日本語 「資質」と翻訳語である「資質能力」「資質力量」「資質の向上」の意味

 以前に主任研修を受けた際、講師に資質とは辞書では生まれつきの性質とあるのに、あちこち資質の向上とあるのはおかしいといわれていました。
 そこでそれらについて整理してみました。
 なお、これは、ウィキペディア、naverまとめの次に作成した第3版です。


「資質」という言葉の変遷
本来の意味から、海外の能力用語の翻訳語へ
https://g.co/gemini/share/d005476e7756



https://g.co/gemini/share/8a6bb4ca364e

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「資質」という用語の概念的変容:海外概念の受容から多義的な日本的文脈へ



序論:現代日本語における「資質」の概念的変容


「資質」という用語は、現代の日本語において、多岐にわたる文脈で用いられている。国語辞典を開けば、「生まれつきの性質や才能」といった、個人の先天的な特性を指す伝統的な語義が示されている一方で 1、現代の法律、教育、企業人事といった分野では、後天的に獲得されるべき能力や特性を指す用例が散見される。この顕著な乖離は、単なる言葉の誤用や意味の拡散として片付けられる問題ではない。本報告は、この乖離が、日本の知的・社会的な変遷、特に西洋の多様な概念を受容し、翻訳する過程で生じたものであるという仮説に基づき、その経緯を歴史的、概念的、そして制度的な観点から総合的に分析するものである。

本報告書の目的は、「資質」という一語が辿ってきた知的軌跡を解明し、それが現代のコンピテンシー概念の形成にどのように寄与してきたかを明らかにすることにある。具体的には、第1章で古典における「資質」の語義を確立し、その限界と柔軟性を検証する。続く第2章では、マックス・ヴェーバーのQualitätenや国際規格ISOのCompetenceといった海外概念が「資質」と翻訳される過程で、いかにして後天的な意味が付加されていったかを追跡する。第3章では、日本の法制度や教育政策に「資質」が定着していく様を分析し、国家レベルでの意味変容を論証する。最後に第4章では、現代の教育行政が掲げる「資質・能力」論の深層を掘り下げ、この多義的な用語が現代社会に提起する課題と、その潜在的な役割について考察を深める。

この分析は、単なる言語学的なアプローチに留まらず、日本社会が近代化の過程で直面した知的・社会的要請にいかに応答してきたか、その思想的・制度的な痕跡を明らかにする多角的な試みである。


第1章:古典的語義と歴史的用例



1.1 国語辞典における「資質」の定義


現代の日本語において、「資質」の最も基本的な定義は、個人の「生まれつきの性質や才能」であると認識されている。これは、デジタル大辞泉などの一般的な国語辞典に記載されている定義であり、類義語として「資性」や「天性」が挙げられていることからも、この言葉が本来的に有する先天的・不可変的なニュアンスが確認できる 1。この定義は、人が生まれながらにして備える、ある種の素養やポテンシャルを指し示すものであり、個人の内面に深く根ざした特性を表現する際に用いられてきた。

しかし、この辞書的な定義の中にも、言葉の意味が固定されていないことを示唆する萌芽が見られる。例えば、Weblio辞書に掲載されている複数の情報源を比較すると、デジタル大辞泉が「生まれつきの性質」と定義する一方で、ウィクショナリーの項目には経営学の文脈で「職業などに適合する能力や性質」という定義も併記されている 1。この二つの定義は一見矛盾しているように見えるが、これは言葉の伝統的な語義が、社会や経済の新しい要請に応じて意味を拡張し始めた過程を反映しているものと解釈できる。この言葉が持つ元来の曖昧性が、後続の西洋概念の翻訳語として採用されるための柔軟な基盤となったと考えられる。


1.2 江戸時代の儒学における「資質」の用例


「資質」という用語は、江戸時代の文献にも見出される。例えば、伊藤仁斎の『童子問』(1707年)には、「夫修養之引年、資質之変化、皆可勉面到(夫れ修養の年を引くも、資質の変化も、皆勉めて至るべし)」という一節がある。この文脈では、「資質」は「修養」や「努力」によって「変化」しうるものとして捉えられている 2。この記述は、一見すると現代の「資質の向上」という概念と親和性が高いように思われる。しかし、その根本的な思想的背景には大きな違いがある。

