのシンボルを共有・拡散する行為は「群衆(あるいはスマート・モブ)」を組織する。その連帯は、アンダーソンの「国民国家」よりも流動的で、国境を容易に越えるが、同時に一時的で断片的なものでもある。

第五章:場の条件と「面白さ」の生態系――アルゴリズムへの抵抗

5.1 意図的に作りにくい「面白さ」と場の条件

ここまで見てきたように、通俗エンタメの「面白さ」や「感動」は、単独の作品の質だけで完結するものではない。それは、受容される「場(Ba/Field)」の条件――テクノロジー、社会的ネットワーク、その時代の集合的無意識、他者の反応――との相互作用の中で、創発的に生じる現象である。
複雑系科学が教えるように、非線形なシステムにおいては、入力(制作費やマーケティング)と出力(ヒットや感動)は比例しない14。『イカゲーム』の成功や『キャッツ』の失敗は、エンタメの神がサイコロを振る瞬間を象徴している。数億ドルをかけた大作が、低予算のインディーゲーム(例えば『Among Us』や『スイカゲーム』など)に「可処分時間の奪い合い」で敗北することなど、現代では日常茶飯事だ。

5.2 アルゴリズム的管理への抵抗としての「退屈」と「驚き」

現在、エンタメ産業はAIやビッグデータを駆使して、この「予測不可能性」を排除しようと躍起になっている。Netflixのレコメンデーションや、YouTubeのアルゴリズムは、私たちが「好きそうなもの」を延々と提示し続ける20。これは一種の「感情の管理」であり、エリアスのいう「文明化」の現代版とも言える。私たちの情動は、不快なものや退屈なものから遠ざけられ、効率的に快楽を得られるように最適化されている。
しかし、逆説的だが、完全に最適化されたエンタメは「退屈」である。「面白さ」の本質には、常に「驚き」や「逸脱」、「他者性(Alterity)」が含まれているはずだ。サルガニックの実験が示した「予測不能な不平等」こそが、文化にダイナミズムをもたらしているとも言える16。
ハントが描いた「人権」の物語が、未知の他者への想像力を開くものだったとしたら、アルゴリズムによって「好きなものだけ(イングループ)」に囲まれた現代の私たちは、逆説的に共感の範囲を狭めているのかもしれない。面白さが意図的に作りにくいという事実は、私たちの感情がまだ完全にはアルゴリズムに支配されていないことの、最後の証(あかし)なのかもしれない。

結論:感情のOSの書き換え

以上の観察から、私たちは「近代アートや国民国家の文学(ハイカルチャー)」と「通俗エンタメ」の系譜について、以下のような仮説の束ね直しを行うことができる。

特徴
ハイカルチャー / 近代文学の系譜
通俗エンタメ / ポップカルチャーの系譜
主要なメカニズム

リニア(線形):読書→内面化→共感→権利
ノンリニア(非線形):相互作用→感染→熱狂→行動
感情のモード

普遍的共感(Universal Empathy):理性的、文明化的、抑制的
部族的パトス(Tribal Pathos):パラソーシャル、情動的、拡散的
時間の概念

均質な空虚な時間(国民としての同時性・永続性)
アルゴリズム的時間 / 祝祭的時間(瞬発的、断片的、現在中心的)
社会への作用

統合と啓蒙:市民・国民の形成、規範の確立
分散とカオス:ファンダム・群衆の形成、規範の攪乱
政治的発現

法制度、人権宣言、福祉国家、リベラリズム
デモのシンボル、ハクティビズム、キャンセルカルチャー、ポピュリズム

仮説の再構成:
「近代における『感動』は、国民国家という巨大な想像の共同体を維持するために、人々の情動を『共感』という形で飼いならし、均質化するプロジェクト(ハイカルチャー)として出発した。リン・ハントが描いたように、それは野蛮な身体を規律し、普遍的な人権の主体を生み出すための不可欠なプロセスであった。
しかし、通俗エンタメは、その均質化の圧力から常に逸脱し、予測不能な『面白さ』や『熱狂』を供給する別系統の回路として機能してきた。そこにあるのは、リニアな進歩や啓蒙ではなく、複雑系としてのカオス、パラソーシャルな没入、そして感染するパトスである。
現代において、テクノロジーの進化により、このエンタメの回路が肥大化し、かつてのハイカルチャー的な『統合』の機能を凌駕しつつある。そこでは、感動は普遍的な隣人愛へと昇華されるのではなく、特定の対象への強烈な没入(推し)や、瞬発的な連帯(ミームによる抗議)として発現する。
この『パトスの野生化』は、ハントが描いたような秩序ある人権社会を脅かすリスク(分断、排外的な部族主義)を孕む一方で、硬直化した管理社会を突破する新たな連帯の可能性(参加型文化による抵抗)も秘めている。『面白さ』が意図的に作りにくいという非線形性は、人間性がまだ完全には管理され得ないことの現れであり、そこにこそ、次の時代の『人間』や『権利』を再定義する鍵が隠されているのかもしれない。」

観察者として言えるのは、私たちは今、啓蒙的な「小説の時代」から、カオス的な「ミームの時代」へと、感情のOSを書き換えつつある過渡期にいるということだ。その先にどのような共同体の姿が現れるのかは、まだ誰にも予測できない――ちょうど、次にどの動画がバズるかが誰にもわからないように。

引用文献


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  24. How to explain the unlikely success of “Squid Game”? - Neoma Business School, 1月 13, 2026にアクセス、 https://neoma-bs.com/news/how-explain-unlikely-success-squid-game

