江戸時代の神社参拝について

伊勢神宮の仏法禁忌
江戸時代まで伊勢神宮には仏法忌避の慣習があり、一定の神域内では仏教関連用語(お経とか僧侶とか)の使用NG、また僧侶は境内への進入も許されなかった。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) May 23, 2023
が、僧侶を見分けるのは頭髪の有無、つまり「坊主頭は境内進入禁止」というルールだったらしく、髷を結わない医師等も対象になり困ってしまう
そこでどうしたかというと、事前に用意しておいた髷型の仮髪、ちょんまげウィッグを鬢付けで頭にはりつければ境内通ってOKということになったらしい。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) May 23, 2023
なんともすごい抜け道だけど、諸々すり合わせの結果編み出されたんだろう。最初にこれやった人だれ…
伊勢神宮の仏法忌避の現実、これもおもしろい。 pic.twitter.com/F9aQfe0x3E
伊勢神宮が仏法を避けたことについては、中世になると「天照大神と第六天魔王の契約」といういわゆる中世神話が語られるようになったりとそこも面白い。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) May 23, 2023
ふしぎな伝承が生まれたり、仏教用語使うのもNGという厳格なルールきめつつ珍ルール的抜け道があったり。https://t.co/Bu3XkWRbKs
内容に間違いがあったので訂正、坊主頭が境内に入ってはいけなかったのは京都の賀茂社で、伊勢神宮は「参詣を許さなかった」と。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) May 24, 2023
剃髪者が仮髪つける点は同じですが混同があったので訂正いたします。伊勢神宮は一般とは別枠で僧侶専用の参拝所があったんだっけか。 pic.twitter.com/t1b09X5MDT
僧形の医師が禁裏御所に参内する時も、「付け髪」をして「衣冠」を着用しました。
— 釋賢昭 (@adg632363) May 24, 2023
以前にツイートした「伊勢神宮は仏法忌避の慣習があり僧侶は参拝に規制があったので、僧侶とまぎらわしい坊主頭(あるいは毛のない)人はちょんまげのカツラをつけてお宮に詣でた」という話の元絵を確認。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) May 29, 2023
鮮明な絵でみると、ちょんまげのカツラ(仮髪)のインパクトがよりすごい。おでこに結び目が。 https://t.co/FSSL2FbHWw pic.twitter.com/t4g5u9q1lq
そんでみんなちょんまげカツラみて笑ってるけど、江戸時代の人もやっぱりこれは「おもしろ」の枠だったんだろうか。文章のほうではかつらつければ参拝許してくれる神様のお心尊い、みたいなこと書いてあるのだが… pic.twitter.com/OlElAENU06
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) May 29, 2023
昔の参拝
この黒澤明の処女作『姿三四郎』で、三四郎の相手になる柔道家の娘が神社で祈っている、このやり方こそが、伝統的な神社での礼拝の作法。立ってやるという考え方は、神さまに対して失礼だと思う。 pic.twitter.com/OZqL2HgtXH
— 島田裕巳@7刷決定『教養として学んでおきたい神社』マイナビ新書 (@hiromishimada) December 31, 2017
兵庫県丹波篠山市の神社の拝殿前に、扇を彫った石や、扇の形をした石があったのだけど、この参拝方法に則ったモノなのかもね。 https://t.co/hyErVvgrfA pic.twitter.com/8bC8sj8pRI
— ベタ藤原 (@betafujihara) April 7, 2026
社寺のまえに広げた扇子を置いて参拝してる人たち。昔はこういう作法があったんだろうか pic.twitter.com/joHfvyWaf3
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) June 20, 2023
扇ひらいての拝礼について検索していたら、山形県鶴岡市の櫛引観光協会サイトにすごくおもしろい例が。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) June 20, 2023
当地でおこなわれている「王祇祭」の紹介記事で、まさに開いた扇を手前に置いて神拝してる写真が掲載されていました。ページ中央あたり。これはー!https://t.co/st54Fa5zHZ
それらしき資料を再確認してみると、けっこう描かれている扇ひらいて参拝するの図。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) June 20, 2023
気にしなきゃ目にも入ってないのだけど、気にしはじめると気になっちゃうやつ。これも江戸前期の絵(デジコレより)。この作法はいつ頃まで続いたものなんだろうか。
他方手水鉢はほぼ形状完成してますねそりゃそうか pic.twitter.com/1u3hkmqDmd
扇をおいて拝むしぐさについて、狂言では今でもそれが演じられていること、その場面が実際にみられる動画を教えていただきました。
— ミサンザイ 『とにかく楽しい江戸の本』『江戸ー明治神武天皇図図鑑』「天皇を旅する本」 (@katsunomisanzai) June 20, 2023
茂山千五郎家のファンクラブ公式チャンネル、「仏師」という演目だそうです。拝見しましたがまさに絵の通り!という印象。https://t.co/ScLCV7N4SD
動画ありました!