仁斎は、朱子学が説く「本然の性」(万人に共通する普遍的な本質)を否定し、各々が個別に持つ「気」や「体」から生じる「性分」を尽くすことの重要性を説いた 3。したがって、彼が言う「資質の変化」とは、現代の「能力開発」のように外的な成果や社会的役割の達成を目指すものではなく、個人の内なる「性分」を磨き、高めるという、より内省的で精神的な深化を目指すものであった。

また、佐藤直方の『講学鞭策録』(1798年)には、「資質得る所已に此の如きに由りて、其の意智熟する所、日に其の趣きを見る…資質の偏、意智の私を容るる所無からんとす」という記述がある。ここで「資質」は「生まれつき得る所」として捉えられ、その「偏り」が個人の「意智」(思考や知恵)に影響を及ぼす、という不可分な関係性が示されている。この用例は、個人の行動や思考の根本に、先天的な特性が深く関わっているという、伝統的な観念を色濃く反映している。

これらの江戸時代の用例は、伝統的な「資質」が「生まれつきの性質」を指しつつも、それが努力や修養によってある種の「変化」を遂げうるという、ある程度の柔軟性を含んでいたことを示している。しかし、その「変化」の目的は、外的な成功よりも内的な完成に向けられていたという点が、現代的な用法との決定的な相違点である。この思想的な基盤が、後世の翻訳概念の受容に複雑な影響を与えたと考えられる。


第2章:翻訳語としての「資質」の誕生と意味の拡張


「資質」という用語の意味が、その伝統的な語義から大きく拡張される契機となったのは、西洋の多様な概念を日本語に翻訳・受容する過程であった。この知的変遷は、日本の近代化が、個人の内面だけでなく、その社会的な役割や行動を重視するようになった時代背景と密接に関わっている。


2.1 マックス・ヴェーバーのQualitätenと「資質」


マックス・ヴェーバーの著名な著作『職業としての政治』において、政治家に求められる3つのQualitäten(情熱、責任感、判断力/距離感)が「資質」と翻訳された事例は、この言葉が抽象的かつ後天的な概念の翻訳語として採用された初期の重要な例である 4。

Qualitätenは単なる先天的な才能ではなく、政治という公共の場での活動を通じて培われ、発揮されるべき倫理的、心理的、行動的な特性を指す。この翻訳によって、「資質」は「個人が内面に持つ性質」から、「社会や職業に求められる特性」へと意味を広げた。これは、日本の知的界隈が、個人の内面的な価値観だけでなく、その社会的な機能や役割に注目し始めた時代的背景を反映している。


2.2 Competence(コンピテンシー/力量)の翻訳


国際標準化機構(ISO)のマネジメントシステム規格、特にISO 19011では、competence(コンピテンシー)が「力量」と訳されている 8。この「力量」は、「意図した結果を達成するために、知識及び技能を適用する能力」と明確に定義されており、行動や成果に重きを置いた機能的な意味合いが強い 8。

一方で、教育や一部の産業分野では、このcompetenceの概念を「資質力量」と表現する事例が見られる 11。これは、西洋の行動主義的な概念を、日本独自の「資質」という言葉で包括的に表現しようとする試みを示唆している。この訳語の並存は、西洋の客観的・行動主義的な概念を、日本の伝統的な「人格」や「内面」を重視する価値観の中でどのように再解釈し、取り込むかに苦心した痕跡であると解釈できる。結果として、文脈によって「力量」と「資質力量」という異なる言葉が使い分けられる状況が生じ、概念的な揺れを伴うことになった。


2.3 Citizenship(市民性)とDevelopment(開発・向上)の翻訳


さらに、「資質」の意味拡張は、社会的・教育的な文脈でも進んだ。Citizenship Education(シチズンシップ教育)は「市民性教育」と訳されるのが一般的であるが、特に戦後日本の学習指導要領においては、その目的が「公民的資質」の育成とされた 12。ここでの「資質」は、単に生まれつき備わったものではなく、民主的・平和的な社会を形成する上で後天的に獲得・醸成されるべき特性や意識を指している。この言葉は、戦後の民主主義形成という国家的要請に応える形で、社会的な役割の遂行に必要な能力という新しいレイヤーを「資質」に付加した。

また、Faculty Development (FD)やStaff Development (SD)が「資質開発」と訳される事例も多く、この表現は「資質」が「後天的に訓練や努力によって向上・開発されるもの」であるという現代的な認識を決定づけた 16。この言葉の定着は、高度成長期における人材育成の必要性という時代背景と密接に関わっている。

