関ヶ原。三成、最後の采配 第九話『選ぶ道、生きる覚悟』

第九話『選ぶ道、生きる覚悟』

鬼が死んだのだ。

笹尾山から見下ろす戦場は、もはや陣形を成していなかった。
決壊した堰から溢れ出す濁流が、なにもかもを飲み込んでいく。
味方の陣が、まるで砂の城のように、波に削られ、溶けていく。

――大谷刑部、自刃。
――平塚為広、戸田勝成、討死。
――島左近、戦死。
――森九兵衛、ことごとく、討死。

伝令の叫びが、もはや言葉として届かない。
ただの、意味のない音の羅列となって、三成の耳を通り過ぎていく。
計算が、止まる。思考が、消える。
視界から、色が消えていく。

大谷刑部、自刃
島左近、戦死

あぁ、そうか

「――我に続け」

三成は走り出す。
家臣に眼もくれず、先頭を走る。

誰かが叫んだ。
「――殿!」

誰かが叫んだ。
「――今か!」
別の誰かが応える。
「――今ぞ!」
また別の声が、天を衝く。
「――徳川本陣!!」

その無数の叫びが、やがて一つの巨大な地鳴りへと変わった。
「応オオオオオオッ!!」

笹尾山から、灼熱の鉄塊が転がり落ちていく。
まず眼前に立ちはだかる、黒田長政の陣へと、ただ、真っ直ぐに。

刃と刃がぶつかる音。怒号。悲鳴。
左近がこじ開けたはずの傷口は、すでに塞がり、より強固な壁となって三成の前に立ちはだかっていた。
舞兵庫が、大橋掃部が、立ち塞がる黒田の兵を斬り伏せていく。

だが、壁は、あまりにも厚い。
抜いても、抜いても、人の波は途切れない。

「掃部ッ!」

目の前だった。

後藤又兵衛の大槍が、風を斬る。鈍い音。
大橋掃部の体が、藁人形のように宙を舞い、そして、何かが落ちた。

掃部の首がこちらを見ている。
三成の動きが、次第に止まる。

世界から、音が消えた。
呼吸が、止まる。
そして、何かが、足先に、触れる――

 鬼の角

『お前の命、そう安く使うな』
困った顔が目に浮かぶ。

脇差を握る指から、すっと力が抜けた。

「退くぞッ!!」

それは、敗走の号令ではなかった。
死の淵から叩きつけられた、生への咆哮だった。

「伊吹山へ退く! 道を、開けェ!!」



新たな登場人物
舞兵庫 前野忠康。若江八人衆の一人。三成の家臣。
大橋掃部 三成の家臣。槍の名手。後藤又兵衛と一騎打ちをする。
後藤又兵衛 後藤基次。黒田長政の家臣。豪傑。槍の名手として知られる。


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