  25. Squid Games, Gamification, and Destruction of Social Foundations | DataDrivenInvestor, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.datadriveninvestor.com/2022/04/27/squid-games-gamification-and-destruction-of-social-foundations/

  26. 10 Box Office Flops From the Last 10 Years That Everyone Saw Coming - Collider, 1月 13, 2026にアクセス、 https://collider.com/box-office-movie-flops-last-10-years-everyone-saw-coming/

  27. 20 blockbuster films that totally tanked at the box office - Yardbarker, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.yardbarker.com/entertainment/articles/20_big_budget_films_that_totally_flopped/s1__42275641

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  29. The Limits of Empathy - Braver Angels, 1月 13, 2026にアクセス、 https://braverangels.org/the-limits-of-empathy/

  30. Speed Summary: Against Empathy - The Case for Rational Compassion - Brand Genetics, 1月 13, 2026にアクセス、 https://brandgenetics.com/human-thinking/speed-summary-against-empathy-the-case-for-rational-compassion/

  31. Does paul bloom make a sound argument against using empathy as a basis for policy making - Reddit, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.reddit.com/r/empathy/comments/1pnln7i/does_paul_bloom_make_a_sound_argument_against/

  32. Against Empathy - Boston Review, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.bostonreview.net/forum/paul-bloom-against-empathy/

  33. Parasocial interaction - Wikipedia, 1月 13, 2026にアクセス、 https://en.wikipedia.org/wiki/Parasocial_interaction

  34. New insights into how parasocial interactions influence our empathy - PsyPost, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.psypost.org/new-insights-into-how-parasocial-interactions-influence-our-empathy/

  35. The Sorrows of Young Werther - Wikipedia, 1月 13, 2026にアクセス、 https://en.wikipedia.org/wiki/The_Sorrows_of_Young_Werther

  36. Life Imitates Art: On The Sorrows of Young Werther, Moral Panic and the Power of Books, 1月 13, 2026にアクセス、 https://lithub.com/life-imitates-art-on-the-sorrows-of-young-werther-moral-panic-and-the-power-of-books/

  37. The Book that caused a "Fever" | The Sorrows of Young Werther - YouTube, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=V6bW19ygLF0

  38. Best Puzzle Games of All Time - YouTube, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=DfoUtrk7Pz8

  39. Which puzzle video games (AKA “puzzlers”) do you like the most? - Reddit, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.reddit.com/r/puzzles/comments/1eo538i/which_puzzle_video_games_aka_puzzlers_do_you_like/

  40. The best puzzle games on PC | Rock Paper Shotgun, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.rockpapershotgun.com/the-best-puzzle-games

  41. Cultural differences in emotion: differences in emotional arousal level between the East and the West - PMC - NIH, 1月 13, 2026にアクセス、 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5381435/

  42. Cultural regulation of emotion: individual, relational, and structural sources - Frontiers, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2013.00055/full

  43. Understanding the three-finger salute from Thailand to Myanmar - Mark S. Cogan, 1月 13, 2026にアクセス、 https://markscogan.com/index.php/2021/02/05/understanding-the-three-finger-salute-from-thailand-to-myanmar/

  44. Three-finger salute: Hunger Games symbol adopted by Myanmar protesters - The Guardian, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.theguardian.com/world/2021/feb/08/three-finger-salute-hunger-games-symbol-adopted-by-myanmars-protesters

  45. Myanmar's Military Coup: A Real-Life 'Hunger Games'? - eCommons, 1月 13, 2026にアクセス、 https://ecommons.udayton.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1468&context=lxl

  46. Poland as Gilead. Pop culture fiction and performative protests in the era of the pandemic, 1月 13, 2026にアクセス、 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10261957/

  47. [NO SPOILERS] Why do people dress like handmaids to protests? : r/TheHandmaidsTale, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.reddit.com/r/TheHandmaidsTale/comments/hlikqq/no_spoilers_why_do_people_dress_like_handmaids_to/

  48. How The Handmaid's Tale dressed protests across the world - The Guardian, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.theguardian.com/world/2018/aug/03/how-the-handmaids-tale-dressed-protests-across-the-world

  49. Activists in Red Capes: Women's Use of The Handmaid's Tale to Fight for Reproductive Justice, 1月 13, 2026にアクセス、 https://ojs.library.dal.ca/JUE/article/view/10869/9624

  50. [Millennials' Voices] Fictional characters and their symbology as a powerful tool for activist expressions - ALiGN - Carleton University, 1月 13, 2026にアクセス、 https://carleton.ca/align/2021/millennials-voices-fictional-characters-and-their-symbology-as-a-powerful-tool-for-activist-expressions/

  51. [Harry Potter] Why name your super-secret, anti-Ministry defence group "Dumbledore's Army"? : r/AskScienceFiction - Reddit, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.reddit.com/r/AskScienceFiction/comments/830gvd/harry_potter_why_name_your_supersecret/

  52. How "Dumbledore's Army" Is Transforming Our World: An Interview with the HP Alliance's Andrew Slack (Part One) - Pop Junctions, 1月 13, 2026にアクセス、 http://henryjenkins.org/blog/2009/07/how_dumbledores_army_is_transf.html

  53. 'Dumbledore's Army': How 'Harry Potter' inspired a generation of young activists | kgw.com, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.kgw.com/article/news/nation-world/dumbledores-army-how-harry-potter-inspired-a-generation-of-young-activists/507-593403504

  54. K-Pop Fandom and Political Activism in Thailand's 2020 Student Uprising, 1月 13, 2026にアクセス、 https://ijoc.org/index.php/ijoc/article/view/22257

