滝村国家論について リンク
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戦時国家体制とファシズム
滝村隆一論文の学際的クリティーク
https://g.co/gemini/share/45de13f738be
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引用リンク集

「国家意志も観念的に対象化され、政治家から独立した存在として「外化」される点で、小説の世界と同じである。国家意志が法案として審議の対象となる段階でも、成立して国民に知らされる場合でも、さらに表象化して政策として発表される場合でも、すべて文章に表現されることになる。このときに、それらの文章の内容を形成する実体が国家意志なのであるから、国家意志が実体として扱われるのは論理的であらう」
「国家権力は秩序を形成しそれを維持していこうとする。そしてそのためには、国民の行動に干渉することが必要である。これは国家意志によって、具体的にいうならば法律とか政令とか よばれるすべての国民にとって客観的に存在すると見なされる一般的な意志によって、国民各自の個別的な意志を拘来するかたちをとる。つまり意志関係をもってするところの支配である。もし国民がこの拘束を拒否して、国家意志に反する独自の個別的な意志を実践にうつすなら、国家権力はこれを警察や機動隊や自衛隊などの暴力によって実践的に抑圧し、あくまでも国家意志に服従させ秩序をとりもどそうとする。これが、現実の政治のありかたである」
「国家権力をも含めた政治的権力の特質は、社会的秩序全体に関わる観念的かつ一般的な意志を必須的媒介とした権力、という点にある。そしてかかる一般的意志が、社会全体に対して有無をいわさない法的規範形態をとるか、それともたんに政党の綱領の如き形態にすぎないかが、国家権力と政治的権力一般とを峻別する標識といってよい」「まず支配階級を中心とした諸階級は、その現実的な特殊利害に、より直接的に対応した経済的意志にもとづいて組織的に結集することにより、社会・経済的な階級権力として構成される。かかる諸階級の経済的意志が、社会構成全体に関わる幻想上の「国民的共通利害」を直接表示するにふさわしい観念的形態、つまりは観念的に蒸溜されるかの如く大きく抽象されながら、普遍的な一般的意志の形態をとって観念的に対象化されたとき、そこに諸階級の〈政治的意志〉が成立する。従ってまた、まさにそのことによって社会・経済的な階級権力は、特殊に政治的な階級権力として押し出される」
三浦つとむの「国家意志論」(「個人意思・階級意思・国家意思の区別と関連―丸山政治学の論理的性格」)――国家の共同意志を問題化
国家は階級の共同利害とそれを超えたところのものを国家意志として観念的に対象化する
階級としての立場からの共同利害を、超階級的であるかのように擬装し、特殊利害が幻想的な「一般」利害として国家意志に反映。
cf.マルクス『ドイツ・イデオロギー』:
「分業」と同時に諸個人の特殊な利害と、共同的利害との矛盾が顕わになる。「しかも、この共同的利害というのは、何かしら単に表象の内に「普遍的なもの」としてあるのではなく、まさしく、特殊的利害と共同的利害とのこの矛盾から、共同的利害は国家として、現実の個別的な利害ならびに全体的利害から切り離された自立的な姿をとる(そして同時に幻想的な共同性として)」(廣松渉編訳)
近代日本にあって、この超階級的「擬装」は、そのまま「天皇制国家」として表象される
この「国家意志論」を継承発展させたのが滝村隆一(『マルクス主義国家論』他)
〈狭義の国家〉=〈国家権力〉――〈共同体―内―国家〉
〈広義の国家〉=〈国家〉――――〈共同体―即―国家〉
歴史的位相を異にする〈原始的〉社会以来の共同体が、他共同体〈種族〉との直接的関係〈交通関係〉をもつに至ったとき、それはすべて〈国家〉として構成される(あるいはされざるをえない)という事実を国家論の根本発想とする〈共同体―即―国家〉説
「国家論」に関するノート
2007/11/7
高澤秀次
1 国家論の系譜