これらの事例は、「資質」という言葉が、海外の多様な概念を翻訳する過程で、その意味を大きく拡張してきたことを示している。この拡張は、単なる語彙の変化ではなく、日本社会が近代化・グローバル化の中で、個人の内面だけでなく、その社会的・職業的な機能や役割を重視する価値観へと移行してきた知的・思想的な変遷を映し出している。


表1:概念の変遷と翻訳の系譜

翻訳元の概念 原語 翻訳語 概念の核となる要素 意味の変遷

古典(なし) 資質生まれつきの性質、才能、本質内的な本質を磨き、変化させる内省的な概念

政治 Qualitäten 資質情熱、責任感、判断力/距離感個人的・内面的な特性から、社会的役割に求められる倫理的・心理的特性へ拡張

品質管理 Competence 力量 / 資質力量知識及び技能を適用する能力機能的な「能力」として明確に定義される一方で、日本的文脈で「資質」と統合される試みも生じる

教育 Citizenship 公民的資質社会に参画する意識、態度、能力生まれつきのものではない、後天的に獲得すべき社会的能力として意味が付加される

人事・教育 Development 資質開発訓練、経験、努力による成長「資質」が後天的に開発・向上しうるという認識を決定づける



第3章:政策・制度における「資質」の定着と拡散


「資質」という言葉の意味が、後天的な能力を指すものへと変容したことは、単に民間の学術やビジネスの文脈に留まらず、国家の制度や法律にまで深く浸透している。これは、この言葉が持つ新しい解釈が、公的な規範として確立されたことを示すものである。


3.1 法律における「資質の向上」


日本の法律の多くは、その第一条で目的を定めているが、この目的規定の中に「資質の向上」という言葉が頻繁に登場する。例えば、調理師法第1条には、「調理師の資格等を定めて調理の業務に従事する者の資質を向上させることにより」と明記されており 18、看護師等の人材確保の促進に関する法律においても、「資質の向上」という文言が複数箇所で用いられている 20。

この文脈での「資質」は、「生まれつきの性質」ではあり得ない。「向上」という動詞が明確に付随していることから、それは努力や研修によって高めることができる、後天的な職業能力を指していることは明らかである。法律という社会規範の最高位に位置する公的文書でこの表現が採用されていることは、言葉の伝統的な定義が公的に否定され、新しい、より機能的な意味が定着していることを最も直接的に証明している。この法的定着は、現代日本が「生まれつきの才能」よりも「後天的な努力と成長」をより重視する社会へと移行したことを象徴している。


3.2 教育基本法における「資質」


日本の教育における「資質」の概念は、教育基本法の改正によっても明確に示されている。2006年に改正された同法第5条第2項には、「国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする」と記述されている 22。

この文脈での「資質」は、単なる知識や技能の習得を超えた、市民としての総合的な能力・態度を指している。これは、戦後教育の目標として掲げられてきた「公民的資質」とほぼ同義であり、民主主義社会に主体的に参画し、他者と協働して社会を形成する力を指し示している 12。この条文は、教育の目的が「個人の才能を伸ばす」という内面的なものから、「社会に貢献する人材を育てる」という外的なものへとシフトしたことを示唆している。教育行政における「資質」という言葉は、この理念的な変革を体現するキータームとして機能している。


表2:現代日本の法規・政策における「資質」の使用事例

法規・政策名 該当条文「資質」が意味する内容 文脈における役割

調理師法 第1条(目的)調理技術の合理的な発達と国民の食生活の向上のために、業務に従事する者が高めるべき職業能力後天的な「向上」を前提とする職業能力の法的規範化

看護師等の人材確保の促進に関する法律 第6条、第9条保健医療の重要な担い手として、研修等を通じて開発・向上させるべき能力医療従事者が時代や社会の要請に対応するための専門性と責任感

教育基本法 第5条第2項(義務教育)国家及び社会の形成者として必要とされる、民主的・平和的な社会を築くための基本的な特性や能力教育が目指すべき、個人の成長を超えた社会的な貢献への基盤

学習指導要領(各条文) 「資質・能力の三つの柱」に含まれる、知識・技能、思考力、人間性等教育によって育成すべき、統合された「全体的な力」の概念



第4章:「資質・能力」論の深層分析と現代的課題


現代の日本において、「資質」という言葉の意味的変容が最も象徴的に現れているのが、文部科学省が提唱する「資質・能力」論である。この概念は、教育現場と社会の双方に大きな影響を与えているが、同時に新たな課題も生み出している。