  55. Civic Stanning and the Semiotics of K-Pop Fan Activism in the Philippines | Signs and Society - Cambridge University Press & Assessment, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.cambridge.org/core/journals/signs-and-society/article/civic-stanning-and-the-semiotics-of-kpop-fan-activism-in-the-philippines/F5B8E780E5A7060AFD0CAFC111E9AE76

  56. How US K-pop fans became a political force to be reckoned with - The Guardian, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.theguardian.com/music/2020/jun/24/how-us-k-pop-fans-became-a-political-force-to-be-reckoned-with-blm-donald-trump

  57. K-pop “Stans,” Long Famous for Obsessive Online Music Fandom, Turn Toward Political Activism - Wellesley College, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www1.wellesley.edu/news/2020/stories/node/180196

  58. Henry Jenkins: Spreadable content makes the consumer king - YouTube, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.youtube.com/watch?v=ZCKoLB1kUsY

  59. Why spreadable doesn't equal viral: A conversation with Henry Jenkins - Nieman Lab, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.niemanlab.org/2010/11/why-spreadable-doesnt-equal-viral-a-conversation-with-henry-jenkins/

  60. Defining spreadability | USC Annenberg School for Communication and Journalism, 1月 13, 2026にアクセス、 https://annenberg.usc.edu/news/published/defining-spreadability

  61. Culture in a Yellow Vest: The Role of Popular Culture in Social Protest - Western CEDAR, 1月 13, 2026にアクセス、 https://cedar.wwu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1372&context=wwu_honors

  62. How Netflix Uses Big Data to Personalize Audience Viewing Experience - PromptCloud, 1月 13, 2026にアクセス、 https://www.promptcloud.com/blog/netflix-big-data-for-personalized-viewing-experience/


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    ChatGPT

1. 導入

ある配信ドラマのクライマックスで、国も世代も違う視聴者たちが同時に涙した――そんな光景があります。通俗エンタメ(大衆的な娯楽作品)は「面白さ」と「感動」によって人の心を動かす力が大きい、としばしば言われます。その柔らかい力が国境を越えて共感を広げることもあるでしょう。ただ一方で、「面白さや感動は狙って作れるものではない」という声も根強く存在します。果たして、娯楽作品のパトス(情動による共感)の強さはどこから来るのか――そしてそれは本当に作り手の意図どおりには作れないものなのでしょうか。暫定的な仮説の束ね直しとして考えてみます(断定は避け、あくまで可能性のモデルとして述べます)。

2. 用語の暫定定義

まず本稿で用いる概念を整理します(専門語も日常語に言い換えつつ述べます)。

·  パトス(pathos) – 作品によって受け手の感情が大きく動かされること、強い共感や情動の感染が起きることを指します。登場人物の喜怒哀楽に自分を重ねて泣いたり笑ったりする状態です(仮の定義)。

· 面白さ – 単純な笑いだけでなく、「退屈ではないこと」「先の展開を知りたいと思わせること」「反応や参加をしたくなること」といった知的・感情的な興味の複合を指します(暫定的にそう呼びます)。ホラーでゾクゾクするのも、ミステリーで謎解きに夢中になるのも含めて広く「面白い」と感じる現象です。

· ハイカルチャー/近代文学/国民国家の文学
– ここでは価値の優劣ではなく、作品を取り巻く制度・評価軸・流通経路の違いを指します。たとえば「ハイカルチャーな芸術作品」は、美術館や文芸誌など専門的な場で評価され、教育カノン(学校で教える古典)や国家の文化政策と結びつくことも多い作品群です。一方「通俗エンタメ」は、娯楽雑誌やテレビ配信など大衆的な媒体で広く流通し、売上や視聴率など即時的な反応で評価される傾向が強い作品群を指します(あくまで傾向であって固定的な線引きではありません)。

· 「場」
– メディアの形式、発表のタイミング、同時視聴の有無、ファンコミュニティやアルゴリズムの存在など、作品が受け取られる環境全般をここでは「場」と呼びます(媒体・同時性・拡散経路の総称とします)。

※なお、反例として付記すれば、いわゆるハイカルチャー側の作品でも強いパトスを持つものは存在します。たとえばシェイクスピアの悲劇や古典的な文学作品には、読者を激情させ涙させるものも多く、パトスは決して通俗作品だけの専売特許ではありません。ただ本稿ではそれら高尚とされる作品群とは別系統のダイナミズムがあるという仮説にもとづき、あえて通俗エンタメの側に焦点を当てます。

3. 対比:何が「別系統」なのか – 制度と評価軸の差

ここで改めて、近代以降に形成されたハイカルチャー系統通俗エンタメ系統の違いを整理します。両者は優劣の問題ではなく、目的関数(目指すところ)と制度的な位置づけの違いとして捉えます。

ひとつの見方では、近代文学などハイカルチャーの作品群はしばしば国民国家の形成と結びついて語られます。つまり近代国家は共通の言語と文化的教養を国民に共有させる必要から、文学や芸術の「正典(カノン)」を定め教育で教えました。例えば日本でも明治以降、「純文学」として評価される作品が文語体の確立や国語教科書への採用を通じて国家的な教養とされました。こうした作品は必ずしも大衆に爆発的に売れたわけではなくても、批評家や教育者によって価値があるものとして保存・称揚されてきた経緯があります。一方で通俗エンタメは、雑誌の大衆小説や娯楽映画など、当時の多くの人々に直接楽しまれることを目的として発達しました。売上部数や観客動員といった市場での支持がまず重要視され、物語の面白さや感情的な盛り上がりで大衆の共感を得ることが目的関数になりやすいのです。

