「今、関係を断っている長女とのことを紐解いて書いたら “このままがいい” と腑に落ちたんだ」
現在30歳の長女。
noteを始めた2024年6月から長女のこれまでのことを
現在の気持ちや出来事に絡めて
折々書いてきた。
有料にした記事は、
長女のひきこもり時に私との間をつないでくれた存在と
そんな中でも光を見つけようと長女が無理してやったアルバイト
のことを書いた。
どちらも購入してくださる人がいた。
まっ暗闇な時代を書いた文章に目を通してくれ、
温かいコメントをくれた。
それが心に沁みた。
迷いながらも書いて良かったと思えた。
発達障害ASDと聴覚過敏とHSP気質があり
常に生きづらさがつきまとう長女。
逃げ道がないもがきのなかで
癇癪や自傷、他害も多発していた。
でも離れて暮らして一年半が過ぎた今
長女の状況は私には見えない。
用件があるときのみ、間に立ってくれる支援員から連絡が入る。
そのおかげで私は日々心穏やかで冷静でいられる。
すると時が経つにつれ私のなかで長女に対するイメージが徐々に変わり始めた。
現在、施設入所の認知症の母(祖母)がまだ実家暮らしだったとき
長女と祖母はLINEで会話していた。
そこには、以前のように容赦なくLINE無視するそぶりはなく
祖母が誤って掛けた電話に「どうしたの? なんかあった? 」と
長女からのやさしい反応がスマホに残っていた。
それを目にした私は、会わないうちに以前のように人を排除せず、
寄り添える優しさをもつようになったのか、と好印象をもった。
接触しなくなった時期があったおかげで、
粗暴だった長女が「物分かりのよい人間になった」と思うようになった。
あるいはそう思いたかったのかもしれない。
noteで交流していて相談に乗ってくださった
奥村仲恵さんは息子さんの奥村太久さんと
よく親子対談のイベントをされている。
何度かオンラインで参加させていただいて
その姿を見ていたときふと、
今の長女の様子なら私も奥村さん親子のように
「あの頃はしんどかったね」というような対話ができるかもしれないと
うすぼんやりした期待をもつこともあった。
長女が了承してくれるなら、当事者と親の立場で
同じような生きづらい人たちに気付きを与える対話などを発信できるかもしれない、と。
でも、、
当たり前だが、人って急に変わらないってことを知った。
それは長女が日頃からお世話になっている作業所の所長に挨拶をしないと
支援員から聞いたことだった。
そこで気付いた。
私は夢想の世界から思いっきり現実に引き戻された。
ああ、やっぱりそうか。
一気に冷静になれた。
そして、今はやはりこの状況がベストなんだと思い知った。
能天気な私の浅はかさで
長女との距離感を危うくするところだった。
下記に私が長女と断絶した経緯を辿ってみた。
これがあったから私は長女と離れたのだ。
思い起こして書いたことでようやく腑に落ちた。
やっとの思いで離れられたのに、それを忘れて
またつながりをもちたいと思い始めた懲りない私。
その自分に向けてあらためて振り返ってみる。
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