■戦後日本の国家論の系譜http://web.nagaike-lecture.com/?eid=825074#gsc.tab=0
滝村隆一の唯物史観
国家論研究者の滝村隆一は、近代国家研究の方法論としての唯物史観を使いました。
方法論は、歴史的に最も発展した形態をモデルに過去へさかのぼっていくヘーゲル、マルクス型だ。その点、近代国家理論の祖ホッブズが原子論的な個人から出発し、人工的な国家の必要性を論理的に導き出したのとは対極にある。
方法としての世界史
「社会を社会構成体としてとらえるのは、滝村がマルクスの考え方を引き継いだものである。その原型はヘーゲル哲学の考え方にある。
滝村国家論が直接の考察対象とするのは、近代国民国家である。
しかし、近代社会はとつぜん生じたわけではなく、世界史の発展のなかから生まれたものだ。
やっかいなのは、近代を研究するだけでは、近代とはなにかという問いに答えられないということだ。
つまり、近代を踏まえながら近代以前に遡行してみることで、はじめて近代とは何かが、よりはっきりしたかたちで把握できる、と滝村はいう。
こうしたとらえ方を、滝村は「方法としての世界史」と名づけている」
「滝村が採用するのは、ヘーゲルによって開拓され、マルクスが継承した、世界史の発展史観である。
それは人間社会を
〈アジア的〉→〈古典古代的〉→〈中世的〉→〈近代的〉
という世界史的な発展過程においてとらえようというものである。」
「注意すべきは、この世界史の発展段階論が、個別の歴史にあてはまるわけではないということだ。それはあくまでも数世紀を一区切りとして、世界史の中心を巨視的なレベルでとらえた論理なのだということを忘れてはならない、と滝村はいう。
ところが、マルクス後のマルクス主義においては、この発展史観が歪曲されてしまう。それによると、人間社会は原初的社会(無階級・原始社会)からはじまって、〈アジア的社会〉→〈古代・奴隷制社会〉→〈中世・農奴社会〉→〈近代・賃金奴隷制社会〉→〈無階級・共産主義社会〉にいたる「歴史的必然性」をもっているというのである。
この考え方は、ばかげた宗教的予言以外のなにものでもなかった。
これにたいし、滝村の採用した試みは、〈アジア的〉〈古典古代的〉〈中世的〉というように、世界史的に国家を把握し、構成しなおすことだった。その過程では、国家の歴史的起源にかかわる原初社会の研究も欠かせなかった。
これはマルクス主義のとらえ方と似て非なるものだ。マルクス主義は個別の歴史に、この世界史的発展段階説をあてはめたが、滝村はそういうあてはめはイデオロギー的な党派思考にすぎないという。


実際にどういう意思決定が行われているかというと、この中間層、つまり課長とか課長補佐とか係長あたりが全部立案作成している。これは官庁でもそうです。課長補佐とか参事官とか、そのへんです。昔の陸軍でもそうなんです。陸軍省でいえば大臣・次官ではなく軍務局長の下の軍事課長と高級課員、植民地の現地軍、たとえば関東軍でいえば司令長官・参謀長・参謀副長というよりその下の高級参謀と作戦主任参謀あたりです。この連中が全部休んです。そして、かたちのうえでは極端なトップダウンなんだけど、内容的にみると。この中間層が下をたばねたかたちで意見を集約して上がってくるんです。それにただめくら判を押すんですよ。なんにもわかんないで。というよりなんにもわかんないふりしてめくら判を押せる人がすぐれた指導者とされてきたんです。
https://x.com/mototchen/status/1346042727847264256
出典
— 石部統久 (@mototchen) January 4, 2021
『世紀末「時代」を読む』
滝村隆一・芹沢俊介
春秋社
1992年12月25日
p39 pic.twitter.com/3pqrm0jDSU


人となり
滝村隆一は語学が全く駄目だった。彼が院に進めず、本人が志望していた大学研究者になれなかったのもそのため。吉本隆明の『試行』に原稿を書く事が出来、そこから勁草書房との関係が作り得たのは幸いだったと聞いている。
— 千坂 恭二 (@Chisaka_Kyoji) December 6, 2014
国家論大綱