しかしこれは単純な二項対立ではありません。実際にはハイカルチャーと通俗エンタメが同じ市場や媒体で混ざり合っている例も多々あります。例えば20世紀日本の文学では、「純文学」と「大衆文学」に明確な線引きが試みられましたが、実際にはその中間的な作品も生まれ、賞の分類や発表媒体によって形式的に分けられていただけだという指摘もあります[1]。大正時代、志賀直哉の純文学作品『暗夜行路』が1万部しか売れなかった一方で、島田清次郎の小説『地上』が50万部の空前のベストセラーになりましたが、後者は大衆文学扱いとされ純文学の正史から黙殺されています[2]。しかし内容面では両者が完全に異質だったわけではなく、例えばドストエフスキーの『罪と罰』でさえ輸入当初は通俗的な推理小説のようだと言われた例もあるほどです[2]。このように制度的・歴史的にカテゴリー化されている面はあるものの、作品そのものの質やテーマで明瞭に二分できるものではありません。むしろ「評価者が何を重視するか」「どのような場で語られるか」の違いによって“別系統”らしさが生まれているという側面があります。

言い換えれば、ハイカルチャー側では「深遠なテーマや美的完成度」が評価軸になりやすく、受け手に価値観の転換や思索を促すことが期待される傾向があります。一方で通俗エンタメ側では「物語としての完成度や分かりやすさ」が重視され、受け手がすんなり没入できること感情移入しやすいことが重視される傾向があります[3]。平野啓一郎氏は、純文学作品とは「読み終えたときに価値観を大きく変えるような体験を与えるもの」であり、エンタメ小説とは「読者がスイスイ読めて没入できる完結した物語世界を提供するもの」だと述べています[3]。価値観を揺さぶり読みにくさを恐れない純文学に対し、エンタメは読みやすさ・没入感を前提とするため、純文学側から見れば「通俗的で物足りない」と評されることもありますが、それは目的が異なるだけだとも指摘しています[4]。ここで重要なのは、高尚さや娯楽性の優劣の話ではないという点です。それぞれの系統は歴史的・社会的役割の違いゆえに異なるルールで発展してきたのであって、「通俗エンタメ=大衆に媚びた低俗」という短絡は誤解を生みます。実際、多くの通俗作品の作り手は自らの美学やメッセージを持ちながら、媒体や受け手の条件に合わせた表現を追求しているのです。

※競合する見方として、今日ではハイカルチャーとロー(低俗)カルチャーの区別自体があいまいになっているという議論もあります。例えばストリーミング配信では芸術性の高い映画も娯楽ドラマも同じプラットフォームで視聴され、SNS上では純文学の引用も漫画のセリフも同じようにミーム化します。ハイ/ローが同じ土俵で競合する時代では、一昔前のような純粋培養的な高尚ジャンルは減りつつあるという指摘もあり、本稿の前提である「別系統」という考え自体も歴史的に見直されていることに留意が必要です。

3.5 補助線:リン・ハント『人権を創造する』に見る“共感”の社会的力

ここで一つ補助線となる視点を紹介します。歴史家リン・ハントは著書『人権を創造する(Inventing Human Rights)』の中で、「18世紀に流行した小説が人々の共感する力を広げ、それが普遍的人権という理念を通りやすくした」という仮説を提示しています[5]。ハントによれば、フランス革命期などに「人間は生まれながら平等で権利を持つ」という宣言が登場した背景には、他者の痛みや喜びを自分のことのように感じ取る感受性の変化があったというのです[5]。具体的には、当時大人気だった書簡体小説(手紙の形式で登場人物の内面を綴る小説)が読者の情動を揺さぶり、身分や性別の異なる他者にも「自分と同じような内面(感情世界)がある」と実感させる役割を果たしたとされています[6][7]。例えばルソーの小説『ジュリ、または新エロイーズ』や、リチャードソンの『パミラ』『クラリッサ』では、若い女性主人公が理不尽な運命に翻弄される物語が描かれました。これらは当時としてはありふれた恋愛悲劇の筋書きでしたが、読者(男性を含む)は主人公に熱烈に感情移入し、「まるで自分がその女性になったかのよう」に感じる人もいたといいます[8]。ハントは「男女の読者がともに、これらの登場人物と自分を同一視した」結果、「全ての人間(女性でさえも)に自律への希求がある」と知ったのだと述べています[7]。事実、18世紀当時、こうした感受性の広がりの中で拷問刑の廃止運動や奴隷制廃止論も人々の支持を得ていきました[9]。単に理念が宣言されただけでなく、人々が他者の痛みを自分の身体の痛みのように嫌悪する感情を持ち始めたことが、人権という概念を現実の制度に結びつける推進力になった、というのがハントの筋立てです[10]。まさに娯楽的な小説(感涙もののフィクション)が社会に与えたパトスの影響を評価した視点と言えます。

もっとも、ハント自身も認めているように、これは直線的な因果ではありません。人権宣言がうたわれた当時、アメリカ独立宣言の筆者ジェファソンは奴隷を所有していましたし、フランス人権宣言も女性の権利は認めませんでした[11]。普遍的人権を掲げながら同時に偏見や差別が残存していたという矛盾に、ハントは「感情の働き」を見るわけですが[12]、それは「共感さえすれば万人の権利がすぐ保障される」という単純な話ではありません。実際の歴史では革命政治や戦争、宗教や経済利害、植民地支配など、共感以外の要因が人権の伸長と抑圧に大きく寄与しています。また共感そのものも普遍化の感情にもなれば、排他的ナショナリズムの燃料にもなりうると指摘されています[13]。ハントも著書の後半で、人権の論理が逆に「 virulent(猛烈な)ナショナリズムや人種主義」を鼓舞した面があることや、当時の小説が女性に対する暴力をセンセーショナルに描いて消費した側面もあったと述べています[14]。要するに、共感=善、自明に進歩とは限らないのです。ある集団内の共感が高まっても、“われわれ”の範囲に入らない他者への残酷さが正当化されてしまう危険もあります。