— みやこみち (@miyakomichi7) June 20, 2023
(茂山千五郎家の「仏師」1:55:40あたりからご参照ください)https://t.co/iseEmZLYXG
そういえば茶道とかも扇子を前において自他の境界を作りますね
— 一限さんいらっしゃい \(^o^)/ (@FOX____90960790) June 20, 2023
多分神聖な世界と自分の世界との境界の意味があるのではないかなと思いました
そうだ仏師だ!和泉流の仏師も扇おいて拝んでました!!
— 衣川龗 (@nakunamida_853) June 20, 2023
拝まれる方だったのでパッと出てこなかったです!ありがとうございます〜
能《三輪》の杉の木に、アイ狂言が七日の参拝をなさる時も、扇子を広げて膝の前に置いて参拝なさいますね✌️❣️
— JinchunAnming (@JinchunAnming) June 1, 2025
https://www.youtube.com/live/le_rBJBB5_A?si=YqsHSb16QnjoYQl8
18分 金蔵院葉子 狂言「仏師」
拍手
江戸時代の吉田流(吉田神道)、安家流(土御門神道)、白川流(伯家神道)の神拝作法の伝書
— 古川陽明 (@furunomitama) August 26, 2024
全て二拍手です
こうした共通作法があるので(元は宮中作法)自然と二拍手を基本作法として明治期に制定し、神社本庁もそれを受け継いでいるのです
伯家神道が三拍手とかいうスピの世迷言は無視 pic.twitter.com/9AEml9xkTh
密教の影響はともかく、島田さんの問題提起が気になるので元旦から『伯家部類』を見ましたw 同書によれば天皇の毎朝神拝作法の基本は二拝二拍手。島田さんに詰められたら神社本庁はここに正統性を求める以外にないんとちゃうだろか。 pic.twitter.com/950lX0DGEK
— 武田崇元@第444代目 (@sugen_takeda) January 1, 2018
『毎朝拝神式』
1巻。本居宣長撰。成立年不詳
「記念館本は大平本に大きな異同はなく、拍手の数も大平本と同じく「二」つであったものを、後に「四」に改めた形跡がある」
『毎朝拝神式』(マイチョウハイシンシキ)https://web.archive.org/web/20201025131823/http://norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/maicyo.html
これが江戸時代の伊勢神宮での参拝のしかたです。拍手ではなく、合掌だったことがよく分かります。天皇に対して拍手を臣下が打つ、あるいは天皇が神に柏手をうつということはあったようですが、それは特殊なことだったようです。 pic.twitter.com/QbSRsbnczi
— 島田裕巳@7刷決定『教養として学んでおきたい神社』マイナビ新書 (@hiromishimada) January 2, 2018
1930年
1930年に当時の文部省が作成した礼儀作法についての映像においても、神社での拝礼は最敬礼もしくは拍手礼拝、となっているので、やはり現在一般的な二拝二拍手一拝は戦後に広まった「新しい伝統」なのでしょうね
— まとめ管理人 (@1059kanri) October 21, 2025
【全篇】『禮儀作法』1930年https://t.co/dhqu01JhOF
二礼二拍手一礼
関連
立礼のお辞儀
お辞儀は明治時代に創作された新しい礼儀作法だった!手を組むお辞儀は東京府の制定お辞儀だった?!
まず、お辞儀の歴史から振り返ってみよう。実を言うと立礼のお辞儀は明治時代に創作されたもので、そもそも小笠原流にはなかったもののようだ。
例えば明治26年出版の本「日本礼式小笠原流」には立礼の項目そのものがない。
明治25年の岡野英太郎 編「日本諸礼独稽古」(にほんしょれいひとりげいこ)には一応書いてあるが、「立礼(注:お辞儀)は明治維新以後に服装の洋装化に伴い出来たものだ。ただ太古には日本でも立礼をしていたようだ。立礼は最敬礼と敬礼が有り、敬礼はただうつむき、手は自然に垂らす」というずいぶん簡略なものである。
「日本諸礼独稽古」にあるように、明治維新後に立ってするお辞儀は創作された