「60年代後半から当時に至るまで, マルクス主義の立場から吉本
の国家論を継承し発展させていた滝村隆一の国家論に再び注目してみた。
滝村は明らかに吉本の強い影響下にあり, 吉本が主宰する同人誌『試行』
に国家論を連載し, 60年代後半に当時まだ20代半ばでありながら, 陸続と
国家論の著作を上梓し始めた4)。その著作群は圧倒的な迫力で国家論の世
界を席巻していた。経済的国家と政治的国家の二重性, 共同体内国家と共
同体即国家の区別など, きわめてシンプルな原理であったが, 明治国家や
戦前の日本国家, そして多様な歴史的国家を分析する場合, それが独特の
精彩を放った。同時に, 現代革命論では政治革命先行論を主張し, プロレ
タリア独裁の社会主義国家樹立の可能性を追究する立場にあった。
しかし, 70年代末に滝村国家論を再読してみたものの, 70年代の経過の中で, そのような国家論は現実との対応性を著しく欠いているものと思わ
れた。歴史的国家の分析には有用であり, そこにはリアリティが感じられ
たが, 肝心の現代国家論となると徐々に形式的な制度論に陥り, 教科書的
な政治学の常識を独特の言い回しで厳密に再論しているだけになったとい
う印象を禁じ得なかった。」
「マルクス主義はその威信を急激に
減退させ, あくまでもマルクス主義に拠りながら, スケールの大きな国家
論を展開し, 多くの著作を70年代に刊行していた滝村隆一にも, その影響
は深く及ばざるをえなかった。そして前述のように, 80年代に入り国家論
大綱の成立を目指す作業を本格化する頃から, 滝村国家論は急激に精彩を
失っていったのである」
「5) 90年代には著作の刊行はほとんどなく, 2003年に大冊『国家論大綱』上・下が勁草書房より刊行された。」
脱伝統化と高度近代化の中で
宮本孝二
https://stars.repo.nii.ac.jp/record/196/files/%E5%AE%AE%E6%9C%AC%E5%AD%9D%E4%BA%8C%E5%85%88%E7%94%9F.pdf
関連論文
国家の形成:空間的視点からの考察
— 石部統久 (@mototchen) September 8, 2020
明石茂生 https://t.co/UGmWZ0qvao
関連
了
Geminiによる解説
滝村隆一『国家論大綱』と三浦つとむの国家意志説:その学際的系譜と方法的差異の検証
導入:なぜ今、滝村隆一『国家論大綱』か
グローバル化とテクノロジーの進展、そしてパンデミックのような予期せぬ危機は、国家の役割と機能、そしてその「意志」のあり方を根底から問い直している。こうした現代的な文脈において、半世紀以上前にその知的探求を開始し、政治学における「学的国家論の実質的不在」を問題視した(12)滝村隆一の『国家論大綱』は、改めてその意義を問われるべき対象となりうる。滝村は、政治学や法学の主流からは一線を画した存在であったものの、吉本隆明主宰の不定期雑誌『試行』を主要な論文発表の舞台とし(27)、同時期に同誌で活躍した三浦つとむらとの間で、従来のマルクス主義を乗り越えようとする先鋭的な思想的対話を繰り広げていた(19)。
本稿は、この滝村の理論的営為の中心概念である「国家意志」に焦点を当て、その知的系譜と構造を、三浦つとむの言語過程論に基づく国家意志説と比較・検証する。この比較を通じて、両者の思想が、一見類似した概念を用いながらも、その方法論的基盤においていかに根本的な差異を持つかを明らかにすることを目的とする。本稿の分析は、ウェブ上の読書ブログや書評、書誌情報といった二次資料を起点としており、その限界を随所で明記しつつ、学術的な検証を試みる。
第一部:『国家論大綱』の全体像と書誌学的検討
1.1. 書誌情報と壮大な理論的射程
滝村隆一の主著『国家論大綱』は、勁草書房から刊行された大部の著作である(5)。第一巻は上下巻で構成され、それぞれ720ページに及ぶ壮大なものであり、電子版も出版されている(9)。本書は、著者が40年間にわたる研鑽の全てを投入した「本格的で雄大な理論書」であり、古代から現代までの国家の動態を視野に入れて論究している(8)。