このハントの議論は本稿の主題と直接関係するものではありませんが、「物語による情動喚起が社会的な思想の通りやすさに影響しうる」という一例として興味深い装置です。通俗エンタメもまた、大勢の受け手に情動の共振を起こさせうる装置だと言えます。ただし重要なのは、「物語に共感して泣いた」ことと「現実の誰かの権利を認め行動した」ことは別物だという切り分けです。フィクションへの感動がそのまま現実の倫理行動に直結するわけではありませんが、人々の感受性に何らかの変化を及ぼす可能性はある——この微妙な含意が示唆するのは、創作者が「共感を呼ぶものを作りたい」と願う気持ちの根拠でもあります。では肝心の、その「共感を呼ぶ面白い作品」を狙って作ることは可能かという問いに戻りましょう。次章では、通俗エンタメがパトスを駆動しやすい理由と、その一方で意図して再現する難しさについて、いくつか仮説的な層に分けて考えます。

4. 通俗エンタメの駆動力:パトスが強く働きやすい理由(仮説)

通俗エンタメ作品はなぜ「面白さ」や「感動」で人を引き込みやすいのか。その背景には複数の層(レイヤー)で働く要因があると考えられます。ここでは便宜的に、(a)個人内部、(b)人と人の関係内、(c)集団全体・社会内、の3つの層に分けて仮説を述べます。

(a) 個人内要因
:
通俗エンタメはまず個人の心身レベルで強い働きかけをします。物語にグッと引き込まれて没入した経験は誰しもあるでしょう。多くの娯楽作品は先の読めない展開やどんでん返しで驚かせたり、心地よい音楽や映像美で感覚に訴えたりします。笑い声や涙といった身体反応を直接引き起こし、退屈する暇を与えません。また、身近なテーマや魅力的なキャラクター設定によって「まるで自分のことのようだ」と自己投影・自己共鳴させる力もあります。例えば青春ドラマを見て昔の自分を思い出し涙する、といった具合に、物語が個人の記憶や感情スイッチを押すことがしばしばあります。このような一人ひとりの内的体験レベルでの刺さりやすさが、通俗作品の基本的な強みです。

(b) 関係性要因
:
次に観客どうしの関係性のレイヤーがあります。人は一人で作品を味わうだけでなく、誰かと語り合ったり、一緒に鑑賞したりすることで喜びを倍加させます。通俗エンタメは共通の話題を提供しやすいため、友人との会話で「昨日の○○見た? めっちゃ泣けたよね!」と盛り上がる、といった現象が起こります。SNS上でも、人気作品の名台詞やシーンが次々に引用・共有され、「わかる!」「自分もそこで号泣した」と感情の共鳴が連鎖します。さらに熱心なファンは、好きな作品の二次創作(ファンアートや小説、コスプレ等)を行い、自分自身が物語世界に参加することで感動体験を反復・深化させます。最近では「推し活」(自分の推すキャラやアイドルを応援する活動)という言葉もあるように、ファン同士が推しへの愛情を語り合う場そのものが一種の共同体的な感情空間になっています。つまり通俗エンタメは、作品を媒介にして人と人とがつながり、共感の輪を広げやすい性質があるのです。

(c) 集団・社会内要因
:
さらに大きなレイヤーとして、社会全体・集団規模での同時体験と流通の効果があります。話題のテレビ番組や配信の最終回を、皆が一斉にリアルタイム視聴してSNSで感想を叫ぶ――そんな同時性のある体験では、興奮や感動が増幅します。「みんなが泣いている、熱狂している」という事実自体がさらなる情動を呼び起こすこともあります。また、作品がおもしろければ自然とクチコミで広がり、ランキング上位に現れたり関連ミームが大量発生したりします。そうなると「自分も見てみよう」と新たな視聴者が呼び込まれ、さらに共感者が増えるという循環が生まれます。ときには作品内容そのものより、周囲の盛り上がりに影響されて鑑賞し感動してしまうという、いわば情動の伝染が社会的に起こるわけです。加えて現代では、プラットフォームのアルゴリズムが人気作品を更に人目に付きやすくするため、ヒット作はより大きなヒットへと雪だるま式に拡大しやすい構造があります(炎上や議論を巻き起こす場合も含め、「話題になっている」という現象自体が作品体験の一部になっています)。

以上の(a)(b)(c)の層で、通俗エンタメは受け手のパトスを揺さぶり、それを共有・拡散しやすい土壌を持つと考えられます。だからこそ、ある人気作品に触れた人々が「笑ったり泣いたりして、気づけば皆ハマっていた」という事態が起こりやすいのです。

※もっとも、反例として触れておけば、すべてのヒット作品が強いパトスに訴えているわけではありません。感情移入がさほど強くなくても成功するエンタメも存在します。例えばパズル的な知的快感を追求したミステリーや推理ゲーム、あるいは物語性より映像の美しさや世界観の雰囲気(手触りの快楽)で魅せる作品などです。これらは受け手を泣かせたり笑わせたりはしなくても、謎解きの達成感や美的満足感といった形で「面白さ」を提供し、多くのファンを得ています。したがってパトスの喚起は通俗エンタメの一つの典型的な駆動原理ではありますが、それだけが成功の条件ではない点にも注意が必要です。