4.1 文部科学省による「資質・能力の三つの柱」


2020年度から全面実施された新学習指導要領は、「資質・能力」を教育の目標として据え、「知識及び技能」、「思考力・判断力・表現力等」、「学びに向かう力・人間性等」の三つの柱で構成されると説明している 24。この造語は、伝統的な「資質」(先天性)と「能力」(後天性)の区別を意図的に曖昧にし、教育によって育成可能な「全体的な力」を指し示そうとした試みである。

この三つの柱を詳細に分析すると、その意図が見えてくる。「知識及び技能」や「思考力・判断力・表現力等」は、明らかに後天的に学習を通じて獲得される「能力」である。一方で、「学びに向かう力・人間性等」という柱には、興味、意欲、態度、自己肯定感といった、伝統的な「資質」に近い、内面的な要素が含まれている 28。この言葉の混淆は、教育が単なる知識の伝達に留まらず、先天的な特性と後天的な学習を統合的に捉え、全人格的な育成を目指すという理想を表現したものと解釈できる。

しかし、この概念の統合は、教育現場に概念的な混乱をもたらしている 30。教師や専門家の間では、「何が資質で、何が能力か」といった議論にエネルギーが費やされ、実効的な指導や評価を困難にしているという指摘も存在する 32。この言葉が持つ曖昧性は、理念的な目標を掲げる政策と、それを具体的な教育活動として実践する現場との間の溝を象徴している。


4.2 教育現場と企業人事における現実


「資質・能力」という概念は、教育行政の理念であると同時に、社会が求める人材像を反映したものである。新学習指導要領が「主体的・対話的で深い学び」を重視し、教育課程を社会と連携して開かれたものとすることを求めているのは、企業や社会が求める具体的な能力を育成するためである 34。

この傾向は、企業の人材採用においても明確に確認できる。企業の人事担当者は、「資質」を「変化に柔軟に対応できる」「論理的思考力がある」「周囲を巻き込む力がある」など、具体的な行動やスキルに関連付けて評価している 36。この文脈では、「資質」は完全に

competence(コンピテンシー)の同義語として機能している。つまり、企業が求める「資質」は、生まれつきのものではなく、後天的に獲得・向上されるべき要素として捉えられている。

教育と企業の両者が「資質」を後天的で実践的な能力として捉えている事実は、日本社会が従来の知識偏重型から、課題解決能力や人間性を重視する社会へと移行していることを示している。この変化の中で、「資質」という言葉は、特定のスキルや知識だけでなく、人間性、倫理観、意欲といった複合的な要素を包括的に表現するための、柔軟で多義的な「コンテナ語」として機能している。


表3:文部科学省「資質・能力の三つの柱」の構成要素と解釈

三つの柱構成要素の具体例概念的解釈と課題

知識及び技能

事実的知識、概念的な理解、言語能力、探究的な技能 38

従来の「学力」に最も近い要素。主に後天的に獲得される「能力」に該当。評価が比較的容易。

思考力・判断力・表現力等

課題設定、情報収集、整理分析、まとめ表現 38

知識をどのように使うかという、実践的な能力。後天的な「能力」に該当。評価方法が確立されていないという課題がある 32。

学びに向かう力、人間性等

主体性、協働性、自己理解、倫理観、意欲 29

情意や態度に関わる要素。伝統的な「資質」のニュアンスを含むが、教育で「養う」ことを目指す後天的な側面も持つ。評価が最も困難な要素であり、概念的混乱の主要因となっている 33。



結論:翻訳語から独自概念へ、そしてその未来


本報告は、「資質」という日本語の語彙が、その伝統的な「生まれつきの性質」という限定的な語義から、後天的に獲得可能な「総合的な能力・特性」を指す言葉へと変容した知的・社会的プロセスを明らかにした。

この変容は、大きく三つの段階で捉えることができる。

第一に、江戸時代の儒学において「資質」が「生まれつき」のものでありながらも、修養や努力によって「変化」しうるという、ある程度の柔軟性を持っていたこと。

第二に、近代化の過程でマックス・ヴェーバーのQualitätenやISOのCompetenceといった西洋の概念が「資質」と翻訳されることで、言葉の意味が後天的な能力へと決定的に拡張されたこと。