勁草書房の書籍紹介文は、本書が「権力と国家を主体とした政治的世界の仕組みと一般的な運動法則」を総括的に提示するものであることを明記しており(10)、これは単なる個別の論文集ではなく、文字通り「大綱」の名にふさわしい、体系的な知的プロジェクトであったことを示唆している。その圧倒的な分量と時間的・空間的な射程は、既存の政治学が国家の本質を十分に解明できていないという著者の強い問題意識(12)の表れであると捉えることができる。
1.2. 構造と主要概念(権力、国家、制度)
『国家論大綱』は、第一部「権力論」、第二部「国家論」、第三部「特殊的国家論」という三部構成をとる(8)。第一巻下巻の目次からは、具体的な議論の展開がうかがえる。例えば、「国家権力の現実的構成」(14)、「国家と法」(11)、そして「G・イェリネックの国家法人説」(12)といった項目が含まれている。この構成は、滝村の国家理解が、単一の概念に還元できない多層的なものであることを物語っている。彼は、国家を、理念・思想としての国家意志、制度・法としての国家法人格、そして現実の政治機構としての権力という三つの層位で捉え、それらを相互に関連づけることで、国家の全体像を把握しようとしたと推測される。この試みは、ヘーゲル的観念論とドイツ国家学の伝統を接続しようとする、滝村ならではのアプローチを示唆している。
また、下巻の内容紹介では「マルクス主義階級国家論に対する徹底批判」(12)が本書の白眉とされており、これは滝村の理論が従来の唯物史観の枠内で国家の存在論的根拠を再構築しようとする試みであることを示唆している(27)。彼は、経済的下部構造が政治的法律的上部構造を規定するという単純な図式を批判し(30)、国家が経済的利害から独立した「第三権力」(27)としての自立性を持つことを理論化することで、マルクス主義の「公式」を乗り越えようとしたと考えられる。
1.3. ネット上の読書ブログに見る受容と論点
ウェブ上の読書ブログやレビューでは、滝村の議論の壮大さゆえに、その解釈は多岐にわたる。「国家は共同の幻想である」という吉本隆明の概念との類似性を指摘する声がある一方(24)、三浦つとむとの関係については、「酷似」を指摘する意見がある一方で、「三浦つとむの国家=国意志論とも違う」(32)と明確な差異を主張する声も存在する。この「酷似」と「差異」という正反対の主張の混在は、両者の理論の表面的な類似性と、方法論的な深層における根本的な断絶を示唆しており、本稿の核心的な検証対象となる。この二つの主張の対立こそが、滝村と三浦の理論的関係を解き明かす鍵である。また、国家を一つの「意志」を持つ主体として語ることには、概念の実体化(reification)という哲学的なリスクが伴う。滝村の議論が、このリスクをいかに克服しようとしているか(あるいは克服できていないか)は、特に三浦の言語過程論との比較において重要な論点となる。
第二部:滝村隆一の「国家意志」概念の構造
2.1. ヘーゲル国家論との接点:理性的意志と主観的意志
滝村は、ヘーゲル哲学を「方法的裏付け」とし(11)、特にヘーゲルの「発展史観」を「厳密な学問の方法として再構築」したとされる(11)。ヘーゲルにとって、「意志」は自由の発展段階であり(21)、抽象法、道徳、そして家族、市民社会、国家といった人倫の領域において具体化される(33)。ここで重要なのは、意志が単なる個人的な「恣意」を超え、個々の意志の寄せ集めでもない、社会全体を貫く「普遍的な意志」を意味する点である(21)。ヘーゲルの歴史哲学は、この「理性的意志」が世界を支配し、歴史の進展は理性自身の自己実現の過程であるという前提に立脚している(35)。
滝村の「国家意志」概念は、ヘーゲルのこの「普遍的・理性的意志」概念に深く根ざしていると考えられる。彼は、個々人の主観的意志を超え、共同体の存在論的基盤をなす客観的意志、すなわち国家の「自由の作品」(23)としての意志を捉えようとした。このヘーゲル的な枠組みは、彼がマルクス主義の経済還元論を批判する際の理論的な武器となった。ヘーゲルは、国家を市民社会の諸矛盾を止揚した「人倫的実体」(23)とみなしたが、滝村はこの弁証法的な発展観を継承し、国家を単なる階級支配の道具ではなく、社会の諸矛盾を統合・解消する独自の存在、すなわち「第三権力」として位置づけるのである。この哲学的土台が、彼の「国家意志」概念の核心をなしている。