5. 逆説:「面白さ・感動は狙って作れない」と感じられる理由

通俗エンタメには上記のような強力な情動喚起の力がありますが、それを意図的に再現しようとしてもうまくいかない場合が多いとも言われます。つまり「ヒットを生み出す公式」があれば皆苦労しないのに、現実には当たるも八卦で読めない部分が大きい、というジレンマです。これを「才能の有無」だけで片付けず、もう少し構造的に考えてみましょう。狙って面白いもの・感動するものを作るのが難しいとされる背景には、以下のような5つの条件依存的な要因が考えられます。

  1. 個体差の問題: 受け手一人ひとりの好みや感受性には大きな個人差があります。ある人には刺さる展開も、別の人には響かないことが往々にしてあります。「このギャグで笑うだろう」「この展開で泣くだろう」と狙っても、万人が同じように感じる保証はありません。作品制作者が頭の中に想定する“理想の観客”像はあくまでモデルケースであり、現実の観客は年齢・経験・文化背景も様々です。刺さり方の分布が広いため、全員にウケるものを作ろうとすると平均的・無難になりすぎて却って誰の心にも残らない、というパラドックスも指摘されています。

  2. 非線形性(予測困難)の問題: エンタメのヒット現象には非線形(少しの差が結果の大差を生む)な側面があります。わずかな初期条件の違いやタイミングの差が、その作品の運命を大きく左右しがちです。実際、ヒットする作品の売上・視聴者数の分布を見ると、ごく一部の“トップヒット”が大多数の凡作を凌駕する肥尾分布(heavy tail)になることが知られています。これは「最高傑作の質が他と桁違いだから」では必ずしもなく、運や連鎖によって後から差が拡大した結果とも言えます[15]。Salganikらの実験研究では、音楽配信の人工市場を使い「社会的影響」がヒットの不確実性に与える効果を測っています[16]。その結果、他人のダウンロード傾向が見える環境では、全く同じ楽曲でもヒットのばらつきが大きくなり、品質が同等でも当たる・当たらないは運次第という不安定性が増すことが示されました[16]。要するに、作品の面白さ・出来の良さと人気の結果はズレが大きく、「傑作だから必ず大ヒット」「駄作だから全く売れない」と単純には結び付かないのです[17]。小さな口コミの差が雪だるま式に膨れ上がりヒットを左右する以上、制作者が狙い通りの反響規模を事前に保証することは難しい状況があります。

  3. 「場」の寄与: 前述した「場」の要因、すなわち媒介環境やタイミングの影響も無視できません。どんなに秀逸な作品でも発表の媒体が不適切だったり露出の機会がなかったりすれば埋もれてしまいますし、逆に平凡な内容でも宣伝やプラットフォーム戦略次第で爆発的ヒットに化ける可能性もあります。例えば同じ漫画作品でも、雑誌連載からヒットしてアニメ化されるケースもあれば、Web上でひっそり公開されていたがあるきっかけでバズって人気になるケースもあります。アルゴリズムの気まぐれや偶然のタイアップ、人々の関心事とのタイミングなど、作り手がコントロールしにくい「場」の要素が作品の運命を左右することがあります。この環境要因の増幅・減衰効果によって、「狙って作った面白さ」がその通りに届かない、あるいは意図しない部分で受けたり炎上したりすることも起こり得ます。制作者にとって自分の手を離れた後の作品の旅路は半ば運に委ねられており、それが狙い通りいかない一因です。

  4. 期待のズレ: エンタメ作品は常に観客の期待との相互作用で評価が決まります。しかし観客が何を求めているか、その期待は時代や流行によって刻一刻と変化します。ヒット作の後追いで似た作品を作っても「二番煎じ」と飽きられることが多いように、観客は常に新鮮な驚きを欲しつつも、同時に安心できるお決まりも欲しいという矛盾した期待を抱えています。作り手が「ここがウケるはずだ」と読んだポイントが外れることもしばしばありますし、逆に全く意図していなかった部分に予想外の反応が集まることもあります。観客の嗜好や反応モデルはブラックボックスであり、マーケティングリサーチ等で傾向は掴めても、最終的には出してみないと分からない部分が残ります。特に近年は流行のサイクルが速く、ネットミーム的な一過性のブームもあるため、期待を的中させるのは一層難しくなっています。この期待と供給のズレが、「狙って当てる」ことを難しく感じさせる大きな理由です。

  5. 制約の問題: 創作においては「自由すぎるとかえって作れない」「何らかの制約があった方が独創性が発揮される」という逆説的な指摘もあります。完全に白紙の状態から「さあ感動的な物語を作ろう」と意気込んでも、無限の選択肢に途方に暮れてしまうものです。むしろジャンルの定型フォーマット上の制約(尺の長さ、予算の上限、表現のルールなど)がある中で、その枠内で工夫する方がエンタメ作品は「尖る」ことが多いという意見があります。制約がクリエイティビティを刺激し、結果として面白さが際立つという現象です。一方で制約が多すぎると凡庸にもなりかねず、このバランスは難しいところですが、少なくとも「完全に自由に狙って名作を生み出せる」ほど人間は万能ではないという点は確かでしょう。制作者自身が偶然のひらめき現場での化学反応に驚かされることも多く、「自分でもどうやって作ったか説明できない」と語ることさえあります。こうした創作プロセス自体の非線形性もあって、当人が意図して面白さや感動を組み立てたつもりでも、実際に受け手に響く部分は予想外のところだったりするわけです。