そして第三に、法律や教育基本法といった国家の制度に「資質」が組み込まれることで、その拡張された意味が公的な規範として社会に定着したことである。

現代において、「資質」という言葉は、文部科学省の「資質・能力」論や企業の人事評価など、様々な文脈で用いられている。これらの文脈では、もはや「生まれつきの才能」という意味合いは薄れ、特定のスキルや知識だけでなく、人間性、倫理観、意欲といった複合的な要素を包括的に表現するための「コンテナ語」として機能している。

この概念的な混淆は、確かに辞書的な語義と実用的な用例の間に乖離を生み出し、「資質とは何か」という概念的な混乱を招いている。しかし、この曖昧性こそが、この言葉が現代社会で広く受け入れられ、機能している理由であると解釈できる。それは、現代の日本社会が、単一の能力や知識だけでなく、複合的で多層的な個人の特性を総合的に評価し、育成しようとする要請に応えるための、柔軟で多義的な表現手段を必要としていることの証左に他ならない。

今後、グローバル化がさらに進む中で、CompetenceやQualitiesといった国際的な用語との概念的な整合性が求められるだろう。この過程で、「資質」という言葉は、その多義性を保ちつつも、より明確な定義を伴う専門用語として再定義されるか、あるいは、より日常的な広い意味を持つ言葉として、その役割をさらに変化させていく可能性がある。この言葉の未来は、日本社会が今後どのような価値観を志向していくかによって、形作られていくと考えられる。



       以下事例

資質と訳さなかった事例

 力量(competence)
 実証された個人的特質、並びに知識及び技能を適用するための実証された能力。

出典
JIS Q 19011規格 こちらISO事務局
https://web.archive.org/web/20160728090308/http://egologyplaza.nobody.jp/iso/else/ISO19011.html

personal attributes 日本語訳を“個人的資質”とする意見もあったが、広辞苑によれば、“資質”は“生まれつきの性質や才能”となっている。しかし、規格の中でpersonal attributesとして箇条書きになっている内容を見ると、生まれつきの性質や才能だけでなく、訓練、経験、努力などによって培われるものでもあるので“個人的特質”とした。

出典
JIS Q 19011規格 こちらISO事務局
https://web.archive.org/web/20160728090308/http://egologyplaza.nobody.jp/iso/else/ISO19011.html

国語辞典の資質

 資質は辞書をひけば
「生れつきの性質や才能」
と書いてある言葉です。

生まれつきの性質や才能。資性。天性。

https://www.weblio.jp/content/%E8%B3%87%E8%B3%AA

江戸時代の資質の使用例


 伊藤仁斎 の 『童子間』(1707年) に「夫修養之引年、資質之変化、皆可勉面到」 という一節があります。

夫修養之引年資質之變化皆可勉而至焉(白文)
夫レ修養之引レ年ヲ資質之變化皆可2勉メテ而至1焉

国立国会図書館デジタルコレクション - 童子問. 巻之中
30
伊藤仁斎

佐藤直方の『講学鞭策録』に資質の使用例「資質得る所已に此の如きに由りて、其の意智熟する所、日に其の趣きを見る…
資質の偏、意智の私を容るる所無からんとす」があります。

由乎資質所得已如此、而其意智所熟、日見其趣。是以不務者遂離規矩而到乎悉雎、不力者益趨省約而安于固陋。其他不可枚舉。以至於一言之是非一義之取舍、向背從違亦各有所主、而甚者至門專其學、徒阿所好、安排造爲、瞞人自誣、两無所得而後已矣。是正自古之可患者、而近世爲尤甚。以故竊不自量、収録日夕所講究、精確詳的尤切于用力者如此。以欲出入起居携持奉誦、以爲終身之箴。至於同志之共是患者、即亦以此因事、對證反復辨析、以一其歸焉、則將不須強辯多説而彼此交明、自無所容夫資質之偏、意智之私也

講学鞭策録
佐藤直方
1798

クォリティの訳語としての資質

マックス・ヴェーバーの『職業としての政治』にある政治家のQualitäten(クオリティ)

クォリティを資質と訳した例。

政治家にとって主に決定的 資質(Qualitäten)
情熱 (Leidenschaft)
責任感 (Verantwortungsgefühl)
目(Augenmaß) : 距離をおくこと

Man kann sagen, daß drei Qualitäten vornehmlich entscheidend sind für den Politiker: Leidenschaft – Verantwortungsgefühl - Augenmaß