2.2. 「第三権力」としての国家意志:マルクス主義国家論への批判的継承
『国家論大綱』下巻において、滝村は「マルクス主義国家死滅論の解体」を主要なテーマとして掲げ(12)、従来のマルクス主義の階級国家論を徹底的に批判している(31)。彼は、エンゲルスが提起したものの十分に展開しなかった「第三権力」という概念(31)を、国家の本質として位置づけた。
従来のマルクス主義は、物質的生活の生産様式という下部構造が、政治的法律的な上部構造を規定するという歴史観に基づいていた(30)。この図式によれば、国家は支配階級の道具に過ぎず、階級対立が消滅すれば国家は死滅するとされた。しかし滝村は、この「経済還元主義」を批判し(31)、国家が経済的支配階級の意志からすら「相対的に大きな独自性、自発性」を持つ(31)ことを強調した。この自立性こそが「国家意志」の具現化に他ならない。これは、経済が国家意志を決定するのではなく、国家意志が(時には経済的利害を超えて)社会全体を統合する力を持ちうるという、従来の唯物史観に対する根本的な逆転の発想を提示している。
2.3. 制度と法における国家意志の具現化
滝村の著作は「国家と法」「G・イェリネックの国家法人説」といった章立てを含む(12)。ゲオルグ・イェリネックの国家法人説は、統治権という主権を君主ではなく「法人である国家」に帰属させ、国家を法律関係の主体とみなす説である(37)。この説では、法を超える権力は認められないとされる。
滝村がヘーゲル的意志論とドイツ国家学(特にイェリネック)を結びつけたことは、彼の「国家意志」概念の決定的な特徴をなしている。彼は、ヘーゲルが示した観念的な「普遍的意志」を、法という形式と、国家という法人格を持つ「第三権力」によって、現実的・制度的に具現化されるものとして捉えようとしたと推測される。この哲学的観念論と法学的な形式論の融合により、彼の「国家意志」は、単なる空虚な観念ではなく、法によって拘束され、また法を生成する動的な主体として描かれる。
第三部:三浦つとむの国家意志説と言語過程論
3.1. 認識と言語の理論:社会的実践としての言語
三浦つとむの国家意志説は、彼が時枝誠記の言語過程説を継承・発展させた「認識と言語の理論」に基礎を置いている(29)。三浦は、言語を「対象-認識-表現の過程的構造」(40)と捉え、言葉を使うことを単なる個人的な行為ではなく「社会的な実践」であると論じた(42)。
彼の理論は、認識や意識を、単なる内面的な精神活動ではなく、外界の対象との関係における過程的な構造として、唯物論的に捉えようとする。この「認識の過程」が、言語として表現され、社会的な実践を形成する。この視点は、彼が唯物史観の「原理的な再建」を「意志論」に求めた(1)ことと深く結びついている。意識は存在を規定するのではなく、存在が意識を規定するという唯物史観の命題を、言語と認識というミクロなレベルで精密に再構築したのが三浦の理論である。
3.2. 言語過程論から導かれる「国家意志」概念
三浦は、この言語過程論を土台として、「個人意志・階級意志・国家意志の区別と連関」(1)という独自の意志論を構築した。彼の理論では、個々人の認識と実践(個人意志)が、特定の社会関係(階級)の中で集団的な認識(階級意志)を形成し、それがさらに国家という「組織的権力」(8)の構造の中で、言語と制度を媒介として「国家意志」へと具現化されていく。この生成過程は、滝村が描くようなヘーゲル的な理性の自己実現ではなく、社会的な実践とコミュニケーションの動態から生成する、ボトムアップな性格を持っている。国家意志は、特定の主体が一方的に措定するものではなく、集団的な認識の過程の帰結として現れるのである。
第四部:連続か、断絶か?滝村と三浦の理論的交差点
4.1. 思想的系譜:雑誌『試行』における交流の歴史