以上5点の要因から、通俗エンタメで強いパトスや面白さを生み出すのは多くの条件に依存する非線形な挑戦であることが見えてきます。「面白いものを作ろう」と狙った瞬間に、それが叶う保証はどこにもないように感じられるのは、このように個々の差異と不確実性に満ちた構造だからだと言えます。

※もっとも、これだけ読むと「結局ヒットは運まかせ」という極論に聞こえるかもしれません。しかし反例として、世の中には「狙って当てる職人芸」の存在も知られています。経験豊富な職人監督やプロデューサーが手掛けると毎回きっちり売れる、特定のジャンルで鉄板の人気シリーズを量産する作家がいる、といった事例です。次章では、そうした「狙ってヒットを出す技術」がどのように可能なのかを検討しつつ、それでも残る不確実性との兼ね合いについて調整的に考えてみます。

6. 反例と調整:「狙って当てる」技術は存在する(ただし確率論)

前章までの議論では、娯楽作品のヒットは複雑系ゆえに制御不能にも思えましたが、現実にはヒットメーカーと呼ばれる人たちがいます。ここでは「それでも意図的にヒットを飛ばす方法はある」という側面にも目を向けます。ただし最終的には「確率を上げること」と「結果を保証すること」は別物だ、という結論に落ち着く点も先にお断りしておきます。

ヒットを生むためにクリエイターや業界が駆使している手法をいくつか挙げましょう。

  • 定型(フォーミュラ)の活用: 多くのジャンルにはお約束の展開王道パターンがあります。例えば恋愛ものなら「すれ違いからのハッピーエンド」、ホラーなら「三段階の驚かし」といった具合です。過去の成功作を分析し、観客が求めるカタルシスの型を踏襲することで、大きく外さない作品づくりが可能になります。いわゆる職人芸的な脚本術・構成術で「泣き所」や「笑い所」を計算して配置するわけです。これは確かに効果を発揮し、定型にハマる安心感から一定の満足を与えることができます。特にシリーズ物やフランチャイズでは、このフォーミュラを洗練させることで安定したファン層を維持しています。

  • 編集・プロデュースによるブラッシュアップ: 創作者一人の勘に頼らず、他者の目を入れて作品を磨き上げる方法も効果的です。小説や漫画であれば担当編集者が読者的視点から「ここは分かりにくい」「このキャラをもっと活かそう」と提案し、作品を強化します。映画やドラマでもプロデューサーがマーケット感覚で脚本に手を入れたりします。こうした客観フィードバックにより、作り手の独りよがりを排し、多くの人に刺さりやすい形に軌道修正していくわけです。

  • 連載・テスト上映での軌道修正: 作品を一度で完成させず、連載形式や試写を通じて途中でテコ入れする手法もあります。例えば漫画雑誌の連載では、人気アンケートの結果によって展開を変えたり人気の出ないキャラを退場させたりします。テレビドラマでも視聴率を見ながら脚本を修正する場合があります。映画では限定的な試写会(テスト上映)で観客の反応をチェックし、ラストシーンを撮り直すことすらあります。こうしたPDCAサイクル的なアプローチで、受け手の反応に合わせて作品を最適化していくわけです。

  • マーケティングとブランディング: 作品内容そのものだけでなく、どう売り出すかもヒットを左右します。魅力が最大限伝わる予告編を作る、効果的な宣伝タイミングを図る、関連グッズやイベントで話題を維持する等、マーケティング戦略によって作品への注目度と初動の勢いを作り出せます。また、有名IP(知的財産)に乗っかる形でスピンオフ作品を作れば、既存ファンを取り込んでヒットの確率を上げられますし、人気俳優や音楽アーティストを起用してブランドパワーで引きつける方法も取られます。要するに、作品外部の力を総動員して「当たりやすい状況」を演出するのです。

こうした手立てによって、ヒットの再現性をある程度高めることは可能です。実際、「この監督の作品なら大コケはしない」「このシリーズはマンネリと言われつつ安定して売れる」というケースは珍しくありません。それでもなお、こういった努力が成功の確約をもたらすわけではない点には注意が必要です。同じフォーミュラを使っても飽きられることがありますし、ブランド力に胡坐をかいて内容が疎かになれば次第に信用を失います。マーケティングで初動は稼げても、その後の評判次第では尻すぼみになる映画もあります。結局のところ、ヒットの予測精度を上げることはできても、完璧に当てる保証はできないというのが、多くのプロデューサー達の共通認識でしょう。成功率を上げる施策は「打率を上げる」イメージであり、「必ずホームランを打つ」魔法ではないのです。

※競合する仮説としては、「結局ヒットは宣伝と露出次第」という極論も世間にはあります。つまり「中身よりも広告費やプッシュ次第で売れるものは売れる、エンタメも所詮はマーケティングの勝利だ」という見方です。確かにメディアミックス戦略や大規模広告で流行を作るケースもあり、コンテンツ産業のビジネスとしては宣伝力が物を言う局面もあります。しかし宣伝が大量に打たれた作品が必ずヒットするわけでもなく、口コミで広がる自然発生的ヒットも後を絶ちません。むしろSNS時代では露出が高すぎるがゆえの逆風(「ゴリ押し」への反発)も起こりえます。ですから「宣伝万能説」も一概には真とは言えず、結局は作品の力と場の要因と運の掛け算だという前提に立つのが適切でしょう。

以上を踏まえて、作り手の意図は無力ではないが万能でもない、という調整的な立ち位置が見えてきます。職人的テクニックで当たる確率を高めつつも、最後は観客と社会が作品をヒットに「してくださる」部分が大きい――その謙虚さを持つことが、安定したクリエイターの姿勢とも言えそうです。