Politik als Beruf – Wikisource
https://de.wikisource.org/wiki/Politik_als_Beruf

Leadership Qualities(リーダーシップクオリティ)の訳語としての資質

「リーダーの資質」とQualityが資質と訳される。

資質の向上

日本の法規の目的における資質の向上

日本の法的用語。各法律の目的等に記述される。

法規例
調理師法第1条、製菓衛生師法第1条、スポーツ振興投票の実施等に関する法律第21条第1項4号、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律第16条

Developmentの訳語として資質開発

Developmentの訳語として資質開発とされています。。

https://www.daigaku23.com/entry/2015/09/11/170000


ファカルティ・ディベロップメントの訳語としての資質開発

 Faculty Development(FD ファカルティ・ディベロップメント)の訳語に「「教授団の資質開発」または「大学教員の資質開発」とされることがある。

FD…は知識イコール専門分野を素材に成り立つ学問の府としての大学制度の理念・目的・役割を実現するために必要な「教授団の資質改善」または「教授団の資質開発」を意味する。

有本章著『大学教授職とFD』(平成17年 東信堂)
中央教育審議会 大学分科会 制度部会(第21回(第3期第6回))議事録・配付資料 [資料5−3] 2 FDの定義・内容について−文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/003/gijiroku/06102415/006/003.htm

教師の能力としての資質能力

日本の教師の能力について昔から資質、資質能力として議論されてきています。

事例

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chuuou/toushin/580701.htm

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/002/siryo/attach/1404877.htm


コンピテンシーの訳語としての資質力量

 教員の授業能力を資質力量とする表現がありますが、教員の授業のコンピテンシー(Competence)を資質力量と訳する論文もあります。なおCompetenceについてはISO19011を翻訳した際には「力量」と和訳されました。

 以下のpdfでは各省庁等とドイツ、ノルウェーは「コンピテンシー」を資質と訳した事例になっています。また中国の事例では名称が「素質」「素質教育」ですが「資質」「資質教育」とするとしています。

◇研究成果報告書『諸外国における学校教育と児童生徒の資質・能力』 (2007年5月23日)(PDF:1.4MB)
https://www.nier.go.jp/kiso/sisitu/foreign.pdf

註:コンピテンシーとは?

https://note.com/mototchen/n/n22fcd1a7623e


Citizenshipの訳語としての資質

Citizenship Education(シチズンシップ教育)

 Citizenship Education が市民性教育と訳されていることがあるが、そのCitizenship(シチズンシップ 市民性)の訳語に市民的資質、公民的資質とされることがあります。

公民的資質

 公民教育(英訳はcivic educationとされることがある)により達成する目的として大日本帝國の法律等に公民的資質と記述されていました。
 昭和43年(1968年)に学習指導要領の小学校社会科が改訂され公民的資質が記述されました。

公民的資質というのは、社会生活のうえで個人に認められた権利は、これをたいせつに行使し、互いに尊重しあわなければならないこと、また具体的な地域社会や国家の一員として自らに課せられた各種の義務や社会的責任があることなどを知り、これらの理解に基づいて正しい判断や行動のできる能力や意識などをさすものといえよう。したがって、市民社会の一員としての市民、国家の成員としての国民という二つの意味をもったことばとして理解されるべきものである。公民的資質は,民主的,平和的な国家・社会の形成者すなわち市民・国民として行動する上で必要とされる資質を意味しており,とりわけ,これからの国際社会に生きる日本人としての資質が求められている。小学校の社会科ではその基礎を養うことを目指している。

公民的資質の解釈
https://web.archive.org/web/20040907094406/http://ww5.et.tiki.ne.jp/~abetaka/riron/shuron/shuron08.html

公民的資質は,民主的,平和的な国家・社会の形成者すなわち市民・国民として行動する上で必要とされる資質を意味しており,とりわけ,これからの国際社会に生きる日本人としての資質が求められている。小学校の社会科ではその基礎を養うことを目指している。

社会科教育の理念と公民の概念-新しい公民の倫理のために
The Idea of Social Studies and the Conception of Citizen
For New Ethics of Citizen
箱石匡行
岩手大学教育学部附属教育実践研究指導センター研究紀要第5号(1995pp25
https://core.ac.uk/download/pdf/144250816.pdf


https://web.archive.org/web/20120529112041/http://www.edu.shiga-u.ac.jp/~abiko/gyouseki/paper/s-studies.html

「(義務教育)第5条 第2項 義務教育として行われる普通教育は、(中略)国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われるものとする。

教育基本法
平成18年法律第120号平成18(2006)1222日改正

https://www.nier.go.jp/kiso/sisitu/


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