滝村隆一と三浦つとむは、吉本隆明が主宰した雑誌『試行』を論文発表の主舞台とし(19)、1970年代前半には親密な交流があった(27)。この歴史的背景は、両者の理論の表面的な類似性が偶然ではないことを証明している。彼らは、従来のマルクス主義の限界を乗り越え、唯物論の枠内で国家の存在論的根拠を再構築するという共通の知的課題に取り組んでいた。しかし、その解決策は、彼らのそれぞれの専門分野(政治哲学対言語学)によって決定的に分岐したと結論づけることができる。
4.2. 概念的比較:近似点と相違点の学際的検証
両者の「国家意志」概念は、従来のマルクス主義の経済還元論や階級国家論を乗り越えようとする点で共通している。しかし、その想定主体と意志を媒介する実体には決定的な違いがある。
滝村の「国家意志」は、ヘーゲル的普遍的意志を土台とし、法と制度という客観的・形式的な構造(ドイツ国家学)を通じて具現化される(12)。彼の理論は、理念(理性)が現実(制度)を形成するという、上部構造の自立性を強調する傾向がある。
一方、三浦の「国家意志」は、言語と認識という主観的・過程的な構造(言語過程論)を通じて、社会的実践として生成・変容していく(39)。彼の理論は、実践(言語)が理念(意志)を形成するという、下部構造の動態から国家意志が生成する過程を重視する。このボトムアップなアプローチこそが、「三浦つとむの国家=国意志論とも違う」という指摘(32)の根拠であると推測される。滝村が理念的・形式的な側面から国家を捉えようとしたのに対し、三浦は実践的・動的な側面からその生成を捉えようとしたのである。
この両者の概念的差異を、以下の比較表に整理する。
項目
滝村隆一の「国家意志」概念
三浦つとむの「国家意志」説
定義
ヘーゲル的普遍的意志の、法と制度を通じた現実的具現化。
個人・階級意志の動態から生成する、言語と認識を媒介とした集団的意志。
想定主体
法人としての国家、制度的権力。国家指導層や執行機関の意志。
個々人の言語的実践から生成する、組織的な意志。
媒介
法、制度、組織、公的権力。
言語、認識、社会的実践。
歴史観
ヘーゲル的な発展段階論。国家が諸矛盾を止揚する弁証法的過程。
実践を通じた不断の生成論。認識と行動の動態的関係。
方法論
ドイツ観念論、ドイツ国家学。
言語過程説、唯物史観の再構築。
主な批判点
観念的な意志の実体化のリスク。
国家権力の構造的暴力に対する説明が相対的に過少になる可能性。
第五部:現代的意義と理論的課題
5.1. 滝村国家論の現代政治思想への射程
滝村の理論は、現代においてなお、国家の役割を再考する上で有効な視点を提供する。グローバル化が国家主権を希薄化させ(25)、経済的利害や市民社会の力学に国家が翻弄される中で、国家をそれらに還元されない独自の論理と意志を持つ「第三権力」(31)として捉え直すことは、現代の国際政治や国内ガバナンスを分析する上で重要な示唆を与える。また、彼がヘーゲルの発展史観を継承し、アジア的国家から現代国家までを論じたこと(11)は、西欧中心主義的な国家論を相対化する視点を提供する可能性を秘めている。
5.2. 原典未確認に基づく分析の限界と今後の課題
本稿の分析は、ウェブ上の二次情報、特に読書ブログや書評に大きく依拠している(12)。そのため、滝村や三浦の概念の正確な定義や議論の精緻な展開は、あくまで推測の域を出ないことを明記せねばならない。今後の研究課題として、**『国家論大綱』『三浦つとむ意志論集』**といった原典の精読が不可欠である(1)。特に、「国家意志」概念が展開されている該当ページを特定し、両者の定義を厳密に比較することが、学術的な探求の次の段階となる。
5.3. 結論:『国家論大綱』の再評価と、学際的探求の展望
本稿は、ウェブ上の断片的な情報を統合し、滝村隆一の『国家論大綱』が、ヘーゲル国家論とドイツ国家学を土台とした、従来のマルクス主義国家論とは一線を画す独自の「国家意志」概念を提示していることを明らかにした。また、彼の議論が、言語過程論を基盤とする三浦つとむのそれとは、同じ知的問題に取り組みながらも、その方法論的基盤において根本的に異なることを示した。滝村が理念と制度に焦点を当てたトップダウンのアプローチをとったのに対し、三浦は実践と認識に焦点を当てたボトムアップのアプローチをとったと結論づける。この二つの異なる知的営為は、現代においてもなお、国家の「意志」をめぐる学際的な議論を再活性化させる可能性を秘めている。