7. 結論:作れるのは「面白さそのもの」か「面白さが出やすい条件」か

通俗エンタメの「面白さ」や「感動」は、以上見てきたように多元的な要因で立ち現れるものです。まとめると、作品の面白みそのものを完全に計算通り作り出すことは難しいとしても、面白さ・感動が生まれやすい状況や仕掛けを作ることはできる、という暫定モデルになります。作り手が直接コントロールできる部分と、あとは委ねるしかない部分とを見極め、自分が動かしやすいレバーを引いていく発想が現実的でしょう。

創作者が意識的に設計できる要素を箇条書きで挙げてみます。

· ターゲット観客の仮固定
:
「誰に刺さってほしいか」を明確に定めて作品を作る手法です。極端にペルソナ(想定読者・視聴者像)を絞り込むことで、万人受けはしなくてもコアな層には深く刺さる作品になる確率が上がります。まずは少人数でも熱狂的ファンを作れれば、その熱が周囲へ伝播する可能性も生まれます。

· 制約の戦略的活用
:
あえてテーマや形式にルール・制約を課すことで創作の軸を定めます。例えば「舞台は一部屋のみで登場人物も二人だけ」「◯◯は禁止して別の方法で魅せる」といった縛りを自ら設定するのです。これにより作品に統一感や独自性が生まれ、結果として記憶に残りやすい面白さが引き出されます。制約は作品世界の濃度を高め、他作品との差別化にもつながります。

· 反復とフィードバック
:
一発勝負ではなく、試作→反応→改善のサイクルを前提にすることも重要です。プロトタイプ的に短編やパイロット版を公開して反応を見る、連載形式で徐々に世界観を練り上げる、SNSで小ネタを試してみる等、観客の声を拾いながら内容を磨くアプローチです。これによってズレた要素を軌道修正し、より多くの人に伝わる形に近づけることができます。

· 「場」をデザインする
:
作品単体ではなく、その作品を楽しむ場(環境)作りに先手を打つ戦略です。たとえばファン同士が交流できるコミュニティを用意したり、リアルタイム視聴会やイベント上映を企画したりします。作品と出会う導線を工夫し、単独で消費されるのではなく共有・同期体験になるよう仕掛けるのです。これにより作品への没入感・高揚感を倍加させ、結果的に「面白かった」「感動した」の声が広がりやすくなります。

· 偶然の受け皿を用意する
:
最後に、ヒットにはどうしても運の要素がつきまといますが、その運を活かせるよう受け皿を整えておくことも大切です。具体的には、予期せぬタイミングで注目を浴びたとき迅速に対応できるよう追加情報や関連コンテンツを準備しておく、二作目三作目の企画を温めておく、などです。一度チャンスが巡ってきた際にブレーキを踏まず、波に乗れる体制を作っておくことで、偶然を必然に近づけることができます。

以上のようなレバーを引きつつも、最終的には作品が世に出た後の評価は謙虚に受け止めるしかありません。「面白さそのもの」は神秘の部分を残しますが、「面白さが生まれやすい条件」は人為的にデザインできる余地がある——創作者としてはそのスタンスで臨むのが現実解ではないか、というのが本稿の結論的な示唆です(断定ではなくあくまで現時点でのモデル提示とします)。

最後に補足として、ここで論じてきたことが当てはまりにくい領域も挙げておきます。たとえば、前衛的な実験芸術や難解な純文学など、観客の楽しさより表現上の問いかけ自体を重視する領域では、「面白さ・感動」の基準がそもそも本稿での議論とズレているでしょう。また、教育・啓発を目的としたコンテンツや個人の日記的な創作など、受け手のリアクションより伝えたい内容や書き手自身の表現欲求が勝る領域もあります。こうした場合は必ずしも大勢の共感を集める必要がないため、ここで述べた通俗エンタメの文法は直接には適用されないかもしれません。

8. 要点3行まとめ

· 通俗エンタメ
はハイカルチャー系統と異なる制度・評価軸のもと発展し、「面白さ・パトスで大衆の共感を駆動する」傾向があるが、その情動効果は非線形かつ不確実で作り手の意図通りには再現しにくい。

· パトスや面白さ
を生み出す要因として、個人の没入・身体反応、関係性の共感連鎖、集団的な同時体験・拡散などを挙げ、逆に作り手側の苦心として個体差、予測困難なヒット構造、場の影響、期待の変動、創作上の制約といった点を整理した。

· 創作上できること
は「面白さそのもの」を保証することではなく、「面白さ・感動が生まれやすい条件」をデザインすることにあり、ターゲット設定・制約活用・フィードバック重視・場作り・偶然への備え等のレバーを引くことでヒットの確率を高めるという暫定モデルを提示した。[3][16]


[1][2][3][4] 平野啓一郎公式サイト

https://k-hirano.com/articles/bungakunomori_202203

[5][6][7][8][9][10][11][12] リン・ハント『人権を創造する』 - 西東京日記 IN はてな

https://morningrain.hatenablog.com/entry/2022/05/28/225227

[13][14] Inventing Human Rights: A History by Lynn Hunt | Ethics & International Affairs

https://www.ethicsandinternationalaffairs.org/journal/inventing-human-rights-a-history-by-lynn-hunt

[15][16][17] Experimental study of inequality and unpredictability in an artificial cultural market - PubMed

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16469928/


https://chatgpt.com/s/dr_6965c7a87bfc8191b1d3b1e747beee81

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