脚注・参考文献リスト
【書籍】
三浦つとむ.『三浦つとむ意志論集』.績文堂出版,2008年.1
滝村隆一.『国家論大綱 第一巻 上』.勁草書房,2003年.5
滝村隆一.『国家論大綱 第一巻 下』.勁草書房,2003年.8
滝村隆一.『国家論大綱 第2巻』.勁草書房,2014年.11
【ウェブ資料】
勁草書房.「国家論大綱 第一巻 上」8.https://www.keisoshobo.co.jp/book/b27247.html.(アクセス日:2024年4月28日)
勁草書房.「国家論大綱 第一巻 下」12.https://www.keisoshobo.co.jp/book/b582376.html.(アクセス日:2024年4月28日)
版元ドットコム.「国家論大綱 第一巻 上」10.https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784326301485.(アクセス日:2024年4月28日)
国立情報学研究所.「国家論大綱 第1巻 上」5.https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA62196812.(アクセス日:2024年4月28日)
千葉県立図書館.「唯物史観と国家理論」6.https://www.library.pref.chiba.lg.jp/licsxp-iopac/WOpacMsgNewListToTifTilDetailAction.do?tilcod=1000000373731.(アクセス日:2024年4月28日)
SEEK-MEI.「三浦つとむ『意志論集』を学びの足がかりに」2.http://dialectic.seesaa.net/article/343809710.html.(アクセス日:2024年4月28日)
HMV&BOOKS online.「滝村隆一 プロフィール」16.https://www.hmv.co.jp/artist_%E6%BB%9D%E6%9D%91%E9%9A%86%E4%B8%80_200000000513695/biography/.(アクセス日:2024年4月28日)
紀伊國屋書店.「国家論大綱 第一巻 上」17.https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-08-EK-0963842.(アクセス日:2024年4月28日)
東京大学出版会.「日本政治思想史」18.https://www.utp.or.jp/book/b306039.html.(アクセス日:2024年4月28日)
NPO法人現代社.「学城』―学問への道 第8号」19.https://gendaisha.co.jp/gakujyou-gakumonhenomichi-8/.(アクセス日:2024年4月28日)
NPO法人現代社.「学城』―学問への道 第7号」20.https://gendaisha.co.jp/gakujyou-gakumonhenomichi-7/.(アクセス日:2024年4月28日)
牧野雅彦.「ヘーゲルにおける意志の自由と社会的自由」21.https://hannan-u.repo.nii.ac.jp/record/506/files/5_makino.pdf.(アクセス日:2024年4月28日)
国立国会図書館.「国家学の再建―イェリネクとウェーバー」22.https://newopac.library.city.yokohama.lg.jp/result?bookid=1113223172&keyword=E69D91E4B88AE698A5E6A8B9&sess=0x3c9a4d479ba7bc.(アクセス日:2024年4月28日)
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